半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第415話 生きた証を残したい

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 アラタはいつもこう思っていた。
 何でこいつらは殺し合いの最中に語りたがるのか、話したがるのかと。
 だって今はそれをする時間ではないじゃないかと。
 ただ、そういう時は大抵相手がアラタより格上、時間稼ぎ目的で彼が戦っている場合が多い。
 つまり、語り合いたいオーウェンと時間を潰したいアラタの利害は一致している。

「お前は何故帝国と戦う?」

 その問いに対して、アラタは周囲への警戒をそのままに、自分の存在意義レゾンデートルについて考えを巡らせ始めた。
 こうしている間にも両軍入り乱れての戦闘は継続され、双方に多くの死傷者を生み出している。
 そんな時に言葉遊びをしていてもいいのか、彼の頭の中に真っ先に浮かんだのはそれだった。
 でも、剣聖を抑えておかなければもっとたくさんの味方が死ぬ。
 そう考えて自己を正当化することにした。

「そうだな……」

 ふとアラタの身体に違和感が奔った。
 先ほどまで、見えない麻縄で拘束されていたような閉塞感が消え去り、一周回って違和感を覚えたのだ。
 それは、あるスキルの終了を意味している。

 ——【剣聖の間合い】を解除したのか?

 彼が試しにスキル【身体強化】を起動すると、確かに体の内側からパワーが沸き上がってくる。
 先ほどまではオーウェンの能力によって制限されていた項目だ。
 何のために? そう考えたが、時間制限があったり、本気で問答する気だったり、そもそもスキルなしでも自らの生死は変わらないという自信があったり。
 1つに絞れない理由を推測することはやめて、アラタは最低限話し合いを継続させるだけの回答を用意することに集中する。

「ぱっと出てこないものか?」

「うっせーなぁ」

 今の状態なら1192小隊総出で殺しきれるか?

 と無防備な剣聖に対して意識を向けると、不意に目が合う。
 しっかり考えろよとメッセージを送ってくる彼の眼は、非常に眼力が強くてあまり直視できない。
 と、そんなことに気を取られている間もアラタの頭の中にそれらしい答えは浮かんでこない。
 そもそも、自分の存在意義なんて無くて当たり前だし、仮にあったとしてもそれをすぐに言語化できる生き方をしている人間は極稀だ。
 1週間後に発表するから考えておいてくださいねと言ってくれるくらいがちょうどいい。
 期限の短い宿題に、アラタの中で考えが纏まらずに霧散していく。
 彼はこういう短い時間で正解のない答えを探すのは苦手なのだ。

「……まだか」

「まだ」

「帝国と戦う理由だぞ。いまお前がやっていることじゃないか」

「うるせーなーもー」

「早くしろ」

「黙って待ってろよもぉー」

 オーウェン・ブラックという男は随分せっかちらしく、短いスパンでまだかまだかとまくしたてる。
 おかげで考えは全くと言っていいほど纏まらないし、時間だけが過ぎていく。
 アラタにとってはその方が都合がいいのだが、流石にオーウェンも無制限に待ち続けるほど馬鹿でもお人よしでもない。

「もういい」

「いや、あとちょっとだから」

「待たん。行くぞ」

「あっちょっタイム!」

「行くぞ!」

「チッ、ボケが」

 せっかく色々と考えているところだったのに、とアラタは舌打ちをしながら刀を構える。
 【身体強化】がまだ使えているところから推察するに、敵は【剣聖の間合い】を使用していない。
 スキル、魔術の効果を減衰させてしまうこの能力は、強力な分自分と他者の線引きが出来ない。
 つまり、スキル使用中は【剣聖の間合い】以外のスキルと魔術効果が著しく阻害されることになる。
 そこに剣聖従来の補助は健在なので、まあ厄介な事この上ない。

 突っ込んできた剣聖の攻撃を躱せる程度の力をアラタは手にしている。
 しかし、そこから先に繋げることがどうしてもできない。
 反撃に転じるイメージがどうしても作れないのだ。
 想像の中の、現実の中よりも強く、何でもできるはずの自分でさえも、オーウェンの攻撃をかいくぐって攻撃を撃ち込む隙を見つけられずにいる。

 下がり、受け流し、しゃがみ、受け身を取り、また下がる。
 そして時折敵の側面に回り込むように立ち回ることで、一定の範囲内で戦いが完結するように誘導している。
 よく訓練された動作だが、それだけでは剣聖を打ち破ることは叶わない。

 一段と速い斬撃が、アラタの肩筋を掠める様に通過した。

「痛っ。っつー……」

 ——【剣聖の間合い】、発動。

「かー痛え! てめっ、スキル使わせろ!」

「断る」

 ズキズキと神経の奥底まで沁みこむような、切り傷特有の痛み。
 あんな大きくて太いもので乱暴に斬られたらより一層痛い。
 異世界にやって来て初めに習得したスキル【痛覚軽減】は、今まで何度もアラタのことを助けてきた。
 すぐに治療しなければならない傷を負っても戦い続けることが出来たし、右腕が落ちたときものたうち回ることなく彼は彼の目的を達成することが出来ている。
 本来なら痛みで動くどころではないというのに、痛覚の作用をコントロールできるという事は戦闘において非常に便利なのだ。

 それが今はほぼ起動しない。
 敵の能力によって活動を阻害されたスキルは、必要なエネルギーを奪うだけで一向にその能力を発動してくれない。
 【剣聖の間合い】とはどうやら、リャンの持つ【魔術効果減衰】のスキルと同様に、能力の効果を減衰させる効果があるらしい。
 発動そのものを阻害するのではなく、発動した結果に働きかけて制限する。
 つまり能力の起動、作用プロセスまでは正常終了しているという事で、後から効果に影響を及ぼしてくる分より一層質が悪い。

 アラタは左肩の痛みに耐えつつ、脂汗を拭う暇もなく敵の攻撃に晒されていた。
 相も変わらず防戦一方、このままではいつか崩れて敗北する。
 どんな競技や武道にも言えることだが、心の在り方は結果に大きな影響を及ぼす。
 能力の上限を決めるのがフィジカルだとするのなら、能力に幅を持たせるのがテクニックになる。
 そして保持している能力の内、何%を発揮するのか決めるのがメンタルということになるだろう。
 大会の優勝候補でも、現世界チャンピオンでも、心が揺らげば隙が生まれる。
 80%の力で勝てるはずなのに、実力の50%も出せずに敗北する。
 そんなのは極めてありふれた景色だ。

 また1つ、アラタに対していい蹴りが入った。
 骨も内臓も異常はないが、内部に響く鈍痛と身体能力の低下は避けられそうにない。

「カハッ、フー…………」

「もう一度聞いてやる。何故帝国と戦う?」

「お前は家に強盗が入ってきても黙って家を明け渡すのかよ」

「0点だ」

 オーウェンの間合いの外側に立っているからと安心したアラタに対して、敵は軽々と大剣を3度振った。
 空を斬った剣からは、魔力の残滓が刃となって敵を穿つ。
 初見ではない技だから、アラタは回避することが出来た。
 ただ、痛みが引かないせいか足元がふらついている。

「限界みたいだな」

「はっ。冗談」

 出血量は命に別条のない程度でも、献血で採取されるくらいの量はとっくに抜けている。
 黒鎧に吸われてしまった分と、それでも溢れる分は滴り落ちて地面に吸収されている。

「これで終わりにしよう」

 剣聖の大上段の構え。
 放つは天と地を別つ唯一無二の斬撃。
 剣の極致と賞される、彼だけのわざ
 アラタは再びスキルが使用可能になっていることを確認すると、【痛覚軽減】、【感知】、【身体強化】、【気配遮断】を起動、回避に全力を注ぎ込む。

 動き回ったところで、最終的に剣が振り下ろされる瞬間に彼の身体が存在する座標は一通りだけ。
 そこを剣聖が外すとは思えず、無駄に走り回るのは論外。
 やるなら陽炎のように相手を惑わせつつ、虚像を斬らせて距離を詰める。
 そこまで出来れば上出来だが、実際は回避できれば御の字。

 この剣撃を初めて受けたとき、回避よりも受ける方にシフトしたせいで彼は重傷を負った。
 次は、何とか煙に巻くことが出来た。
 同じ対処法は2度と通用しないと考えると、あの時とは別の仕掛けが要る。
 勿体なさと、自分の命。
 防具はまた作ればいいが、命は二度と再生しない。
 アラタの方を見据えながら準備を整えるオーウェンに対して、アラタは白い仮面を着ける。
 2つの穴から見える世界はとても狭く、彼にとっては慣れた景色だった。

 刀を右手一本で持ち、左手を前に走り出す構え。
 オーウェンもアラタが回避に動くことは読めているので、うかつに仕掛けたりはしない。
 ただ少しだけ外部から刺激が入るのを待っている。
 両者声を出さず、そして脳内で状況を解析し、最善手を模索し続ける。
 アラタは【感知】で気付いていて、ただその瞬間を待つ。
 一方オーウェンはこの大人数の中で特定の誰かを識別することは出来ていない。
 環境要因を活かすか殺すか、それがこのやり取りの結果に直結する。

「雷撃!」

 声と共にアーキムが放った魔術は、乱戦真っ只中をオーウェンに向かって突き進む。

 即死攻撃ではない、躱すことも容易い。
 しかし……

 脳内でほんの少しだけ雷撃の対処に意識を割いたその隙をアラタは見逃さなかった。
 走り出したのは真っ直ぐ前、最速最短の道を強化された肉体で駆け抜ける。
 避けるよりも先に距離を詰める、これは流石に予想外だ。

「舐めるな!」

 オーウェンは天地裂断でアラタを真っ二つにしようと神速の剣を振るった。
 ただ、アラタからすればこの勝負、勝ったも同然だった。
 自分から動き出したことで、オーウェンはアラタに動きを合わせざるを得なくなる。
 それはただ走り回るアラタに標準を合わせるよりも遥かに難しい技術だ。
 その差は大きく、アラタはオーウェンがどのタイミングで、どの角度で、どの位置に刃を入れてくるのか半分勘、半分直感で予測する。
 それが分かれば、オーウェンはアラタに動かされている状態、タイミングを合わせて攻撃の軌道変更が不可能なタイミングでステップを斬り返し、横に避ける。
 それでもギリギリだというのだから、剣聖の技は一筋縄ではいかない。
 とにかく、大技を外した敵に対してアラタの損失はほぼゼロ。
 黒鎧を僅かに斬られた程度だ。
 アラタの刀がオーウェンに迫る。

「あぁぁあ゛あ゛あ゛!!!」

 すれ違いざまに斬りつけたあと、アラタは向こう側にいる帝国兵を数名斬りつけた。
 そしてオーウェンの左肩には、アラタとお揃いとばかりに刀傷がつけられて出血している。

「……やるな」

「俺は、いてもいなくても、どっちでもいい人間だ」

「何のことだ?」

「帝国と戦う理由だよ。俺は元々、こんな争いとは無関係だったんだ」

 ゆらりと向きを変え、アラタはオーウェンの方を向く。

「でも、俺は繋がってしまった。カナンの人たちと繋がって、また人の営みの中に入れてもらえた」

 戦いの中で時間を使ううちに、彼自身が気付かなかった思いが溢れ出てくる。

「帝国に負けたら、俺の大切なものが消えてしまうかもしれない。それは、俺にとっては死ぬよりも怖いことなんだ」

 彼は異世界人、ただ生きているだけでは何も残せないから。
 この世に肉親は誰もおらず、能動的に行動しなければ、彼はいてもいなくても関係なくなってしまう。
 ある意味自己顕示欲の強い彼にはそれが耐えられない。

「俺は、俺が生きていたことを覚えていてほしい。俺は俺の生きた証を残したい。誰かの役に立って、誰かの人生の中に生きていたい。俺の生きた証は公国の中に沢山あって、それを壊そうとするお前らとは一生分かり合えない」



「だから戦う、だから殺す。それが理由だ」



「……30点だな」

 両雄、再び剣を構える。
 徐々に戦況に変化が表れ始めた、正午近くのことだった。
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