半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第411話 十一個の檻

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 対策にかけるコストは、防ぐことのできる被害額に鑑みて決定される。
 かみ砕いていえば、東京都の降雪対策を、雪国と同じ水準で設定する必要はどこにもないということだ。

 ミラ丘陵地帯に陣取る公国軍に関して言えば、せいぜい1千から2千の敵兵をそれぞれの砦が追い返すことが出来れば、それでよかった。
 だから4千からなる伏兵が陣地の至る所に発生したり、それを皮切りに帝国軍が総攻撃を仕掛けてきた場合、それぞれの砦は防ぐ術を持ち合わせていなかった。
 金、人的資源、物的資源が足りなかったのだ。

 それでも度重なる帝国軍の攻撃を防ぎ続けて1か月、帝国からすれば随分と手間を取らされた。
 もはやカナン公国の首都アトラまで進撃する余力は残されていないだろう。
 公国を滅ぼさん勢いで侵攻を開始したにもかかわらず、現時点で既に目標達成の可能性はほぼゼロに近い。
 じゃあ成果無しで帰るかと言われると、そうは問屋が卸さない。
 帝国軍人たちに課せられた最低限の使命は、公国東部を切り離して我が物とする事。
 その為の攻撃、その為のミラ丘陵地帯の奪取だった。

 全部で十一個ある公国軍の砦の中で最も早く陥落したのは最前線の十一番砦。
 逆に最も遅く落ちたのは、中央北側に位置する五番砦だった。
 十一番砦の陥落時刻は午前11時半。
 五番砦が陥落したのは、午後11時15分だった。

「散りますか?」

 隠密行動中、カロンが訊いた。

「静かに。あとそれはしない」

「了解」

 夜の森はどこか不気味さを感じさせるが、アラタやキィなど、【暗視】スキルのホルダーたちにとってはそこまででもなかった。
 なぜなら昼間と変わらない見え方をしているから。
 幽霊や怪物が出そうな森でも、日中は意外と明るくて楽しいところというケースは実は多い。
 それでも現代日本ではクマや蛇、マダニなど危険生物が盛りだくさんな可能性が高いので、不用意に歩き回ることは推奨されない。
 しかし、現在は戦争中で危ないだの苦しいだの言い訳を聞いている余裕は無い。
 アラタたち偵察部隊20名は闇の中を音ひとつ立てずに進んでいく。
 そして、10月23日午後10時すぎ。
 ついにミラ守備隊の敗残兵と遭遇することが叶った。

※※※※※※※※※※※※※※※

『キィ、カロン、それからエルモ。みんなをここに呼んで来い』

『『『えー!』』』

 というやり取りがあったのがつい先ほど。
 黒鎧を起動しながらの隠密行動を終了したのは5分ほど前のことだった。
 アラタは今、元四番砦守備隊の第023大隊と合流している。
 指揮下の206中隊を全員ここに合流させるために迎えを向かわせたのち、アラタとリャン、アーキムは指揮官のヘラルド中佐の話を聞いていた。

「なるほど、伏兵ですか」

「そうだ。まさに悪夢そのものだったよ。いとも簡単に警戒網をすり抜けられ、あってはならないレベルの破壊工作を受け、立て直し中に敵本軍の総攻撃。正直成す術もなくというのが正しい表現だろう」

 ——黒鎧かな。

 ——だろうな。

 ——この件はオフレコということで。

 ——了解。

 なんてやり取りがあったことなど露知らず、ヘラルド中佐は続ける。

「流石に退路は確保していたし、他の部隊もそうであると願いたい。まあ、今日のミラは地獄だったよ」

 アラタ、アーキム、リャンの3人は黙って話を聞くだけ。
 聞くだけに専念している彼らの脳内には、重要機密に当たる軍事技術が流出している可能性が浮かび上がっている。
 それすなわち、認識阻害系魔道具技術の流出。
 技術流出と言い切るには情報が足りないが、少なくとも敵は黒鎧を入手しているか、それに準ずるものを運用している。

 公国軍の警備方法については彼らも承知していて、生身で突破しようとするとどうしても強行突破になるしかない。
 まあこれは警備兵らがしっかりと己の職務を全うしていたという前提条件が付与されてのものなのだが、それにしても簡単に落ちすぎている。
 まるで何者かが闇に溶け込んで潜伏していたかのようだ。
 未確定情報を出して中佐を心配させる必要も無いだろうと、アラタは一旦その話を忘れることにした。

「それで中佐殿、ここに集まっている部隊とその規模感についてお聞きしてもよろしいですか?」

「あぁ、もちろん。ここには私の率いる023大隊だけが集合している。規模は先ほど確認した限りでは450名。あれだけの激戦を潜り抜けておいてこの数は奇跡的だ」

「ですね。まるで誰かが紛れ込んだみたいだ」

「アーキム」

 アラタが窘めると、アーキムは渋々口を閉じた。
 彼のしている話は、中佐の大隊の人員管理能力を根本から疑うものであり、容認していいものでは無い。

「部下が失礼いたしました。以後気を付けさせますのでどうかここは——」

「ははは、構わないよ。私も自分で言っておいてなんだがそう感じた。部下に再度測り直すように伝えよう」

 やはり……とリャンはある仮説が正しいと確信していた。

「リャン?」

「あ、いえ……何でもないです」

 カナン公国軍、階級が上がるほど人柄が優しくなる説などというどうでもいいことを考えていたなんて、口が裂けても言えない。
 リャンは集中力の途切れかけている自らの思考回路を今一度奮い立たせ、中隊に対していくつか質問を試みる。

「ヘラルド中佐殿。この後のご予定はいかがなさるおつもりですか」

 会議に参加しているという感じを演出するために、苦しみながらひねり出したリャンの問いは、案外悪くなかったらしく中佐の表情が心なしか軽くなった。

「実はだね、作戦はもう動き始めている」

「はぁ、と言いますと?」

「戦場に十一個の檻を建てたのさ」

 ヘラルド中佐は、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 防衛軍とは思えぬ邪悪な顔は、夜の焚火の炎によって下から照らされて、より一層悪役に見えた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「つまり、帝国軍は砦に閉じ込められたというわけか」

「そのとーり」

 023大隊の炊事班の作った食事を御相伴にあずかりながら、アラタはバートンに同意した。
 ヘラルド中佐曰く、この展開はある程度予測できていたらしい。
 公国軍の最終目的は、帝国軍をカナンの地から追い出す事。
 その為には敵軍を木っ端みじんに消し飛ばすことが最も効果的であることは言うまでもないが、現実的でないのも事実。
 ではどうするかというと、敵兵力を出来る限り消耗させてこれ以上の進軍を不可能にする。
 その為の案の1つとして、今回の作戦が立案された。
 守り抜くことが出来ればヨシ、そうでなければ敗走したと見せかけて敵に山の頂上を取らせ、主要街道を封鎖することで敵軍の動きを封じる。
 見事に成功したこの作戦は、帝国軍の動きを完璧に封じることに成功した。

「ふーん」

 と、ここまでアラタが一通り説明を終えると、エルモが少し含みのありそうな反応を見せた。
 言いたいことがあるなら言えよ、そんな風な視線をアラタが送ると、彼は手に持っていたスープの器を置いて喋り始めた。

「全軍総攻撃って言ってもよ、それは言葉の綾だろ?」

「そうだな」

「じゃあ敵の司令部だったり後詰だったりはまだ生きているんじゃねえの?」

「そうだな」

「じゃあよ、完封出来ねえし上を取られたらまずかったんじゃねえのか」

「そうだな」

「そうだなってお前よ……もう少し危機感持とうぜ」

「エルモのくせに生意気だ」

 横から茶々を入れたのはアーキム・ラトレイア。
 彼は少し酒が入っているらしく、いつもと口調が少し異なる。


「お前ら、仲良くしないと連帯責任にするからな」

 争いごとの予兆を察知したアラタによって、家事は未然に防がれた。
 ムッとしたエルモと、おもちゃを取り上げられて不服そうなアーキム。
 普段は逆になりそうなものだが、それだけエルモが現状に対して厳しい物の見方をしていると考えることも出来る。

「おーい、1192はちょっと集合~」

 そんなエルモの様子を見て、先に説明しておくべきと判断したアラタは直属の部下たちを呼び集めた。
 ルークやレインたちを呼ぶかも迷ったが、彼らはリーダーのハルツを失ってから少し塞ぎ込みがちだ。
 必要以上に情報を詰め込んで動けなくなっても困ると今回は外れてもらうことにした。

「全員いる? 逆に誰がいない?」

「全員います」

 最後にやって来たカロンが自分以外の人数を数え上げて報告した。
 アラタはそれに頷くと、アーキムから借りた戦場の地図を広げる。

「さっき連絡があって、最後まで粘っていた五番砦も陥落した。よって十一個ある公国軍の砦は全て敵の手に落ちた」

 仲間に会うことが出来てテンション高めだった隊員たちの空気が一気に淀む。
 それも仕方ない、彼が今口にしたのは純度100%の敗北宣言なのだから。

「けどまあ、無策で負けたら本当に後がない訳で、その辺は司令部がいい案を思いつきました」

 そう言いながら、アラタはそれぞれの砦の周りをぐるりと取り囲む。
 瞬く間に十一個の円が出来上がり、それらすべてが1つずつ砦を取り囲むように配置している。

「人馬が通れるような道、水源、これらをしっかりがっちり抑えることで敵軍の動きを封じ込めました。凄い凄い」

「質問いいですか」

「はいカロン君」

「砦に封じ損ねた敵兵の戦力はどれくらいですか」

「良い質問だ」

 合間にスープを飲みつつ、アラタは続ける。
 具が少なくて中身が薄いから、会話の最中でも平気で飲むことが出来る。

「詳しくは分かんないけど、だいたい2、3千じゃないかって見込みらしい」

「とか言って、また外してんじゃねえの?」

横からマイナス発言をするエルモに対して、アーキムの視線が突き刺さる。
 これ以上話の腰を折るようなら分かっているな? という視線だ。

「まあその時はその時だ。で、話を元に戻すと、この作戦で包囲が一番難しいのはどこでしょうか? はいデリンジャー君」

「外側に位置する砦と、川を跨いでいる八番砦です」

「正解。流石士官学校卒業生」

 アラタはアーキムの地図の、右下の辺りをトントンと叩いた。

「十一番砦の裏、八番と九番砦の中間で、コートランド川の向こう側。間違いなくここの奪い合いになる。というわけで、我々第206中隊はここに転戦する」

 隊員たちは皆、アラタがそれ以上を語らずとも肌感覚で理解していた。
 徐々にボルテージを上げる帝国戦役、両軍の兵力差はあるものの、それぞれの強みが弱みを食い散らかして戦場が整っていく。
 最終決戦はすぐそこだと、彼らは覚悟と決意を胸に受け止める。
 第十五次帝国戦役、ミラ丘陵地ゲリラ戦の序章が幕を開けた。
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