半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第402話 俺に家族はいない

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 結論から言って、第206中隊の運搬する荷物が目的と考えられる敵軍の襲撃は、鎧袖一触アラタたちが蹴散らした。
 指揮官の死という、部隊がバラバラに壊滅してもおかしくない出来事があってなお、彼らは良く戦い抜いた。
 ただ、よく考えてみると、彼らが立て直す事の出来る要素はあった。
 まず隊員のほとんどが冒険者であり、ソロ、パーティーに関わらず、損害が出たときの立て直しが異常に速い。
 ハルツに代わって次席指揮官のアラタが指揮を執るのは立場的に全く問題の無い行動であることは確かだが、それにしてもスムーズに事が運んだ感じはした。
 その辺も冒険者の柔軟性によるものなのだろう。
 とにかく、敵は初めの衝突で陣形を乱されると、アラタやキィ、ルーク、レインら近接戦に強い兵士たちに散々な目に遭わされた。
 大将首を取るといった大きな戦果を挙げることは無かったが、それでも3倍の兵力を一瞬で撃退した功績は誇ってもいいだろう。
 荷物とその運搬に携わる外部委託先の人間を守り切ると、隊列は警戒態勢で再び進み始めた。

「1192小隊の人間を集合させろ」

 そうアラタが指示したのは、ハルツの遺体を収容してすぐのことだった。




「アーキムは誰を連れて行った?」

「ミロ、ファイル、オストリッジの3人です」

「全員新人か」

 カロンの答えにアラタは思わず顔をしかめた。
 彼らとて戦場で敵の命を奪う兵士、それも後発組だが旧301中隊にスカウトされ、あの激戦を潜り抜けてきた猛者たち。
 簡単にやられるとは思えないし、それはアーキムに対しても同じ考えだった。

 そうは言っても、アーキムが3人を連れて下手人の追跡に向かってから数十分。
 何らかの合図があってもいいはずだし、取り逃がしたらとっくに帰ってきているはず。
 では合図が出せず、取り逃がしたわけでもない状況ということになる。
 もしくは……考えたくはないが、既に死んでいる可能性。
 さっきの今でこんなこと、誰だって思考の中から除外したい。
 でも、こういう時は大抵考えた最悪のさらに上を飛び越える現実が待っていることを、彼らはとっくに理解していた。
 これは経験則から来るものなので、多少のバイアスはご愛嬌。
 とにかく動かなければ。
 ということでアラタは捜索隊を編成することにした。

「規模は1個小隊。隊長は俺、この現場はリャンとルークさんに任せる」

「了解です」

「それと、入れ違いになって敵が来た時のためにキィを残す。頼むぞ」

「うん」

「残りの1192小隊は全員ついてこい。出来れば捕縛、基本は無理せず殺せ。いいな!」

「「「了解!」」」

 地理的に、第206中隊は荷物と共に東へ東へ進んでいく。
 そして最も近い砦である一番砦に配達を完了して任務完了。
 で、敵軍の襲撃は彼らから見て南西の方角から仕掛けられた。
 ハルツを殺した下手人はその反対方向、つまり北東の方へと逃げて行った。

「馬は9頭、全員2人乗りして現場に到着次第分離するように」

 ——生きていてくれよ。
 戦争なんだ、人は死ぬ。
 でも、流石に立て続けは少ししんどい。

※※※※※※※※※※※※※※※

「な、なにがどうなって…………」

「お父様、どうしたんですか?」

「くっ、俺は未婚……は? いや、しかし子供が、いや、だから……俺はアーキム、だからっ! 俺は……俺は…………」

 混乱する頭を叩きながら、この自分の息子らしき少年の攻撃を躱し続けている。
 アーキムも、言葉遊びをするつもりはない。
 ただ、結婚どころか彼女も、そう言った行為をする相手すらいない自分には、どうやら子供がいるらしいのだ。
 いや、過去に可能性のある行為をしたことは否定しないが、避妊はしたしその後も問題なかった。
 今になって誰かが彼の子を?
 理論的に否定できないというだけで、ほぼありえない。
 それこそキィが実は男の娘だったという可能性くらい、ありえない。

 道から外れたミラ丘陵地帯は、日中でも日が差しにくい鬱蒼としたエリアがある。
 身を隠すには格好の場所となるような、潜伏、隠密活動が最適な地域である。
 足元に生えている草の背丈は総じて高く、どうしても足元からの攻撃への対処が遅れてしまう。
 そのうえ、相手は自分と比べ物にならないくらい華奢で小柄な体形。
 下からの攻撃は、中々に捌きにくく、フィールドも相まって非常に厄介な相手と化していた。

「ファイル……」

 追いかけていたはずが、いつの間にか追われる立場に転身していたアーキム。
 彼はハルツ殺しの下手人から逃げ回りつつ、森の中で倒れた部下たちを確認していく。
 ファイルも、ミロも、オストリッジも、みんな一流の兵士ばかり。
 特にファイルは第1192小隊をベースとして発足した第301中隊の初期メンバーであり、アーキムも彼の能力を見込んで連れてきていた。
 力なく横たわる彼らには、いずれも深い刺し傷が付けられている。
 生死は判断がつかないが、危険な状態であることは確か。
 早急にこの息子を片付けて医療兵科の人間に診せなければならないというのに、アーキムの相手はしつこくて敵わない。

「だんだん分かって来た」

「お父様、何のこと?」

「俺たちを戦わせず、あくまでも自分でリスクを冒してまで止めを刺すスタイル。その能力は自己対象限定型のスキルだな」

「…………」

 図星だったのか、ムスッとするところは本当に子供らしい。
 アーキムも思わず愛おしさを感じてしまうのだが、心のどこかに残った違和感が邪魔をする。
 かといって違和感を成長させようとすると、頭の奥底から言い現わしようのない痛みが襲ってくるのだ。
 恐らくこの痛みは、怪我や病気の類ではなく、人間の本来持つ免疫機能によるものだとアーキムは仮定していた。
 だってそうだろう、おかしいことをおかしいことだと強く認識すると頭痛が発生するなんて、どう考えてもその方向に思考をシフトさせたくない誰かによる工作に決まっている。
 言語化すると陰謀論者の思考と似てしまう残念なアーキムだが、着眼点は非常に良い、というよりほぼ当たっている。
 ただあまりに痛みが酷過ぎて、どうしても思考が息子のいる自分像に引っ張られてしまうのだ。

「うーん…………よし」

 パチン、と短い指で音を鳴らすと、少年の合図に呼応して同じくらいの年齢層の子供たち十数名が突如として出現した。

「なっ!」

「お父様助けてください!」

「はっ、おっ、おう! 分かった!」

 ——俺は何を!? しかし今はとにかく息子を!

 ズレを感じていても、それが真に疑うべきことだという思考まではどうしてもたどり着けない。
 一見下手人の少年を襲おうとするように動き出した敵たちは、その実アーキムを仕留めようとまっしぐらに迫る。
 だが子供は子供、それなりに訓練を積んでいても、アーキム単体なら殺されることは無いだろう。
 その背後から、彼が無意識に庇った少年の刃が迫る。
 背後から一突き、ハルツと同じシチュエーションだ。
 凶刃が迫る中、アーキムは自分の息子を守り抜こうと一途に敵と対峙する。

「2回はねーよ」

 デコボコ、木の根が草木に隠れて非常に転びやすい森の中を駆け抜けながら、揺れる体を押さえて抜刀。
 居合で刀を敵の武器に合わせ、間一髪間に合った。
 アーキムは正面からの敵の攻撃を捌き、その後ろから繰り出された攻撃はアラタがカバーした。

「味方の収容急げ!」

「アラタ!」

「オラ、しっかりしろ」

 下手人の攻撃からアーキムを救ったところで、今度は斬り返して敵を除ける。
 アーキム、アラタの周りを敵の少年兵が取り囲み、そこに介入してきた第1192小隊のうち8名、2個分隊。
 残りは彼らが乗り捨ててきた馬を管理しなければならず、有事の際の退路を確保する役割が与えられている。
 背中合わせで敵を睨むアラタとアーキム、ハルツ殺しの少年兵と向き合っているのはアラタだ。
 少年兵はふぅと息を吐きながら、片目を閉じて髪をかきあげた。

「子供とかいなさそうだから……お兄ちゃん」

「ゔっ! あ゛ぁぁ!」

「アラタ!? 大丈夫か!」

「問題……あるっけど構うな! 前を向け!」

「その言葉気に入ったのか?」

「うるせー!」

 アーキム同様、今度はアラタの脳内に激痛が走った。
 少年兵の宣言した通り、アラタの眼の前にはいないはずの弟がいた。
 名前は千葉明、これは本当に実在する弟。
 それよりも下に弟がいて、千葉家は3人兄弟だったと、アラタの中の情報が書き変わる。

「あー、あ゛ー! 頭痛ぇ!」

「代わるぞ、大丈夫か」

 アラタは振り向かず、ただ首を振るだけ。
 【痛覚軽減】で相殺しきれない痛み、程度としては骨折よりも遥かに酷い。
 思考がノイズでかき乱される中、アラタは必死で敵の能力解析に乗り出している。

 認識阻害、洗脳系、スキルの起動条件が分かんねー以上、出来るだけ早くにこいつを排除する。

 本来、そのような思考活動そのものを制限する洗脳系エクストラスキル【狡知終劇ローズル・ロプト】。
 アラタがアーキムよりも敵の能力に抵抗することが出来ていたのは、純粋な個人の資質だけではない。

 エクストラスキルなら、アラタも所持している。
 エクストラスキルはその強制力を担保しなければならないという性質上、他のスキルへのレジスト、つまり抵抗力が備わっている。
 でなければ通常スキルとの差別化が出来ないから。
 【不溢の器カイロ・クレイ】によるレジスト機能が要因の1つ。
 そしてもう1つは、【不溢の器カイロ・クレイ】本来の能力発動によるもの。
 アイデンティティの書き換えという恐ろしい敵の能力に対して、彼の中の危機意識が【不溢の器カイロ・クレイ】を起動させる。
 アラタに備わっているエクストラスキルへのレジスト性能を、1段階上に引き上げる。
 そうすることで、アラタは敵への対処リソースをほんの少しだけ確保することが出来るのだ。

 子供を手に掛けるのは気が引ける。
 動こうとしても、体が言うことを聞いてくれない。
 弟……明と、もう1人いたか。
 いや、異世界に来て、それはない。
 これは敵の能力、そう考えなければやっていられない。
 認識を改めろ、俺。
 もし仮にこいつが本当に俺の弟だったとして、敵が敵である事実は変わらない。
 ハルツさんはこいつの手によって死んだ。
 こいつは俺の弟だけど、その前に俺の敵。

「アラタ! アラタ! 敵が来るぞ!」

 必要であるならば、俺がそうすべきで、そうすべきだと思うのならば、俺はたとえ弟だったとしても斬ってみせよう。



「…………ど、どうして!?」

 アラタに襲い掛かった自称弟の胸、正確には心臓には、紫電を纏った刀が深々と突きたてられていた。
 意趣返しというわけではないが、確実に殺すのならここがおすすめだったから。

「僕は……弟、お兄ちゃん……!」

「俺は必要なら弟だって殺してみせる。最愛の人も、家族も、誰でも。ただそう決意しただけだ。それに、俺の家族はここには……俺に家族はいない」

「かはっ、お兄ちゃんイカれてるよ…………」

 刃を引き抜くと、その勢いでアラタの方に体が倒れてきた。
 既に反撃はないことを確信していたアラタの手の中に、弟の亡骸は収まった。
 軽く、これから成長期という体つきをしていた。
 その日アラタは、弟を喪った。
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