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第5章 第十五次帝国戦役編
第399話 未完の大器
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カナン公国軍第1師団、通称不抜の師団。
開戦から1か月が経過したというのに、ミラ丘陵地帯における砦の陥落数は未だゼロ。
全ての拠点が落ちず、故に抜かせず。
そこに舞い戻ったハルツ率いる第206中隊ら2千の援軍。
その中にはコートランド川の戦いで銀星十字勲章を受勲した銀星のアラタ率いる小隊も含まれている。
勝利も敗北も、両方の味を知り、多大な犠牲を払いながらも成長した部隊。
彼らが加わった第1師団は、強かった。
「中隊! 全員突撃!」
「「「おおおぉぉぉおおお!!!」」」
ミラにおける公国軍と帝国軍の最前線、十一番砦。
複雑なアップダウン、南北に地形を縦断する河川、そこに陣取る公国軍。
その中において、もっとも守りにくいのは当然フロントラインだ。
目の前は平野、援軍を要請するにもまずはこの砦をそれなりの時間守り抜く必要がある。
元より少し多めに守備隊を配置していたこの砦に、第206中隊が配属された。
ハルツ率いる冒険者を中核とした部隊には、さらに特殊な出自を持つ小隊がある。
「指示は?」
「出来る限り殺せ。捕虜は必要ない」
「了解」
ハナニラの紋様が刻まれた白い仮面を着けて、死神は今日も戦場を駆る。
砦を落とそうと山の斜面にまで踏み込んできた敵に対して、高いところから勢いよく蹴散らす。
高低差がもろに効いてくる地形なうえ、山中にはハルツの指示で仕込んでおいたトラップがこれでもかと敷き詰められている。
弓矢、魔術で戦場を長い射程でコントロールし、味方を巻き込むことなく敵を罠に嵌めていく。
これはアラタやアーキムなど、1192小隊では出来ない戦い方だった。
純粋な個の戦闘力だけではなく、集団戦に有利なクラス【聖騎士】のホルダーなだけあって、ハルツは今日も絶好調だった。
そんな指示の元、バッタバッタと敵を斬り倒すアラタの表情は、仮面の下に隠れて見えやしない。
ただ、水撒きホースから飛び出るような鮮血も、肺に血が入って溺死する様子も、膝をついて俯き自身の腸の長さを目の当たりにする様も、とても子供には見せられそうになかった。
それを流れるように作業として進めていくアラタの顔も、同様に他人に見せられるような代物ではない。
隊員たちと付近の敵を倒し、息がある敵をザクザクと締めていくその光景は、魚を釣ってその場で〆る様子によく似ていた。
一つ違うのは、釣りは食べるために殺すのに対して、戦争では殺すために殺すこと。
厳密に定義すると、戦争で人を殺す理由は外交上の理由のため。
だから殺すために殺すのは間違っているとも言えるのだが、現場の兵士にそんな理屈は通用しなかった。
「報告」
紅葉してきた葉がさらに濃い赤色に染まる中、無色透明な声で訊く。
「クリア」
「クリア」
アラタの問いかけに対して、同じく何の感慨も含まぬ声で答える彼らも大概壊れていた。
抑揚の無い声というのは、あからさまにつまらなそうにされるよりも心にくる時がある。
味方の死体に隠れて潜伏を試みていた帝国兵は、敵軍の容赦のなさに震えそうになる体を必死に抑えていた。
バレれば殺される、バレれば殺される、バレれば——
「そこ、しっかり殺しとけ」
「はい」
——終わった。
そう感じたとき、まだ年端も行かぬ少年のショーテルが、兵士の心臓を貫いた。
「クリアじゃねーじゃん」
「すみません」
「まあいい、確認が終わったら報告」
再度周囲の状況を確認した小隊は、今度こそ敵の討ち漏らしが無いことを確認した。
アーキム曰く、まだ敵が生きている時は家の中でどこかを掃除し忘れている時と同じ不安感があるらしい。
これにはアラタも同意していて、掃除と殺しを同列に扱いかねない発言に他の隊員は若干引いている。
「サイロス、ハルツさんに報告してきて」
「分かりました」
付近の敵を相当し終わった彼らは、いったん休憩時間に入る。
まだ味方が戦っている場所もあるが、最近アラタは無理に連戦をしようとしなくなった。
部隊が縮小したというのが大きな理由だろう。
中隊では出来ていた無茶が、小隊では出来なくなった。
また、小隊の戦力低下も挙げられる。
元は20名の小隊メンバーは全員が精鋭だったのに対して、今は25名、さっき24名になった。
半数が精強な部隊であることは変わりなくても、残る14名は一般兵卒からの編入で入ってから日も浅い。
自分に厳しく他人にも厳しいアラタが、他人の能力を考慮して戦い方を変え始めたのは、明かな成長の証だろう。
周囲への警戒をしつつ休息を取っていたところに、報告に言っていたサイロスが戻って来た。
「どうだった?」
「移動です。時計回りにこの高さを見回り、発見した敵を殲滅しろとのこと」
「全員聞いたな? 遭遇戦だ。気を引き締めろ」
そして彼らは、これからも敵を殺し続けた。
※※※※※※※※※※※※※※※
山の頂上付近に立てられた砦の中で、まとまって食事をする場所なんてない。
平野に広く陣取るのならまだしも、ここでは寝泊まりするテントの前が食事場所だった。
最低限テントの口の向きくらいは揃えておいて、あとは間隔も場所も滅茶苦茶。
日本の自衛隊員が見たら発狂しそうな兵営は、公国軍のスタンダードだった。
「めしー」
炊事当番のサイロスが小隊を集合させる。
中華鍋をさらに大きくしたような、給食を作るためにあるような底が深くボウル型になっている鍋を乱暴に地べたに置いた。
中で煮立っているのは茶色のスープ。
肉、野菜と少しの調味料が入っている、戦場の食事。
お世辞にも美味いものではないが、最低限必要な栄養素は担保されていると食料部隊の人間は胸を張る。
「味気ないなぁ」
文句の絶えないエルモの分は、引率のアーキムによって少なくされてしまう。
うそうそ、冗談だと言いながら元の量に戻してもらうやり取りは不毛極まりない。
「多少無理しても食っとけよー」
いつの間に完食したのか、アラタは開始5分で立ち上がって食の細い隊員たちの見回りを開始していた。
第1192小隊の活動量は非常に多く、それゆえ多くのエネルギー摂取が推奨される。
ただ、日中あれだけ動き回って箸が進まないのも事実で、アラタはそんな新入りたちの背中をさすり、飲み物を用意してやる。
一応付け合わせのパンも出されているのだが、無理せず寝る前までに食べきればいいと触れ回っていた。
そんなこんなである人にとっては至福の、またある人にとっては地獄の食事が終わるころ、そそくさとテントに戻ろうとする隊員諸君。
「おい」
春風のような冷たいアラタの声に、エルモたちはビクッと跳ね上がった。
「5分後に武装して集合」
エルモを筆頭に彼らが死にそうな顔になったのは言うまでもない。
「えー矢は誤射が怖いから禁止、あとはまあ何でもいいよ」
「【暗視】なんて持ってなければ……」
「スキル持ってなくても全員参加してるだろ。ぐだぐだ言わずにかかってこい」
「なんだかなぁ」
アラタ対残る隊員23名。
今日も今日とて夜のトレーニングメニューだ。
「リャンが【魔術効果減衰】を使っている5分間が勝負だぞ。全員集中しろ」
後方から全体を指揮するアーキムは、もはや当然のように【暗視】を使っていた。
隊で5名、内訳は全て1192小隊。
旧八咫烏がそういう人選をしていただけあって、隠密行動系のスキルを持つ人間は非常に多い。
しかし、意外にもエルモはそれを持っていない。
持っていないが、夜間戦闘任務は当然のように割り振られるから訓練しないわけにはいかない。
エルモの真剣がアラタを掠めた。
「見えねー」
「見えると信じろ」
木剣の柄で左肩を突かれて悶絶するエルモ。
その場にうずくまる程度には痛いみたいだ。
ちなみにこの男、【痛覚軽減】も持っていない。
まあ彼のような人は世の中にたくさんいる。
小隊の環境バイアスがかかっているから少し惨めに映るだけだ。
エルモが崩されたところで、後続のアタッカーが次々と殺到する。
手練れはキィ、バートンあたりか。
残る隊員たちも積極的に仕掛けていく。
仕掛けていくのはいいのだが、どうにも攻撃が当たらない。
【暗視】、【感知】、【身体強化】、そこに天性の身体センスと格闘センスが相まって手が付けられない。
「あ痛っ!」
「ゔっ」
「あだっ」
アラタが木剣しか使わない分、相手は気兼ねなく突っ込むことが出来ている。
本番よりもかなり前かがみになっているこの訓練でも、アラタの動きを止めるには至らない。
リャンのスキル【魔術効果減衰】によって魔術のみならず、【身体強化】の効力も落ちているはずだが、アラタを倒すには至らない。
ただ、いつもいいように転がされていい加減イライラしているキィは、今日こそ一発ぶちこんでやると息巻いて黒鎧を起動した。
次いで起動するのは物体操作系の魔術。
正式な名前は無く、ただ物体に魔力を通して形を変えたり操作する術。
キィが操作したのは魔道具師が丹精込めて作り上げた1本のロープ。
それをスルスルと伸ばし、アラタの足元にセットした。
エルモの攻撃を躱した瞬間、今ここしかないタイミングで魔術を起動、キィの手に確かな手ごたえが返って来た。
「よしっ! …………あるぇ!?」
手ごたえはあったというのに、アラタはなおも動き続けている。
【暗視】のホルダーであるキィには、そのからくりがすぐに見つかった。
「ちょっと! あとちょっとだけ頑張ってよ!」
「すみません……今日はもう…………ムリ」
ギブアップ宣言と共にリャンが仰向けに寝っ転がった。
土埃がついて汚れるのもお構いなしに、彼は満天の星空を楽しんでいる。
「5分経ってないよ!」
「いやぁ、綺麗な空ですねぇ」
「ねえってば!」
「今日はここまでにするか。キィも良かったよ」
一通り指導を入れたところで、アラタは木剣を逆手に持って終了の挨拶をした。
確かにキィが喚いているように、リャンの体力がもう少し続いていれば危なかったと冷や汗を流しているのは秘密だ。
バタバタと横になって息を切らしている隊員たちの中で、アラタは立ったまま自身の手を見つめている。
——調子が……いや、ここの所どんどん動けるようになってる気がする。
もっと、もっと戦える気がする。
どこまでも強くなれる気がする。
正しい努力をしたとしても、肉体というハードウェアの上限は決まっている。
しかし、ここは異世界、ここにはスキルが、エクストラスキルという名の神の祝福もとい呪いがある。
【不溢の器】が宿主の器を作り替えようとしていく。
高校ですでに完成形の域にあった少年の身体を、異世界用に、彼の望む姿にアップデートしていく。
途方もない努力を続けているのにも関わらず、未完の器であり続ける恐ろしさ。
ウル帝国軍はその異常さを、この戦争で嫌というほど味わうことになる。
開戦から1か月が経過したというのに、ミラ丘陵地帯における砦の陥落数は未だゼロ。
全ての拠点が落ちず、故に抜かせず。
そこに舞い戻ったハルツ率いる第206中隊ら2千の援軍。
その中にはコートランド川の戦いで銀星十字勲章を受勲した銀星のアラタ率いる小隊も含まれている。
勝利も敗北も、両方の味を知り、多大な犠牲を払いながらも成長した部隊。
彼らが加わった第1師団は、強かった。
「中隊! 全員突撃!」
「「「おおおぉぉぉおおお!!!」」」
ミラにおける公国軍と帝国軍の最前線、十一番砦。
複雑なアップダウン、南北に地形を縦断する河川、そこに陣取る公国軍。
その中において、もっとも守りにくいのは当然フロントラインだ。
目の前は平野、援軍を要請するにもまずはこの砦をそれなりの時間守り抜く必要がある。
元より少し多めに守備隊を配置していたこの砦に、第206中隊が配属された。
ハルツ率いる冒険者を中核とした部隊には、さらに特殊な出自を持つ小隊がある。
「指示は?」
「出来る限り殺せ。捕虜は必要ない」
「了解」
ハナニラの紋様が刻まれた白い仮面を着けて、死神は今日も戦場を駆る。
砦を落とそうと山の斜面にまで踏み込んできた敵に対して、高いところから勢いよく蹴散らす。
高低差がもろに効いてくる地形なうえ、山中にはハルツの指示で仕込んでおいたトラップがこれでもかと敷き詰められている。
弓矢、魔術で戦場を長い射程でコントロールし、味方を巻き込むことなく敵を罠に嵌めていく。
これはアラタやアーキムなど、1192小隊では出来ない戦い方だった。
純粋な個の戦闘力だけではなく、集団戦に有利なクラス【聖騎士】のホルダーなだけあって、ハルツは今日も絶好調だった。
そんな指示の元、バッタバッタと敵を斬り倒すアラタの表情は、仮面の下に隠れて見えやしない。
ただ、水撒きホースから飛び出るような鮮血も、肺に血が入って溺死する様子も、膝をついて俯き自身の腸の長さを目の当たりにする様も、とても子供には見せられそうになかった。
それを流れるように作業として進めていくアラタの顔も、同様に他人に見せられるような代物ではない。
隊員たちと付近の敵を倒し、息がある敵をザクザクと締めていくその光景は、魚を釣ってその場で〆る様子によく似ていた。
一つ違うのは、釣りは食べるために殺すのに対して、戦争では殺すために殺すこと。
厳密に定義すると、戦争で人を殺す理由は外交上の理由のため。
だから殺すために殺すのは間違っているとも言えるのだが、現場の兵士にそんな理屈は通用しなかった。
「報告」
紅葉してきた葉がさらに濃い赤色に染まる中、無色透明な声で訊く。
「クリア」
「クリア」
アラタの問いかけに対して、同じく何の感慨も含まぬ声で答える彼らも大概壊れていた。
抑揚の無い声というのは、あからさまにつまらなそうにされるよりも心にくる時がある。
味方の死体に隠れて潜伏を試みていた帝国兵は、敵軍の容赦のなさに震えそうになる体を必死に抑えていた。
バレれば殺される、バレれば殺される、バレれば——
「そこ、しっかり殺しとけ」
「はい」
——終わった。
そう感じたとき、まだ年端も行かぬ少年のショーテルが、兵士の心臓を貫いた。
「クリアじゃねーじゃん」
「すみません」
「まあいい、確認が終わったら報告」
再度周囲の状況を確認した小隊は、今度こそ敵の討ち漏らしが無いことを確認した。
アーキム曰く、まだ敵が生きている時は家の中でどこかを掃除し忘れている時と同じ不安感があるらしい。
これにはアラタも同意していて、掃除と殺しを同列に扱いかねない発言に他の隊員は若干引いている。
「サイロス、ハルツさんに報告してきて」
「分かりました」
付近の敵を相当し終わった彼らは、いったん休憩時間に入る。
まだ味方が戦っている場所もあるが、最近アラタは無理に連戦をしようとしなくなった。
部隊が縮小したというのが大きな理由だろう。
中隊では出来ていた無茶が、小隊では出来なくなった。
また、小隊の戦力低下も挙げられる。
元は20名の小隊メンバーは全員が精鋭だったのに対して、今は25名、さっき24名になった。
半数が精強な部隊であることは変わりなくても、残る14名は一般兵卒からの編入で入ってから日も浅い。
自分に厳しく他人にも厳しいアラタが、他人の能力を考慮して戦い方を変え始めたのは、明かな成長の証だろう。
周囲への警戒をしつつ休息を取っていたところに、報告に言っていたサイロスが戻って来た。
「どうだった?」
「移動です。時計回りにこの高さを見回り、発見した敵を殲滅しろとのこと」
「全員聞いたな? 遭遇戦だ。気を引き締めろ」
そして彼らは、これからも敵を殺し続けた。
※※※※※※※※※※※※※※※
山の頂上付近に立てられた砦の中で、まとまって食事をする場所なんてない。
平野に広く陣取るのならまだしも、ここでは寝泊まりするテントの前が食事場所だった。
最低限テントの口の向きくらいは揃えておいて、あとは間隔も場所も滅茶苦茶。
日本の自衛隊員が見たら発狂しそうな兵営は、公国軍のスタンダードだった。
「めしー」
炊事当番のサイロスが小隊を集合させる。
中華鍋をさらに大きくしたような、給食を作るためにあるような底が深くボウル型になっている鍋を乱暴に地べたに置いた。
中で煮立っているのは茶色のスープ。
肉、野菜と少しの調味料が入っている、戦場の食事。
お世辞にも美味いものではないが、最低限必要な栄養素は担保されていると食料部隊の人間は胸を張る。
「味気ないなぁ」
文句の絶えないエルモの分は、引率のアーキムによって少なくされてしまう。
うそうそ、冗談だと言いながら元の量に戻してもらうやり取りは不毛極まりない。
「多少無理しても食っとけよー」
いつの間に完食したのか、アラタは開始5分で立ち上がって食の細い隊員たちの見回りを開始していた。
第1192小隊の活動量は非常に多く、それゆえ多くのエネルギー摂取が推奨される。
ただ、日中あれだけ動き回って箸が進まないのも事実で、アラタはそんな新入りたちの背中をさすり、飲み物を用意してやる。
一応付け合わせのパンも出されているのだが、無理せず寝る前までに食べきればいいと触れ回っていた。
そんなこんなである人にとっては至福の、またある人にとっては地獄の食事が終わるころ、そそくさとテントに戻ろうとする隊員諸君。
「おい」
春風のような冷たいアラタの声に、エルモたちはビクッと跳ね上がった。
「5分後に武装して集合」
エルモを筆頭に彼らが死にそうな顔になったのは言うまでもない。
「えー矢は誤射が怖いから禁止、あとはまあ何でもいいよ」
「【暗視】なんて持ってなければ……」
「スキル持ってなくても全員参加してるだろ。ぐだぐだ言わずにかかってこい」
「なんだかなぁ」
アラタ対残る隊員23名。
今日も今日とて夜のトレーニングメニューだ。
「リャンが【魔術効果減衰】を使っている5分間が勝負だぞ。全員集中しろ」
後方から全体を指揮するアーキムは、もはや当然のように【暗視】を使っていた。
隊で5名、内訳は全て1192小隊。
旧八咫烏がそういう人選をしていただけあって、隠密行動系のスキルを持つ人間は非常に多い。
しかし、意外にもエルモはそれを持っていない。
持っていないが、夜間戦闘任務は当然のように割り振られるから訓練しないわけにはいかない。
エルモの真剣がアラタを掠めた。
「見えねー」
「見えると信じろ」
木剣の柄で左肩を突かれて悶絶するエルモ。
その場にうずくまる程度には痛いみたいだ。
ちなみにこの男、【痛覚軽減】も持っていない。
まあ彼のような人は世の中にたくさんいる。
小隊の環境バイアスがかかっているから少し惨めに映るだけだ。
エルモが崩されたところで、後続のアタッカーが次々と殺到する。
手練れはキィ、バートンあたりか。
残る隊員たちも積極的に仕掛けていく。
仕掛けていくのはいいのだが、どうにも攻撃が当たらない。
【暗視】、【感知】、【身体強化】、そこに天性の身体センスと格闘センスが相まって手が付けられない。
「あ痛っ!」
「ゔっ」
「あだっ」
アラタが木剣しか使わない分、相手は気兼ねなく突っ込むことが出来ている。
本番よりもかなり前かがみになっているこの訓練でも、アラタの動きを止めるには至らない。
リャンのスキル【魔術効果減衰】によって魔術のみならず、【身体強化】の効力も落ちているはずだが、アラタを倒すには至らない。
ただ、いつもいいように転がされていい加減イライラしているキィは、今日こそ一発ぶちこんでやると息巻いて黒鎧を起動した。
次いで起動するのは物体操作系の魔術。
正式な名前は無く、ただ物体に魔力を通して形を変えたり操作する術。
キィが操作したのは魔道具師が丹精込めて作り上げた1本のロープ。
それをスルスルと伸ばし、アラタの足元にセットした。
エルモの攻撃を躱した瞬間、今ここしかないタイミングで魔術を起動、キィの手に確かな手ごたえが返って来た。
「よしっ! …………あるぇ!?」
手ごたえはあったというのに、アラタはなおも動き続けている。
【暗視】のホルダーであるキィには、そのからくりがすぐに見つかった。
「ちょっと! あとちょっとだけ頑張ってよ!」
「すみません……今日はもう…………ムリ」
ギブアップ宣言と共にリャンが仰向けに寝っ転がった。
土埃がついて汚れるのもお構いなしに、彼は満天の星空を楽しんでいる。
「5分経ってないよ!」
「いやぁ、綺麗な空ですねぇ」
「ねえってば!」
「今日はここまでにするか。キィも良かったよ」
一通り指導を入れたところで、アラタは木剣を逆手に持って終了の挨拶をした。
確かにキィが喚いているように、リャンの体力がもう少し続いていれば危なかったと冷や汗を流しているのは秘密だ。
バタバタと横になって息を切らしている隊員たちの中で、アラタは立ったまま自身の手を見つめている。
——調子が……いや、ここの所どんどん動けるようになってる気がする。
もっと、もっと戦える気がする。
どこまでも強くなれる気がする。
正しい努力をしたとしても、肉体というハードウェアの上限は決まっている。
しかし、ここは異世界、ここにはスキルが、エクストラスキルという名の神の祝福もとい呪いがある。
【不溢の器】が宿主の器を作り替えようとしていく。
高校ですでに完成形の域にあった少年の身体を、異世界用に、彼の望む姿にアップデートしていく。
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