半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第395話 勇者と戦うのは(レイクタウン攻囲戦20)

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 まごうことなき最強のクラス【勇者】。
 一般的な身体能力、魔力、魔力操作、空間認識能力、高度な知覚能力。
 とにかく、恩恵のない項目を考え付く方が難しいくらい優れたクラス。
 例外中の例外、存命かつ確認されているクラス保持者は世界広しと言えど彼一人。
 勇者レン・ウォーカー。
 勇者、その響きがどんなに絶望的な事か。
 異世界人で、この世界の常識に疎いアラタでさえも、そのクラスについては知っていた。

 以前、ノエルが彼女のクラス【剣聖】について自慢していた時の話だ。
 近接格闘戦において、比類なき能力を発揮する剣聖のクラスは、条件付きならば勇者を超え得る数少ないクラス。
 戦闘範囲は半径7m以内。
 魔術の使用禁止。
 魔道具の使用禁止。
 集団戦禁止。
 これだけの制約を課して、ようやく剣聖は勇者を超える機会を得ることが出来る。
 剣聖も世間的に見れば十分優れた希少なクラス。
 それでも勇者に並ぶためにはここまでしなきゃいけない。

「アラタ、本当は君に言いたくはなかった。でも、君の覚悟に、研鑽に、熱意に、努力に、君を形作る全ての存在に敬意を表したら、話さざるを得なかった」

 そう謝罪を口にしながら、ディランは少し落ち込んでいた。
 自分がレンだと、レン・ウォーカーだと、勇者だと打ち明けることは、相手との決別を意味するから。
 君と僕は違う、才能が、生まれが、運が、実力が、何もかもが違うから、君は僕に勝てないと、そう言外に伝えているに等しかった。
 だから、彼はこの言葉が嫌いだった。
 この言葉が嫌いだと自覚しつつも、彼は重要な局面においてこの事実を伝えずにはいられなかった。
 彼の願いの為に。

「だから何だよ」

 勇者の凄まじさを知りつつも、エネルギーの枯渇した肉体を引っ提げて、アラタはまだ武器を構えた。
 その目には、まだ光が宿っている。

「んだよ、凄いって言ってほしいのか? あ?」

 下がりかけていたディランの口角が、元に戻った。
 そしてみるみる吊り上がって、満面の笑みになる。

「アラタ、君は最高だ」

「きめぇ」

 実はディラン、見込みのある好敵手に対して自分が勇者だとカミングアウトするのは初めてではない。
 むしろ実力を認めた間柄には積極的に明かしていく方だ。
 だから、アラタのように啖呵を切ってくる相手も少なからずいた。
 それでも彼は、彼らに失望した。
 勇者の力をもってすれば、その威勢の良さが虚勢だとすぐにわかるから。
 声が数十Hz上がり、わずかに心音が加速して、じんわりと汗をかく。
 それだけで十分、相手が内心絶望していることは理解できた。
 それだけで、ディランは相手への興味を失ってきた。

「…………やっとだ」

「あぁ?」

「やっと出会うことが出来た。あー、剥製にして飾っておきたい」

「いちいち気色悪いんだよてめー」

「もう喋らなくていいよ。君の本心は分かっている」

「マジでキモいからやめて」

「君は美しい思い出として、僕の心の中で永遠に生き続けるんだ」

 ディラン、いやレン・ウォーカーが剣を構えた。
 先ほどの状態でも第1192小隊の隊員たちを雰囲気だけで圧倒するオーラを放っていたのに、今度はその比ではない。
 耐性のない人間なら、見ただけで卒倒しそうな存在感。
 アラタの額にも汗が流れる。

「今のアラタじゃ、僕の攻撃を受け切ることは出来ない。でも、僕ももう我慢できないんだ。だからゴメンね、味見させてくれ」

 ——来る。

 そう思った瞬間、レンは既に剣を振り始めていた。
 想像以上に速く、見えにくい。
 ゆっくり思考していては到底間に合わない攻撃速度に、アラタは反射的に肉体を操作する。
 脳味噌に情報を送って指示を待つ余裕は無く、条件反射のように刀を構えた。
 コンクリートに鉄の棒をこすり合わせたような、ギャリギャリという堅そうな音。
 アラタがレンの攻撃を防いだのだと自覚したころには、アラタの左腕に浅く傷が入っていた。
 黒鎧の切断面から魔力と粘性の修復液が染み出してきて、即座に防具を修復する。
 その噴出力はかなり強く、ほんの少しだけだが、敵の攻撃をいなすくらいには勢いがある。
 【痛覚軽減】で痛みをごまかしながら、アラタは前に踏み込んだ。

 自分の活きる道はここよりもさらに内側、超クロスレンジであると自覚しているから。
 なけなしの魔力で戦うのなら、相手の魔術を妨害するのに全振りすべき。
 必然的に距離は近づき、魔術以外で戦う選択肢しか残されていない。
 勇者相手にそれは悪手と思われたが、案外これがうまくいった。
 レンの剣はアラタの刀よりも長く、取り回しに問題がある。
 その程度、勇者の加護とレンの技量で巻き返せるのだが、アラタの戦い方がかなり攻めている。
 軽い傷は度外視で距離を詰めまくることによって、徹底的に有利なポジションを維持している。
 もう体力も限界だろうに、距離を取ろうとするレンと離れようとしない。

「……仕方ないか」

 これも君を認めたからこそだと、レンは声を出した。

「アリ! もういいよ!」

「おい」

 至近距離で睨みつけるアラタに向けるレンの表情は少しバツが悪そうだ。

「ごめんね。流石に僕も仕事はしなくちゃいけない」

 遠くで落雷が聞こえたような気がした。
 それが何を意味しているのか、理解できないアラタではない。
 アリソン・フェンリルと騎士団が動き始めたのだ。

「お嬢、どうしますか?」

「ほどほどに相手しましょ。全滅させてもいいけど、あとであいつに文句を言われたくないわ」

「なるほど、ところで……」

 モルトクはアリソンの青色の髪を見て、疑問を口にした。

「お嬢の髪とディラン殿の髪色は同じ仕掛けなんですか?」

「そうよ。私が教えてあげたの」

「有名人は大変ですな」

「ほんとよ。でもまあ、中々面白い種明かしだったんじゃない?」

 そう言うとアリソンは耳元にかけた【身体強化】とアーチファクトサブスペース再構築術式を終了した。
 ディランとアラタの会話を盗み聞きするのは十分らしい。
 彼女はディランのことを変質者や変態、精神異常者と罵るが、彼女も大概人格が終わっている。
 それに、人命に対する執着の無さはディランよりアリソンの方が上だった。

「ちゃっちゃといきましょ。雷槍群」

 アラタでさえ1発撃てばそこそこ疲労する雷槍を、一度に数十本用立てる。
 矢をはるかに凌駕する遠距離攻撃魔術が、雨あられと公国軍に降り注いだ。



「……どうしました?」

 アリソンらはハルツが相手をしており、第1192小隊は指揮下にある第301中隊、それから共同歩調を取る152中隊とアラタ対レンの戦いを見守っていた。
 割って入る隙間なんてまるでなく、せめて邪魔が入らないように露払いをするのが彼らの仕事だ。
 そんな中、キィが何かを感じ取った。
 隣にいたリャンの質問に答えることなく、キィは走り出した。

「キィ! ……アーキムさん、ここは頼みます!」

「わかった」

 唐突にその場から走り出したキィを追いかける。
 小柄で身軽な分、高いところに登るのは速くても平坦な場所での走力はやや見劣りする。
 市街地をパルクールよろしく駆け抜けて、辿り着いたのは壁の外側を見通せるほど高い位置にある協会。
 そこまでは辛うじてついていったリャンも、キィが傾斜のきつい屋根に上り始めたところで諦めた。
 キィが見ているのは北門の方向、こちらはまだ破られていない。

「キィ! 何があったのか教えなさい!」

 キィは感知系能力の熟練度だけで言えば、アラタよりも鋭いものを持っている。
 部隊の索敵担当は大抵キィになるし、それだけ信頼性の高いレーダーとして重宝されていた。
 そんな少年が、幼き瞳に見たものとは。

「あれは…………」

「キィ!」

「こ……うぅん、帝国軍だ」

「なんですか! 大きな声で!」

「帝国軍の増援だよ! 見えるだけでも3千はいる!」

 屋根から飛び降りたキィが、リャンの前に着地した。
 リャンはみるみる血の気を失い、足元がおぼつかなくなる。
 それを支えた少年はなんとも言えぬ顔で事実を通告する。

「僕らの負けだよ。撤退しなきゃ」

「……そうですね。キィはアラタの所に走ってください。私は司令部に向かいます」

「うん、気を付けてね」

「キィもですよ」

 それから数分後、北門の兵士らによって帝国軍の増援の姿が見えた。
 直ちに司令部に報告に行かねばと走り出そうとした時、司令部の方向から鐘の音が鳴る。
 城壁の修復のために取り壊した鐘楼に取り付けられていたそれは、街の崩壊を告げる天使のラッパ。
 レイクタウン攻囲戦における、公国軍の敗北を認める音だった。

「撤退準備! ぼさっとするな! 急げ!」

「アーキム、アラタが……」

 エルモの指摘する通り、アラタはまだレンと斬り結んでいる。
 かなりの長時間、すでに体は言うことを聞かない。
 途中からレンが手加減し始めたから命を繋ぐことが出来ているが、彼の気持ちひとつでアラタは命を落としかねない。

「なあ」

「なんだ」

「俺はアラタをここで死なせるわけにはいかないと思う」

 いつになく真面目な顔で、エルモはアーキムに伝えた。

「見てわかるだろ? あのレベルの人間は探したって見つかるものじゃない」

「そうだな」

「俺らみたいのは、まあ正直また生まれるさ。な?」

「お前らしくない。いつものサボり癖はどうした?」

「俺だって、引けない時があることくらい分かっている。それはきっと今なんだって、分かるんだよ」

 アーキムは正直、アラタのことがあまり好きではない。
 尊敬はしているし信頼も、信用もしている。
 だが、決定的に立場がかみ合わないのだ。
 あくまでもクレスト家、ノエルの仲間として活動するアラタと、ラトレイア家の人間として縛られている彼との間には個人ではどうにもならない溝がある。
 だから、今までアーキムは命じられたこと以上の成果を上げる努力をしてこなかった。

「アーキム、時間がねえ。お前がやらねえなら俺が指揮を執る」

「……待て」

「あ?」

「お前じゃ役者不足だ。俺がやる」

「……命令は?」

「アラタの救出及び撤退支援」

「作戦規模は?」

「第301中隊全隊員だ」

「いいねぇ」

「それから152と112にも協力を要請しろ。撤退戦だ」

 家柄のせいにして、やるべきことが為せないのはダサい。
 アーキムの中にも、そんな感情が残っていた。

「全員、アラタを護れ!」

 ここより先、血と命を以て突破口を切り拓き、己の尊敬する指揮官を逃げ延びさせる。
 勇者相手に撤退戦、彼らの人生屈指の高難易度任務が開始された。
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