半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第365話 急報

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 訓練が必要だ。
 その考えの対象は、何も自分だけではない。
 戦況が膠着状態にあったある日、第301中隊は再編成を命じられた。
 コートランド川の戦いで半壊した部隊の立て直しが必須であることは確かだ。
 ただ、アラタとしては誰でもいいというわけにはいきたくなかった。

「隊長、1人熱中症みたいです」

「荷台に載せられるか?」

「結構ギリです。けどまぁ、頑張ります」

「頼む」

 アラタ、アーキム、それからなぜかエルモが危惧していた通りの現状である。
 なぜエルモが新入りの質が低いことに言及してきたのかはさておき、これは十分に予測できた展開だ。
 アラタは10月に入ったのにまだ暑い天気にも非があると認めつつ、馬上で汗を拭った。
 100名から65名にまで減ってしまった部隊を立て直すために、第1師団内から補充が入った。
 都合35名、中隊の合計が100名に戻るように計算されている。
 しかし問題は頭数ではない、その質である。

 元来、小さいながらも肥沃な大地が広がるカナン公国領の兵士は弱い。
 対を成すように広い国土を持ち、その大半が不毛の地であるウル帝国の兵士との間には、越えられない壁がある。
 そこに昨今の優しさと思いやりに溢れた社会風俗の影響もあって、戦争初日から家に帰りたいとこぼす愚か者が出る始末。
 誰だって思うのは勝手だし、胸に秘めるなら何も思わない。
 問題なのは、『お前もそう思うよな』と周囲に同意を求めるところである。
 戦争になんて行きたくないのは事実だから、特段否定する話でもない。
 でも1人が2人、2人が4人と増えていくと、面倒な同調圧力が生まれる。
 結果カナン公国の歴史の中でも最多の脱走者率を叩きだすに至り、指揮官連中の悩みの種になっている。
 301中隊では未だ脱走兵がいなかったものの、アラタの抱える悩みも同種のものだった。

「隊長、また——」

「あと3kmくらいだから、歩かせるか馬に相乗りさせるかして対応しろ」

「あ、はい」

 ひっきりなしに新入りの状況報告に訪れていたデリンジャーを送り返すと、アラタは自身の服装を見返した。
 黒いインナーに、黒い軽防具。
 その上に金属板があしらわれた羽織状の鎧。
 鉢金まで真っ黒で、通称黒鎧。
 倒れるほどの暑さかな、そう空を見上げる。
 10月3日、心なしか和らいでいる気がする秋初めの日差しは、彼にはぬるく感じられた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「アラタ! ちょっと来い!」

「またこの流れ……」

 公国東部、戦線からさほど遠くないレイクタウンの街で、アラタはデジャブを感じていた。
 前回はこの後、物流系の人間に不正を持ち掛けられてひと悶着あった。
 今回はナシでお願いしたいと思う彼の頼みはそこまで難しいものでは無いはずだ。

「どうしました?」

 彼を呼びつけたハルツの元には、10個前後の木の箱があった。
 大きさはミカン箱くらいのもので、外見上特筆することは何もない。
 強いて言うならば……と考えても本当に何も出てこない。

「ハルツさん、これなんすか?」

「お前の所の小隊宛てだ。開けてみろ」

「うっす」

 腰にぶら下げていた釘外しを手に取ると、器用に釘を外していく。
 工業化の進んでいないこの世界では、釘一本一本取っても微妙に形が違う。
 釘というより、金属の短い棒である。
 上面を封印していた釘を全て取り終えると、箱を空けてゆっくりと覗き込む。
 雰囲気的に生き物が入っていないことは分かるので、警戒は必要ない。

「何だった?」

 ハルツが訊く。

「あー、切り替え用の装備ですね」

 送り主はメイソン・マリルボーン。
 マリルボーン伯爵家の長男だが、嫡男ではない。
 貴族社会に溶け込めず、あまりに不適格との事で廃嫡されたのだ。
 そんな彼でも、魔道具作りの際は人並み外れたものがあり、こうして第1192小隊、別名八咫烏の専用装備、黒鎧の開発制作者でもある。
 元は魔道具に傾倒し過ぎたが故の廃嫡でも、それが高じて親子の中は改善されたのだから、今となっては笑い話に出来る。
 一番の幸運は、彼の弟の出来がすこぶるよかったことだろう。
 そんな彼から送られてきた替えの装備が入っていることが分かったので、アラタは隊員たちを集合させた。

「装備を送り返すから今使っているやつは箱に詰めとけ。2人で1箱な」

 そう言いながら、すでに上着を抜いで箱に詰め始めているアラタ。
 彼の装備とセットで梱包するのはリャン・グエルだ。

「装備の数は20着ですか」

「まあな。3着余るのは仕方がない」

「それも送り返します?」

「いや、それはスペアとしてこっちで預かっておこう。修理が間に合うとも限らない」

「ですね」

「隊長! これ着ていいですか!」

 隊で一番の魔道具オタクのバートン・フリードマンはそう言いながら既に装着を始めている。

「かさばるし出来れば着とけ。ただ熱中症にはなるなよ」

「了解であります!」

 満面の笑みで装備をいじくり回しているのを見ると、メイソンが喜びそうだなと思った。
 アラン・ドレイク、コラリス・キングストンの老人2名もこの手の話題に目がないが、若いのにもガジェット系が好きな人間は多い。
 特に近年は魔道回路の技術革新が目覚ましく、魔道具の性能は順調に成長している。
 もしカナン公国に公開株式の制度があれば、魔道具関連事業に全ぶっ込みすれば億万長者間違いなしである。
 まあ無いものは無いし、株とFXの違いも判らぬアラタには関わりの無い話だ。

「アラタ! ちょっと見ろよ!」

「あー?」

 一通り装備が行きわたった辺りで、エルモが興奮気味に彼を呼びつけた。

「今回のメイソンは本気だぜ! 畜魔装置つけてやがる! それも自動切り替え方式だ!」

「……すごいの?」

「バッカおめー、これ半端ねーぞ!」

 アラタにはいまひとつ凄さが伝わってこない。
 バッテリー内臓型の扇風機付きジャージみたいなものくらいにしか思っていない。
 そもそも、高度に発展した世界の住人だったアラタと、この世界のナチュラルな住人である彼らとでは驚くポイントが違う。
 隊長アラタには響かなくても、エルモの声で新機能を発見した隊員たちはかなり沸き立っている。

「やべえ、すげえ」

「軽っ! 薄っ!」

「ちっげーよお前ら、これ出力どんだけあるんだよ」

 取り残され気味のアラタの隣で、ハルツが物欲しそうに見つめている。
 特注でサイズまで指定している代物、彼が装備することは無理だろうが、見せるくらいはいいだろうとアラタはそれを差し出した。

「見ます?」

「感謝する」

 手に持つと、見た目よりは重い。
 外見はほぼ普通の布地の服だから。
 そこに魔道素子やらアルミやら、普通ではない素材がふんだんに使用されている。
 それでも今ハルツが装着している板金の部分鎧よりは軽い。
 軽くて、可動域が広い。

「色は変えられるのか?」

「無理らしいです。隠密効果付けると大体こうなるみたいで」

「なるほど」

 納得しながら、今度は服の内側に目をやった。
 脇腹の辺りが少し分厚くなっており、触ると布と布の間に何かが入っている。
 恐らくこれが、例の新素材という物なのだろう。

「お前ら! いつまでも遊んでないで作業しろ!」

「でも今日泊まりですよね?」

「やかましいわ! 今15時だから……16時半までに終われば飯奢ってやるから!」

 あまりの進捗の遅さについ口走ってしまったが、もう撤回できない。
 小隊だけでなく、中隊の隊員全員がアラタの方を見つめていた。

「あ、あー……お前らの分も払ってやるから、だから早く作業を終わらせろ」

 結果、荷物の交換作業は16時前には終わったという。

※※※※※※※※※※※※※※※

「金はあるのか?」

「まあ……1人銀貨1枚くらいだと考えて中隊で金貨5枚。払えますよ払いますよ」

「あまり無駄遣いをするものじゃない」

「反省してます」

 このレイクタウンの街で100人以上収容可能な酒場を見つけることも、そこにこの時間帯から予約を入れることも、全部アラタの仕事となって降りかかって来た。
 まあ実際に出来たのだから文句は言わせない。
 日はとっぷりと沈み、すでに隊員の半数以上が店を後にしている。
 宴はとうに解散していた。
 アラタはハルツと2人で飲んでいるが、酔えそうにない。
 もうずいぶんと前から酒に酔うことが無くなっていた。

「部下を率いるのはどうだ」

「正直ガラじゃないですけど、俺がやることで生き残る命が増えるのなら頑張れます」

 アラタの隣では同じペースで飲んでいたカロンが早々につぶれている。

「ハルツさんはどうなんですか」

「俺は元々軍の人間だったからな。慣れているし、性にも合っている」

「中隊は目が届きませんよ」

「小隊長がいるだろう」

「それでも把握しておきたいと言いますか……」

「信頼できる部下がいれば、何も心配は要らない。お前はもう少し人を頼ることを覚えろ」

「はぁ……頑張ります」

「アラタ隊長!」

「おう」

 随分とご機嫌になって話しかけてきたのは、ウォーレン、テッド、カイと301の新入りたちだ。

「これから夜の街に繰り出してくるであります!」

「そっか。暴れたりしないようにな」

「了解であります!」

 鼻息を荒くして敬礼をした彼は、明日一体どこまで覚えているのだろうか。
 せめて先方に迷惑だけはかけないでくれという、アラタの願いだけは守ってほしいものだ。

「お前はこんなロートルと飲んでていいのか? 若いんだから遊んできていいんだぞ?」

「前にそれで怒られたばかりじゃないですか」

「そうだったな。だがまあ、今は戦場に居て、誰も見ていない」

「前と言ってること真逆ですよ。酔ってます?」

「あぁ。酔ってるみたいだ」

「マジですか」

 東部は農地が大半で、作物の実りが多く飯が美味い。
 地酒も当然のようにあるし、事実出来が良かった。
 ハルツの酒がここまで進むのも仕方がない。

「アラタ、戦争が終わったら軍に入れ」

「何ですいきなり」

「俺だって3児の父親だ。人の情くらい持ち合わせている。お前の人生を随分を浪費させたと思っている。だから……」

「軍でも冒険者でもやることは変わらんでしょ?」

「いや、話は俺が通しておく。後方でもどこでもいいから、もう剣を置け」

「あはは、だいぶ酔ってますね~」

 ウイスキーのロックグラスを傾けながら、アラタは笑う。
 酔っぱらいの相手をしているのは面倒だが、このくらいなら楽しさの方が勝つ。

「ノエル様やリーゼ、もっと言えば大公がお前を手放すとは考えにくい。だから軍なのだ。ここなら自分の人生を生きられる」

「なるほど……」

「とにかく、戦争が終わったら一度考えてみろ。自分自身の幸福という物を」

「…………寝ました?」

 返事がない、ただの酔っぱらいのようだ。

「ルークさん、あとお願いします」

「お前も手伝うんだよ」

「俺支払いとか店の片づけ手伝わないと」

「あぁ~」

 ハルツのパーティーメンバーで、形式上部下に該当するルークたちは、店の散らかりようを見てハルツの面倒を見る選択をした。
 汚物こそ誰も吐き出していないものの、中々に掃除が面倒そうになっている。

「ごちそうさまでしたー」

 ハルツに肩を貸しながら彼らが退店したのが午後23時。
 そこからアラタは店の手伝いだ。

「これ、気持ちですが」

「いいんですか!?」

「まあ、こんなに散らかしてますし、受け取ってください」

 アラタは店の女店主に金貨を1枚、料金とは別に握らせた。
 日本円で10万円する貨幣をポンと渡すのは、彼の金使いの荒さを物語っている。

「片付けまでしてくれて、本当に出来た軍人さんね」

「どーも。まあ本当は冒険者なんですけどね」

 店の従業員5名と、アラタで掃除を進めていく。
 あと数十分もすれば綺麗に原状復帰できそうだなとアラタが見込んだ時、それはやって来た。
 乱暴という以外に言葉が見当たらない扉の開け方をした兵士らしき男は、アラタを見るなりヘナヘナと座り込んだ。

「ドア壊す気か」

「す、すみません。アラタ殿、私は……あの……ごほっ、司令部の厩舎で……」

「……ドバイの担当さんですか?」

 言葉もなく頷く彼の背中には、矢が刺さっていた。
 緊急事態だと誰でもわかる。

「すいません、上の部屋に空きはありますか」

「えぇ、使ってくださいな」

「こいつを上に運んで、それから301中隊長の名前で兵士を何人か引っ張ってきてください。俺も治癒魔術師を手配してきます」

「ア……タ、殿」

「何ですか!」

「急報、です……司令官が、アボット閣下が……」

「もういい、寝てろ」

「公国の主力……が、敗、北……しま……」

「…………は?」

 アラタは、何を言っているのか理解できなかった。
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