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第5章 第十五次帝国戦役編
第363話 【赫ノ豺狼】
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彼は、知識欲は貧しい方だ。
分からないことをそのままにすることもザラにあるし、自ら進んで知識を身につけようとはしない。
だから、自らの身体に宿るスキル【狂化】についても、特段詳しい訳ではない。
思考能力の低下と引き換えに、身体能力の強化を得ることが出来る。
その程度の認識だ。
そんな彼の目の前で、【狂化】に対する常識、固定観念が音を立てて崩れていった。
彼と相対しているカイワレは、スキルを使うと宣言した。
鑑定系のスキルを有していないアラタは彼の言葉と雰囲気を信頼するしかないのだが、確かにスキルを使っている感じというのは見て取れる。
相手が【狂化】を使っていると仮定するのなら、先ほどの攻撃を捌くことは難しいはず。
それ以上に、会話を交わすことは不可能に近いはず。
「来る? 来ない? どうする?」
一旦距離を確保したアラタに対して、カイワレは再度問いかけた。
こんな会話も、普通出来ないはず。
彼の中の普通は、どうやら正しくなかったようだ。
アラタの中で、異世界における新たな常識がアップデートされていく。
【狂化】は、必ずしも思考能力をゼロにするものでは無い。
知識欲は薄くても、好奇心と向上心は人並み以上に備えている。
棒を握る手に力が入った。
「こちらからいきます」
「よし、来い!」
「雷撃!」
左手から打ち出された魔術がカイワレに迫ると同時に、アラタは棒を携えて距離を詰める。
もはやテンプレと化している彼の接近方法。
ただ、少しの工夫は忘れない。
走り出す前に、彼は地面にたっぷりと魔力を流し込んでおいた。
それを制御するために、予め走路の下にも魔力を充填しておいた。
あとは走っている最中に回路に干渉すれば、仕掛けが作動する。
地中で根のように枝分かれした魔術回路の端から順に、土を操作する魔術が起動した。
両者の距離は接近戦の間合いにまで縮まっている。
「土棘!」
今度も声を出して魔術を行使した。
先に射出した雷撃は既に躱されるか、撃ち落とされている。
カイワレの握る木の枝は、魔力膜で保護しているとは言えアラタの魔術を受けて折れていない。
基礎強化術もしっかりと習得しているみたいだと、アラタはカイワレの評価をさらに上方修正した。
土棘のメリットは、見えない場所、それも意識から逸れやすい下方からの攻撃オプションであるという点。
ただし、一定水準以上に魔力探知に長けている相手からすると、全て捌き切るのはさほど難しくない。
それ故に、手練れ同士の戦いではせいぜい陽動に使われる程度で、決め手としては弱い。
アラタの師アラン・ドレイク程にまで魔術を突き詰めれば話は変わるものの、それが世間の常識だった。
例に洩れずカイワレも後方からの攻撃を含む棘を全て躱しきり、その上でアラタと撃ち合った。
両者の持つ棒が交わった時、亀裂が入ったのはアラタの棒だ。
「怪しい」
「ちゃんとスキルは使っているよ」
それにしては正気を保ち過ぎている。
アラタはまだ木の枝が使えることを確認しつつ、近距離での打ち合いを所望した。
そしてカイワレもそれに応える。
「よく観察するんだ」
「言われなくても!」
ドンッ、と左足を強く踏み込んだ。
やや不自然さを覚えるくらいに。
カイワレの視線が一瞬そちらに向いたのを、アラタはしっかりと見ていた。
確かに左足からは、再度土棘を生成し始めている。
雷撃、土棘と声を出しながら行使していたところを、今度はサイレントで。
ただ、彼ほどの相手が土棘を見過ごすことはまずない。
もう一歩踏み込んだ搦め手でなければ、彼を崩すことは出来そうにない。
それはアラタも重々承知している。
だから、本命は別にある。
——風刃、並列起動8。
特段そうするべき体勢ではないのに、左袈裟から斬りつけた。
アラタから見て左上から右下への攻撃、土棘の起点となる左足側からの攻撃でもある。
当然カイワレはそれに応戦して枝を振っている。
タイミング的に防がれてしまうことはほぼ確定でも、もう1つの手が確実に当たるはず。
潤沢な魔力を持ち、術師としての確かな腕がある彼特有の強力な攻撃だ。
これを防ごうとするのなら、まず地中に魔力を放出して魔術の起動を阻害し、その上で体術、剣術で彼を制圧する必要がある。
もしくはアラタが放出する魔力をはるかに上回る量のエネルギーでもって地中の制御権を奪取し、こちらから魔術攻撃を仕掛けるか。
さあ、どれで来る?
どちらにせよ致命的な隙を生む。
この距離でそれだけの時間があれば、自分が勝つ。
詰み一歩手前まで持ち込んだと、アラタが認識したのは特別間違ってはいない。
豊富な実戦経験に裏打ちされた彼の状況判断は、何も勘や当てずっぽうではないから。
ただし、繰り返すがカイワレという冒険者は常識の外側にいる。
でなければ、Bランク冒険者であり中隊長であり、銀星十字勲章持ちの彼に稽古をつけることなど出来るものか。
フッと、アラタの眼の前からカイワレの姿が消えた。
低い!!
煙のように消えたかと思えば、地を這うように体勢を低くしたカイワレが木の枝を構えている。
彼は背後から迫りくる風刃をしっかりと看破していた。
自分に当たらないように、予め角度をつけて射出していたから、アラタが特段魔術に対して対処する必要は無い。
しかし、彼の身体の周囲には風刃の通過軌道が確保されていて、これ以上動き回ることは出来そうにない。
であれば、正面突破するほかなし。
アラタとカイワレの木の棒が交錯した。
「……マジか」
「味方で良かったね」
「いや、ほんとにそう思います」
クロスレンジの打ち合いを制したのは、Cランク冒険者カイワレ。
アラタの棒は根元から叩き折られていて、破片が地面に落ちている。
カイワレの棒はまだまだ使えるようで、一直線に形を保っていた。
喉元に突き付けた棒を引っ込めると、流れで訓練は終了した。
「もう動かないし、戻ろうか」
「あ、はい。ありがとうございました」
「俺もいい練習になった。近接と魔術をここまで使ってくる相手は珍しい」
笑うカイワレとは対照的に、アラタは今にも人を斬りそうな顔をしている。
負けず嫌いである証拠だ。
たとえ練習でも、負けることに慣れることは未来永劫ない。
「悔しそうだね」
「そうですね。最近負けてなかったので」
「まあ実戦では分からないだろうから、そこまで気にする必要は無い。それよりお勉強の時間だ」
「スキルですか?」
カイワレは先ほどまで使っていた枝を放り捨てて、また別の棒を拾った。
棒についている、枝分かれ部分を折りながら、彼は講義を開講した。
「スキルってさ、2つじゃないんだ」
「はい?」
「オンとオフ、2つじゃないんだよ」
「あぁ、はい……そうっすね」
「オンとオフには明確な線があるんだけど、起動していれば常に最大出力ってわけでもない。稀に絞りが利かないスキルもあるらしいけど、基本は当てはまると思う」
「【狂化】の絞りを覚えろってことですか?」
「察しが良いね」
綺麗な1振りの棒になったところで、カイワレは路肩の草を打ち据えながら言った。
よく見てみると、雑草を叩いているのではなく斬っている。
切り口が異様に綺麗だ。
「あー、でも、スキル出力を調整するくらいは俺でも出来ますよ?」
アラタもいきなり【狂化】を全開運用していたつもりはない。
それでもいつの間にか暴走してしまうから困っている。
「【狂化】系は調整が難しいんだよ。ただオンにしただけならすぐに持ってかれる。瞬間的に、出来る限り絞って、これが極意だよ」
「むっずかしーですね」
「まあ、こんなスキル使わないに越したことは無い。どこまで育てても頭打ちだしな」
「……何のことですか?」
アラタはいまいち言っていることが分からなかった。
さっきそこそこ本気のアラタに勝ったカイワレが【狂化】をベースに戦いを組み立てていたのなら、使えるように訓練する意味は十分にある。
それに頭打ちという単語も理解が出来ない。
「【狂化】は育たないんですか?」
「あー、そういうことじゃなくて。スキルを育て切ってもその上が無いよっていう話なんだけど……ハルツさんから聞いてない?」
「なんにも?」
「あーなるほど」
意味深な発言をされると、誰でも気になる。
「アラタさ、エクストラスキル持っているだろ?」
「誰がそう言っていたんですか?」
「ハルツさん」
「あの人は本当に……」
非戦闘系のスキルだからって、あまり人にベラベラと話すものでもないので、帰ったら文句を言うことに決めた。
それはそれとして、流石に隠し通すことは出来そうにない雰囲気。
「【不溢の器】ってやつです。効果は——」
「あーいい。普通隠しておくものだしね」
「ハルツさんの口が軽すぎるんですよ」
「いや、それもまあ問題ないと思う。親近感の問題だし」
「だから何のことですか?」
ハルツ・クラークという男は、周りにアラタのことを自慢げに話す癖に本人同士では意外と口数が少ない。
だからよく、今みたいな認識の齟齬が発生する。
まあ、お前は凄い、期待している、自慢の仲間だと面と向かって言いにくい彼の気持ちも理解してやらねばならないが、少しアンバランスではある。
カイワレは何をどう話したらいいのか少し迷い、それから考えることが面倒くさくなって全てぶちまけることにした。
「俺は狂戦士系の最上位スキル【赫ノ豺狼】のスキルホルダーなんだ。エクストラスキルは同時に一つしか存在しないから頭打ち。ハルツさんが俺に稽古を頼んできたのもそういう理由だと思うよ」
アラタの知る限り、自分を含めて3人目のスキルホルダーの発見。
エリザベス・フォン・レイフォードは既に死亡しているため、現行のスキルホルダーは2人という事になる。
近いと言えば近いが、これだけ多くの人と巡り会ってきてカイワレが2人目なのだから、妥当な線とも思える。
そもそも、エクストラスキルの種類や同時存在数、ばらつきなど何も知らないのだから、評価のしようがない。
考えが袋小路に迷い込んだところで、話を元に戻す。
「アレウセロンって強いですか?」
「うんにゃ、ほぼ使い物にならない。まあ【狂化】は最大限使いこなせるからそこがメリットかな」
「エクストラスキルになったら元のスキルは消えないんですか?」
「あー、まあそうなんだけど。効果としては残ったというか、【赫ノ豺狼】の範疇というか、まあそんな感じ」
「適当ですね」
「難しく考えても変わらないからね。シンプルに行こう」
2人が丁度八番砦の入り口に戻って来たところで稽古は終了となる。
「またやろう。【狂化】の行使は俺か、誰もいないところで一人でやること。体力が尽きれば勝手に終了するから」
「はい」
「ホルダー同士仲良くしようね」
「はい、ありがとうございました」
「はは、もっと軽くていいんだよ」
こうしてアラタの今日の訓練は幕を閉じた。
望んでいた答えと、思わぬ収穫を携えて、彼は何を考えて眠りにつくのか。
そして忘れてはならないのは、今が戦争中であるということ。
戦場は眠らない。
分からないことをそのままにすることもザラにあるし、自ら進んで知識を身につけようとはしない。
だから、自らの身体に宿るスキル【狂化】についても、特段詳しい訳ではない。
思考能力の低下と引き換えに、身体能力の強化を得ることが出来る。
その程度の認識だ。
そんな彼の目の前で、【狂化】に対する常識、固定観念が音を立てて崩れていった。
彼と相対しているカイワレは、スキルを使うと宣言した。
鑑定系のスキルを有していないアラタは彼の言葉と雰囲気を信頼するしかないのだが、確かにスキルを使っている感じというのは見て取れる。
相手が【狂化】を使っていると仮定するのなら、先ほどの攻撃を捌くことは難しいはず。
それ以上に、会話を交わすことは不可能に近いはず。
「来る? 来ない? どうする?」
一旦距離を確保したアラタに対して、カイワレは再度問いかけた。
こんな会話も、普通出来ないはず。
彼の中の普通は、どうやら正しくなかったようだ。
アラタの中で、異世界における新たな常識がアップデートされていく。
【狂化】は、必ずしも思考能力をゼロにするものでは無い。
知識欲は薄くても、好奇心と向上心は人並み以上に備えている。
棒を握る手に力が入った。
「こちらからいきます」
「よし、来い!」
「雷撃!」
左手から打ち出された魔術がカイワレに迫ると同時に、アラタは棒を携えて距離を詰める。
もはやテンプレと化している彼の接近方法。
ただ、少しの工夫は忘れない。
走り出す前に、彼は地面にたっぷりと魔力を流し込んでおいた。
それを制御するために、予め走路の下にも魔力を充填しておいた。
あとは走っている最中に回路に干渉すれば、仕掛けが作動する。
地中で根のように枝分かれした魔術回路の端から順に、土を操作する魔術が起動した。
両者の距離は接近戦の間合いにまで縮まっている。
「土棘!」
今度も声を出して魔術を行使した。
先に射出した雷撃は既に躱されるか、撃ち落とされている。
カイワレの握る木の枝は、魔力膜で保護しているとは言えアラタの魔術を受けて折れていない。
基礎強化術もしっかりと習得しているみたいだと、アラタはカイワレの評価をさらに上方修正した。
土棘のメリットは、見えない場所、それも意識から逸れやすい下方からの攻撃オプションであるという点。
ただし、一定水準以上に魔力探知に長けている相手からすると、全て捌き切るのはさほど難しくない。
それ故に、手練れ同士の戦いではせいぜい陽動に使われる程度で、決め手としては弱い。
アラタの師アラン・ドレイク程にまで魔術を突き詰めれば話は変わるものの、それが世間の常識だった。
例に洩れずカイワレも後方からの攻撃を含む棘を全て躱しきり、その上でアラタと撃ち合った。
両者の持つ棒が交わった時、亀裂が入ったのはアラタの棒だ。
「怪しい」
「ちゃんとスキルは使っているよ」
それにしては正気を保ち過ぎている。
アラタはまだ木の枝が使えることを確認しつつ、近距離での打ち合いを所望した。
そしてカイワレもそれに応える。
「よく観察するんだ」
「言われなくても!」
ドンッ、と左足を強く踏み込んだ。
やや不自然さを覚えるくらいに。
カイワレの視線が一瞬そちらに向いたのを、アラタはしっかりと見ていた。
確かに左足からは、再度土棘を生成し始めている。
雷撃、土棘と声を出しながら行使していたところを、今度はサイレントで。
ただ、彼ほどの相手が土棘を見過ごすことはまずない。
もう一歩踏み込んだ搦め手でなければ、彼を崩すことは出来そうにない。
それはアラタも重々承知している。
だから、本命は別にある。
——風刃、並列起動8。
特段そうするべき体勢ではないのに、左袈裟から斬りつけた。
アラタから見て左上から右下への攻撃、土棘の起点となる左足側からの攻撃でもある。
当然カイワレはそれに応戦して枝を振っている。
タイミング的に防がれてしまうことはほぼ確定でも、もう1つの手が確実に当たるはず。
潤沢な魔力を持ち、術師としての確かな腕がある彼特有の強力な攻撃だ。
これを防ごうとするのなら、まず地中に魔力を放出して魔術の起動を阻害し、その上で体術、剣術で彼を制圧する必要がある。
もしくはアラタが放出する魔力をはるかに上回る量のエネルギーでもって地中の制御権を奪取し、こちらから魔術攻撃を仕掛けるか。
さあ、どれで来る?
どちらにせよ致命的な隙を生む。
この距離でそれだけの時間があれば、自分が勝つ。
詰み一歩手前まで持ち込んだと、アラタが認識したのは特別間違ってはいない。
豊富な実戦経験に裏打ちされた彼の状況判断は、何も勘や当てずっぽうではないから。
ただし、繰り返すがカイワレという冒険者は常識の外側にいる。
でなければ、Bランク冒険者であり中隊長であり、銀星十字勲章持ちの彼に稽古をつけることなど出来るものか。
フッと、アラタの眼の前からカイワレの姿が消えた。
低い!!
煙のように消えたかと思えば、地を這うように体勢を低くしたカイワレが木の枝を構えている。
彼は背後から迫りくる風刃をしっかりと看破していた。
自分に当たらないように、予め角度をつけて射出していたから、アラタが特段魔術に対して対処する必要は無い。
しかし、彼の身体の周囲には風刃の通過軌道が確保されていて、これ以上動き回ることは出来そうにない。
であれば、正面突破するほかなし。
アラタとカイワレの木の棒が交錯した。
「……マジか」
「味方で良かったね」
「いや、ほんとにそう思います」
クロスレンジの打ち合いを制したのは、Cランク冒険者カイワレ。
アラタの棒は根元から叩き折られていて、破片が地面に落ちている。
カイワレの棒はまだまだ使えるようで、一直線に形を保っていた。
喉元に突き付けた棒を引っ込めると、流れで訓練は終了した。
「もう動かないし、戻ろうか」
「あ、はい。ありがとうございました」
「俺もいい練習になった。近接と魔術をここまで使ってくる相手は珍しい」
笑うカイワレとは対照的に、アラタは今にも人を斬りそうな顔をしている。
負けず嫌いである証拠だ。
たとえ練習でも、負けることに慣れることは未来永劫ない。
「悔しそうだね」
「そうですね。最近負けてなかったので」
「まあ実戦では分からないだろうから、そこまで気にする必要は無い。それよりお勉強の時間だ」
「スキルですか?」
カイワレは先ほどまで使っていた枝を放り捨てて、また別の棒を拾った。
棒についている、枝分かれ部分を折りながら、彼は講義を開講した。
「スキルってさ、2つじゃないんだ」
「はい?」
「オンとオフ、2つじゃないんだよ」
「あぁ、はい……そうっすね」
「オンとオフには明確な線があるんだけど、起動していれば常に最大出力ってわけでもない。稀に絞りが利かないスキルもあるらしいけど、基本は当てはまると思う」
「【狂化】の絞りを覚えろってことですか?」
「察しが良いね」
綺麗な1振りの棒になったところで、カイワレは路肩の草を打ち据えながら言った。
よく見てみると、雑草を叩いているのではなく斬っている。
切り口が異様に綺麗だ。
「あー、でも、スキル出力を調整するくらいは俺でも出来ますよ?」
アラタもいきなり【狂化】を全開運用していたつもりはない。
それでもいつの間にか暴走してしまうから困っている。
「【狂化】系は調整が難しいんだよ。ただオンにしただけならすぐに持ってかれる。瞬間的に、出来る限り絞って、これが極意だよ」
「むっずかしーですね」
「まあ、こんなスキル使わないに越したことは無い。どこまで育てても頭打ちだしな」
「……何のことですか?」
アラタはいまいち言っていることが分からなかった。
さっきそこそこ本気のアラタに勝ったカイワレが【狂化】をベースに戦いを組み立てていたのなら、使えるように訓練する意味は十分にある。
それに頭打ちという単語も理解が出来ない。
「【狂化】は育たないんですか?」
「あー、そういうことじゃなくて。スキルを育て切ってもその上が無いよっていう話なんだけど……ハルツさんから聞いてない?」
「なんにも?」
「あーなるほど」
意味深な発言をされると、誰でも気になる。
「アラタさ、エクストラスキル持っているだろ?」
「誰がそう言っていたんですか?」
「ハルツさん」
「あの人は本当に……」
非戦闘系のスキルだからって、あまり人にベラベラと話すものでもないので、帰ったら文句を言うことに決めた。
それはそれとして、流石に隠し通すことは出来そうにない雰囲気。
「【不溢の器】ってやつです。効果は——」
「あーいい。普通隠しておくものだしね」
「ハルツさんの口が軽すぎるんですよ」
「いや、それもまあ問題ないと思う。親近感の問題だし」
「だから何のことですか?」
ハルツ・クラークという男は、周りにアラタのことを自慢げに話す癖に本人同士では意外と口数が少ない。
だからよく、今みたいな認識の齟齬が発生する。
まあ、お前は凄い、期待している、自慢の仲間だと面と向かって言いにくい彼の気持ちも理解してやらねばならないが、少しアンバランスではある。
カイワレは何をどう話したらいいのか少し迷い、それから考えることが面倒くさくなって全てぶちまけることにした。
「俺は狂戦士系の最上位スキル【赫ノ豺狼】のスキルホルダーなんだ。エクストラスキルは同時に一つしか存在しないから頭打ち。ハルツさんが俺に稽古を頼んできたのもそういう理由だと思うよ」
アラタの知る限り、自分を含めて3人目のスキルホルダーの発見。
エリザベス・フォン・レイフォードは既に死亡しているため、現行のスキルホルダーは2人という事になる。
近いと言えば近いが、これだけ多くの人と巡り会ってきてカイワレが2人目なのだから、妥当な線とも思える。
そもそも、エクストラスキルの種類や同時存在数、ばらつきなど何も知らないのだから、評価のしようがない。
考えが袋小路に迷い込んだところで、話を元に戻す。
「アレウセロンって強いですか?」
「うんにゃ、ほぼ使い物にならない。まあ【狂化】は最大限使いこなせるからそこがメリットかな」
「エクストラスキルになったら元のスキルは消えないんですか?」
「あー、まあそうなんだけど。効果としては残ったというか、【赫ノ豺狼】の範疇というか、まあそんな感じ」
「適当ですね」
「難しく考えても変わらないからね。シンプルに行こう」
2人が丁度八番砦の入り口に戻って来たところで稽古は終了となる。
「またやろう。【狂化】の行使は俺か、誰もいないところで一人でやること。体力が尽きれば勝手に終了するから」
「はい」
「ホルダー同士仲良くしようね」
「はい、ありがとうございました」
「はは、もっと軽くていいんだよ」
こうしてアラタの今日の訓練は幕を閉じた。
望んでいた答えと、思わぬ収穫を携えて、彼は何を考えて眠りにつくのか。
そして忘れてはならないのは、今が戦争中であるということ。
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