半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第324話 正しいはず

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 アラタ達の所属している第1師団は、公国東部サタロニア地方、ミラ丘陵地帯に砦を築いていた。
 その数合計1万の軍が、帝国軍を待ち受ける。
 そこからさらに南東に位置するコートランド川付近で、公国軍本隊と敵軍が睨み合っている。
 2つの戦場の初戦は、どちらもカナン公国軍の大勝利に終わった。
 だが、どうにも敵の全容が見えないとの事で、アラタ達第1192小隊に偵察任務が下った。
 警備に当たっていた敵兵と、剣聖オーウェン・ブラックとの死闘から辛くも逃げ延びた彼らによってもたらされた敵軍の情報とは。

「緊急軍議だ。連隊長以上は本人か代理を立てるように命令を飛ばせ」

 第1師団長、アダム・クラークは指揮下にある将校たちを集合させたのだった。
 緊急事態につき集まるようにと前線指揮を行う将校が言われて、はい分かりましたと言える状況にある者ばかりではない。
 どうしても現場を離れるわけにはいかない人は数多く、最前線に近づけば近づくほどその傾向は顕著に表れた。
 その結果、十番、十一番砦の指揮官はその場に残り、代理として次席指揮官を寄越した。
 まあ話が分かる人間であればだれでもいいので、クラーク中将も何も言わない。
 それより今は会議が先決だ。

「座れ」

 ケイ・マクラクラン少将の指示で参加者が着席した。
 ハルツ、アラタ、レイヒム辺りは階級的にこの会議に参加することは無く、彼らの近辺では連隊長のリーバイ・トランプ中佐のみが参加していた。

「兼ねてよりこの戦場では敵の動きはおろか規模感すらつかめない状態が続いていたことは貴官らも知るところだろう」

 クラーク中将は続ける。

「結論から言おう。敵戦力が判明した。その数は2万6千」

 驚きと絶望と、あとは様々な感情が少しずつ天幕に満ちていく。
 もう一度言うが、丘陵地に集結しているカナン公国軍の数は1万だ。

「情報収集に当たったのは第1旅団、第2連隊麾下の第1192小隊だ。トランプ中佐、よくやった」

「はっ」

「そしてもたらされた情報は使わねば意味がない。私の考えをここで述べさせてもらう。各砦は守備を固め、敵軍の損耗を狙う持久戦に移行する」

 数名の参加者の手が上がった。
 上官の命令は絶対というのが軍という組織だが、生憎今はカンファレンスの最中、階級関係なく優れた意見が求められる。

「では右から……あー貴官らから見て左からどうぞ」

「私は反対です。敵軍の追加状態も分からない中で持久戦は危険です」

「彼と同意見だという者は?」

 マクラクラン少将が訊くと、手を挙げていたほとんどの士官に加えて、数名の参加者が手を挙げた。
 考えることは同じという事らしい。

「皆の考えは至極真っ当だ。私も同じ立場なら同じ意見を述べたと思う」

 そう言いながら、中将は後出しでとある情報を提示した。

「タリキャス王国が軍を起こす気配を出している。帝国軍とて無限に生まれるわけではなく、管轄は対カナン公国と同じ西部方面隊だ。分かるな?」

 …………あの爺、大事なことを隠すんじゃねえよ。

 そう心の中で毒づいたトランプ中佐は、当の本人とばっちり目が合った。
 中佐も手を挙げていたうちの一人だ。
 言葉を交わさずとも分かる。
 中佐の考えは中将殿に筒抜けだと。

「……………………」

 トランプ中佐は負けたように視線を逸らし、明後日の方向を向いた。
 まるで考えるだけなら問題ないですよと言わんばかりに。
 クラーク中将は少し面白そうな表情を見せ、すぐ元に戻った。

「現状敵の増援は考えにくい。一応考慮はするが、基本的に砦を中心に守備戦を展開し、公国からの援護で戦い抜く。攻勢に転じるタイミングは極僅かだ、見逃さないように。では解散!」

 そうして会議は締めくくられ、将校たちは急いで自陣へと引き返していった。
 今攻撃を受けているわけではないが、籠城戦に決まったのだからもっとガチガチに守る必要がある。
 罠の数を増やさなくてはならないし、堀の深さも増していく必要がある。
 他には物資の備蓄や何から何まで、やることは山積みだ。
 それほど戦略変更は大きな作業を伴うものなのだ。
 そうした命令は当然八番砦にも伝わるわけで、

「はいはいお前らちゃんと働けよ~」

 左腕を三角巾で吊りながら、その辺に落ちていた棒であれこれ指図する面倒な上官が一人。

「チッ、てめーもやれや」

「だな。それかもう1本肋骨折れ」

「そこ、何か言った?」

「「何も言っていないであります!」」

「そうか、それならいいんだ」

 アラタはにこやかに笑うと、椅子の上に腰かけた。
 ちゃぶ台くらいの高さしかないし、背もたれは無いし、グニャグニャとした質感で気持ち悪いし、何より不安定だった。

「グゥウ、隊長殿……重いです…………」

「あー聞こえないなぁ」

「パワハラで訴えてやる」

「じゃあお前は職務怠慢で首にするわ」

「くそぉ!」

 体幹トレーニングの一つであるプランクの体勢になっているエルモの尻に、アラタはどっかりと腰を下ろしている。
 基本的にこのような行為は非推奨で、体幹自慢やふざけ半分でこのようなことをしているに過ぎない。
 八番砦の防衛力強化のためにほぼ全員で作業に当たっていた時、エルモとカイはキィに魔術で氷を作ってもらって日陰で涼んでいた。
 そこをアラタに発見され、今に至る。
 さぼれそうな時間や場所を見つけることに関しては、アラタもエルモに引けを取らない。
 つまり、エルモがいそうな場所を探す事なんて朝飯前だった。
 別にアラタもさぼる場所を探して徘徊した結果彼を発見したとかでは決してない。

 もうそろそろ腰を悪くしてしまうだろうというアラタの温情で、エルモは通常のプランクに戻った。
 両肘を地面につき、体が大地とほぼ平行になるようにする。
 その際に腰が上がったり落ちたりすることなく、横から見て一本の線になるように心がける。
 普段からそれなりに鍛えている人でなければ、数十秒もすればプルプルと体が震えてくるだろう。
 エルモとカイは軍属なだけあってかなり持ったが、終わりの見えない筋トレほど辛いものはない。
 何せ体を鍛えることが目的ではなく、ペナルティとして与えられているだけなのだから。

「はい、そこまで。休みはないからみんなの所に戻れ」

「ブハァ、終わったぁ」

「だから早く行けって」

「いや、ちょっと待ってくださいよ」

「5・4・3…………」

 そう言いつつアラタは持っていた木の棒をぺしぺしと叩き始めた。
 これを使おうかな、という意志表示だ。

「分かりました! 行きますってば!」

「カイ行くぞ!」

 2人はアラタに絡まれないうちに、そそくさとその場から退散した。

「ったく」

 そんな彼らを見送るアラタの眼は、どこか懐かしそうだった。
 それこそ1学年10人程度しかいないような、超少数精鋭の全国トップクラスの野球部以外は、大抵学年に何人か腐った奴がいる。
 彼らは類まれなる実力と伸びしろを見込まれて強豪野球部に入部したにも関わらず、3年間試合に出ることがないまま高校生活を終える。
 みそっかす、落ちこぼれ、メンバー外、何と言われようと、一度腐ったみかんはどうあがいても食べることは出来ない。

 アラタがまだあらただった頃、彼はそう言った人種が心底嫌いだった。
 特待生もいたとはいえ、ほとんどが保護者に学費や寮費、野球にかかる金を出してもらっているにも関わらず、彼らは平気で遊ぶし真面目に野球をやろうとしない。
 誰のおかげで好きな野球を出来ていると思っているんだ、いや、そもそもお前らは本当に野球が好きなのか。
 そんな疑問は彼の中に常にあった。
 しかしそれも、高校2年から3年に上がる少し前に解消された。
 野球部を辞めた部員たちが、昼休みに校庭で楽しそうにキャッチボールをしているところを見かけたから。
 彼らは野球が嫌いになったのではない、競うことに疲れたのだと、彼は気づかされた。
 さぼるのは、それが嫌いだからでも、面倒くさいからでもない。
 ただ少し気分が乗らないだけだ。
 だからと言ってエルモとカイだけやらなくてもいいということにはならないし、捨て置くわけにもいかない。
 だから適当に絡みつつ、周りが納得するような軽い罰を与え、半ば強制的に仲間の輪の中に戻す。
 それだけでいいのだ。
 異世界にやって来た今となっては、高校生の時もっとこうすればよかった、こう言えばよかったとアラタが考えることは山のようにある。
 後悔は先に立たないけども、後にはいつまでも残り続ける。
 それは仕方のないことで、今更どうしようもできない。
 だけど、今は、これからの未来は変えられると考えられる。
 だから、さぼったくらいどうってことないのだ。
 そう考えて、アラタは笑う。

「隊長が笑ってますよ」

「アラタさん、珍しいな」

 そう小声で囁く部下たちの声は、今だけは彼の耳に届くことは無かった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「なぁハルツよぉ」

「無駄口叩いてないで手を動かせ」

「動かしてるじゃん」

「いいや、足りない」

「あのなあ、聖騎士のお前と一緒にするな」

 そうルークは溢しつつ、スコップで穴を掘る。
 強力な土属性魔術の使い手がいればよかったのだが、生憎タリアは治癒魔術師としての仕事のために出払っている。
 ハルツとその仲間たちは、八番砦のあたりでアラタたちとは別の担当箇所を請け負っていた。
 砦に近い木を切り倒し、草を抜き、焼き、堀を深くし、罠を張り巡らせ、砦内部の住環境を整える。
 長期戦の構えだった。

「なあハルツ」

「だからなんだ」

「本当にこれでいいと思うか」

「俺に訊くな」

 ハルツはスコップから少しずつこぼれ落ちて堀にたまった砂を、もう一度スコップで掬い上げて放り投げる。
 ボトボトッと湿った土が落ちる音が鳴った。
 彼もあまり戦術とか戦略とかが出来る部類の人間ではない。

「何か考えがあるならレイヒム殿に言ってくれ」

「俺あの人苦手なんだよ」

「そうか」

「だからお前に話す」

「聞くだけだ」

「こっちの戦力は多分筒抜けで、相手は2万6千。勢いに任せて攻めてこないのは分かるとしても、少し単調すぎやしないか?」

「じゃあどういう複雑な攻め方があるんだ」

「別に難しくねえよ。アラタの話じゃ本物の剣聖が参戦してるって話だ。なら夜にでも砦を襲撃させればこっちは対処のしようがないだろ」

「そこまでではないだろう。それよりその本物の剣聖という言い方はやめろ。偽物がいるみたいだ」

「それは邪推だ。お前がそう考えているからそう聞こえるんだよ」

「なに?」

「まあいいや、聞け。とにかく相手は何か考えている。それは確かだ」

「何かってなんだ」

「だからそこまでは知らねえよ」

「じゃあ今の状態は正しいはずだ」

「あのなあ、『はず』なんて適当な言葉を使うなよ。そこに原因を見つけるのが俺たちに求められる仕事だと思わないか?」

「思わない。兵士はただ戦うだけだ」

「あーそうですか」

「いいから手を動かせ」

「はいはい」

 雑談はそこで終わり、再び2人は土を掘り始めた。
 そんな彼らのやり取りを隣で聞いていたパーティーメンバーのレインは、正直ルークの意見に賛成だった。
 ただ、クラーク中将の方針が正しいはず、そう考えている自分もいるから手に負えない。
 結局、レインもルークもハルツも、流れるままに身を任せて作業を続けたのだった。
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