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第5章 第十五次帝国戦役編
第318話 膠着とはするものではなく、作り出すもの
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戦場におけるカナン公国の野営地は、思いのほか過ごしやすい。
ベッドは大雨による浸水に備えて半数はベッドを使用しているし、テントの中には虫もほとんど入ってこない。
朝食もしっかりと摂ることが出来て、今のところ問題なく機能している。
それもこれも、自分たちが半ば丸投げした輜重隊や兵站に従事してくれている民間人のおかげであることを再認識して、アラタは感謝の気持ちを抱いた。
休息を取っている第5分隊は八番砦にてハルツ率いる中隊と行動を共にしている。
そしてそれ以外の4個分隊は本営のある一番砦で朝を迎えた。
朝と言っても、そもそも彼らが就寝したのが夜の5時半。
もう朝だ。
そしてアラタが起床時間として設定したのは午前11時。
睡眠時間としては少なくとも、何もしないわけにはいかない。
その分今日は早く寝ることにしようと思いつつ、アラタは師団本部の天幕に入幕した。
「第1192小隊長、アラタです!」
「おー、昨日はご苦労だった。まあ来てくれ」
「失礼します」
アダム・クラーク中将は軽く返事をすると、彼を自分たちの方へと招いた。
床は地べたのまま、足の長めな背の高い机がいくつかくっつけられていて、その上にはこの近隣の戦場を模したと思われる模型がある。
積み木で陣地や地形を再現しつつ、下に敷いている地図が本命。
アラタがテーブルの前に立つと、会議が再開された。
「現状敵は仕掛けてこなくなった。まあこの砦を攻略する難しさを知って対策を取っている頃だろう。ということで、こちらの戦場は少し膠着するというのが読みだ」
「よろしいでしょうか」
「なんだ大佐」
大佐と呼ばれたいかつい男は、丁寧な所作で戦場の一角を指さした。
「九番砦を落とされると十一番砦が浮いてしまうのでは?」
彼が懸念しているのは、丘陵地帯を縦断している川の真ん中に位置している九番砦に関して。
戦場地図を上から見た際に、この砦は右下付近に位置している。
その右斜め上には十一番砦があり、そのさらに隣に十番砦がある。
確かに彼のいう通り、この砦が陥落した場合前2つの砦が浮いてしまうばかりか、川の上流にある八番砦も複数方向からの敵の攻撃を防がねばならない。
つまりここは、この戦いにおける要衝ということになる。
「兵士の数が足りないかと」
大佐は続ける。
九番砦には500からなる1個大隊が詰めているから、決して少なすぎるということは無い。
ただ、1,000の兵が詰めている砦もあることを考慮すると、前線にも拘らずこの数は確かに少なくも思えた。
師団長は部下に配置決めの際の記録を持ってくるように命じると、コーヒーを口にしながら地図を見た。
ミラ丘陵地帯に入って来た敵軍の数は推定1万5千。
そこと比較すると、もう少し置きたい。
反撃を警戒して一度に全軍を投入するようなことはしないと考えても、それなりの数で押されれば落ちてしまう。
数日前の記録を持ってきた部下は、指定のページをめくりながらクラーク中将に手渡した。
「こちらになります」
「なるほど。北東から入ってくることを考えたら初動に対策して北の人員を補強するのが適切か」
「特段おかしなことは言っておりませんな。向こうは砦に入っているわが軍の規模も知らぬわけですし」
先ほどとは別の大佐が彼の言葉を肯定する。
確かにそれなら理屈としては分からなくもない。
「現在の敵軍の配置は?」
「後方十数キロに下がって様子を見ています。斥候の報告では軍の立て直しを図っている可能性が高いらしく」
「確証が欲しい。もっと情報を集めよ」
「はっ」
会議をただ聞いていたアラタとクラーク中将の目が合った。
本当にたまたまなのだが、こんな時次に起こることは大抵予想できる。
「アラタ君はどう思う?」
ほれきたとアラタは心の中で笑った。
目が合ったくらいで話を振られても困ると途方に暮れつつ、それらしい答えを捻出するために頭をひねる。
「そうですね。まあ会敵した時と状況が違うわけですから、本営か三、四番砦あたりからいくらか回すべきでは?」
彼にしては随分とまともなことを言った自覚がある。
九番砦の後方に位置するこの砦には、合計1,500の兵が詰めている。
前方を厚くするのは、悪いことではない。
…………だが、良くもない。
「惜しいな」
クラーク中将はそう言った。
「ではどうしましょうか」
アラタが応える。
「六、七番砦から大部分を九番砦に送る。これで解決」
「それでは中盤にスペースが空いていざという時に対応できませんが」
一番初めに問題提起をした大佐が再び疑問を呈する。
随分と彼はしっかりしているというか、基本的というか、お手本通りの考え方をするらしい。
彼のような人間は重宝される。
ただ、クラーク中将の考えは違うようだった。
「九番で敵を出来る限り損耗させつつ、抜かれたら同砦の人員は八番砦に逃がす。そして六、七砦は破棄して敵を包囲する警戒網を再構築する。あとは全方位から攻撃を仕掛けて終わりということになる」
「そう上手くいくでしょうか」
今度不安になったのはアラタだ。
「師団左翼が同時期に抜かれると厄介ですが?」
今度は控えていた中佐も懸念を表明した。
しかしこれでいいとクラーク中将は言う。
「そのために左翼を厚くしたんだ、抜かれては困る。逆に右翼は多少後退してもいい。結局のところ八番すら抑えていれば勝てるのだから」
八番砦。
二番砦と同じく、陣地の中では少し低地に位置しており、相手からしたら攻めやすい。
それと同時に守備側も打って出やすく、ここに配置された部隊は他の砦への援護に急行できるというメリットがあった。
特に八番砦は川付近に位置していて、水源確保としての役割も大きい。
二、三、七番砦の中間付近には小さめの湖もあるのだが、生活用水への変換効率は川の水の方が好ましい。
そろそろ会議も終わりだ。
「とりあえず今のところはこの方向性で進めることとする。何か異論や質問のある者は?」
締めにかかったところで、ケイ・マクラクラン少将が挙手をした。
「質問です。敵味方に言えることですが、増援の予定はどうなっているのでしょうか」
「帝国の動向はどうも不透明だ。対してこちらは物資支援はあっても人の数が足りない。今も一般人からの志願兵を訓練したりしているそうだが……」
クラーク中将の顔は露骨に暗くなった。
志願兵と聞いて期待値が上がるはずが無いし、職業軍人の彼らからしたら尚更かもしれない。
「帝国の動きが読めない理由は?」
「単純に、斥候が戻らんのだ。恐らく殺されている」
「……なるほど」
これってヤバいんじゃないかとアラタは思った。
自分たちの所へ来る増援には期待できず、相手の後続に関する情報はシャットアウトされている。
もし仮に秘匿された部隊がすぐそこまで迫っていたとしても、目視で確認できるところまで到達した時に無策ならほぼ死んだも同然。
「中将、1192小隊に偵察任務を与えてください」
気づいた時にはそう口走っていた。
いつものことながら、彼は少々向こう見ずなところがある。
それが必要だと考えたのなら、自分の損得勘定は度外視してこういったことを請け負いがちだ。
だが、それも悪いことばかりではない。
上官からすれば、意思の疎通がはっきりと出来ているうえに下から志願してくれたというのは素直に嬉しい。
「今日は元々そのつもりで呼んだのだよ。アラタ君、君の小隊に敵の動向を探る偵察任務を命じる。正式な任務書類は後で送るから、それが到着し準備が完了次第出発するように」
「了解です」
「では部隊の集結に取り掛かりたまえ」
「はっ!」
一礼したアラタはそのまま天幕を後にした。
それとほぼ同時に会議は終了し、各々が配置場所に戻っていく。
アラタは今から部下を引き連れて八番砦まで徒歩で戻り、それから潜入準備をして相手側陣地に浸潤しなければならない。
先日の初戦と比べて、任務の難易度と重要度は格段に上昇した。
ここでのミスは、早々に戦争に決着がつきかねない。
カナン公国の敗戦という結果で。
「集合!」
アラタは4個分隊を大声で呼んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
「隊長、それ絶対いいように使われていますって」
「うるせーなーもー」
「確かに俺たちの強みは隠密行動ですけど、危険すぎますよ」
「わかったよもー」
「聞いてます?」
「聞いてるってば。分かったから黙っててくれ」
アラタは先ほどから、第2分隊のエルモに文句を言われている。
彼はカナン公国の警察組織である特務警邏機構の人間で、アーキム達離反組についていながらあとでしっかりと裏切り、黒狼の逮捕に貢献した人物である。
その仕事の特性上、彼は風見鶏のエルモと呼ばれることもある。
特に彼は気にしていない。
「おいアーキム、お前の所の隊員文句が多いぞ」
「すいません。叩きなおします」
そう言いながら、彼は右手を振り上げた。
彼が叩きなおすと言ったのは、精神的な要素ではないらしい。
「分かった分かったから! もう口答えしないって!」
「アーキム、もういい」
どうせまた厳しい任務にアサインされたら愚痴を溢すのだろうとアラタは認識しつつ、事の顛末の共有を続けた。
命令書は馬で運ばれるだろうし、こうして歩いている時間を加味すれば思ったより早く任務開始になりそうだ。
一行は二、三番砦の間を抜け、ルーラル湖の南側の湖畔を歩いていた。
少し遠くに五番砦の旗印が見えていて、右前方には七番砦がある。
これを全て抜くのはかなりの時間と人命が必要な気がした。
一つだけならまだしも、これらの砦が連携を密に取り合って防御しているのだから、生半可なことではミラ丘陵地帯を掌握できそうになかった。
まだまだ気温が高い日が続く中、水面の遠くは陽炎でゆらゆらと揺らめいている。
真夏、頭の真上にある太陽の光がルーラル湖に降り注ぎ、美しく輝いていた。
要塞化された砦の数々も、遠くから見ればそこまで人工物は気にならない。
雄大な自然は、本来なら観光地として開発されたり自然豊かな生物の揺り篭として機能したはずだ。
それを同じ種族同士の殺し合いのフィールドとして使用するのだから、人類という者は本当に度し難い。
「小隊長、暑いんすけど脱いでいいですか?」
黒一色の装備は熱さを加速させるので、中々苦しい。
一番最初に音を上げたのは、予想通りエルモだ。
しかしアラタは答えない。
「隊長」
「…………」
「アラタ小隊長殿」
「…………」
「聞いてますかー!」
「全員戦闘配置!」
「へぁ?」
間抜けな声を出したエルモをよそに、隊員たちは一斉に武器を抜いた。
特に動き出しが速かったのはキィとアーキム、ハリスの3人で、八咫烏時代からの経験値を感じた。
湖畔の先に、何かがいる。
否、スキル【感知】を持つアラタには、敵の姿がはっきりと見えていた。
迷彩柄の服装に身を包み、明らかに潜入任務中の集団。
考えることはどちらも同じようで、昨日痛めつけられた分向こうの方が動き出しが早かったらしい。
「バートン、空に向かって緊急の合図を。他の部隊が到着するまで敵をこの場に釘付けにする」
こちらは膠着を望んでいるのだが、向こうはそういうわけでもないらしい。
思わぬところで、第1192小隊は2度目の戦闘を迎えたのだった。
ベッドは大雨による浸水に備えて半数はベッドを使用しているし、テントの中には虫もほとんど入ってこない。
朝食もしっかりと摂ることが出来て、今のところ問題なく機能している。
それもこれも、自分たちが半ば丸投げした輜重隊や兵站に従事してくれている民間人のおかげであることを再認識して、アラタは感謝の気持ちを抱いた。
休息を取っている第5分隊は八番砦にてハルツ率いる中隊と行動を共にしている。
そしてそれ以外の4個分隊は本営のある一番砦で朝を迎えた。
朝と言っても、そもそも彼らが就寝したのが夜の5時半。
もう朝だ。
そしてアラタが起床時間として設定したのは午前11時。
睡眠時間としては少なくとも、何もしないわけにはいかない。
その分今日は早く寝ることにしようと思いつつ、アラタは師団本部の天幕に入幕した。
「第1192小隊長、アラタです!」
「おー、昨日はご苦労だった。まあ来てくれ」
「失礼します」
アダム・クラーク中将は軽く返事をすると、彼を自分たちの方へと招いた。
床は地べたのまま、足の長めな背の高い机がいくつかくっつけられていて、その上にはこの近隣の戦場を模したと思われる模型がある。
積み木で陣地や地形を再現しつつ、下に敷いている地図が本命。
アラタがテーブルの前に立つと、会議が再開された。
「現状敵は仕掛けてこなくなった。まあこの砦を攻略する難しさを知って対策を取っている頃だろう。ということで、こちらの戦場は少し膠着するというのが読みだ」
「よろしいでしょうか」
「なんだ大佐」
大佐と呼ばれたいかつい男は、丁寧な所作で戦場の一角を指さした。
「九番砦を落とされると十一番砦が浮いてしまうのでは?」
彼が懸念しているのは、丘陵地帯を縦断している川の真ん中に位置している九番砦に関して。
戦場地図を上から見た際に、この砦は右下付近に位置している。
その右斜め上には十一番砦があり、そのさらに隣に十番砦がある。
確かに彼のいう通り、この砦が陥落した場合前2つの砦が浮いてしまうばかりか、川の上流にある八番砦も複数方向からの敵の攻撃を防がねばならない。
つまりここは、この戦いにおける要衝ということになる。
「兵士の数が足りないかと」
大佐は続ける。
九番砦には500からなる1個大隊が詰めているから、決して少なすぎるということは無い。
ただ、1,000の兵が詰めている砦もあることを考慮すると、前線にも拘らずこの数は確かに少なくも思えた。
師団長は部下に配置決めの際の記録を持ってくるように命じると、コーヒーを口にしながら地図を見た。
ミラ丘陵地帯に入って来た敵軍の数は推定1万5千。
そこと比較すると、もう少し置きたい。
反撃を警戒して一度に全軍を投入するようなことはしないと考えても、それなりの数で押されれば落ちてしまう。
数日前の記録を持ってきた部下は、指定のページをめくりながらクラーク中将に手渡した。
「こちらになります」
「なるほど。北東から入ってくることを考えたら初動に対策して北の人員を補強するのが適切か」
「特段おかしなことは言っておりませんな。向こうは砦に入っているわが軍の規模も知らぬわけですし」
先ほどとは別の大佐が彼の言葉を肯定する。
確かにそれなら理屈としては分からなくもない。
「現在の敵軍の配置は?」
「後方十数キロに下がって様子を見ています。斥候の報告では軍の立て直しを図っている可能性が高いらしく」
「確証が欲しい。もっと情報を集めよ」
「はっ」
会議をただ聞いていたアラタとクラーク中将の目が合った。
本当にたまたまなのだが、こんな時次に起こることは大抵予想できる。
「アラタ君はどう思う?」
ほれきたとアラタは心の中で笑った。
目が合ったくらいで話を振られても困ると途方に暮れつつ、それらしい答えを捻出するために頭をひねる。
「そうですね。まあ会敵した時と状況が違うわけですから、本営か三、四番砦あたりからいくらか回すべきでは?」
彼にしては随分とまともなことを言った自覚がある。
九番砦の後方に位置するこの砦には、合計1,500の兵が詰めている。
前方を厚くするのは、悪いことではない。
…………だが、良くもない。
「惜しいな」
クラーク中将はそう言った。
「ではどうしましょうか」
アラタが応える。
「六、七番砦から大部分を九番砦に送る。これで解決」
「それでは中盤にスペースが空いていざという時に対応できませんが」
一番初めに問題提起をした大佐が再び疑問を呈する。
随分と彼はしっかりしているというか、基本的というか、お手本通りの考え方をするらしい。
彼のような人間は重宝される。
ただ、クラーク中将の考えは違うようだった。
「九番で敵を出来る限り損耗させつつ、抜かれたら同砦の人員は八番砦に逃がす。そして六、七砦は破棄して敵を包囲する警戒網を再構築する。あとは全方位から攻撃を仕掛けて終わりということになる」
「そう上手くいくでしょうか」
今度不安になったのはアラタだ。
「師団左翼が同時期に抜かれると厄介ですが?」
今度は控えていた中佐も懸念を表明した。
しかしこれでいいとクラーク中将は言う。
「そのために左翼を厚くしたんだ、抜かれては困る。逆に右翼は多少後退してもいい。結局のところ八番すら抑えていれば勝てるのだから」
八番砦。
二番砦と同じく、陣地の中では少し低地に位置しており、相手からしたら攻めやすい。
それと同時に守備側も打って出やすく、ここに配置された部隊は他の砦への援護に急行できるというメリットがあった。
特に八番砦は川付近に位置していて、水源確保としての役割も大きい。
二、三、七番砦の中間付近には小さめの湖もあるのだが、生活用水への変換効率は川の水の方が好ましい。
そろそろ会議も終わりだ。
「とりあえず今のところはこの方向性で進めることとする。何か異論や質問のある者は?」
締めにかかったところで、ケイ・マクラクラン少将が挙手をした。
「質問です。敵味方に言えることですが、増援の予定はどうなっているのでしょうか」
「帝国の動向はどうも不透明だ。対してこちらは物資支援はあっても人の数が足りない。今も一般人からの志願兵を訓練したりしているそうだが……」
クラーク中将の顔は露骨に暗くなった。
志願兵と聞いて期待値が上がるはずが無いし、職業軍人の彼らからしたら尚更かもしれない。
「帝国の動きが読めない理由は?」
「単純に、斥候が戻らんのだ。恐らく殺されている」
「……なるほど」
これってヤバいんじゃないかとアラタは思った。
自分たちの所へ来る増援には期待できず、相手の後続に関する情報はシャットアウトされている。
もし仮に秘匿された部隊がすぐそこまで迫っていたとしても、目視で確認できるところまで到達した時に無策ならほぼ死んだも同然。
「中将、1192小隊に偵察任務を与えてください」
気づいた時にはそう口走っていた。
いつものことながら、彼は少々向こう見ずなところがある。
それが必要だと考えたのなら、自分の損得勘定は度外視してこういったことを請け負いがちだ。
だが、それも悪いことばかりではない。
上官からすれば、意思の疎通がはっきりと出来ているうえに下から志願してくれたというのは素直に嬉しい。
「今日は元々そのつもりで呼んだのだよ。アラタ君、君の小隊に敵の動向を探る偵察任務を命じる。正式な任務書類は後で送るから、それが到着し準備が完了次第出発するように」
「了解です」
「では部隊の集結に取り掛かりたまえ」
「はっ!」
一礼したアラタはそのまま天幕を後にした。
それとほぼ同時に会議は終了し、各々が配置場所に戻っていく。
アラタは今から部下を引き連れて八番砦まで徒歩で戻り、それから潜入準備をして相手側陣地に浸潤しなければならない。
先日の初戦と比べて、任務の難易度と重要度は格段に上昇した。
ここでのミスは、早々に戦争に決着がつきかねない。
カナン公国の敗戦という結果で。
「集合!」
アラタは4個分隊を大声で呼んだ。
※※※※※※※※※※※※※※※
「隊長、それ絶対いいように使われていますって」
「うるせーなーもー」
「確かに俺たちの強みは隠密行動ですけど、危険すぎますよ」
「わかったよもー」
「聞いてます?」
「聞いてるってば。分かったから黙っててくれ」
アラタは先ほどから、第2分隊のエルモに文句を言われている。
彼はカナン公国の警察組織である特務警邏機構の人間で、アーキム達離反組についていながらあとでしっかりと裏切り、黒狼の逮捕に貢献した人物である。
その仕事の特性上、彼は風見鶏のエルモと呼ばれることもある。
特に彼は気にしていない。
「おいアーキム、お前の所の隊員文句が多いぞ」
「すいません。叩きなおします」
そう言いながら、彼は右手を振り上げた。
彼が叩きなおすと言ったのは、精神的な要素ではないらしい。
「分かった分かったから! もう口答えしないって!」
「アーキム、もういい」
どうせまた厳しい任務にアサインされたら愚痴を溢すのだろうとアラタは認識しつつ、事の顛末の共有を続けた。
命令書は馬で運ばれるだろうし、こうして歩いている時間を加味すれば思ったより早く任務開始になりそうだ。
一行は二、三番砦の間を抜け、ルーラル湖の南側の湖畔を歩いていた。
少し遠くに五番砦の旗印が見えていて、右前方には七番砦がある。
これを全て抜くのはかなりの時間と人命が必要な気がした。
一つだけならまだしも、これらの砦が連携を密に取り合って防御しているのだから、生半可なことではミラ丘陵地帯を掌握できそうになかった。
まだまだ気温が高い日が続く中、水面の遠くは陽炎でゆらゆらと揺らめいている。
真夏、頭の真上にある太陽の光がルーラル湖に降り注ぎ、美しく輝いていた。
要塞化された砦の数々も、遠くから見ればそこまで人工物は気にならない。
雄大な自然は、本来なら観光地として開発されたり自然豊かな生物の揺り篭として機能したはずだ。
それを同じ種族同士の殺し合いのフィールドとして使用するのだから、人類という者は本当に度し難い。
「小隊長、暑いんすけど脱いでいいですか?」
黒一色の装備は熱さを加速させるので、中々苦しい。
一番最初に音を上げたのは、予想通りエルモだ。
しかしアラタは答えない。
「隊長」
「…………」
「アラタ小隊長殿」
「…………」
「聞いてますかー!」
「全員戦闘配置!」
「へぁ?」
間抜けな声を出したエルモをよそに、隊員たちは一斉に武器を抜いた。
特に動き出しが速かったのはキィとアーキム、ハリスの3人で、八咫烏時代からの経験値を感じた。
湖畔の先に、何かがいる。
否、スキル【感知】を持つアラタには、敵の姿がはっきりと見えていた。
迷彩柄の服装に身を包み、明らかに潜入任務中の集団。
考えることはどちらも同じようで、昨日痛めつけられた分向こうの方が動き出しが早かったらしい。
「バートン、空に向かって緊急の合図を。他の部隊が到着するまで敵をこの場に釘付けにする」
こちらは膠着を望んでいるのだが、向こうはそういうわけでもないらしい。
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