半身転生

片山瑛二朗

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第5章 第十五次帝国戦役編

第317話 戦況報告:1581/9/11

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 ——記録
 1581年9月11日

 カナン公国主力はコートランド川以西に陣を敷き、川を挟んで帝国軍を迎え撃った。
 結果は快勝、こちらの損害が死者20、重傷者34、軽傷者51名であるのに対して、帝国兵の死者は戦場に横たわっていた遺体収容数だけで346、負傷者数はこの3~4倍に上ると考えられ、損耗率は5%前後であると推測される。
 後続の部隊が存在することや、負傷者が戦線に復帰することを加味すれば割合は低下するものの、わが軍の大勝利である。

 北西のミラ丘陵地帯ではアダム・クラーク中将指揮の下、中央軍第1師団が敵軍と衝突。
 敵軍に最も近い十一番砦が攻撃を受け、その周囲で小規模な戦闘が発生。
 敵は同砦を陥落できないまま撤退、八番砦へ威嚇するために展開されたと考えられていた敵大隊を第206中隊が迎撃、これを打ち破る。
 同部隊の大隊長とされる人物は、第1192小隊長アラタによって討ち取られ、敵に大きな損害を与えた。

 司令官アイザック・アボット大将曰く、『これ以上ない順調な滑り出し』とのこと。
 カナン公国軍の勝利を信じて、明日も筆を執る。

 カナン公国軍司令部付き戦史記録係 エドワード・テイラー

※※※※※※※※※※※※※※※

「小隊長、こんなのって無いですよ」

「黙ってろ。これも任務だ」

「任務任務任務って、隊長殿は任務以外に何もないんですか?」

 暗闇の中、明かりも付けずに散歩している彼らの所属は第1192小隊。
 現在索敵及び地形把握任務中だ。
 先ほどからアラタに対して不満をぶちまけているのは第3分隊のハリス。
 彼も長いパン屋の堅気生活のおかげで倫理観が修正されてきたのだろう。
 日中の戦闘の後に警戒任務を命じられれば、露骨に機嫌も悪くなるというものだ。
 20名をぞろぞろと引き連れて歩くわけにもいかないので、第1と第3分隊がコンビを組み、第2と第4分隊がこれまたペアを組む。
 第5分隊は唯一就寝を許されていて、部隊員たちからは羨望と恨みの視線が注がれた。

「じゃ、お疲れ様でーす!」

 なんてシリウスが満面の笑みで言うものだから、余計に腹立たしい。
 彼らは八番砦を出て川を渡り、十番砦に向かう。
 そこをチェックポイントとして通過しつつ、今度は公国軍側へ向かって川を渡り、五番砦に入る。
 最後に二番砦の隣を通り過ぎて第1師団本営である一番砦で終了だ。
 今日彼らは本営に休憩所を用立ててもらっている。
 逆に言えばそこまでいかなければ寝場所にすらありつけない。

「ったく、戦争始まる前の情報で十分だろ」

「俺もそう思う」

 ハリスの愚痴にウォーレンも同調した。

「おい、口を閉じておけ」

 第3分隊長のデリンジャーが注意して、ヴィンセントは相変わらず無口。
 顔合わせの自己紹介の時も、彼は唯一名前だけしか名乗らなかった。
 周囲も気を遣っているものの、打ち解けられていない。

「小隊長」

「なに?」

「このまま川を渡って本営に向かいませんか? どうせこの先も知ってるんでしょう?」

「ダメ」

「そんなぁ」

「ハリス……」

 リャンはキィの手を取り、少し距離を取った。
 彼はこの中ではアラタとの付き合いが長い方だ。
 それに従ってアラタという人物への解像度もそれなりに有している。
 お説教の時間が始まると、予期したのだ。

「それじゃ任務の意味が無いだろうがそれに日中と夜間では見える景色も全然違うし動き方も歩き方も警戒態勢の敷き方も変わってくるこれって前に教えたよなまさか忘れたわけじゃないだろうな俺がせっかくレクチャーしてやってお前メモまで取っていたのにあれは飾りだったのかだったら捨てちまえそんなもん大体にしてお前は横着し過ぎなんだ当たり前のことを当たり前にこなすこれすなわち凡事徹底これが出来ない奴は俺の部隊に要らないし他の組織でもすぐに死ぬかクビになるぞ覚えとけそれにこれは戦争で集団戦だからお前ひとりのミスはお前を殺すだけでは止まらない周囲にいる仲間に必ず災いが降りかかるその前に俺がお前を粛清してやってもいいんだぞおい聞いているのかお前の不注意が仲間を殺すことだってあるんだしっかりしろこの馬鹿垂れ」

「…………はぃ」

 たった数度の息継ぎでこれだけのお説教を終了したアラタは、肩で息をしている。
 アラタだってふかふかのベッドを使って夜の10時くらいには寝たいところを我慢しているのだ。
 それをこんなモチベーションが下がることばかり言われたら文句の一つや二つや十個や百個くらい言いたくなる。
 アラタのお叱りを受けたハリスは以降静かになり、彼らは暗闇の中に溶け込んでいく。

 彼らの装備している黒鎧は名前の通り黒ベースの防具であり、日中は少し目立つ。
 それでも器具に仕込まれた魔術回路がスキル【気配遮断】に近い簡易効果を発動してくれるおかげで随分と視認性は低下している。
 それが夜になるとどうだろう。
 もう完全に見えないし、精鋭部隊の彼らの歩く様は非常に様になっている。
 木の枝を踏むことを避け、葉の生い茂る場所を躱し、必要であれば伐採も行う。
 これらの気遣いが隠密性に寄与しているのだから、やはり彼らはプロフェッショナルだ。

 十番砦に到着した彼らは、その場を取り仕切る士官からの詳細なレポートを受け取り、それを本営に届ける役割を追加で受けた。
 これくらいのことなら特に手間ではないので快く引き受けた一行、嬉しかったのは1192小隊に向けて軽食を用意してくれたことだろうか。
 夕方の飯時に任務を言い渡され、そのまま食事もとらずに出発した第1、第3分隊の面々はにこやかな笑みでパンにかじりつく。
 軍事物資で保存期間が長いものを選定したせいで、パンは木の板のように硬い。
 それでも一緒に出してくれたスープにしばらく浸しておくと、いくらか柔らかくなって食べられるようになった。

「貴重な食事を感謝します。明日も頑張りましょう」

「はい、ではまた」

 十番砦からの報告には、十一番砦と共有した情報も含まれていた。
 本来こういった情報はある程度の機密性を担保するために、階級ごとに閲覧制限がかけられている。
 小隊で言えば、小隊長と副隊長、つまりアラタとアーキムだけが知ることのできる情報だ。
 しかし、第1192小隊は例外である。
 各組織の選りすぐりをカナントップクラスの戦闘力を持つアラタが鍛え、率いているのだから、その辺に関するマネージメントも多少緩くなるのだ。
 アラタは真っ暗闇の中スキル【暗視】を使用して書類の中身を伝達する。
 彼と別行動中の3個分隊にも内容は共有される予定だ。

「敵の概算はおよそ1万5千。そのうちの2千程度が十一番砦攻略に参加。俺たちが交戦した大隊のことは書いてないからそれも加えると2,500か。十番砦から300って半分以上か。援護に入り、その後ろを五番砦でフォロー。結果敵軍の被害は調査中としながら砦の被害は軽微、死者は15名、負傷者は重軽傷者合わせて30名らしい」

「まずまずですね」

「砦守ってても矢が当たったり魔術で殺されたりはある。仕方ないことだ」

 上々の戦果に喜んだリャンに対して、カロンが捕捉する。
 どんなに大勝したとしても、戦いが発生した時点で味方が死なないことなんてありえないのだ。
 もしそうなら、よほど優秀な指揮官と、優秀な兵士と、時の運が合わさる必要があるだろう。
 引き続き彼らはアラタからの戦況報告を聞きながら、五番砦に向かって歩き続ける。
 馬を使いたいのはやまやまだが、それでは地形の把握に取り掛かる時間もないまま通り過ぎてしまう。
 あくまでも今回の任務は警戒と、戦場の地形把握の2つなのだ。
 どちらか片方が欠けては任務成功とはいえない。
 だから夜間の間全ての時間を使って調査する必要があるのだ。
 これは余談だが、同時刻に戦場を歩き回る存在は彼らだけではない。
 公国軍の他の部隊も人員を確保して地形の把握に努めている。
 ここが公国領の内部だと言っても、全てを把握しているわけではない。
 GPSなんてものがないこの時代、さらに人工衛星による地図の自動生成も出来ないわけで、地形情報には若干の相違があることが普通なのだ。
 だから彼らは今日も歩く。
 出来る限り地形戦でアドバンテージを取れるように。
 そしてそれは敵も同じである。
 今頃元気な部隊に同様の命令が下っているに違いない。

「小隊長、五番砦です」

「今何時だ?」

「深夜の3時半であります」

「風呂入りたいな」

「諦めましょう」

 8名の隊員がこの場にいて、アラタに対しては敬語を使う人間の方が多いので、誰が返事をしたのか字面では少々分かりにくい。
 懐中時計を常に持っていて、時間を把握する几帳面なのは第3分隊のウォーレン、アラタに同調しつつ宥め、諫めるのはリャンの仕事だ。
 一行は五番砦到着、先ほど受け取った情報を共有している間に、五番砦からの報告書を受け取り、気になった箇所をあらかじめ確認しておく。
 彼らが分からないことというのは、司令部でも疑問になる可能性が高いから。
 今度は時間が時間だけに食事を取ることも無く、水分補給だけするとまた歩き出した。
 空はまだまだ暗くても、あと2時間くらいで朝になる。
 夏の朝は早い。

「小隊長、ちょっといいっすか」

 周囲の地形を把握するために少し広がって歩いていたところで、ハリスが彼に近づいてきた。
 少々変わった人間だが、悪い奴ではない。
 それがアラタから見たハリスという人間。

灼眼虎狼ビーストルビーのメンバーで、何で隊長だけ従軍したんですか」

「あぁ、それか」

 従軍することが決まってから今日ここにいたるまで、アラタは同じ質問を別々の人々に何度か聞かれたことがあった。
 その度に答えることは変わらない。

「ノエル、リーゼは貴族の子女だからNG。あいつらを戦場に出したら護衛に何人割くかで議論になるからな」

「ではクリス殿は? あの人は関係ないでしょう」

「あいつはほら、視力が回復してまだ療養中だから」

「でも戦えますよね」

「それからあいつらに共通して言えるのは、女だってことだ」

「女性を特別扱いし過ぎじゃないですか?」

 ハリスは、何とかして部隊に女っ気を持たせたいようにアラタには感じられた。
 そんなにいいものでもないというのに。

「性別が違うんだから違いを考慮するのは当たり前だ。月一で体調と機嫌が悪くなる兵士なんて要らないし、捕虜になった後の扱いを考えればリスクは避けたいし、戦闘能力の平均値で言えば男の方が高い。あいつらは置いといてな。それなら別に連れてくる理由はないだろ。従軍しないでクエストを回す人間も必要な訳だし」

「それはその通りですけど……なんかこう、華が無いです」

「来る場所を間違えたな。この小隊は中々に男臭い」

「汗と泥でべとべとですよ。いつか病気になっちゃいます」

「任務の重要度に応じて優先的に風呂を使用できないか交渉してみよう」

「マジっすか!? 期待していいんですよね!?」

「最悪水浴びでもいいだろ。夏だし」

「もうすぐ秋ですよ」

「そう?」

「そうですよ! ……って、隊長、ゴールが見えてきましたよ!」

 ハリスが指さす方向に、司令部の置かれている一番砦の姿が見えた。

「やっと休めるな」

 開戦初日から徹夜で任務に従事していたアラタのつぶやきは、部下たちに鬼のような共感を与えた。

 眠い、疲れた、早く休みたい。

 そこから少し早歩きになった2個分隊は、早々に報告書の提出を終えて泥のように眠った。
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