半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第305話 続いてほしい日々(第4章最終話)

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 アラタが異世界にやって来てから、1年が経過した。
 死にかけたり、実際本当に死んだり、生き返ったり。
 様々な場所を転々として、その旅路の果てには掛け値なしの絶望が口を開けて待っていた。
 それでも、命ある限りは生きて行かねばならない。
 彼一人では無理だったろう。
 きっと早々に命を絶ち、彼の人生はそこで終わっていたはずだ。
 しかし、そうならなかった。
 ノエルが、リーゼが、クリスが、シルが、大勢の人間が、彼に生きる意味を与えてくれた。
 だから、今日も彼は元気だ。

「アラタ! 早くしないと全部取られちゃう!」

「先行ってていいよ」

「そういうことじゃない!」

 刀を袋に入れて背負っているが、いつもの黒装束ではない。
 クリスも同じで、私服姿だ
 一方リーゼはと言うと、武装していない代わりに上下ツナギを着ている。
 防水加工が施された、池の中に入っても大丈夫なあれだ。
 ノエルも同じで、レンコン農家に転職でもしたような出で立ちをしている。
 何も家から着て行かなくてもいいのにとアラタは思いながら、ようやく準備を終えて靴を履く。
 それをノエルとリーゼがまくしたてるのだ。

「早く早く!」

「先行きますよ!」

「だから行けって」

 この異常なテンションの高さについていけないアラタとクリスは、一周回って逆に盛り下がっている。
 そんな彼らのケツを叩くのは、妖精のシルだ。

「食費がかかってるから急いで!」

 本当に家事に関することに妥協が無いシルキーのシルは、つい最近自分の店を持った。
 扱っているのは、灼眼虎狼ビーストルビーが収穫したものの内、ギルドで扱えないような癖の強い物を加工した商品。
 一般向けの取引はゼロに近いが、これで中々好調な滑り出しを決めている。
 もはやアラタに親としての威厳は残されておらず、シルにお小遣いをもらう日々だ。

 馬を駆り北東に向かうこと1時間。
 首都からさほど離れていないある山中に、それは発生する。
 光を反射して美しく七色に輝く体。
 鱗がほとんどなく、捌く手間はかなり少ない。
 何より、魔石は取れるわ味は美味いわ、大量発生しているわで文句なしの逸材。

「ゼリーフィィィィィッシュ!!!」

 馬から降りて木に括り付けるなり、ノエルは絶叫しながら走って行ってしまった。

「ノエル! ずるいです!」

 それに続いてバタバタとツナギをばたつかせながら追いかけるリーゼ。
 なんだかもう、2人はアホらしくなってきた。

「俺たち必要だったかな」

「必要なかっただろう」

「もう! 2人とも急いで!」

 シルが八咫烏組の背中を押していくことで、彼らは少しずつ前進していく。
 ノエルとリーゼが水の中に入ってもいい格好をしているのに対して、アラタは手ぶら、クリスは動物の皮で出来た袋を持っていて、いかに適当な準備でやって来たかよくわかる。
 いかにやる気がなくても、それでもこの光景を見れば、多少はテンションが上がるだろう。
 そんなシルの考えは、しっかりばっちり的中した。

「「おぉぉぉおおお」」

 思わず感嘆の声を漏らした2人。
 その視線の先には、太陽光に反射してキラキラと輝く水面と、その中でバシャバシャと動き回っている十人程度の人影があった。
 当然そのうちの2人は自分たちと同じパーティーで、彼女たちが一番必死に暴れまわっている。
 3人は水際から少し距離を取った平地に座り、少しの間観客としてその様子を眺めることにした。
 彼らは水の中に入る用意が出来ていないから。

「アラタァ! 来い!」

 そんなノエルの叫び声もどこ吹く風、アラタはにっこりと笑うだけで動こうとしない。

「クリィス!」

 隣に座っている後天性オッドアイの女性も大音量で名前を呼ばれたが、ガン無視を決め込んでいる。
 川の中になんて入りたくないのだ。

「あいつらが獲ってきたやつ、捌く準備しようか」

「そうだね」

 同意したシルが包丁を確認し、まな板を取り出した。
 アラタはクリスが持ってきたバケツの中に水弾を生成して水を流し込む。
 川の水でもいいが、出来るなら清潔な方が良い。
 クリスは氷属性の魔術を発動させて魚を保存するための準備を進めている。
 アラタよりも魔術適正の無い彼女でも、世間的に評価すればその腕前は一流だ。
 時間を掛けさえすれば、こうしてそれなりに多くの氷を生成することだって出来る。

「あいつらいつまでやってんだ」

 残暑の厳しい9月、炎天下で彼らは待ち続ける。
 川の中にいる方は冷たくて丁度いいかもしれないが、待っている方はひたすらに暑い。
 既にクリスが作り出した氷は大半が溶けるか食べるかしてしまい、ほとんど残っていない。
 これではゼリーフィッシュを持ち帰る為にはもう一度魔術を行使する必要がある。

「アラタ」

「はいよ」

 返事をしながら魔術、氷結を行使した彼によって、周囲に冷気が溢れ出した。
 この氷でかき氷を作って食べたら、きっと美味いだろう。

「甘い魚かぁ。それって大丈夫なの?」

 アラタは元の世界の常識から、ゼリーフィッシュに対して懐疑的だ。

「だいじょうぶ」

「シルがそう言ってもなあ。食べたことないでしょ?」

「みんな食べたがってるから、きっとだいじょうぶ」

「それもそうか」

 考えることはやめて、異世界の珍味を楽しみに待つこと数十分、ノエルとリーゼは溢れんばかりのゼリーフィッシュを捕獲して陸に戻って来た。

「来てっていったじゃん!」

 ぷりぷりしながらも、ノエルの持つ袋は今にも破けそうなくらい魚が詰められている。
 きっと何匹かは酸欠で死んでしまっているだろう。

「それより食べなくてもいいの?」

「食べる!」

 そう言って2人が渡してきた魚の中から、シルとアラタが1匹ずつ選んでまな板の上に乗せた。
 透明ではないが、光を受けて虹色に輝く皮目。
 きっと光の屈折率の違いから、分光現象のようなことが起こっているのだろう。
 真っ白な太陽光が波長ごとに切り出されて、虹色に輝いている。
 調理法は普通の魚とさほど変わらない。
 鱗を掻き、頭を落とす。
 それに付随して内臓を取り出し、血合いを傷つけて綺麗にする。
 そして3枚卸しにするのだが、これも骨が柔らかく、そこまで苦ではない。
 みるみるうちに解体が完了した切り身は、皮をひくことで完成した。

「光ってんな」

「アラタアラタ」

「なに?」

「じゃーん! これなんでしょう!」

 笑顔で白い粉を見せびらかしてくるノエルは、ヤバいブツの売人ではない。
 それなりに高級品の、純白の砂糖だ。

「甘すぎない?」

「いいの!」

 そう言いながらノエルはゼリーフィッシュに砂糖をふりかけていく。
 こういう時は呪いが発動しない癖に、とアラタは見守る。

「切らなくていいのか?」

「冊ごと食べるのが通なんだ」

 そう言い放つノエルの隣では、リーゼがしっかりと刺身のように薄くスライスしている。
 どうやら彼女だけのこだわりみたいだった。
 アラタはリーゼに倣い、普通に刺身にする。
 川魚だが、周りもこうしていることだしと彼も腹をくくったようだ。

「いただきま——」

「あみゃぁぁぁあああい!!!」

 目を輝かせながら砂糖のたっぷり入ったゼリーのような魚を頬張るという、元の世界に居たら一生お目にかかれない光景は、なんだかザ・異世界といった感じがして、アラタは笑った。
 魔物や魔術、スキルもそんな要素が含まれているが、今まで生きてきた常識と違うものを目の当たりにすると、恐れよりも好奇心が勝つ。
 アラタの言葉で表現するならば、ゼリーフィッシュはゼリーのような魚だった。
 彼は食レポが壊滅的に下手なので代弁すると、ゼリーの中でも少し硬い、どちらかというと寒天やナタデココに近い触感である。
 どうやって糖分をため込んでいるのか定かではないが、しっかりと甘みを感じる。
 ほんのりみたいな曖昧なものでは無く、果物を口にしたような糖度が味覚を殴り、脳を刺激する。
 コリコリしてはいない。
 ただ、包丁を入れたくらいで崩れない締りの良さがある。
 まだ鮮度が良いからというのもあるかもしれないと、アラタは残りのゼリーフィッシュを冷やすことにした。
 アホ2人が山のように漁獲してきたそれをすべて処理して、卸した状態で保存する。
 こうすれば一安心だ。

「アラタ、食べないなら貰うぞ」

「食べるから落ち着け」

 結局一番うまいのは刺身で、素揚げは微妙だった。
 リーゼ曰く、煮込むと形が崩れてしまうらしい。
 それはそれで菓子のソースなどに使うこともあるので使い道はあるのだが、やはり生に限るということだ。
 当分甘いものはいらないと思えるくらいにお腹いっぱい甘味を詰め込んだ一同は、大満足で帰路に就いた。

「これどうするよ」

「シルの店で売ればいいんじゃないか?」

 クリスはシルのしている商売に一枚噛んでいて、取り扱っている商品の動向にも詳しい。
 彼女をして、店で売れるのではないかという判断だ。

「いいかも」

 店長も太鼓判を押したことで、残った分は販売する運びとなった。

 軽やかにアトラへと駆けていく馬に乗っていると、生暖かい風も涼しげに感じる。
 今日はもう何もないから、屋敷に帰って訓練して、それから家事をして寝る。
 穏やかな1日というものは、アラタの心に巣食った闇を少しずつ洗い流していく。
 一人ではうまくいかなかったと、アラタは並走しているノエルを見た。
 5人で過ごす毎日は、なんだかんだ言って楽しかったから。
 距離を詰めるのが苦手になった自分も含めて、元々仲の悪いクリスとリーゼの仲を取り持ち、パーティーの中心的役割を果たしてきたのは彼女だ。
 いつだって、ノエルは彼らの真ん中にいた。
 太陽のような明るさが、彼にも良い影響を与えていることは明白。
 大公の命令でパーティーを組んでいる現状とはいえ、彼らにもリターンは確かに存在していた。
 アラタは元来、成長依存症患者だ。
 昨日と同じ自分は良くないと思うし、何か新しいことが出来るようになることに無上の喜びを感じる変態である。
 それが彼の強さの源であることに疑いの余地はない。
 しかし、そんな彼とて、たまには違うことを考えたりもする。

 こんな日々が、続いてくれたらいいのに、と。

 今まで彼が、『こうならいいのに』と他力本願なことを考えて、その通りに事が運んだことがあっただろうか。
 世界はそんなに都合よくできていないし、誰もが平和を愛しているわけではない。
 自分のためなら他人を平気で傷つける人間もいるし、善意で誰かの命を奪う人だってたくさんいる。
 道を走っている彼らの後ろから、快足を飛ばしてきた1頭の馬がいた。

「速いな。道を開けよう!」

 アラタの指示で列を右に寄せ、左側を開ける。
 その横を追い抜いていく馬の乗っていた人を、アラタ達は良く知っていた。

「ルークさん!」

 リーゼの叔父、ハルツ・クラークのパーティーに所属するBランク冒険者、ルークは咄嗟に振り返る。
 その顔には疲労の色が濃く出ていて、長旅の最中だったことを語っていた。
 アラタは馬を加速させてそれに並走する。
 馬がつぶれるかもしれないくらいのスピードだ。

「どうしたんですか!」

 水の一つでも渡してやるべきかと荷物の中を漁りながら、そう問いかけた返事は、絶望に満ちていた。

「戦争だ……ウル帝国が、宣戦布告しやがった……!」
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