半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第303話 果てなき訓練を望む

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「見よ、これをこうすると……」

「ほうほう」

「なんと! これはすごい」

「まだまだじゃよ。さらにここからクイッと捻りを加えると」

「わしにもやらせてくれ! 見ているだけなんて我慢ならん!」

「ふふふ、そう言うと思っておったわい。ほれ、2人の分も用意してある」

「流石コラリス殿、準備が良い」

「ははは、照れるではないか」

 老人の朝は早い。
 まだ朝の5時半だというのに、もう他人の家に集合して縁側で遊んでいる。
 コラリスはアラタたちの住まう屋敷預かりになっているから、まあいい。
 それに付き従ってきた人間たちに関しても、まあいい。
 部屋は余っているし、シルも人が増えて嬉しそうにしているから。
 では、賢者ドレイクと、マリルボーン伯爵家当主、オイラー・マリルボーンはどうなのか。
 2人ともかなりの高齢で、例に洩れず朝が早い。
 爺共が自分の家で朝っぱらからキャッキャキャッキャしていると、家主はどう思うか。

「3人とも、少しお静かに」

「おぉアラタ。朝ご飯はまだかの」

「さっき食っただろーが!」

「そうカッカするな。体に悪いぞ?」

「糞ジジー共! 自分の家でやれよ!」

「コラリス殿がここにいるからの」

「先生の家でいいでしょ……」

 暖簾に腕押しといった様子に、アラタはがっくりと肩を落とす。
 これ以上何を言っても仕方がないと、諦めた。
 彼は彼で、こんな自由人たちに構っている余裕は無い。
 朝ご飯を用意して、食べて、歯を磨いて、顔を洗って、外出の準備をして、出かけなければならない。
 こんなに朝早くから、彼はどこに行こうというのか。
 一人家を出た彼は城門の外へ出る。
 まだ朝も早く、もやがかかったような平原に張られた、いくつもの天幕。
 それらは一つの乱れもなく綺麗に整列していて、部隊の統率力をそのまま表していた。
 黒装束ならこんな風に綺麗にはならない。
 みんなが思い思いの場所にテントを張り、見張りをじゃんけんで決め、負けた奴以外はさっさと寝る。
 そういったところからしっかりやるというのが、軍隊なのだろう。

「おはようございます! 本日もよろしくお願いしまっす!」

 宿営地を警備していた兵士に大きな声で挨拶する。

「こちらこそよそしくお願いします! 中佐が天幕でお待ちです!」

 こちらも引けを取らない大きな声。
 ということは、すでに起床時間は過ぎているという事だ。
 時刻は7時半、朝食も取り終えて休憩と訓練準備を兼ねている。
 アラタは大きく確保された大隊の拠点の中でも中央に位置している、最も大きな天幕に入った。
 入り口は布が吊り上げられていて、外からもその中身を窺い知ることが出来る。
 それは宿泊用のものでは無く、将官たちが軍議をするために使われている。

「おはようございます!」

「おはよう。今日も元気だな」

「もちろんです!」

 軍隊と言えば自分たちを護ってくれる尊敬すべき組織なのだが、かと言って自分が入るかと聞かれれば必ずしもイエスとは言わない。
 多くは規律や訓練の厳しさ、命の危険、上下関係、そういったものが嫌なのだろう。
 そうなってくると、アラタが軍を嫌う理由は特になかった。
 規律、問題なし。
 訓練の厳しさ、問題なし。
 命の危険、問題なし。
 上下関係、バッチこい。
 彼にとっても、ここは居心地が良かった。
 生意気な奴はいないし、権利主張が先行する奴もいない。
 わけわからん頭のおかしい奴もいなければ、挨拶が出来ない奴や時間を守れない奴もいない。
 不純物の無い世界は、彼の望むところだった。

「今日はどの部隊と訓練ですか?」

 アラタが訊く。

「第3中隊だ」

 ハルツの旧友であり、カナン公国中央軍中佐、リーバイ・トランプは軽く口にする。
 まるでいつもやっているかのように。

「あの、中隊って何人でしたっけ」

「約100名だ」

「なるほどなるほど」

 ウンウンと頭を振った彼だが、理解できていない。

「昨日までは2個小隊でしたよね?」

「そうだが。何か?」

「……いえ、何でもありません」

 上述した内容は修正する必要があるかもしれない。
 アラタと言えど、本物の軍隊の厳しさには思うところがあるみたいだった。

「では諸君、今日の訓練を開始するとしよう。号令!」

 大地を鳴らすような、腹の底に響く音が鳴る。
 角笛の音だ。
 低く呻る重低音は、条件反射的に兵士のやる気を底上げする。
 ここまで来ると、もう一種のルーティンワークだ。

「遠慮はいらん。今日も全力で戦え」

「分かりました」

 そうしてアラタは天幕を出て、演習場へと向かっていった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「探知班! 見つかんねえのか!」

「やっている! けど……反応が鈍い!」

「これが黒装束か……!」

「見つけたぞ! 包囲して足を止めるんだ!」

 林の中で叫ぶ兵士たちは、出来る限り連携を密にして狩りを行っている。
 1個中隊に対して、敵の数はたった1名。
 明らかな過剰戦力なのだが、それでも圧しきれない。
 この時点で、1人の敵役は仕事を果たしている訳で、中隊側に焦りが生まれる。
 彼らの任務達成条件は、規定時間内に敵を捕縛もしくは殺害すること。
 訓練なので殺害まではいかなくとも、そのぎりぎりまではやっていいとのお達しが出ている。
 逆に時間制限を過ぎたり返り討ちに遭うと、それはそれは、想像すらしたくないペナルティが待っている。
 今想像できるこの世で最もキツイ罰の組み合わせの、そのさらに向こう側だ。
 だから必死に戦うのだ。

「締めろ!」

 小隊長の指令で、20名前後の人員が包囲を狭める。
 同時に、駒として浮かないように、細心の注意を払って距離を詰める。

「おい下がれ!」

 小隊長は怒号にも似た叫びを部下に飛ばした。
 浮いているからだ。
 この間合いなら、アラタの魔術の方が速い。

「くっそ!」

 突出して距離が近い兵士の元に、アラタが能動的に距離を詰めた。
 互いの武器は槍と刀、本来なら槍の方が有利。
 ただし、相手は戦闘重視のBランク冒険者。
 冒険者等級換算でD~Cランクである一般兵には少し荷が重い。
 迫りくる槍を刀で叩き落とし、そのまま槍の間合いの内側に入る。
 金属製の防具の隙間に木刀の柄を通して、相手は呻きながら膝をついた。
 彼の所属する分隊の兵士たちがカバーに入る。

「ええい、全員突撃!」

 やけくそになった小隊長は、全兵士に突撃命令を下した。
 そしてちょうどその頃、別の場所を捜索していた他の中隊が到着する。
 乱戦だ。

「魔力を流して攻撃を阻がっ!」

「あっ!」

「こなくそぉ!」

 最初に突っ込んだ小隊は実に2/3がアラタに斬り伏せられ、残りは離脱した。
 それと入れ替わるように参戦してきた2個小隊によって、アラタはようやく沈黙、捕縛されたのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「損耗率20%か、大損害だな。壊滅と言って差し支えない」

「は。申し訳ありません」

「罰は中隊長、貴官が決めろ。それから振り返りと反省を報告書にして提出するように」

「了解。ではこれにて」

 中央天幕から中隊長が出ていくと、今度はこちらの反省会だ。

「ははは、手ひどくやられたみたいだな」

「最後は全員で覆いかぶさってきましたよ。酸欠で死にそうになりました」

 泥だらけのアラタは濡れタオルで顔を拭きながらそう言った。
 武器は木製の刃がついていないものを使用しているため、負傷者はいても死者はいない。
 長期療養を必要とするものも同じくだ。
 ただ、アラタのように擦り傷や打撲を負っているものは大勢いる。
 彼らは消毒して、残りは自然治癒に任せるほかない。

「どうだい? 多対一はしんどいだろう」

「前提がおかしいんですよ。相手は職業軍人、俺は冒険者。向こうの方が強いでしょ」

「しかし現に君はこちら側に大きな損害を与えている」

「それはそうですけど」

 リーバイ中佐は淹れたてのコーヒーをアラタに手渡す。
 中佐の淹れたコーヒーなんてめったに飲めるものでは無い、一種の縁起物だ。

「君が本気で戦うとしたら、訓練とは何が異なる?」

 カップに口を付けているアラタに訊くと、彼もコーヒーに手を付けた。

「そうですね……」

 本気で戦う、彼の中でそれが意味する所とは——

「まず、魔石とポーションを摂取してドーピングします」

「それから?」

「攻撃魔術解禁なんで、雷槍とか炎槍とか炎雷を撃ちます」

「分隊規模ではまず防げないな。小隊でも怪しい」

「ですね。あと、俺の刀は特別製なんで、武器の耐久力が下がるのを待つ戦法は通用しなくなります」

「それから?」

「とりあえずこんなところですかね。あと、本気でやるなら一人では動きません。必ず4人以上で行動します」

「それもそうだ」

「逆に中佐はどんな作戦を立てますか?」

 泥だらけになった黒装束から着替えて、半袖半ズボンになる。
 天幕の中は涼しくて、泊まりたいくらいだ。
 リーバイは逆質問に対して少し考えるそぶりを見せる。
 本気のアラタが使うと言った動きに対して、対応策を練っているのだろう。
 コーヒーが空になるほどの時間の後、彼は静かに語り始めた。

「対魔術防御を徹底させるだろうな。従って最小行動単位は分隊ではなく2個分隊になる」

「なるほど。集団戦に持ち込むわけですか」

「そうだ。それから敵特記戦力に対抗する特殊部隊の創設が必要だ。コマンドはいても戦闘力が高いとは限らないからな」

「戦力の当てはあるんですか?」

「ない」

「ないんですか」

「無いことも無いが、今は無い」

「なんですかそれ」

「そういうことだ」

 よく分からないことを言う中佐に、アラタは首を傾げた。
 そして、そろそろ時間だ。

「本日はご苦労。明日以降も頼むよ」

「それは構いませんが……やはり戦争になるのでしょうか」

 軍隊相手に稽古をつける日々は、そう言った不安感を掻き立てる。
 闘いの日々に身を投じてきた彼にとって、平和な今は尊いものなのだ。

「そうならない方が良いに決まっている。ただ、誰もがそう思っている訳ではないというもの、事実だ」

「そうでしょうか」

「そうだ。言う事を聞かないなら戦う、話が通じないから戦う、気に入らないから戦う。理解や交渉能力の欠如の行きつく先は、結局戦争だ」

「……毎日訓練出来ることを祈っています」

 そう言って天幕を後にしたアラタを見ていると、リーバイ中佐はこう思った。
 彼自身、もう戦争は止められないと思っているのではないか、と。
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