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第4章 灼眼虎狼編
第268話 間違いなきことの証明
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「どえらいことをしでかしたな」
クリスから話の顛末を聞いたハルツは、開いた口が塞がらなかった。
自分たちが東部の反乱を鎮圧しに動いていたという時に、アラタはノエルから金をたかって遊び惚けていたというのだから、彼が驚くのも無理はない。
けどまあ、今こうして反省しているのだから、これ以上責任追及の言葉は必要ないだろうと思う。
「お金は返しましたから」
どこか軽い彼の言葉に、ハルツは少し引っかかる。
釘を刺さねば、そう思った。
「そういうことではないというのは理解しているな?」
「……はい」
「これからの行動、俺が見ているからな」
「気を付けます」
「よし、頑張れ。期待している」
「期待が重いです」
「乗り越えろ。その先にしか道は続いていない」
「……頑張ります」
そう言うとアラタはまた仮面を着けた。
ハナニラの紋様が刻まれた白い仮面を着けて、彼は闇に消えていく。
一人残されたバルコニーで、ハルツは笑った。
リーゼがノエルの保護者だとするならば、自分はアラタの保護者になりつつある気がしたから。
自分には子供も妻もいて、アラタは血の繋がりもない赤の他人だ。
けれど、どこか放っておけないというか、目で追ってしまうのはどうしてだろうか。
「俺も年を食ったな」
「ハルツ殿」
今もどこかで隠れながら警備に就いているアラタたちの居場所を探ってみたが、驚くほど何も分からない。
Bランクに昇格した評価は伊達ではないことは彼も理解している。
そんな彼の元にノエルがやって来た。
どうやら2度目の挨拶周りを終えて一息つきに来たみたいだった。
「ノエル様、いかがなされましたか?」
「アラタとクリスの気配がした気がしたんだが……気のせいかな?」
「気のせいでしょう」
ハルツは平気な顔をして嘘をついた。
いると言って呼べとか探してこいとか命令される方が面倒だからに他ならない。
彼もノエルとの付き合いは長く、それこそ彼女が生まれたときからの関係だ。
子供同然の少女の思考回路は手に取るようにわかる。
「アラタってば酷いんだ。聞いてくれないか?」
「…………エエ、カシコマリマシタ」
感情を押し殺してハルツは彼女のお供をすることにした。
リーゼも許嫁との時間を過ごしたいだろうし、戦勝祝賀会も飽きていたところだ。
彼にはノエルのお守りくらいがちょうどいい。
「ベルサリオ殿も来るから挨拶したらいいって言ったら、アラタなんて言ったと思う?」
「面倒とか、どうでもいいとか、興味ないとか、そのあたりでしょうな」
「そうなんだ! いいから早く行けって言って私たちを送り出して……デリカシーが足りない!」
「まあまあ、少し飲み過ぎなのでは?」
「アラタってば酷いんだ。私がせっかく貸したお金で——」
「その話はもう聞きました」
「誰に?」
「あ……リーゼにです」
「ふぅん」
会話の流れでミスを犯したハルツにすかさずノエルが反応した。
しかしリーゼの名前を出すと、ノエルはまだ疑わしそうな目をしながらとりあえず流す。
酒を飲んでいてクラスの力の精度が落ちていてよかったと心底思うハルツ。
「中に戻らなくていいのですか」
「いい。それよりハルツ殿に聞きたいことがある」
「なんなりと」
「私とアラタ、どちらの方が強いと思う?」
「それは……」
言葉に詰まったハルツの真意としては、言いにくいのではなく、判断がつかなかったというところが妥当な線だ。
ノエルの成長曲線は少々いびつで、クラスを得た瞬間に爆発的に上昇し、その後低迷しながら少しづつ成長してきた。
それが臨界点、つまり剣聖の暴走まで到達し、治療によって人格のコントロールに成功した。
しかしそれは逆に、冒険者としてのノエルの能力に著しい制限を設ける結果となる。
【剣聖】のクラスに新しい制限が生まれたことで、力を行使するハードルは以前よりも厳しくなった。
総じて、ノエルの戦闘力は現状Bランクの中でもどの位置にあるのは判断が難しい。
まあ彼女は降格したのでDランクなのだが。
一方のアラタは底が見えない。
急激な成長はハルツも眼にしており、その能力はレイヒム・トロンボーンと引き分けもしくは勝ちを引けるほど。
隠密性、諜報能力にも長けており、特に対人戦闘の経験はかなり豊富だ。
だが、ハルツは彼の戦いを結果でしか知らない。
一度対峙した時もアラタは撤退モードでまともに戦わず、その後何者かに敗れたという話しか聞かない。
結局のところ、戦ってみなければ分からないというのが彼の答えだ。
「戦ってみればよろしいのでは?」
「もし負けたら、私はアラタに何もあげられなくなってしまう」
「と言うと?」
「私は剣聖だから、アラタより先輩だから、アラタを冒険者に引きずり込んだから、その責任を取らなければならない。アラタが冒険者を楽しめるようにするのは私の責務なんだ。だから、負けたら役に立てない」
ノエルはドレスの裾を掴み、ぎゅっと握る。
いくら剣聖のクラスホルダーと言っても、中身は18歳近い少女。
年並みの未成熟さは許容しなければならないし、特有の悩みにも向き合わなければならない。
チームスポーツをそれなりのレベルでやって来た人間なら覚えがある話だ。
うまい相手に合わせてもらっている、相手の最大限を引き出せない、足を引っ張る、それが相手の可能性を狭めてしまうことを知っているから。
ましてやノエルがアラタに対するそれは一際大きい。
出会った時はあんなに無邪気に笑う人だったのに、時を経るにつれアラタは笑わなくなった。
その責任の一端が自分にあると自覚している彼女が感じる責任は大きい。
大人代表のハルツは、ノエルに道を示さなければならない。
本心では彼も迷っていたとしても、それをおくびにも出さずにこれこそが答えだと声高に叫ばなければならない。
それが大人の仕事だ。
「ま、アラタの方が強いでしょうな」
「なっ!」
「期待していた言葉と違いましたか?」
「そ、んなことは……無いッ!」
一目瞭然の強がりを言い放つノエルの目は泳ぎまくっていた。
ハルツなら自分の方が強いと言ってくれると思ったから。
そこまであからさまでなくても、彼女は心のどこかでそれを期待していたのだ。
「私がそう考える理由、聞きますか?」
「うん」
その切り替えの早さはアラタも見習うべきだなとハルツは笑う。
「まず、覚悟が違います」
「覚悟なら……」
「ノエル様も聞いたでしょう。アラタはレイフォード卿を手に掛けています。最愛の人を、あの変わった形の剣で。その後多少不貞腐れようと、その覚悟の重みは常人にはたどり着けない境地です。これが一つ」
「まだあるのか!」
「はい。アラタは剣術、体術、魔術をバランスよく鍛えた優れた万能者です。【剣聖の間合い】があったとしても、彼の炎雷までは防げないでしょう。詠唱が完了するまでに仕留めきれなければ、まず勝てません」
「それは……そうかも」
「最後に、あいつの向上心は病的です。私はこれを強迫性成長依存症と呼んでいます」
「病気なのか!? だ、大丈夫なのか?」
「まあ実際には病気ではありませんが。とにかく、彼は才能、努力、覚悟、すべて揃った怪物です。それに剣一本で対抗するノエル様の戦い方は相性が悪い」
「………………そうか」
明らかにしょんぼりしたノエルを放置すれば、ただ事実を突きつけただけの冷たい人になってしまう。
これがもし、というかほぼ確実にそうなるのだが、リーゼの耳に入った瞬間ハルツの元に抗議の連絡が飛んでくることだろう。
もう少し他に言い方は無かったのかと。
だから、ハルツの言葉には続きがあった。
「ですから、考え方を変えましょう。勝たなければならない、優位に立たなければならない敵ではなく、これ以上ないくらい頼りになる味方だと、そう捉えるのです」
「どうやって?」
「近接に限ればノエル様に分があります。アラタが魔術攻撃を展開するまで、貴方がアラタを守るのです。狭い空間内での斬り合いで、貴方がアラタを守るのです。そうしたら想いに応えるようにアラタも力を発揮してくれます。それが理想的なパーティーという物ではないですか?」
「でも、私の方が劣っているという事実は変わらない」
「変わりますとも。元はアラタの方が弱かったのですから、逆もまた然りです」
「そうかな」
「そうですとも。アラタにもう一度、冒険者の、生きることの楽しさを教えられるのはノエル様しかおりませんから」
「私だけ、か。フフッ……いいな、それ」
「でしょう?」
もういいか、と肩の荷を下ろしたハルツ。
自分の仕事はここまで、あとは若い力に任せることにしてバルコニーのドアを開いた。
「さあ、もう会も終わります。明日からクエスト頑張ってください」
「うん、やってみる」
迷いは霧のように晴れた。
現時点でアラタの方が自分より強いことに疑いの余地はなく、ノエルがそれが堪らなく悔しい。
だが、仲間の在り方は勝ち負けだけでは測れないことを知った。
役に立つアラタの仲間として共に戦い、油断したところを背後からぶち抜いてやる算段だ。
そうと決めたノエルの顔は明るい。
明日以降に向けて考えることが山のようにあるから、当分退屈し無さそうだ。
「何だかえらい評価を下されていたな。怪物だとさ」
「怪物ね。そう呼ばれたこともあったけど……」
暗闇に潜む男の脳裏に浮かぶのは2年前以前の記憶。
怪物と呼ばれた少年の本質とはいったい何だったのか。
彼なりの答えならある。
「俺は、怪物に憧れた凡人だ」
その代償は右肘の傷。
それでも彼は後悔していない。
最も大切なものは今という時間で、それを疎かにした先に未来なんて待っていないと彼は知っているから。
※※※※※※※※※※※※※※※
「今度こそ逃げないでよ!」
朝から屋敷の玄関に元気な声が響く。
低血圧気味のクリスは心底やかましそうにノエルを見つめ、アラタとリーゼは我関せずだ。
「聞いているのかアラタ!」
「うっせーな聞いてるよ。今日から頑張るよ」
「ならいい!」
黒装束2名、金属の部分鎧に身を包んだ上級冒険者クラスが2名。
今度こそノエルのパーティーが始動する。
冒険者ギルド前に到着した一同は、そのままギルドの扉を開く。
「…………ッ」
中の人間からの視線がアラタに突き刺さる。
悪意を持っているわけではない。
ただ物音がしたから、反射的に振り返るあれだ。
それでもアラタは少し立ち止まる。
単純に、怖いから。
1人かクリスと2人だけなら、とっくに退散していたことだろう。
ただ、今は違う。
リャンとキィの代わりには、ノエルとリーゼがいる。
やかましいくらいに励ましてくれて、信じてくれて、背中を押してくれるノエルや、それを見守ってくれるリーゼ、クリスにアラタは報いたい。
自分のことは信じられなくても、自分のことを信じてくれる仲間の事だけは信じていたいのだ。
自分が間違っているかもしれなくても、この仲間の判断が間違っていないことを証明したいのだ。
間違いなきことの証明を、彼は自身に課す。
「アラタ?」
精一杯息を吸い込んだアラタを、隣で背中を押しているノエルが見上げたその時だった。
「俺は! 俺たちは! 必ずアトラダンジョンを制覇する!」
「いきなり何言ってんだ?」
「あはは、面白いのが来たぞ」
「決意表明かっけー」
ギルドの中からは当然というか、変なものを見る目でアラタは見られた。
それも仕方ないだろう、いきなり入って来るなりそんな宣言をぶち上げる人間は頭のねじが飛んでいるとしか思えない。
だが、これでいいのだ。
決意表明の証人を増やして退路を断ちたかっただけだから。
正直相手なんて誰でもいい。
不特定多数の人間の前で宣言することで、アラタは自身を奮い立たせる。
「これでいいか?」
「うん、上出来だ」
そう言い、ノエルはアラタの背中を二度叩いた。
「行こう、今度こそ始まりだ」
カナン公国最難関常駐型クエスト。
アトラダンジョンの単独パーティー制覇。
クエスト難易度、A~。
二つ名を目指したノエルパーティーの挑戦は、始まったばかりだ。
クリスから話の顛末を聞いたハルツは、開いた口が塞がらなかった。
自分たちが東部の反乱を鎮圧しに動いていたという時に、アラタはノエルから金をたかって遊び惚けていたというのだから、彼が驚くのも無理はない。
けどまあ、今こうして反省しているのだから、これ以上責任追及の言葉は必要ないだろうと思う。
「お金は返しましたから」
どこか軽い彼の言葉に、ハルツは少し引っかかる。
釘を刺さねば、そう思った。
「そういうことではないというのは理解しているな?」
「……はい」
「これからの行動、俺が見ているからな」
「気を付けます」
「よし、頑張れ。期待している」
「期待が重いです」
「乗り越えろ。その先にしか道は続いていない」
「……頑張ります」
そう言うとアラタはまた仮面を着けた。
ハナニラの紋様が刻まれた白い仮面を着けて、彼は闇に消えていく。
一人残されたバルコニーで、ハルツは笑った。
リーゼがノエルの保護者だとするならば、自分はアラタの保護者になりつつある気がしたから。
自分には子供も妻もいて、アラタは血の繋がりもない赤の他人だ。
けれど、どこか放っておけないというか、目で追ってしまうのはどうしてだろうか。
「俺も年を食ったな」
「ハルツ殿」
今もどこかで隠れながら警備に就いているアラタたちの居場所を探ってみたが、驚くほど何も分からない。
Bランクに昇格した評価は伊達ではないことは彼も理解している。
そんな彼の元にノエルがやって来た。
どうやら2度目の挨拶周りを終えて一息つきに来たみたいだった。
「ノエル様、いかがなされましたか?」
「アラタとクリスの気配がした気がしたんだが……気のせいかな?」
「気のせいでしょう」
ハルツは平気な顔をして嘘をついた。
いると言って呼べとか探してこいとか命令される方が面倒だからに他ならない。
彼もノエルとの付き合いは長く、それこそ彼女が生まれたときからの関係だ。
子供同然の少女の思考回路は手に取るようにわかる。
「アラタってば酷いんだ。聞いてくれないか?」
「…………エエ、カシコマリマシタ」
感情を押し殺してハルツは彼女のお供をすることにした。
リーゼも許嫁との時間を過ごしたいだろうし、戦勝祝賀会も飽きていたところだ。
彼にはノエルのお守りくらいがちょうどいい。
「ベルサリオ殿も来るから挨拶したらいいって言ったら、アラタなんて言ったと思う?」
「面倒とか、どうでもいいとか、興味ないとか、そのあたりでしょうな」
「そうなんだ! いいから早く行けって言って私たちを送り出して……デリカシーが足りない!」
「まあまあ、少し飲み過ぎなのでは?」
「アラタってば酷いんだ。私がせっかく貸したお金で——」
「その話はもう聞きました」
「誰に?」
「あ……リーゼにです」
「ふぅん」
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しかしリーゼの名前を出すと、ノエルはまだ疑わしそうな目をしながらとりあえず流す。
酒を飲んでいてクラスの力の精度が落ちていてよかったと心底思うハルツ。
「中に戻らなくていいのですか」
「いい。それよりハルツ殿に聞きたいことがある」
「なんなりと」
「私とアラタ、どちらの方が強いと思う?」
「それは……」
言葉に詰まったハルツの真意としては、言いにくいのではなく、判断がつかなかったというところが妥当な線だ。
ノエルの成長曲線は少々いびつで、クラスを得た瞬間に爆発的に上昇し、その後低迷しながら少しづつ成長してきた。
それが臨界点、つまり剣聖の暴走まで到達し、治療によって人格のコントロールに成功した。
しかしそれは逆に、冒険者としてのノエルの能力に著しい制限を設ける結果となる。
【剣聖】のクラスに新しい制限が生まれたことで、力を行使するハードルは以前よりも厳しくなった。
総じて、ノエルの戦闘力は現状Bランクの中でもどの位置にあるのは判断が難しい。
まあ彼女は降格したのでDランクなのだが。
一方のアラタは底が見えない。
急激な成長はハルツも眼にしており、その能力はレイヒム・トロンボーンと引き分けもしくは勝ちを引けるほど。
隠密性、諜報能力にも長けており、特に対人戦闘の経験はかなり豊富だ。
だが、ハルツは彼の戦いを結果でしか知らない。
一度対峙した時もアラタは撤退モードでまともに戦わず、その後何者かに敗れたという話しか聞かない。
結局のところ、戦ってみなければ分からないというのが彼の答えだ。
「戦ってみればよろしいのでは?」
「もし負けたら、私はアラタに何もあげられなくなってしまう」
「と言うと?」
「私は剣聖だから、アラタより先輩だから、アラタを冒険者に引きずり込んだから、その責任を取らなければならない。アラタが冒険者を楽しめるようにするのは私の責務なんだ。だから、負けたら役に立てない」
ノエルはドレスの裾を掴み、ぎゅっと握る。
いくら剣聖のクラスホルダーと言っても、中身は18歳近い少女。
年並みの未成熟さは許容しなければならないし、特有の悩みにも向き合わなければならない。
チームスポーツをそれなりのレベルでやって来た人間なら覚えがある話だ。
うまい相手に合わせてもらっている、相手の最大限を引き出せない、足を引っ張る、それが相手の可能性を狭めてしまうことを知っているから。
ましてやノエルがアラタに対するそれは一際大きい。
出会った時はあんなに無邪気に笑う人だったのに、時を経るにつれアラタは笑わなくなった。
その責任の一端が自分にあると自覚している彼女が感じる責任は大きい。
大人代表のハルツは、ノエルに道を示さなければならない。
本心では彼も迷っていたとしても、それをおくびにも出さずにこれこそが答えだと声高に叫ばなければならない。
それが大人の仕事だ。
「ま、アラタの方が強いでしょうな」
「なっ!」
「期待していた言葉と違いましたか?」
「そ、んなことは……無いッ!」
一目瞭然の強がりを言い放つノエルの目は泳ぎまくっていた。
ハルツなら自分の方が強いと言ってくれると思ったから。
そこまであからさまでなくても、彼女は心のどこかでそれを期待していたのだ。
「私がそう考える理由、聞きますか?」
「うん」
その切り替えの早さはアラタも見習うべきだなとハルツは笑う。
「まず、覚悟が違います」
「覚悟なら……」
「ノエル様も聞いたでしょう。アラタはレイフォード卿を手に掛けています。最愛の人を、あの変わった形の剣で。その後多少不貞腐れようと、その覚悟の重みは常人にはたどり着けない境地です。これが一つ」
「まだあるのか!」
「はい。アラタは剣術、体術、魔術をバランスよく鍛えた優れた万能者です。【剣聖の間合い】があったとしても、彼の炎雷までは防げないでしょう。詠唱が完了するまでに仕留めきれなければ、まず勝てません」
「それは……そうかも」
「最後に、あいつの向上心は病的です。私はこれを強迫性成長依存症と呼んでいます」
「病気なのか!? だ、大丈夫なのか?」
「まあ実際には病気ではありませんが。とにかく、彼は才能、努力、覚悟、すべて揃った怪物です。それに剣一本で対抗するノエル様の戦い方は相性が悪い」
「………………そうか」
明らかにしょんぼりしたノエルを放置すれば、ただ事実を突きつけただけの冷たい人になってしまう。
これがもし、というかほぼ確実にそうなるのだが、リーゼの耳に入った瞬間ハルツの元に抗議の連絡が飛んでくることだろう。
もう少し他に言い方は無かったのかと。
だから、ハルツの言葉には続きがあった。
「ですから、考え方を変えましょう。勝たなければならない、優位に立たなければならない敵ではなく、これ以上ないくらい頼りになる味方だと、そう捉えるのです」
「どうやって?」
「近接に限ればノエル様に分があります。アラタが魔術攻撃を展開するまで、貴方がアラタを守るのです。狭い空間内での斬り合いで、貴方がアラタを守るのです。そうしたら想いに応えるようにアラタも力を発揮してくれます。それが理想的なパーティーという物ではないですか?」
「でも、私の方が劣っているという事実は変わらない」
「変わりますとも。元はアラタの方が弱かったのですから、逆もまた然りです」
「そうかな」
「そうですとも。アラタにもう一度、冒険者の、生きることの楽しさを教えられるのはノエル様しかおりませんから」
「私だけ、か。フフッ……いいな、それ」
「でしょう?」
もういいか、と肩の荷を下ろしたハルツ。
自分の仕事はここまで、あとは若い力に任せることにしてバルコニーのドアを開いた。
「さあ、もう会も終わります。明日からクエスト頑張ってください」
「うん、やってみる」
迷いは霧のように晴れた。
現時点でアラタの方が自分より強いことに疑いの余地はなく、ノエルがそれが堪らなく悔しい。
だが、仲間の在り方は勝ち負けだけでは測れないことを知った。
役に立つアラタの仲間として共に戦い、油断したところを背後からぶち抜いてやる算段だ。
そうと決めたノエルの顔は明るい。
明日以降に向けて考えることが山のようにあるから、当分退屈し無さそうだ。
「何だかえらい評価を下されていたな。怪物だとさ」
「怪物ね。そう呼ばれたこともあったけど……」
暗闇に潜む男の脳裏に浮かぶのは2年前以前の記憶。
怪物と呼ばれた少年の本質とはいったい何だったのか。
彼なりの答えならある。
「俺は、怪物に憧れた凡人だ」
その代償は右肘の傷。
それでも彼は後悔していない。
最も大切なものは今という時間で、それを疎かにした先に未来なんて待っていないと彼は知っているから。
※※※※※※※※※※※※※※※
「今度こそ逃げないでよ!」
朝から屋敷の玄関に元気な声が響く。
低血圧気味のクリスは心底やかましそうにノエルを見つめ、アラタとリーゼは我関せずだ。
「聞いているのかアラタ!」
「うっせーな聞いてるよ。今日から頑張るよ」
「ならいい!」
黒装束2名、金属の部分鎧に身を包んだ上級冒険者クラスが2名。
今度こそノエルのパーティーが始動する。
冒険者ギルド前に到着した一同は、そのままギルドの扉を開く。
「…………ッ」
中の人間からの視線がアラタに突き刺さる。
悪意を持っているわけではない。
ただ物音がしたから、反射的に振り返るあれだ。
それでもアラタは少し立ち止まる。
単純に、怖いから。
1人かクリスと2人だけなら、とっくに退散していたことだろう。
ただ、今は違う。
リャンとキィの代わりには、ノエルとリーゼがいる。
やかましいくらいに励ましてくれて、信じてくれて、背中を押してくれるノエルや、それを見守ってくれるリーゼ、クリスにアラタは報いたい。
自分のことは信じられなくても、自分のことを信じてくれる仲間の事だけは信じていたいのだ。
自分が間違っているかもしれなくても、この仲間の判断が間違っていないことを証明したいのだ。
間違いなきことの証明を、彼は自身に課す。
「アラタ?」
精一杯息を吸い込んだアラタを、隣で背中を押しているノエルが見上げたその時だった。
「俺は! 俺たちは! 必ずアトラダンジョンを制覇する!」
「いきなり何言ってんだ?」
「あはは、面白いのが来たぞ」
「決意表明かっけー」
ギルドの中からは当然というか、変なものを見る目でアラタは見られた。
それも仕方ないだろう、いきなり入って来るなりそんな宣言をぶち上げる人間は頭のねじが飛んでいるとしか思えない。
だが、これでいいのだ。
決意表明の証人を増やして退路を断ちたかっただけだから。
正直相手なんて誰でもいい。
不特定多数の人間の前で宣言することで、アラタは自身を奮い立たせる。
「これでいいか?」
「うん、上出来だ」
そう言い、ノエルはアラタの背中を二度叩いた。
「行こう、今度こそ始まりだ」
カナン公国最難関常駐型クエスト。
アトラダンジョンの単独パーティー制覇。
クエスト難易度、A~。
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兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。
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