半身転生

片山瑛二朗

文字の大きさ
上 下
265 / 544
第4章 灼眼虎狼編

第261話 同時陥落の仕掛け(東部動乱9)

しおりを挟む
「転移というより、空間の入れ替えに近いですね」

 エリクソン曹長は、ハルツの質問に対して端的に答えた。
 本当は空間魔力干渉術や、魔力ドリフト性能、相対座標方式と絶対座標方式の座標系転換など、説明することは山のようにある。
 ただし、そのあたりの詳細な説明は機密事項に当たり、相手がたとえ大公だったとしてもおいそれとは開示することは不可能。
 結局のところ相手も理論から学びたいわけではないので、とりあえずニュアンスだけ伝わればいいのだ。
 ワイアット・レンジを擁していた山の守備隊は、あっけなく投降した。
 それはもう簡単に、呆れるほど簡単に。
 上からの挟撃に備えて不利な下を取って戦っていた自分たちの慎重さがアホらしくなるくらい、敵は貧弱で脆弱だった。
 守備隊の数は30、128名からなる攻撃部隊に対して成す術は無かった。
 加えて山中には中央軍の罠がひしめいていて、一度入ったら容易には抜け出すことも出来ない。
 それに第1砦の守備隊は甚大な被害を出しながらも、その役割を全うしていた。
 砦内部に火を放つことは叶わなかったが、装備備蓄の類はすべて破棄した状態での陥落。
 逆に敵はこの砦に釘づけにされているも同然だった。
 それだけなら無視して戦局を進めるのもありだったが、Aランカーが陣取っていたから結果オーライ。
 勝てばよかろう、そういうことだ。
 投降兵は第1中隊に任せて、ハルツたちはワイアット・レンジの遺体を収容して帰還する。
 この時点でまだ、彼らは第1砦が陥落したことを知らない。

「では、飛びますよ」

 疲労の色を隠せない小隊は、残る力を振り絞って転移魔術を発動させる。
 また目の前が真っ白になった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「ハルツ殿! すぐに出撃準備を!」

 司令部近くに転移した彼を待っていたのは、次なる指令だった。
 第7中隊と共に主力の応援に向かうこと。
 それがハルツたちの次の戦場である。
 まったく、敵を討った余韻に浸る時間もないと、予断を許さぬ戦況に嫌気が差す。
 それでも今日ここで決着がつくのだから、もうひと踏ん張りと気合を入れる。

「我々は前線へ向かい、第7中隊と合同で敵を討つ」

 そうしてハルツ分隊は騎乗して前線に向かった。
 彼らが向かった戦場で何が起こっているのか、時間は数時間前にさかのぼる。

 第2から第6中隊に加えて、レイヒム・トロンボーン率いる冒険者第1分隊を含めた主戦力は、ミラ丘陵地を東にまっすぐ進み、敵の本陣がある山のすぐ近くまで来ていた。
 すでに敵が拠点から出撃した情報は入っていて、敵を視認している。
 その数およそ400、残る戦力をほぼすべて投入してきた形。
 東部連合体も後が無いと理解しているのだから、今日この場が決戦の地となる。
 クラーク兄弟やフェリックス少尉もこの軍に参加しており、部下に戦闘態勢を取るように指示を下していた。
 問題なのは、主戦場になると予想される地点からほど近い、第3砦の様子だ。
 ここは昨日敵に落とされたばかりで、未だ奪還できていない。
 陥落したもう片方の第1砦には第1中隊と第2分隊が攻勢をかけている最中で、もうじき決着がつく。
 主戦場への横槍を懸念して、指揮官のニクソン・バール大尉はある決断を下した。
 冒険者第1分隊、第6中隊を第3砦攻略に割いたのだ。
 第1砦攻防戦と違うのは、必ずこの時間内に砦を落とす必要が無いこと。
 そして転移術式小隊がこの場にいないこと。
 そして、敵特記戦力がいないとされている・・・・・こと。
 第6中隊の指揮官はブレーバー・クラーク中尉。
 ハルツの甥だ。

「敷き詰めた罠の抜け道に集中的に兵力を割く。食い止めていれば俺たちの勝ちだ」

 ほとんどの人間が考えるであろう方法で、彼は第3砦の山を包囲した。
 100名弱しかいない中隊規模の部隊で全域をカバーするのはリスクが高い。
 なら道を数本に絞り、そこを重点的に包囲する。
 それに追従した冒険者第1分隊は、主戦場を背にした最重要地点を任されている。

「第1砦はどうなったんでしょうね」

「分からんが、ここで負けるようなら我らの未来は暗いな」

 槍と三節棍のハイブリッド武器を手にしたレイヒムは、目の前にそびえる山を見上げた。
 山というより小高い丘には、中央軍が築いた砦がある。
 その中に閉じこもっている敵の見張りが自分に与えられた任務とは、我ながら悲しくなってくるとレイヒムは自嘲した。
 軍属から転向する形で冒険者になったハルツという男に、生粋の冒険者だったレイヒムはあまり良い気持ちを抱いていなかった。
 そもそも畑が違うし、何でこっちに来たという気持ちが強い。
 しかし同じ貴族で、同じく貴族のしがらみに嫌気が差してこの場所に流れ着いたと知った時、男はハルツに対して妙な親近感を覚えた。
 苦しかったのだろうなとハルツに理解を示し、冒険者の何たるかを教えた。
 時にはクエストを同じくして、切磋琢磨して、公国の冒険者ギルドの双璧を成すまでに成長するのにそう時間はかからなかった。
 だからこそ、ひとたび軍に所属した時のこの信頼の違いには唇を噛むしかない。
 ハルツは冒険者やって軍にも在籍していたことがあるが、レイヒムはそうではない。
 個人の信頼度の違いが、そのままパーティーの評価につながっている感触がしてならず、仲間に対して申し訳なかった。
 主戦力が敵と邂逅して戦闘が始まっても、ブレーバーは砦を攻めようとしなかった。
 万が一主戦場で敗北するようなことがあれば、第3砦を落としたとしても逆に山に閉じ込められることになるから。
 落とすなら同時に、それが彼の考えだ。

「レイヒム」

 彼の副官、ルアが近くに寄ってきた。

「何かあったか?」

「昨日敵が砦を落とした時さ、いつくか仮説があったじゃないか」

「あぁ、敵も転移術を持っている可能性か」

 ハルツたちに命令が下されたブリーフィングには当然レイヒムも参加している。
 ワイアットことAランカーが転移してほぼ同時に離れた2地点で攻撃をしたという説。

「俺、もっと簡単なことだと思うんだよ」

「というと?」

「Aランク相当の敵って、2人以上いるんじゃないか?」

「いや、密偵の報告では1人だと……」

「名前すら割り出せなかった情報をそんなに信じていいのか微妙じゃないか」

「それもそうだ。俺は中尉の所に行ってくる。お前はこの場を——」

「戦闘配備! 敵が動いたぞ!」

 麓に待ち構える彼らに対して、敵が来た。
 山の斜面を駆け降りながら鬨の声を上げ、こちらに向かってくる。
 それはレイヒムも、指揮官のブレーバーも分かっていた。
 彼は部隊に命令を下す。

「主戦場に敵を合流させるな! 横陣を敷け、ここで迎え撃つぞ!」

 100人隊を3つに分け、残る2つの部隊が到着するには時間がかかる。
 そもそも異変を察知したからと言って彼らが持ち場を離れる判断を下すのか、予想に迷うところだ。
 敵の数はせいぜい3、40程度。
 しかしてこちらの数は40プラス冒険者第1分隊。
 数的有利はもはやなく、望みは兵の練度のみ。
 そして、レイヒムの副官であるルアの予測が正しければ、頼みの綱の個人の力さえも敵の手に落ちる。

 まごうことなき正念場だ。
 新米冒険者の適正テストを行った時、アラタとの模擬戦で使用した槍を握り締める。

「第1分隊、仮想敵はAランク相当の敵とする。迎撃だ!」

 ハルツたち増援が到着するまで、実に1時間弱。
 それまでこの戦場は均衡を保ち続けることが出来るのか。
 試練の1時間が始まる。

※※※※※※※※※※※※※※※

「時間の問題か」

 ミラ丘陵地帯、その谷間を縫うように広がる平地、ミラ丘陵地会戦の趨勢を決する主戦場を前にして、指揮官はそう呟いた。
 元々この戦いは勝敗が決まっていた、いわば出来レースだ。
 中央軍と東部軍では部隊の練度に違いがあり過ぎていて、数は同程度か中央軍が僅かに優勢。
 頼みの綱のAランカーも戦場から離れた位置に転移が成功していれば、戦線復帰は敵わない。
 仮にハルツ率いる第2分隊が敗北を喫したとしても、彼らが稼いだ時間で敵を殲滅する、これはそういう戦いだ。
 第3砦攻防戦にもう一人のAランカーが出現した可能性が高いという報告は彼も受けている。
 しかし、それがどうしたといいたい。
 いや、実際特記戦力の存在は脅威以外の何物でもない。
 出来れば殺したいし、叶わずとも戦場からは遠ざけたい。
 しかし転移術式小隊を呼び寄せる余裕は無く、もしこの場に彼の小隊がいたとしてもこれ以上の転移術行使は難しいだろう。
 であれば、自分に課せられた任務を全うする以外に道は無い。
 ニクソン大尉はここで切り札を切る。

「第5中隊に全軍突撃命令だ。第2、第3、第4中隊はそれの援護。足の引っ張り合いを牽制しておけ」

 部隊間の確執なども織り込み済みで、彼は最後の指令を下した。
 温存しておいた第5中隊を主軸にして、敵を粉砕せよとのこと。
 無傷の100名からなる中央軍を防ぐ手立ては、敵軍には存在しない。
 余剰戦力が底をついたことは既に確認済み、抜かりはない。

「追撃には十二分に注意しろ。丘陵地帯は敵の発見が遅れるからな」

「大尉殿、後方より何やら影が」

 指揮所に詰めていた兵からの報告を受け、彼の部下1名が後方に向かう。
 もし敵なら反転して後方の敵を叩くと言い含めて。
 もしそうなら壊滅しかけている正面の敵を放置することになるのだがな、と少し不安が顔をのぞかせる。
 しかしその懸念は杞憂に終わり、彼は安堵した。

「第7中隊の増援です! その数100!」

「陣を引き払う。第7中隊が通過する道を開けろ」

 彼の一声で、瞬く間に設営が撤去されて通行可能になる。
 組み立てが容易な陣は、こんな時にも便利だ。

「第7中隊! 敵の追撃と味方の援護を!」

まるでマラソンの補給ポイントのように、指令所を通過する騎馬兵と、その後に続く歩兵、魔術兵。
 ニクソンは一生懸命に命令を飛ばし、味方を前線へと押し上げていく。
 そして、この戦場において唯一彼が懸念していることについて、解決能力を持った部隊が到着した。

「ハルツ・クラーク以下5名、冒険者第2分隊到着しました」

「ということは、Aランカーは排除したのか」

 ハルツはコクリと頷いた。
 しめた、そう思う。

「貴殿らには、これから第3砦方面へと向かってもう一人のAランク相当特記戦力の討伐を頼みたい」

「承知した!」

 迷いのない返事。
 ニクソンはハルツのこういうところが好きだった。
 命令されたと言ってもこの反応速度。
 脊髄反射で言うことを聞いてくれるかのような忠実さは、やはり軍に在籍してこそ生きてくることもある。

 この戦いが終わったら軍に戻ってこないか誘ってみよう。

 ハルツの背中を見送り、ニクソンは想いを募らせていくのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

新人神様のまったり天界生活

源 玄輝
ファンタジー
死後、異世界の神に召喚された主人公、長田 壮一郎。 「異世界で勇者をやってほしい」 「お断りします」 「じゃあ代わりに神様やって。これ決定事項」 「・・・え?」 神に頼まれ異世界の勇者として生まれ変わるはずが、どういうわけか異世界の神になることに!? 新人神様ソウとして右も左もわからない神様生活が今始まる! ソウより前に異世界転生した人達のおかげで大きな戦争が無い比較的平和な下界にはなったものの信仰が薄れてしまい、実はピンチな状態。 果たしてソウは新人神様として消滅せずに済むのでしょうか。 一方で異世界の人なので人らしい生活を望み、天使達の住む空間で住民達と交流しながら料理をしたり風呂に入ったり、時にはイチャイチャしたりそんなまったりとした天界生活を満喫します。 まったりゆるい、異世界天界スローライフ神様生活開始です!

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

シスターヴレイヴ!~上司に捨て駒にされ会社をクビになり無職ニートになった俺が妹と異世界に飛ばされ妹が勇者になったけど何とか生きてます~

尾山塩之進
ファンタジー
鳴鐘 慧河(なるがね けいが)25歳は上司に捨て駒にされ会社をクビになってしまい世の中に絶望し無職ニートの引き籠りになっていたが、二人の妹、優羽花(ゆうか)と静里菜(せりな)に元気づけられて再起を誓った。 だがその瞬間、妹たち共々『魔力満ちる世界エゾン・レイギス』に異世界召喚されてしまう。 全ての人間を滅ぼそうとうごめく魔族の長、大魔王を倒す星剣の勇者として、セカイを護る精霊に召喚されたのは妹だった。 勇者である妹を討つべく襲い来る魔族たち。 そして慧河より先に異世界召喚されていた慧河の元上司はこの異世界の覇権を狙い暗躍していた。 エゾン・レイギスの人間も一枚岩ではなく、様々な思惑で持って動いている。 これは戦乱渦巻く異世界で、妹たちを護ると一念発起した、勇者ではない只の一人の兄の戦いの物語である。 …その果てに妹ハーレムが作られることになろうとは当人には知るよしも無かった。 妹とは血の繋がりであろうか? 妹とは魂の繋がりである。 兄とは何か? 妹を護る存在である。 かけがいの無い大切な妹たちとのセカイを護る為に戦え!鳴鐘 慧河!戦わなければ護れない!

処理中です...