半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第258話 敵軍攻勢(東部動乱6)

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「急報ー! 急報ー! 第1、第3砦が陥落!」

「指揮官を全員叩き起こせ!」

 深夜に報告を受けたリーバイは、自分以外の将校を叩き起こすところから始めた。
 場合によっては夜戦になるかもしれないと兵に指示を出しながら、続報を待った。
 司令部に詰めていたハルツたちがまず到着し、次いで前線に張り付いていた指揮官は本人か次席指揮官が代理で出席してきた。
 ひとまず全員がそろったところで、会議開始だ。

「ここから一番近い第1、それと街道沿いにあった第3砦が陥落した」

 その言葉を聞いても、彼らは驚いた様子を見せなかった。
 ここに来る道中にどこかで耳にしたのだろう、リーバイは続ける。

「現在夜戦の準備を進めている。万が一ということもあるからな。しかし、問題なのはどうしてこの短期間に砦が落ちたか、これに尽きる。何か意見のあるものは?」

 転移術式小隊、イントラ曹長が手を挙げた。

「特記戦力が投入された可能性が極めて高いです」

「だろうな。俺もそう思う」

 本部に広げられた盤面に、大きめの駒が一つ置かれた。
 馬に騎乗した騎士の駒だ。
 第1砦の方に置かれた駒と、同時に陥落した第3砦との距離は相応に離れている。
 もし両方にAランカーが絡んでいるのなら、少し考える必要が出てくる。

「イントラ曹長、敵に転移術式を扱える部隊がいると思うか?」

「いいえ、そのような情報は入っていません」

「であれば……」

「陥落が発覚するより速く2つの砦を落としたか、特記戦力自身が転移能力を保持しているパターンかと」

 クラーク家次男のケンジー少尉が口を挟む。
 彼の推測はこの状況下で最もあり得そうなもので、他の面々も頷く。
 恐らくこれで当たっているだろうと。
 そしてどちらにせよ厄介なことになったと、これも共通認識だった。

「第2、第3、第4中隊は正面からの敵に備えよ。特記戦力が第3砦から打って出てきた場合、対処は冒険者第1分隊に任せる」

「第2ではなく第1ですか」

 中尉の疑問にリーバイはすぐに答えた。

「第1中隊は第1砦からの襲撃に備えろ。第2分隊と転移術式小隊はこちらに当てる」

 基本100名で構成される中央軍の中隊は全部で8中隊存在する。
 第5から第8中隊は引き続き温存の方向性で、彼はこの戦いを進めるつもりらしい。
 中隊長である大尉や中尉は少し不服そうな顔をしているが、自分が司令官だったとしても同じ判断をするからと言葉を飲み込む。
 まだ開戦初日が終わったばかり、この時点で全ての戦力をつぎ込むなんて話、ありえないを通り越して愚かまである。
 リーバイの言った通り、こちらは定石に定石を重ねて勝ちを取りに行くのだから、余計な口を挟む必要は無いのだ。

「総員配置に就け! 夜戦は同士討ちが発生しやすい、【暗視】系スキルホルダーを忘れるな! 行け!」

 一同が立ち上がり、天幕を後にする。
 司令部付きの人間は残ったが、それ以外は方々に散って戦闘準備だ。
 ハルツとエリクソン・イントラ曹長も出撃準備に入る。

「条件が整ったら、あとは訓練通りにお願いしますよ」

「多少敵を巻き込んでも構わない。速度優先で頼む」

「了解しました、クラーク元大尉殿」

「やめてくれ。今はただの冒険者だ」

 2人が天幕から出てくるのを、両部隊の隊員が待ち構えていた。

「ハルツ、配置はどこだ」

「第1砦に対して戦闘準備だ。行くぞ」

 こうして中央軍は、開戦初日から徹夜を強いられることになる。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 【暗視】スキルは希少である。
 アラタやクリス、果てにはキィが保持しているせいで使用者がその辺にいるように錯覚するかもしれないが、軍や冒険者の中でも保持率は非常に低い。
 八咫烏はそのあたりも選考条件に含んでいたからこそあれだけの隠密行動が可能だったわけだが、サンプルが増えれば確率は収束する。
 ハルツの分隊に【暗視】持ちは一人もおらず、転移術式小隊に一人だけいた。

「エリクソン殿、部下も曲者ぞろいのようで助かりました」

 この暗闇の中、直前まで敵の姿が捕捉できないというのは辛い。
 索敵系のスキルは直接戦闘能力が無くても重宝される。

「そちらには【感知】の持ち主がいるじゃないですか。それに治癒魔術師まで。治癒魔術師がいれば分隊の死亡率は大幅に下がりますから、どの部隊でも欲しいですよ」

 曹長があまりに褒めるものだから、ルークとタリアの鼻はにょきにょきと天井知らずに伸びていく。
 それも事実とハルツが放置しているから、2人はすっかり上機嫌だ。

「曹長殿は出世するぞ、うん、間違いない」

「そうね。期間限定なら移籍してもいいわよ」

「お前らは社交辞令を知らんのか」

 2人からの抗議の目線を受け流しながら、ハルツは目の前にそびえる山を見上げた。
 高さは大したことない。
 本陣との標高差50mほど、一気に駆け上がることも可能なくらい小さな山である。
 それ故に警戒を解くことは出来ない。
 駆け上がることが出来るということは、駆け降りることはさらに容易い。
 ここが敵の手にある以上、対策は打ってあると言っても心理的には随分な負荷になる。
 作戦の要を握る彼らからすれば、なおのことだ。

「敵は来ますかね」

 エリクソン曹長は心配性な性格なのか、慎重なタイプに見える。

「単騎ならともかく、組織がすぐに山を下るのは無理でしょう」

「なぜ?」

「リーバイ……少佐が手を打っているとするなら、敵はまだ山頂まで登り切っていないかもしれない。そんな中でこちらまで手を伸ばす余裕はありませんよ」

「その、仕掛けとは具体的にどんなものなんですか?」

 隠すほどでもないと彼も言っていたことだし、とハルツは応えを授ける。

「感圧式の罠魔道具を仕掛けたのですよ。出来る限り広範囲に密度を高く」

「山一つですか? それは無理ですよ。第1砦の分だけでも足りない」

「だから、ダミーを大量に仕込んであります」

「あぁ、なるほど」

「土をひっくり返し、石でも何でも入れて、また土をかぶせる。中には本当の魔道具を混ぜて埋設することで、敵は全ての痕跡を警戒しなければならない。少佐はそういうことをする人間なんですよ」

「解除はどうやってやるんですか?」

「それは魔道具の専門家に聞いてみないと。そのあたりを考えずに使う男とは思えないけどね」

 ハルツの言葉には、指揮官への全幅の信頼が滲み出ていた。
 若いころを共にした仲間というのは、いつまで経っても色褪せない記憶の中を生きているのだろう。

「イントラ特務小隊長、クラーク分隊長、第1中隊中隊長から配置完了をお知らせに参りました」

「ご苦労。何か指示は?」

「敵が来たら連絡する。それまでは横になって少しでも体力を温存しておくように、とのことです」

「了解した。ではハルツ殿、またあとで」

「ああ。またあとで」

 こうして警戒態勢を維持したまま、初日を終える。
 上半身だけ防具を脱いで、ハルツは長椅子の上に横になった。
 足をだらんと脱力して、壊れた人形のように横たわっている。
 星空の下、ハルツは敵のAランカーに思いを馳せていた。
 恐らく自分はたどり着くことのできない境地。
 そこに至るまでに、どんな訓練と苦難が待ち構えていたのか、敵はいかにしてそこまで上り詰めたのか。
 そして、AランクとBランクの間にある越えられない壁。
 自分たちが束になったところで、本当に敵う相手なのか。
 パーティーリーダー、分隊長、皆を率いる肩書が彼に弱音を吐くことを許してくれない。
 だから、彼は自分の心の中でだけ本音をさらけ出す。

 勝てるのか、勝てないのか、それはやってみなければ分からない。
 しかし、分が悪いのは確かだ。
 それでも命令なら、誰かがやらなければならないのなら、それは自分を置いて他にはいない。

 ハルツはここに来て、アラタやクリスの気持ちが少しわかった気がした。
 エリザベス・フォン・レイフォードを逃がすなど、正気の沙汰ではないと思っていた。
 結果、彼らの想いは届かず、夢半ばに彼女は散った。
 しかし、その場にいなかった、当事者ではなかった自分に彼らの何が理解できるのだろうか、そう問いかける。
 自分たちにしかできないから、自分たちしかやろうとする人がいないから、自分がそうしたいと願うから。
 だから、彼らは任務に赴いた。
 今回も同じなのだと、ハルツは考える。
 アラタたちは今戦える状態になく、公国の戦力は決して多くない。
 ならこうして自分の身に余る仕事を受けなければならないこともあるだろう。
 命令されたことには違いない。
 だが、ここは自分の意志で選択した戦場だ。
 そう考え、覚悟を決めると、少し眠くなった。
 そして、夜間に何も起こらないように願いつつ、彼は目を閉じた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「……ベッドを用意してもらうべきだったか」

 バキバキになった背中を鳴らしながら、ハルツは目を覚ました。
 彼の配置されているのは本陣から見て左隣にある小高い山、第1砦。
 昨日の夜陥落したとの情報が入り、そこから敵が襲ってくることを警戒してこの配置となっている。
 目の前の山には、東部連合体の旗印がはためいていて、情報が誤りではないことを知らしめている。
 しかし夜中の間敵がやって来たという報告もなく、今も敵が動きそうな気配は感じられない。
 ハルツは身支度を整えて、ルークにその場を託した。
 朝まで何もなければ司令部に来るように言われていたからだ。

「お待ちしておりました。皆様お揃いです」

 司令部付きの衛兵に先導されながら、先日も集まっていた天幕に通される。
 中にはすでにほとんどの将校が集結していた。

「少佐殿、皆さん、おはようございます」

 口々にあいさつが帰ってくる中、リーバイは彼に席に着くように促す。

「これより今日の方針を伝える」

 広げられた地図の上に、収集された情報を基にした戦力配置が行われていた。
 リーバイは戦士の駒を一つと、魔術師の駒を一つ手に取り、ある場所に配置した。

「冒険者第2分隊、転移術式小隊、第1中隊、貴官らで第1砦を奪還せよ」
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