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第4章 灼眼虎狼編
第254話 叔父と甥と許嫁(東部動乱2)
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「何だと! 貴様、今更中央に降れと申すか!」
男——ライアン・メトロドスキー子爵の血管は、今にもはちきれんばかりに膨張し、青筋を浮かべていた。
カナン公国東部、カタロニア地方。
現在この地では、戦争の準備が進められていた。
東部連合体を自称する彼らは、地方貴族の跳ねっ返りだ。
子爵家の当主がユウによる暴挙で爆死したのち、お家騒動が勃発していた。
それ自体は特に珍しい話でもなく、大公シャノン・クレストはその火消しに追われる毎日を送っている。
しかし全ての騒動を穏便に片付けることなど出来るはずもなく、こうしてライアンのような粗忽者が台頭することになる。
そんな彼は、首都アトラからやって来た使者に対して怒声を浴びせているところだった。
使者は極力機嫌を損ねないように、それでいて仕事も遂行しなくてはならない難しい舵取りを任されている。
「武装を解除すれば、大公は今回の件を不問に処すとおっしゃっています。その確約もここに」
差し出した書状を、ライアンは乱暴に取り上げた。
封を破り内容を確認していくと、なるほど使者の言っている内容に相違ない。
武装を解除し、東部連合体の解散を条件に彼の子爵家当主としての立場を保証すると書かれている。
彼にとって悪くない条件であることは使者も承知している。
元々地方の子爵風情、それも正規ルートでは当主になれない分家の人間に、大公は爵位を与えると言っているのだ。
これで折れなければもう諦めた方がいいと、そう思えてくるほどの好条件。
「ふっ」
ライアンは鼻で笑った。
この場にいるすべての人間はこの意味を数秒後に知ることとなるのだが、後世の歴史解釈ではこの場で何があったのか、まだ議論が続いている。
使者が無礼な態度を取ったとか、現存していない書状に神経を逆なでするようなことが書かれていたとか、歴史家たちは情報を一つ一つ集めては過去を類推する。
しかし、正解は案外間抜けなものだった。
当時の人たちでさえ呆れかえるような判断を、ほぼノーヒントで後世の人間が当てられるはずもない。
「おい、こいつを斬れ」
「はっ」
何を血迷ったかこの男、使者を生きて返さぬつもりらしい。
「子爵殿! どうかご再考を!」
使者の必死の説得も、馬の耳に念仏だ。
「当方の意志は既に決している。中央軍を迎え撃ち、ウル帝国との融和路線を目指す。それが先代当主の願いでもあるのだからな」
「私欲に塗れた先代がどのような末路を辿ったのかご存じのはずでしょう!」
食い下がる使者に、自らの命のことなどすでにない。
ここで持ちこたえなければ、何百何千という命が失われる。
それは何としても避けなければならない、例え自分が死んだとしても。
しかし、それも限度があった。
初めからライアンに交渉する気も中央に降る気も無かったのだ。
「子爵殿! 何とォっ——」
使者は、最後まで職務に忠実に、それに殉じた。
惜しむらくは、彼はこの仕事に任命された時にすでに死んでいたことくらいだろう。
彼を斬った剣についた血を拭う男からは、尋常ではない気配が醸し出されている。
驚くほど綺麗な切り口が、彼の技量を雄弁に語っていた。
「レンジ殿、見事な手前だ」
「は、お褒めにあずかり光栄です」
背中側に抜身の剣を回して、レンジと呼ばれた男はうやうやしく頭を下げた。
体のパーツパーツが木の幹のように太く、肉が詰まっている。
いたるところに付けられた傷は、彼の今までの戦歴を体現しているように、荒々しく、暴力に満ちていた。
ライアン・メトロドスキー子爵は席から立ち上がると、控えている面々に対して檄を飛ばす。
「全面対決だ! 中央の腰抜けどもを蹴散らし、東部連合体はウル帝国軍との共同戦線を張ることを目指すぞ!」
導火線に火が付いた。
それが火薬に引火するのか、それとも途中でもみ消すことが出来るのか、全てはこの一戦に委ねられることとなった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「いま使者が話を付けに行っているんだろ? 向こうも馬鹿じゃないんだし、それで話が着くだろ」
「馬鹿なこと言わないで。ちょっとは自分の足りない脳みそで考えなさいよ」
「そんなに言う?」
タリアに罵倒されたルークは、大げさに被害者っぽく振舞ってみる。
彼女は彼女でルークと同じ馬車であることに心底辟易としているようだった。
この男、適当なことをペラペラと、それも同じ馬車の中にいるのだから無視することも出来ない。
軽薄を絵にかいたような男は、タリアの嫌いなタイプだった。
それがどうしてか同じパーティーとして活動しているから不思議なものだ。
彼女は罵倒に続けて、彼の論説の間違っている点を指摘する。
「東部連合体のトップを名乗っているライアン・メトロドスキーはね、筋金入りの馬鹿なのよ」
「それはどれくらい?」
「寒いからといって油を頭からかぶって、火の中に飛び込んで暖を取るくらいの馬鹿よ」
「つまり?」
「レイフォード家とかなりまずいことをやっていた貴族家の当主たちが相次いで爆死して、その結果子爵家の後釜に収まったくせに、先代当主と同じ路線を進もうとしているのよ。アホらしくて頭痛くなってきた」
タリアはこめかみのあたりを抑える。
もしかしたら本当に痛くなってきたのかもしれない。
「帝国に歩み寄ることが悪い訳じゃないだろ」
「それは相手がこちらの価値観をある程度共有している場合に限るわ。帝国は隣接する複数の国と常に戦争状態にあるような国なのよ。まともな話し合いが通用するとは思えない」
「それもそうか」
「私たちは特記戦力の撃滅に向かっている訳でしょ。でもカタロニアの田舎にそんな存在がいるとは考えにくい。じゃあそんな凄腕はどこから来るの?」
「……ウルか」
「東部連合体が裏で帝国と繋がっているのは確実。帝国軍が入ってこないのは時期が悪いから、そして戦いを欲している相手に話し合いはまず無駄。お分かり?」
「分かったから、その辺で許してくれ」
途中から説教じみてきた空気感に、ルークは降参した。
馬車に乗っている他の人員もこの空気のトンネルから抜けたことに、心なしか表情が柔らかくなる。
しかし、彼らの行き先を考えれば楽観視ばかりしていられない。
「使者殿は今頃殺されているでしょうね」
タリアがそう締めくくると、荷台の外から声がかかった。
「お前たち、今日はここで野営だ。下りて準備しろ」
パーティーリーダー、今はカナン公国軍外郭団体、冒険者ギルド所属第2分隊分隊長のハルツからの指令に、一同は思い思いの返事を返す。
車内の荷物をまとめ、下車準備を進める。
そして馬車が止まると同時に速やかに大地に降りて周辺索敵を行う。
何も問題が無ければ、指令通り野宿の支度を始めなくてはならない。
4名が散って索敵を行っている間、ハルツはこの長い隊列を眺めていた。
800の軍隊でも、ここまで大きな集団になる。
これが千や万の組織になれば、もはや統率は不可能になるのではないかと、そう思えてくる。
少なくとも自分には無理で、これをやってのける士官は偉大だと、彼は自分の甥たちを尊敬した。
念じた思いは届くことも良くある物で数騎、馬が近づいてくる音がした。
地面を馬の蹄が踏み鳴らし、颯爽と駆けていく。
通り過ぎるかに思えたその音は、ハルツの傍で止まった。
「「叔父上!」」
どこか見慣れた金髪の男たちは、3人中2人がハルツのことを叔父上を呼んでいる。
もう一人の金髪は口を開いていないが、彼を見つけて嬉しそうにしているところから仲は良さそうに見える。
「お前たち! そうか、試金石とはこういうことか」
ひらりと下馬した彼らは、近くにいた一般兵に轡を任せる。
大人しい馬だからと笑っているが、急にそんなものを任された彼らは気が気でならない。
「2人はともかく、フェリックスは久しいな。元気にしていたか?」
「昨年度士官学校を卒業し、少尉として第2師団に配属されました」
「おおそうか! 知り合いがいて窮屈ではないか? 冒険者はいつでも歓迎だぞ」
いつになく饒舌になっているハルツを見れば、索敵中のパーティーメンバーは目を丸くすることだろう。
普段彼は、あまり家のことを話したがらない。
ほぼ家出のような形で冒険者になって、険悪な家族仲を喜んで話したいことも無いだろう。
それでも、子供や兄の子供、つまり甥や姪は違う。
姪の婚約者、許嫁もまた然りだ。
「叔父上、ベルサリオ少尉は士官学校主席の逸材なんですから、そう簡単に明け渡すことは出来ませんよ」
「主席? 兄上め、黙っていたな」
「まあまあ、時間も押していますし、その辺で」
話が脱線することを防ごうとしているのはクラーク伯爵家次男、ケンジー・クラーク。
義理の弟になろうという男を誇らしげに語っているのは長男ブレーバー・クラーク。
そして流れ的にリーゼの許嫁であることが分かっている士官学校主席の彼は、フェリックス・ベルサリオ。
軍における階級は長男、次男、許嫁の順に中尉、少尉、少尉。
ケンジーがストップをかけることで、彼らがここに来た理由に入る。
「指揮官のミーティングは無いのか? あるなら大隊長にどやされるぞ」
「いえ、それが少佐から叔父上にも来てほしいと」
「俺が? 嫌だなぁ」
「そういわずに」
将来の姪の夫は、義理の兄になる予定の2人からハルツの軍に対する思いを聞いていた。
とにかく怒られることが嫌で、年功序列、階級至上主義の軍に嫌気が差したと。
だからもし呼び出しを断られても、それは俺たちの責任ではないからな、と2人からは事前に言われている。
そう言ってもらえると、主席卒業の俊英も気が楽になる。
「用件は?」
「さぁ。しかし今後の動きに関係することは間違いないでしょう」
「…………分かった。今から向かおう」
あの空間には戻りたくなかったと、ハルツは息を吐く。
こういうのが嫌で冒険者になったのに、こんな時ばかりは生まれを呪うしかない。
こうなってしまったものは仕方ないと、ハルツは相乗りしている前の男、フェリックスに話しかけた。
「この列、明らかに800以上いないか? 1500以上いるだろ」
「800というのは戦闘員の数ですよ」
フェリックスは端的に答えた。
戦闘員以外にも従軍する人間はいるんですよと。
「俺がいたときはそこまで数えていたんだけどな」
「今回は特にそうですけど、通過する街の協力も仰ぐわけですから補給部隊の計上はしないのでは?」
「はるほど。勉強になるよ」
「いえ、知識ばかり先行しているとよく言われています」
「あの二人は知識が足りなくて落第しかけていたがな」
「叔父上! 舌を噛みますよ!」
「そうです! 私たちの成績は許容範囲なガチッ」
痛々しい音が鳴り、ケンジーが口元を抑えて悶絶した。
あほな連中だと呆れながら、ハルツたちは馬を走らせる。
そうして後方に下がること30分、ようやく到着した地点には天幕が設営されていた。
一際大きなそれは、明らかに仕官、それも階級の高い人に向けられたそれだ。
「着きましたよ、行きましょう叔父上」
「気が進まんなぁ」
そう言いつつも甥っ子たちに背中を押されて、彼は仕方なく天幕の中へと吸い込まれていった。
男——ライアン・メトロドスキー子爵の血管は、今にもはちきれんばかりに膨張し、青筋を浮かべていた。
カナン公国東部、カタロニア地方。
現在この地では、戦争の準備が進められていた。
東部連合体を自称する彼らは、地方貴族の跳ねっ返りだ。
子爵家の当主がユウによる暴挙で爆死したのち、お家騒動が勃発していた。
それ自体は特に珍しい話でもなく、大公シャノン・クレストはその火消しに追われる毎日を送っている。
しかし全ての騒動を穏便に片付けることなど出来るはずもなく、こうしてライアンのような粗忽者が台頭することになる。
そんな彼は、首都アトラからやって来た使者に対して怒声を浴びせているところだった。
使者は極力機嫌を損ねないように、それでいて仕事も遂行しなくてはならない難しい舵取りを任されている。
「武装を解除すれば、大公は今回の件を不問に処すとおっしゃっています。その確約もここに」
差し出した書状を、ライアンは乱暴に取り上げた。
封を破り内容を確認していくと、なるほど使者の言っている内容に相違ない。
武装を解除し、東部連合体の解散を条件に彼の子爵家当主としての立場を保証すると書かれている。
彼にとって悪くない条件であることは使者も承知している。
元々地方の子爵風情、それも正規ルートでは当主になれない分家の人間に、大公は爵位を与えると言っているのだ。
これで折れなければもう諦めた方がいいと、そう思えてくるほどの好条件。
「ふっ」
ライアンは鼻で笑った。
この場にいるすべての人間はこの意味を数秒後に知ることとなるのだが、後世の歴史解釈ではこの場で何があったのか、まだ議論が続いている。
使者が無礼な態度を取ったとか、現存していない書状に神経を逆なでするようなことが書かれていたとか、歴史家たちは情報を一つ一つ集めては過去を類推する。
しかし、正解は案外間抜けなものだった。
当時の人たちでさえ呆れかえるような判断を、ほぼノーヒントで後世の人間が当てられるはずもない。
「おい、こいつを斬れ」
「はっ」
何を血迷ったかこの男、使者を生きて返さぬつもりらしい。
「子爵殿! どうかご再考を!」
使者の必死の説得も、馬の耳に念仏だ。
「当方の意志は既に決している。中央軍を迎え撃ち、ウル帝国との融和路線を目指す。それが先代当主の願いでもあるのだからな」
「私欲に塗れた先代がどのような末路を辿ったのかご存じのはずでしょう!」
食い下がる使者に、自らの命のことなどすでにない。
ここで持ちこたえなければ、何百何千という命が失われる。
それは何としても避けなければならない、例え自分が死んだとしても。
しかし、それも限度があった。
初めからライアンに交渉する気も中央に降る気も無かったのだ。
「子爵殿! 何とォっ——」
使者は、最後まで職務に忠実に、それに殉じた。
惜しむらくは、彼はこの仕事に任命された時にすでに死んでいたことくらいだろう。
彼を斬った剣についた血を拭う男からは、尋常ではない気配が醸し出されている。
驚くほど綺麗な切り口が、彼の技量を雄弁に語っていた。
「レンジ殿、見事な手前だ」
「は、お褒めにあずかり光栄です」
背中側に抜身の剣を回して、レンジと呼ばれた男はうやうやしく頭を下げた。
体のパーツパーツが木の幹のように太く、肉が詰まっている。
いたるところに付けられた傷は、彼の今までの戦歴を体現しているように、荒々しく、暴力に満ちていた。
ライアン・メトロドスキー子爵は席から立ち上がると、控えている面々に対して檄を飛ばす。
「全面対決だ! 中央の腰抜けどもを蹴散らし、東部連合体はウル帝国軍との共同戦線を張ることを目指すぞ!」
導火線に火が付いた。
それが火薬に引火するのか、それとも途中でもみ消すことが出来るのか、全てはこの一戦に委ねられることとなった。
※※※※※※※※※※※※※※※
「いま使者が話を付けに行っているんだろ? 向こうも馬鹿じゃないんだし、それで話が着くだろ」
「馬鹿なこと言わないで。ちょっとは自分の足りない脳みそで考えなさいよ」
「そんなに言う?」
タリアに罵倒されたルークは、大げさに被害者っぽく振舞ってみる。
彼女は彼女でルークと同じ馬車であることに心底辟易としているようだった。
この男、適当なことをペラペラと、それも同じ馬車の中にいるのだから無視することも出来ない。
軽薄を絵にかいたような男は、タリアの嫌いなタイプだった。
それがどうしてか同じパーティーとして活動しているから不思議なものだ。
彼女は罵倒に続けて、彼の論説の間違っている点を指摘する。
「東部連合体のトップを名乗っているライアン・メトロドスキーはね、筋金入りの馬鹿なのよ」
「それはどれくらい?」
「寒いからといって油を頭からかぶって、火の中に飛び込んで暖を取るくらいの馬鹿よ」
「つまり?」
「レイフォード家とかなりまずいことをやっていた貴族家の当主たちが相次いで爆死して、その結果子爵家の後釜に収まったくせに、先代当主と同じ路線を進もうとしているのよ。アホらしくて頭痛くなってきた」
タリアはこめかみのあたりを抑える。
もしかしたら本当に痛くなってきたのかもしれない。
「帝国に歩み寄ることが悪い訳じゃないだろ」
「それは相手がこちらの価値観をある程度共有している場合に限るわ。帝国は隣接する複数の国と常に戦争状態にあるような国なのよ。まともな話し合いが通用するとは思えない」
「それもそうか」
「私たちは特記戦力の撃滅に向かっている訳でしょ。でもカタロニアの田舎にそんな存在がいるとは考えにくい。じゃあそんな凄腕はどこから来るの?」
「……ウルか」
「東部連合体が裏で帝国と繋がっているのは確実。帝国軍が入ってこないのは時期が悪いから、そして戦いを欲している相手に話し合いはまず無駄。お分かり?」
「分かったから、その辺で許してくれ」
途中から説教じみてきた空気感に、ルークは降参した。
馬車に乗っている他の人員もこの空気のトンネルから抜けたことに、心なしか表情が柔らかくなる。
しかし、彼らの行き先を考えれば楽観視ばかりしていられない。
「使者殿は今頃殺されているでしょうね」
タリアがそう締めくくると、荷台の外から声がかかった。
「お前たち、今日はここで野営だ。下りて準備しろ」
パーティーリーダー、今はカナン公国軍外郭団体、冒険者ギルド所属第2分隊分隊長のハルツからの指令に、一同は思い思いの返事を返す。
車内の荷物をまとめ、下車準備を進める。
そして馬車が止まると同時に速やかに大地に降りて周辺索敵を行う。
何も問題が無ければ、指令通り野宿の支度を始めなくてはならない。
4名が散って索敵を行っている間、ハルツはこの長い隊列を眺めていた。
800の軍隊でも、ここまで大きな集団になる。
これが千や万の組織になれば、もはや統率は不可能になるのではないかと、そう思えてくる。
少なくとも自分には無理で、これをやってのける士官は偉大だと、彼は自分の甥たちを尊敬した。
念じた思いは届くことも良くある物で数騎、馬が近づいてくる音がした。
地面を馬の蹄が踏み鳴らし、颯爽と駆けていく。
通り過ぎるかに思えたその音は、ハルツの傍で止まった。
「「叔父上!」」
どこか見慣れた金髪の男たちは、3人中2人がハルツのことを叔父上を呼んでいる。
もう一人の金髪は口を開いていないが、彼を見つけて嬉しそうにしているところから仲は良さそうに見える。
「お前たち! そうか、試金石とはこういうことか」
ひらりと下馬した彼らは、近くにいた一般兵に轡を任せる。
大人しい馬だからと笑っているが、急にそんなものを任された彼らは気が気でならない。
「2人はともかく、フェリックスは久しいな。元気にしていたか?」
「昨年度士官学校を卒業し、少尉として第2師団に配属されました」
「おおそうか! 知り合いがいて窮屈ではないか? 冒険者はいつでも歓迎だぞ」
いつになく饒舌になっているハルツを見れば、索敵中のパーティーメンバーは目を丸くすることだろう。
普段彼は、あまり家のことを話したがらない。
ほぼ家出のような形で冒険者になって、険悪な家族仲を喜んで話したいことも無いだろう。
それでも、子供や兄の子供、つまり甥や姪は違う。
姪の婚約者、許嫁もまた然りだ。
「叔父上、ベルサリオ少尉は士官学校主席の逸材なんですから、そう簡単に明け渡すことは出来ませんよ」
「主席? 兄上め、黙っていたな」
「まあまあ、時間も押していますし、その辺で」
話が脱線することを防ごうとしているのはクラーク伯爵家次男、ケンジー・クラーク。
義理の弟になろうという男を誇らしげに語っているのは長男ブレーバー・クラーク。
そして流れ的にリーゼの許嫁であることが分かっている士官学校主席の彼は、フェリックス・ベルサリオ。
軍における階級は長男、次男、許嫁の順に中尉、少尉、少尉。
ケンジーがストップをかけることで、彼らがここに来た理由に入る。
「指揮官のミーティングは無いのか? あるなら大隊長にどやされるぞ」
「いえ、それが少佐から叔父上にも来てほしいと」
「俺が? 嫌だなぁ」
「そういわずに」
将来の姪の夫は、義理の兄になる予定の2人からハルツの軍に対する思いを聞いていた。
とにかく怒られることが嫌で、年功序列、階級至上主義の軍に嫌気が差したと。
だからもし呼び出しを断られても、それは俺たちの責任ではないからな、と2人からは事前に言われている。
そう言ってもらえると、主席卒業の俊英も気が楽になる。
「用件は?」
「さぁ。しかし今後の動きに関係することは間違いないでしょう」
「…………分かった。今から向かおう」
あの空間には戻りたくなかったと、ハルツは息を吐く。
こういうのが嫌で冒険者になったのに、こんな時ばかりは生まれを呪うしかない。
こうなってしまったものは仕方ないと、ハルツは相乗りしている前の男、フェリックスに話しかけた。
「この列、明らかに800以上いないか? 1500以上いるだろ」
「800というのは戦闘員の数ですよ」
フェリックスは端的に答えた。
戦闘員以外にも従軍する人間はいるんですよと。
「俺がいたときはそこまで数えていたんだけどな」
「今回は特にそうですけど、通過する街の協力も仰ぐわけですから補給部隊の計上はしないのでは?」
「はるほど。勉強になるよ」
「いえ、知識ばかり先行しているとよく言われています」
「あの二人は知識が足りなくて落第しかけていたがな」
「叔父上! 舌を噛みますよ!」
「そうです! 私たちの成績は許容範囲なガチッ」
痛々しい音が鳴り、ケンジーが口元を抑えて悶絶した。
あほな連中だと呆れながら、ハルツたちは馬を走らせる。
そうして後方に下がること30分、ようやく到着した地点には天幕が設営されていた。
一際大きなそれは、明らかに仕官、それも階級の高い人に向けられたそれだ。
「着きましたよ、行きましょう叔父上」
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アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
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