半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第249話 モテちゃうなぁ

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 店を後にしたアラタは、迷う。
 帰るか、どこかで飲み直すか。
 時刻はまだ9時前。
 今帰ればノエルたちと出くわす。
 話しかけられれば話さないわけにはいかず、彼はそれが後ろめたい。
 だから、彼は楽な方を選んだ。
 どこか入れる店は無いか、そう思いながら千鳥足で歩き始めた。
 今度はキャッチの紹介ではなく、自分が選んだ場所が良いと、ふらつきながら考える。
 ああいうのも悪くはないが、とアラタはレイとの会話を思い出す。
 あそこで乗っていれば、今頃ホテルかレイの家だったのかと少し惜しい気持ちがこみあげてくる。
 娼館があることは知っている彼だが、ラブホテルはまだ見たことが無い。
 それとは分からないように偽装されているのか、そういった店というか建物は、アトラに見当たらない。

「チキッたなー」

 空を仰ぐ。
 今になってやっておけばよかったと、そう思い始めたのだ。
 男にはよくあることだ、チャンスを自分の手で捨てておいて、やっぱりあの時断らなければよかったと後悔することは。
 そしてそれと同じくらい、ヤってしまって後悔することも多い。
 どちらにせよ後悔するのなら、やって後悔したい。
 そこだけ切り取ればかっこよく聞こえなくもないが、言っていることは最低だ。

 レイの外見はアラタの好みに合致していた。
 出るところは出ていて、へこむところはへこんでいる。
 健康的な肉体は、若い男性には刺激が強い。
 黒のロング、鼻筋が通っていて、目が大きい。
 メイクをしていても、日本やアラタの元居た世界とはその濃さが違う。
 すっぴんプラスαでこの完成度。
 性格もさっぱりしていて彼好み。
 メンヘラは懲りている。

「……まだその辺にいるかも」

 アラタは引き返すことにした。
 女心は秋の空、次会った時にはフラれるかもしれない。
 でも、会いに行かなければ何も始まらない。
 ごめんエリー、そう心の中で唱えながら、アラタは走り出した。
 息が臭い。
 酒の匂いがプンプンする。
 足取りが怪しい。
 視界もおぼろげだ。
 眠気が襲ってきているためだろう。
 元の道を引き返してきたアラタは、迷子になった。
 勝手知ったるこの町で、彼は道に迷った。
 クリスに話したら鼻で笑われることだろう。
 見覚えのある街並みだが、この町はどこもそんな感じだ。
 先ほどの場所からさほどずれていないはずだが、元の場所に戻るにはどうしたらいいか分からない。
 スマホも無いこの世界で、迷った時に有効な解決手段は一つ。

「あのー、すいません」

 近くの人に道を聞く、これに限る。
 アラタは通行人Aに話しかけた。
 黒装束を起動している時は例外だとしても、彼は結構な頻度で道を聞くし、逆に道を尋ねられることもあった。
 通行人Aは彼よりも年上そうな男性で、ニット帽を被っている。
 そして男は話しかけられたから振り返る、当然だ。

「あの、4番通りに戻りたいんですけど、ここどこでしたっけ? 出来れば183番街との交差地点も知りたいです」

 酔っていても、口調は正確に知りたいことを伝える。
 こうでもしなければ、彼は今日野宿することになる。
 ただ、振り返った男の眼に、底冷えするような寒さを感じる。
 彼はみるみる酔いから醒めていくのが分かった。
 目の端に、銀色の刃が垣間見えた。

 ——刀は間に合わねえ。

 酔っている体でどこまで出来るか不安だが、やるしかないとアラタは右手を振った。
 その手は刃の根元に向かって一直線に伸びて、がっちりと肉と骨を掴んだ。

「っ! 化け物が!」

 反射的に繰り出されたハイキックが男を捉える。
 首元を叩き折るつもりで振り切った蹴りは、目的通りの成果を得た。
 明らかに曲がってはいけない方向に折れている首は、彼が絶命していることを示している。
 アラタは背負っていた袋を下ろし、その中から刀を引き出した。
 こんなこともあろうかと、刀を差しておくためのベルトは常に装着している。
 こうして初撃さえ凌げば、軽く戦闘態勢を整えることが出来る。

「住人は……触らぬ神にってやつか」

 思い切り街中、アラタがさっきまで飲んでいた場所からは歩いて5分程度。
 この場所も商業地区で、それなりに人通りはある。
 しかし、ドアが、ありとあらゆる扉や窓が閉まっていることに今更ながら気づかされた。
 そして、通行人たちが発している敵意も、【敵感知】に引っかかる。

「どこの組織出身かな。八咫烏じゃないみたいだけど」

「怪しげな術で領主様たちを殺害した罪、死んで償え」

「んー」

 行った汚れ仕事は数あれど、心当たりがあるか無いかくらいすぐに判断がつく。
 結果該当した仕事は無い。
 大方ユウがやった大量粛清を混同しているんだろうな、と結論付ける。

「勘違いだと思うけどな」

「では、レイフォード卿を殺害したのは貴様だろう」

「それは俺だな」

「殺す」

 時間稼ぎをしている間に、敵戦力の分析が完了しようとしていた。
 【敵感知】で反応を拾える程度の使い手が15人。
 【気配遮断】や黒装束みたいな魔道具を使っているとしたら、もう少し敵の数は増加する。
 ひと一人殺すのに、よくもまあこんなにゾロゾロと、そう考えていたアラタの脳裏に、先ほどの出来事が思い起こされる。
 もしかしたら、レイはこいつらの協力者なのかもしれないと。
 自分に気があるわけではなく、初めから裏があって接近してきたのかもしれないと、そう考えることも出来る。
 そんな仮定の下もう一度自身の言動を振り返る機会を与えられた彼は、あまりに勘違いの多い発言に死にたくなる。
 痛々しいほどかっこつけていたな、と恥じる。

 人間不信になりそうだ。

「モテちゃうなぁ」

 そう言うと、アラタは刀を抜いた。

※※※※※※※※※※※※※※※

 男は、夜勤が嫌いだ。
 眠いし、次の日の日中睡眠を取っていると、なんだか時間を無駄にしているような気になる。
 しかし眠らないわけにもいかないし、それが趣味ではなく仕事であり、お給金を貰っている以上やらないわけにはいかない。
 これから先、夜勤の中で最も嫌いな時間がやってくる。
 時間帯的に言えば1時から4時くらいまで。
 休憩が終了して、そこから次の小休憩までの本当に何もない時間。
 月給制の仕事を時給換算するのは違う気もする。
 しかし、こうしてただ警邏機構の前にぼーっと突っ立っていると、自分が人生の内の大切な時間を切り売りしている気分になってくる。
 男は夜勤当番が巡ってくるたびに、この不毛で意味のない思考を繰り返していた。
 ただ、人生ではイレギュラーがつきものだ。
 結構な頻度で夜勤をしていれば、何らかの事件に遭遇するときだってある。
 彼にとって、それは今日の晩だった。

「誰か来たな」

 男は相方に話しかける。
 門番は2人1組が基本だ。

「誰か外に出てたっけ?」

「いや、聞いていない」

 2人の間に緊張が走る。
 もっとも、これから命のやり取りをするとか、そういった類のものでは無い。
 ただの門番から、市民に見られている門番へとスイッチを切り替えた故のものだ。
 少し肩に力を入れている感じと言えばわかりやすかろう。
 暗闇から誰かが近づいてきて、それは警邏機構の前にある照明に照らされる。
 男たちは、一瞬言葉を失った。

「…………緊急事態」

 辛うじて出た声はこれだけ。
 その声で我に返った相棒は、ありったけの声で叫ぶ。

「正面玄関に血だらけの男が出現! 当直1から3班は武装集合!」

 そこには、普段着を返り血だらけに汚したアラタが立っていた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「俺に休みはねえのか」

 特務警邏局長、ダスター・レイフォードは愚痴を溢す。
 今日久々に定時で上がることが出来た彼は、家族サービスの為に真っ直ぐ帰宅していた。
 そこにやって来た警邏職員。
 時間は深夜1時。
 近所の迷惑も考えろと拳骨を入れた後、男は制服に着替えた。
 そして5分後、警邏機構へと向かったのだ。

「特務局長が到着されました」

 取調室に若い職員が入ってきて、中の人間にそれを伝えた。
 主任クラスの男は『やっとか』と言いながら席を立つ。

「お前専門のお方が来た。あとはあの人とやってくれ」

 俺だって寝てないのに、と彼は瞼をこすりながら退出した。

「ご苦労さん」

 それと入れ替わりで入って来たのは、夜中に叩き起こされた特務警邏局長殿である。
 椅子に座って彼を待っていたのは、今回の被害者兼加害者のアラタ。
 容疑も固まっていないし、状況も複雑なので、まだそれらを決定づけるには時期尚早。
 だが大体事情は推察できるので、話の分かる彼が召喚されたというわけだ。

「始まったか」

「モテすぎて困っちゃいますよ」

 へらへらと笑っている彼はシャワーを浴びたのか、きれいさっぱりとしている。
 話では返り血だらけでトマトみたいだったとのことだが、流石に警邏側がNGを出したらしい。
 その時間分事情聴取は遅れていて、まだ概要を話し終えたところだった。

「すまんがもう一度聞かせてもらえるか」

 ダスターはタバコを取り出し、一服する。
 何もなしでこの話を聞けるほど、彼は元気ではない。
 ニコチンを充填してパワーを蓄える必要があった。

「そうですね」

 アラタは顎に手を当てる。

「とりあえず、俺がナンパされた話聞きます?」

「その後からで頼む」

「かっこつけて女の誘いを蹴ったイケメンは、その後やっぱり惜しいことをしたと思って女を探す。酔っていたこともあって道に迷い、そこで襲撃を受けた。今となっては女も怪しいけど、とりあえずそれはいいでしょう。全員返り討ちにして、後片付けの依頼と報告にここに来た感じです」

「女の身元は?」

「飲み屋の近くに花屋があるらしくて、そこで働いてるレイって名乗ってました。髪は黒色で——」

「いや、その辺でいい。その件に関しては他の奴に話してくれ」

「ダスターさんが話せって」

「すまんな」

 男は3本目に突入する。
 取調室内はタバコの匂いでいっぱいだ。
 長いひと吸いのあと、ダスターはタバコを灰皿にキープして真面目な顔になる。

「ギルドで嫌がらせを受けたらしいな」

「耳が早いですね」

「まあ仕事柄な」

 アラタはタバコを吸わない。
 代わりと言っては何だが、出された水を口にする。
 まだ少しアルコールの残っている彼には嬉しい。

「そんだけ元支部長はいい人だったってことですね」

「難癖をつけられてクエストを受けられないのは死活問題だぞ。どうするつもりだ」

「ノエルが騒いでいますし、大公の耳に入って終わりでしょう」

 楽観的な彼の言い分を聞いて、ダスターはキープしていたタバコを取った。
 少し燃え進んでいても、まだ十分吸うことは出来る。

「分かってねえな」

 ダスターは彼の思い違いを訂正する。

「あれでもギルドは国から独立している組織だ。貴族院からの圧力も限界がある。ギルドの活動が縮小されて困るのは国だからな」

「大公は特に何もしないと?」

「しないだろうし、したとしてもギルドが無視する可能性が高いってことだ」

「俺、こんなことしか能が無いですし、働けないと困りますよ。国に縛り付けられているんですから」

「それは俺も不憫に思う」

 他人事な彼の態度に、アラタは少しイラつく。

「何とかしてくださいよ、あなた警察でしょ」

「警邏と警察は厳密には違うんだが……まあいいだろう。あのな、民事不介入ってのがあって俺たちは人サマのごたごたに首を突っ込んではいけないんだ。分かるか?」

「そりゃそうですけど。不当にクエストを斡旋しないことに関してはノータッチですか?」

「どのクエストを誰に割り振るかはギルドの権限の範疇だ。不当に扱われているというのなら、刑事ではなく民事になる」

「役に立ちませんね」

「あのな、お前が殺しまくったせいで俺は数日間寝れんのよ。これに関して思うことは?」

「ご愁傷さまです」

「ったく、お前もう警邏に入れよ。ここなら俺がそんなことさせねえ」

「大公からノエルと一緒にパーティーを組めって命じられてるんですよ」

「ご愁傷様」

 同じ返しをされたアラタはムッとダスターを見つめる。
 しかし本人はどこ吹く風といった様子。

「クエストの件は自分で何とかしろ。少しくらいなら力になってやるから、今日はここに泊まれ」

「寝ゲロしたらすんません」

「おい、こいつに布団用意しなくていいぞ。汚すらしいからな」

「嘘ですって! 本気にしないでくださいよ」

 5本吸い終わったダスターは、目の前の青年を見て不憫な気持ちになった。
 自分だって出来るなら力になってやりたい。
 だが、彼の冒険者という立場、大公の絡んでいる案件、特配課や八咫烏といった彼の後ろめたい出自。
 特務警邏と言っても、万能ではない。
 どうすれば彼が不当な扱いを受けないようにできるのか、それを考えてみたものの、それらしい答えは出なかった。
 彼は今後、こういった人の悪意や恨みといった負の側面と戦わなければならないのだ。
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