半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第247話 ヒモのアラタ2

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「アラタ殿、黒装束は治せばいいですけど、体は1つしかありませんぞ」

「分かってるよ。当分戦う予定も無いし」

 カジノで一日時間を潰し、屋敷の連中と顔も合わせず寝た後、アラタはメイソン・マリルボーンの元を訪ねていた。
 目的は黒装束の点検、場所はマリルボーン伯爵家の邸宅。
 勘当同然で家から追い出された彼を、ドレイクが引き取り面倒を見てきた。
 黒装束や、それを感知する魔道具など、短期間で彼の成し遂げた功績は大きい。
 何より、彼は理論だけ先行している技術を現実のものに社会実装する優れた技術者だ。
 伯爵家の嫡男を廃嫡された彼だが、アラタはこの方が良かったと思っている。
 貴族の長男にとって廃嫡される屈辱と悲しみは当人にしか分からない部分も多いだろう。
 それでも、彼の技術者としての資質を鑑みれば、これでよかったのだ。
 人間万事塞翁が馬ということらしい。

「アラタ殿、これ一着でいくらするか知っていますか?」

 彼のことを『アラタ殿』と呼ぶ人間は珍しい。

「知ってるよ。金貨200枚でしょ」

 日本円にしておよそ2000万円。
 どんな高級ブランドも裸足で逃げ出す価格だ。
 貴金属や宝石類でもあしらっていれば太刀打ちも出来るだろうが、これに勝てるところですぐ思いつくのは約10億5000万円する宇宙服くらいか。
 特殊な用途に用いられる装備は、いつだって高価になる凡例である。
 しかし、その価格は違ったらしく、メイソンは手でバツ印を作った。

「原材料費の高騰、作業代の見直しにより、現在では金貨250枚となっております」

「ちなみにメイソンの取り分は?」

「…………金貨5枚です」

 金か5枚と言えばかなりの大金だ。
 そう考えれば悪い額ではないが、メイソンの反応を見るからに、満足のいく価格ではないみたいだ。

「足りないの?」

「疲れるんですよ。とてもとても」

「あー」

 心身を削らなければならないなら、どんだけ金を積まれても嫌なものは嫌なんだろうな、とアラタは理解を示した。
 自分をサポートしてくれているこの男が若くして禿げる事の無いように、もう少し気を遣ってこの魔道具を使うことにした。

「それより」

 メイソンは話を元に戻す。

「当分戦う予定ないって言いました? アラタ殿は冒険者になったのでは?」

「あーそれな。うぜーからやめた」

 投げやりな言葉は、心底辟易としている。

「収入はあるのですか?」

 彼はアラタのことを本気で心配しているらしい。
 根が良い彼らしい。
 一言で言えば、メイソンは気が弱くて優しい。
 優しく、独特な性格故に、貴族としては上手くやっていけなかったのだろう。
 アラタはこの優しさが心地いい。

「無いよ」

「どうするのですか。この魔道具だって無料というわけには」

「それは先生が払ってくれる。一応俺も少しは持ってるし」

「ちなみにおいくらくらい?」

 作業代を徴収したいメイソンは必死だ。

「金貨が100枚」

「修理だけならしばらくいけますな」

 安心したようで、ほっと胸を撫でおろす。
 アラタの支払い能力は一応生きているようだった。

「これからどうするのですか?」

「ダラダラするよ。今は働く気力が起きない」

 世の中の全労働者に謝罪すべき案件の発言は、彼の今までの生活の反動から来ているかもしれない。
 それくらい、彼の人生は激しさに満ちていた。
 特に転生してから今までは。
 少しくらい休みたいと、誰だって思う。
 ましてや気持ちが切れれば、そうなる。

「お金はあるようですし、ゆっくりするのもいいかもしれませんね」

「でも、ずっとだらけている訳にもいかない」

「何か策がおありで?」

「無いよ」

 本日2回目の『無いよ』はメイソンをこけさせる。

「無いんですか」

「だからお前に相談しに来たってわけ。何か面白い発明はないかなーって」

 溜息をつきながら、彼の自分に対する認識を訂正する。

「いいですか。僕は目的不明なものは作れないし作りません。まず目的、それを実現する技術、アイディア、これが無いと始まりませんよ」

「そういうもんなのか」

「そういうものです」

「じゃあさ、俺が金になりそうな物のアイディア出したら作ってくれる?」

「実現性と利益回収可能性によります」

「夢が無いなぁ」

「アラタ殿は今年20歳ですよね? そろそろ現実を見て働かないと」

「それが無理だからこのニート村に来てんだよ」

「アラタ殿、いまなんと?」

「ここに来るのは先生、メイソン、俺。全員働いてねーじゃん。ニートじゃん」

 俺たち仲間だよなという発言にメイソンは顔を真っ赤にする。

「僕は働いていますよ! ドレイク殿も忙しいですし、ニートはアラタ殿だけです!」

「なにおぅ? 俺は働かないんじゃない、働けないんだ! 国が俺に仕事をくれないんだよ!」

「無職はみんなそういうんですよ」

「俺は悪くなーい!」

 彼のような発言をして、本当に非が無いケースは珍しい。
 せっかく冒険者になっても、クエストを受注できなければ意味がない。
 だが、彼は一つ失念していた。
 Bランク冒険者は、固定給が支払われる。
 貢献度によって額は異なるが、ギルドの買い叩きを防ぐために最低額は決まっている。
 最低額は、月に金貨3枚。
 それだけで十分生きていける額だった。
 その支払いは彼ではなくドレイクに向けられていて、彼が大切に保管していたのだが、それが彼の知るところとなるのはまだ先の話。

「まあいいや」

 アラタは点検が終了した黒装束を手に、立ち上がった。

「なんか思いついたら相談しに来るよ」

「期待しないで待っておきます」

 アラタの小遣い稼ぎに協力するまでもなく、メイソンには仕事が山のように与えられている。
 雇用主というか上司はドレイク。
 アラタと同じような立場で、ブラックなのはここでも変わらない。

「ところで美女3人との生活はどうですか?」

 ニヤニヤしながら聞く彼には、アラタの答えが分かっているらしい。

「性格まで美女なら良かったんだけどな」

「本人たちの前で言ったら八つ裂き案件ですよ、それ」

「俺今までも共同生活ばかりだったし、特に何とも思わない」

「うらやましい限りです」

「これだから童貞は」

 アラタは溜息をつく。

「どどど、悪いんですか!」

「悪くないけど……夢見すぎ」

 ちゃんと現実を見てくださいね、と忠告してアラタは出て行った。
 メイソンには許嫁もいなければ、彼女もいない。
 彼曰く、これからできる予定とのことだ。

「……出会いが欲しい」

※※※※※※※※※※※※※※※

 黒装束を袋に入れて、肩から提げる。
 刀も別の袋に入れて、左肩に掛けている。
 これだけあれば軽いクエストは消化できそうなものだが、彼にそれは出来ない。
 出来ない可能性が極めて高い、と言った方が正確だ。

 ——俺ってそんなに嫌われやすいのかな。

 自分を客観視してみても、そこまで友達が少ない性格とは思えないし、嫌われるようにふるまった覚えもない。
 ただ、行動がまずかったかな、とは思う。
 大公選を掻き回した彼とクリスは、知る人間からすれば犯罪者と大差ない。
 実際に裁かれて処刑までされているのだから、申し開きの余地もない。
 彼は昔もそうだった。
 高校生だったアラタは、無理を通して道理を引っ込めて、マウンドに上がり続けた。
 自己満足のエゴイストだと言われればその通りだ。
 でも、あの状況で引き返すには、強い意志と周りの協力が要る。
 彼にはどちらも不足していた。
 念願の甲子園の舞台に戻ってきて、自分でマウンドを降りる決断ができるほど彼は大人ではなく、周囲もその決意の強さに押し切られてしまった。
 結果は今の状態と大差ない。
 無関係の周囲の人間からの誹謗中傷、理不尽な社会的制裁、精神的苦痛、いま日本をはじめとして世界中で問題視されているケースそのものだ。
 唯一の救いは、SNSが無いことだろうか。
 情報通信手段が著しく未発達なこの世界では、悪意の拡散も比較的緩やかではある。
 それだけが、彼にとって都合の良い現実だった。
 アラタはもう、疲れた。
 人の悪意に晒されて、不利益を被りながらも社会生活を送ることに疲れた。

 帰宅すると、そのまま階段を上がって自室に戻る。
 荷物を置き、そのままベッドに寝転がった。
 天井を見つめても、特に何も変わらない。
 そしてアラタは目を閉じた。

「アラタ、いるか」

 コンコンコン、と3度のノックの後、ノエルの声がアラタを起こした。
 慢性的に眠りが浅くなっている彼は、些細な物音でも目を覚ます。
 返事をすることすら面倒だったアラタは、少し迷ってから起き上がる。
 そして何も言わずにドアを開けた。

「あ、あの、指名クエストがあって拒否できなかった。ごめん」

「別にいいよ。気にしないで」

 帰ってきたばかりなのか、ノエルの装備は汚れていた。

「汚れた服は出しといて、俺が洗っとく。あと防具は自分でできるか?」

「うん。家事判定されなければ何とか」

「分かった。もうすぐ飯だから、少し急いでくれると嬉しい」

「頑張る」

 会話は途切れた。
 アラタは部屋に戻ろうと、ドアを閉めようとした。
 それをノエルは制止する。

「待って」

「なに」

「あの、ギルドのことは私が何とかするから、だから、それまでアラタが困ったことがあれば、何でもするから!」

 明るいな、眩しいな、と目を背ける。
 アラタにとって、真っ直ぐなノエルの赤い眼は、正視に堪えない。
 彼女を見ていると、自分が酷くちっぽけでみみっちい人間に思えて仕方なくなってくる。
 それが彼には、苦しい。

 イーデン・トレスは彼に言った。
 一度堕ちたら這い上がれずに、堕ち続けてしまった。
 そして気づいたら身動きが取れなくなっていた。
 君は強くなる、今よりも遥か高みへと昇るだろう。
 強くなった君が、私と同じ過ちを犯さないことを切に願っている。

 崖っぷちで踏みとどまる力は、今のアラタに残されていない。

「何でも…………か」

「私にできることなら」

 1年前、ギルドの人間にふざけ半分で付けられた呼び名が思い浮かんだ。
 ヒモのアラタ。

「ノエル、いまいくら持ってる? おれ金ないんだ」

 男は、堕ち始めた。
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