半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第245話 過去は消えない

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「いやぁ、ここまでとは思わなかったよ」

「ども」

「流石は大公選の切り札だっただけはある」

「できればその話はあまり…………」

 試合が終わり、アラタに絡まった三節棍は解除された。
 アラタも雷槍を未完成のまま手放し、これで終わりとなる。
 元の約束を履行するならば、アラタがBランク、クリスがCランク冒険者だ。
 この国では現役最高位の冒険者として彼は再スタートを切るのだから、この待遇は破格の扱いと言える。

「試験はこれで終わりだ。以後よろしく、Bランク冒険者殿」

 レイヒムは爽やかな笑顔と共に、握手を求めた。
 スポーツマン然としていて、潔い男だ。
 アラタは握手を交わし、彼から認定証を受け取る。
 これを冒険者証と共にギルドへ持っていき、所定の手続きを完結させることで、ランクは確定する。
 以前と変わらない、昇級の手順だ。

「仕事が一緒になった時はよろしくお願いします」

「アラタ君、冒険者は仕事のことをクエストと呼ぶんだ。その方がそれっぽいだろう?」

「……そうですね。クエスト頑張ります」

「よし。時にアラタ君」

「何でしょうか」

 試験官たちが撤収準備と後片付けに追われている時、レイヒムはアラタに耳打ちをする。
 余人には聞かれてはならない話をするためだ。

「周りの人とうまく折り合いをつけるのも、冒険者の重要な資質だ」

「はぁ」

「君の働きは国を救ってくれた。しかし全ての人を助けたわけではないだろう?」

「それは、そうですね」

「逆恨みもある、ということだ」

 アラタは頷き、それを見てレイヒムは離れた。

「折れろとは言わない。ただ、目を背けたい現実も待っているということだよ。困ったら相談するといい」

「もしその時があれば、お願いします」

 彼を筆頭とした試験官たちはギルドに戻る必要がある。
 しかし、アラタが滅茶苦茶にした会場の後片付けがあるのだから、彼らと一緒に戻ることは出来ない。
 彼は自分のしでかした後片付けを手伝おうと名乗り出るも、それは自分たちの仕事だからと追い払われた。
 それよりも早くランクを確定させてこい、と。
 2人は今日試験を同じくした新米たちと、ギルドの方へ向かう。
 その道中、意外なことにも誰もアラタに話しかけない。
 力の差があり過ぎて近寄りがたかったのか、心なしか距離も空いているように見える。
 同じ扱いをされるのは嫌だが、これはこれでなんか違うな、とクリスは首をかしげる。
 もう少しこう、すごいとか、素敵とか、そんな感想と共に近づいてくるものだと思っていたから。
 別にそうして欲しかったとかではないと、心の中で言い訳をする。
 闘技場から隣のギルドまで戻ってくると、職員たちはランク確定手続きの為に待ち構えていた。
 これから試験に参加した全ての新人冒険者の事務手続きがあるのだから、それはもう大変に違いない。
 4つあるレーンに分かれて並び、それぞれ係の人間が捌くのを待つ。
 今日の分のクエストはもう無いが、明日以降のクエスト受注も考えると、今日から彼らの冒険者生活はスタートする。
 アラタ、クリスは連番で左から2列目の中央付近に連ねる。
 大体の冒険者がFかEランクから始まるのに対して、彼らはBとCランクから始まる。
 さぞかし受付の人間も驚くことだろうな、とクリスは今の内から予想しておくことにした。
 そして、アラタの番が巡ってきた。
 その次がクリス。
 受付に必要物を提出し、確定手続きを進めてもらう。
 手続き自体は流れ作業で、名前と更新されるランクの確認、間違いが無ければ手続きをして終了となる。

「ではお名前とランクをお願いします」

「アラタ、Bランクです」

「Bランクですか、凄いですね~」

「ありがとうございます」

 他愛のない会話を交わしながらも、アラタは一抹の違和感を覚えていた。
 この受付の人、行儀が悪いのか何なのか、左手を使おうとしていない。
 台の下に隠したまま、右手一本で作業をしている。
 少し紺色が混ざっているような、黒髪。
 目の色も同じような感じで、ほぼ黒。
 これと言って特徴は無いが、全体的に顔のパーツは整っている。
 だが、何かが彼の中で引っかかる。

「真っ黒な服なんて、暑くならないんですか?」

 手を動かしつつ、受付は軽い質問をした。
 意外とおしゃべりな受付なのかもしれない。

「暑い時もありますけど、我慢できますよ」

「そうなんですか、私なんて暑がりだからとても……」

 やっぱり何かぎこちないな、と彼は感じた。
 こういった直感は大事にしたいと、アラタはスキルを起動する。
 【身体強化】と【敵感知】だ。
 結果、彼は機先を制することが出来た。
 彼女から自分に向けて、ありったけの敵意が向けられていたから。

「左手を見せてもらえますか」

「……いやよ」

 カウンターを挟んで繰り出されたナイフ。
 だが動きは緩慢だ。
 アラタは既に刀に手をかけていて、居合でそれに合わせる。
 黒装束に魔力を流し込んで、防御力も上げた。
 この時点で、彼女は彼を殺すことが出来なくなった。
 キィン、と甲高い金属音がギルドに響いた。
 それだけではなく、肉を叩く嫌な音も。
 アラタはナイフを叩き落とし、左手で彼女の胸ぐらを掴み、受付カウンターに押し当てた。
 鈍い音はその際に鳴ったものだ。

「何事だ!」

 周囲が騒然となる。
 突然受付がアラタに、新人冒険者に向けて襲い掛かったのだから、驚きもするだろう。
 しかし、操られている様子は無く、アラタに向けて高い純度の殺意を向けている。

「お前どこの……いや、それはどうでもいい。死ぬ覚悟があって俺を襲ったんだろうな」

 刀の鋒を突き付けて、男は問う。
 襲われる心当たりが多すぎる彼にとって、動機など些細なものでしかない。
 むしろ重要なのは、命を捨てる気で行動を起こしたんだろうな、という確認だ。
 彼女はアラタの問いに答えなかったが、目は正直に語る。
 自分の命など、これっぽっちも惜しくない。

「トレスさん! なんでこんなことを!」

 彼女の同僚と思われる職員が、悲鳴にも近い叫びをあげた。
 ナイフでアラタを攻撃しようとした彼女の名前は、トレスというらしい。

「トレス、トレス……クリス、心当たりは?」

 少しの間考え込んでいたクリスは、脳内データベースから該当する人名を引っ張り出す。

「イーデン・トレスだな。前ギルド支部長、ドラールで命を落とした男だ」

 殺した人間なんていちいち覚えていない男が、珍しく記憶に残していた戦い相手。
 元Aランク冒険者、カナン公国内における薬物不正取引などに関与、自身も常用していたという嫌疑で追跡開始。
 その最中に決定的な証拠が出てきて、拘束から討伐に任務変更。
 特殊配達課が数名の犠牲を出しながら、任務を完遂。
 アラタが追い込んだところを、クリスがとどめを刺した。
 思い返せば、あの頃はまだ大公選の初期だった。
 去年の話だ、アラタが特殊配達課に在籍していた期間の出来事だから、記憶に埋もれていた。
 余談だが、あの後彼の家族がどうなったのか、アラタは知らない。
 知っているのはクリスの方だ。

「死は落差って言っていた人だっけ」

「そうだ。そして私も思い出した。お前はあいつの娘だな」

 彼女は否定も肯定もしない。
 アラタはその姿を見て、いらいらと感情を募らせていた。
 彼女のその目が、自分のやりたいことを、やるべきことを完遂したのだから、悔いはないと言わんばかりのその目が、大嫌いだった。
 自分もそうだったが、他にも何人かそんな目を見たことがあったから。
 この女がどうなろうと、アラタは知ったこっちゃない。
 しかし、任務終了後、クリスが彼との約束に基づいて、彼の家族にいらぬ責任が及ばないように気をもんでいたことは知っていた。
 今自分が刀を突き付けて、テーブルに押さえつけているこの女は、その努力を踏みにじったのだ。

「全員離れろ! 剣を持っている君! 拘束は緩めずに、ゆっくりと剣を離してくれ!」

 上級冒険者なのか、それともオフの警邏なのか、場を収めるべく、数名の男が動き出した。
 彼らの腰にも剣が提げられていて、受付ひとり拘束することは十分可能だと判断する。

「ナイフを持っていました。他にも無いか気を付けてください」

 そう言うと、アラタは刀をどけた。
 【身体強化】ありの左手は万力のような力が込められていて、抜け出せそうにない。
 トレスも逃げるつもりは無さそうでもある。

「確保!」

 アラタからバトンを受け渡されるように、男が彼女を取り押さえた。
 受付の内側から後ろ手に動きを封じ、これ以上の反撃を予防する。
 もしも彼女が魔術を使おうとしたときの為に、アラタは魔力を練り続けているが、それも杞憂に終わりそうだ。

「真っ黒な服装に白い仮面。お前らが! お前らがお父さんを殺したんだろ!」

「静かにしなさい」

 ギルド内に響き渡る叫び声は、悲痛なまでの憎悪を宿している。

「人殺し! お前らのせいでお父さんは!」

 はたから見れば、親を殺された可哀そうな子供の復讐にしか見えない。
 でも、当人たちからすれば違う。
 全く、濡れ衣もいいところだ。
 特殊配達課に関して言えば、彼らはいい訳のしようもないほど悪事に手を染めている。
 でも、それと同時に、れっきとした正規の任務も請け負っていた。
 冒険者や特務警邏がやりたがらないような、身の毛もよだつ汚れ仕事を。
 そのうちの一つがギルド支部長イーデン・トレス、彼女の父親の殺害であり、彼らはそれをやり遂げた。
 任務だったし、法律に照らし合わせても即時処刑が認められる犯罪内容だった。
 だから、アラタは怒りをため込む。

「お前が! お前が!」

 泣き叫ぶ娘に対して、アラタは刀を収めてから近づく。
 仮面は着けていない。

「イーデン・トレスは、俺が殺した」

 ギルドが静寂に包まれる。
 全員が、彼の言葉に注目していた。

「イーデンは、自分の死後家族が好奇の視線に晒される事の無いように、必要以上に社会的制裁を受けないように、俺たちに頼んで死んでいった。俺の仲間たちは、その約束をしっかりと守った。だが、全て台無しだ。お前のせいで、あいつの頼みは、俺の仲間たちの努力は台無しになった。それは他の誰でもない、お前のせいだ」

「離れなさい!」

「こいつっ、やめなさい!」

 イーデンの娘の傍から離れようとしないアラタを、男たちは必死に引き剥がそうとする。
 彼の言うことは尤もで、至極正論なのだが、自身のやって来たことがただの逆恨みでしかないことを知れば、受付の彼女はどう思うことだろう。
 それは、出来れば知らないままの方が良かった真実だ。
 呆然自失とした彼女の体から、力が抜けていく。
 事実を突きつけられて、正気を保てそうにない。
 父親の頼みが、彼らの良心が自分を守ってくれていたのに、それを無碍にしてしまったから。
 当分社会復帰は厳しそうに思える。

「いくぞ、自分で歩け」

 拘束されたまま、彼女はギルドから連行されていく。
 あとで知ることとなったのだが、あの時彼女を連れて行ったのはギルドに用事があって立ち寄っていた警邏機構の職員だったらしい。
 そして、残されたギルドでは、彼女が最後に手続きを行ったBランク冒険者の冒険者証が残されていた。

 過去は消えない。
 そして、追いかけてくる過去が、常に正しい罪の追及をしてくるとも限らない。
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