半身転生

片山瑛二朗

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第4章 灼眼虎狼編

第244話 強いかも

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 当然だが、アラタの刀は刃引きされていない。
 この刀はそもそも劣化しないのだから刃を潰すことも出来ない。
 であるからして、実戦でもないのに対人で振ることは推奨されていない。
 相手とよほどの実力差があるとか、本気でやるつもりだとか、そう言った時だけ使うことが出来る。
 対するレイヒムの武器も、これまた刃引きされていない。
 しかも彼の使用する武器は槍なので、刃がついていなくても危険度はさほど変わらない。
 こんな危険物を手にしている2人がぶつかり合うのだから、試験官一同はハラハラが止まらない。
 もしもレイヒムが死んだら、アラタが死んだら大ごとになってしまう。
 それに何の利益もなく、与えられるのは事故を未然に防がなかった管理不行き届きの汚名だけ。

 一方クリスは落ち着いたものだ。
 特配課の時の訓練はきちんと木剣を使っていた彼女だが、武装メイドの時はそうではなかった。
 訓練中に再起不能の怪我を負う者もいたし、何なら死亡者も出た。
 その結果、彼女なりに分かったことがある。
 実は人間結構頑丈にできていて、このレベルの使い手なら殺すつもりが無ければ死ぬことは無い、というものだ。
 つまり、両者がちゃんと趣旨を理解していれば、試験官たちが危惧しているような事態にはなり得ない、そう考えている。
 外野の心配や興味をよそに、2人は距離を取った。

「準備はいいかい」

「いつでもどうぞ」

 アラタは既に刀を抜いていて、正眼に構えている。
 レイヒムも槍を『左前半身構え』で対峙する、槍術の基本形だ。

 ——太いな。

 本物の槍を見て、アラタの抱いた感想だ。
 槍を使う敵と戦ったことは多くあり、彼自身も素人同然ながら使用したことがある。
 その時の槍は、どれもそこまで長さのあるものでは無く、こんなに径が太いものでもなかった。
 先ほどまで彼が使っていた木の槍と同じようなもの、というより先ほどの槍を柄として金属の穂先や拵えを付けたものが槍になる。
 両者の距離は20m以上ある。
 開き過ぎかもしれないが、魔術ありの戦闘だから始まりはこんなものだろう。

「この石が落ちたら開始だ」

「分かりました」

 レイヒムは魔術、石弾を地面から発射した。
 ビル3階くらいの高さまで鉛直方向に投げ上げられたそれは、運動エネルギーがゼロになる。
 そうするとあとはその高さを基準点として、自由落下するのみ。
 ポテンシャルエネルギーを消費して、運動エネルギーを発生させる。

「始まった」

 クリスが呟いた。
 レイヒムは走り出した。
 小走りのそれは、間合いの近くまで行ったときに止まるのだろうか、それともそのまま突っ込むのだろうか。
 対するアラタはというと、

「下がった!?」

 試験官たちは驚く。
 クリスは特に不思議だとは思わないが。
 あくまでも彼らは、試合として組み立てを予想しているのだろう。
 向かってきたらこっちも向かって、武器を打ち合わせて優劣を決める。
 戦いとはそんな単純なものでは無いというのに。
 この試合ではそこまでやらないが、最終的に殺せばいいのだから、勝ち方にこだわる必要は無い。
 言ってしまえば、殺す直前までもっていけばよくて、そこにやり方もくそもない、ということになる。

「来ないのか!」

 レイヒムは楽しそうだ。

「……えぇ」

 アラタは先ほどまで外していた仮面を再装着した。
 そしてフードを被って隠密行動に移ろうとする。
 既に魔力も流し込み、先ほど同様土壁の仕込みも完了している。
 あとは任意のタイミングでそれを発動させて、武器によるディスアドバンテージを潰すだけ。
 まあ用意しているのはそれだけではないが。

 レイヒムとしては、そうなる前に彼を捕捉したい。
 近接で彼の方に分があることは、先ほどの戦いで分かっている。
 得物が変わった今、バランスがどう変化しているかは別として。
 バック走をして距離を取ろうとするアラタに対して、レイヒムの走る速度は少し遅い。
 しかし、それもここまで。
 踏み込む力が明らかに変わった。

「動く」

 観客席のクリスからだと、両者の動きが良く見える。

「ディレクターが行った!」

 試験官や、まだ元気なルーキーたちは手に汗握ってこの試合を観戦している。
 Bランク冒険者に対して、ここまで戦える個人との試合なんて、見ようと思って見られるものでは無い。
 この試合はそれほど貴重なのだ。

 グンと距離が縮まった。
 心の距離が、なんて生易しいものでは無く、生と死の境界線までの距離が、グンと縮まった。
 まずい、とアラタは思う。
 彼としては、レイヒムとまともに刀を交える気はさらさら無かったから。
 魔力はまだ十分残っていて、こちらの方が魔術の腕は上。
 近接で戦う理由がどこにも無い。
 少し前倒しして、魔術を起動する。
 先ほどの残りの土壁に加えて、40以上の壁が新しく出現した。
 高さは2m、幅は1mほど。
 越えられない高さでも、迂回できない幅でもない。
 ただ、邪魔。
 特にレイヒムの武器を使うのなら、この障害物は圧倒的アラタの味方をする。
 加えて、アラタは2つの魔術を使った。
 どちらも属性初歩魔術で、水弾と火球。
 それを大量に、絶え間なく使用する。
 本来なら燃焼材に着火して何とかするところを、無理矢理手数で押し切る。
 それは敵の方向に向いていない。
 会場全体に拡散するように、とにかく広げて発射する。
 そのうちいくつかはレイヒムにも襲い掛かるが、結果論でしかない。
 常人ならとっくに卒倒している魔力量を消費しても、アラタはまだまだ戦える。
 いい感じに気温が上がり、蒸発した水分が空気中に含まれている。
 湿度が高い状態だ。
 そして、今度はそれを冷やすために、氷属性の魔術を使用する。
 魔力は土属性の時と同じように、固めるイメージで。
 それでいて、水属性のエッセンスも忘れない。
 氷属性魔術、氷壁。
 大量に乱立した氷の壁は、周囲の気温を急激に下げる。
 そして、今日の天気に風の気配はない。
 この間、アラタはレイヒムから逃げ続けている。
 一切攻撃することなく、土壁を使って彼と一定の距離を保ち続けている。

「魔力に差があり過ぎるな」

 溢したレイヒムの周りに微風が吹いている。
 それは彼の発動しようとした魔術、風刃の残滓であると同時に、発動が失敗したことを表していた。
 彼が一定の距離を保ち続けていた理由はこれだろう。
 あまり距離を取り過ぎると、魔術妨害の難易度が格段に上がる。
 しかし詰めすぎると、槍の間合いに入る。
 レイヒムは隠していたが、その気になれば壁の向こうにいるアラタごと貫き通せることを、直感で理解していたのかもしれない。
 とにかく、条件はそろった。
 基本的にどこでも見れる、自然現象の亜種。
 霧だ。
 水分を多く含んだ空気を、急激に冷やす。
 飽和水蒸気量は急激に低下し、溢れた水分が表出する。
 それが霧を生み出しているのだ。
 寒冷地のホワイトアウトのような、隣の人の姿が見えなくなるようなすさまじいものでは無い。
 せいぜい30m先が見えるかどうか怪しい、それくらいの代物。
 だが、この戦いでそれは大きな差になった。
 どこかでパチンという、刀を収めた音がした。
 レイヒムとてその音は拾っていたが、移動されては捕まえることは出来ない。
 ましてや今のアラタは黒装束に仮面、そして【気配遮断】まで使用していて、生半可なことでは探す事すらままならない。
 唯一のヒントは、レイヒムの魔術妨害をするために絶えず供給されている魔力くらいか。
 方向によってある程度強弱に差があって、それがアラタのいる方向を指しているものと推察される。
 レイヒムの足が、止まった。

「【危険察知】、ちゃんと働いてくれよ~」

 この視界の中、土壁のバリケードもあり、レイヒムは不利すぎる。
 そして、アラタにとっては、理想的な状況。
 制限時間はおよそ30秒。
 限界点ではないが、仕留めきれなかったときのことを考えてアラタが設定した時間。
 正直勘でしかない。
 それでも、中々にいい時間設定だった。

 【危険察知】がアラートを鳴らした。
 正面、そして速い。

「くぉお!」

 間一髪、槍で捌いた。
 飛来した攻撃は石弾。
 しかし、速度が異常に速い。
 そして、次弾が発射される。

「ぐぁ!」

 霧中に呻き声が響いた。
 今度は当たった。
 デッドボールだ。
 単純に石が当たったのだから、そのダメージはかなり大きい。
 骨は折れていないが、【痛覚軽減】なしでは悶絶して動けなくなるだろう。
 それでもレイヒムは膝をつかない。
 そして3発目。
 今度は捉えた、そう思った。
 しかし彼の槍は球を捉えることが出来ずに、空振った。

 今度は膝をつく。
 意表を突いた、かなりいい攻撃が当たった。
 確かにとらえたと思った石弾は、レイヒムの読みから外れている。
 そして、敵は待たない。
 今度は何もしなくても外れた。
 コントロールミスか、彼の頭上を通過する。
 もしかすると、アラタは敵が膝をついたことが分かっていないのかもしれない。
 次の球も外れた。
 今度は【危険察知】も反応しない程の暴投。
 当たっただけだと分からないが、通過した球を見ることが出来た彼にとって、敵の位置はだいぶ絞ることが出来ている。
 しかも、立て続けに外した球の軌道は同じ方向を向いている。
 アラタの位置を掴んだ。

 ——イチかバチか、だな。

 槍を握り締めて、男は立ち上がる。
 今度はもう当たらないと、彼は【危険察知】の反応と同時に横っ飛びで回避する。
 今度は成功、彼にダメージは無い。
 そして、石弾の飛んできた方向めがけて、レイヒムは全速力で駆け出した。
 もう一回攻撃が飛んでくる可能性が高く、距離が縮まっている分被弾する確率は高い。
 しかし、命までは届かない。
 それこそ顔面にでも当たらなければ、耐えることが出来る。
 そしてここで体が軽くなった気がした。
 魔術妨害の範囲から抜けたのだろう、正常な魔力伝達を取り戻したレイヒムは、いま最もいい状態にある。

「風刃!」

 不可視の風の刃は霧を裂き、五里霧中から解放する。
 闘技場全体には及ばす、視界確保できたのは彼の周囲だけ。
 しかしそれで十分だ。
 霧の向こうにいた人影が、刀を抜いたのが見えたから。

「勝負だ! アラタ!」

「ゴリラかよ!」

 足元からスキルに反応があった。
 レイヒムの足の運び場所が変更され、アラタの罠が破られた。

「チッ」

 視界不良の中に仕掛けられた泥沼を回避されて、不満そうに舌打ちをする。
 残り8m、あと少しで槍が届く。
 レイヒムが左足を踏み込んだ。
 それは発射台、槍を弾丸のように射出するための発射台だ。
 右手一本で、体の回転に追従するように自然な形で槍は捻られる。
 それはまるで銃身のライフリングのように、貫通力を増して敵に向かってお届けされる。

「おぉぉおっ!」

 ——ギリギリだな。

 そしてアラタは奥の手を出す。
 ありったけの魔力で、アラタの魔術妨害及び遠隔起動を邪魔していたレイヒムだったが、津波のように抗いようのない魔力の奔流が彼のことを壁ごと押し流す。
 あれだけ魔術をパンパカ打っていて、まだ余力を残していたのか、とレイヒムは半ば絶望する。
 あっという間にこの辺り一帯の魔術的主導権を明け渡し、その範囲は彼の足元にも及んでいた。
 当然、踏ん張りを効かせている彼の左足直下にも、魔術は発動する。
 回避する余裕なんて無かった。
 瞬く間に泥沼に足が嵌り、力が分散してしまう。
 それでも、彼は槍を突き出した。
 届くか否か、イチかバチかの博打。

 だが、アラタはギャンブルが好きではない。
 以前大それで大金を溶かしたことがあるから。
 出来る限り未来を予測し、備え、偶然や運の要素を排除する。
 1歩後ろに飛びのいた。
 単純だが、これが効く。
 泥沼を発動し終えたアラタの魔力は、空中で雷槍を発動することに注がれている。
 その数4、この距離でレイヒムが躱し切れるとは思えない。
 つまり、この攻撃が刺さるかどうか、それが勝敗の分かれ目。
 槍の穂先は、アラタの直前10cmの所で止まった。

「「よし」」

 言葉が被った。
 双方が思い通りになったということだろう。
 つまり、どちらかの心には油断がある。
 このシチュエーションなら、それは刀を使っている方だろう。

 カチッ。

 スイッチオンが鳴り、次の瞬間、アラタの視界には槍が大きくなったように見えた。
 実際に巨大化したのではなく、ただ近づいたから遠近感の変化で大きく見えただけ。
 だけと言っても、彼にとってはただ事ではない。
 何せ攻撃がまだ終わっていなかったのだから。

「ッッッッッッ!」

 構えていた刀に、穂先が当たった。
 刀に弾かれた後、それは不自然に軌道を変えて、アラタの体に絡みつく。
 槍だと思われていたのは実は三節棍で、収納されていた鎖は魔力で操作可能らしい。
 結構な長さのそれは、アラタにしっかりと絡みつき、刀ごと拘束する。
 首が閉まっていないのは刀を噛ませていたおかげだが、そのせいで手も武器も使えない。
 レイヒムは、その根元をがっちりと握っている。

「決着だな」

「えぇ、俺の勝ちです」

 片や三節棍で拘束されて身動きが取れなくなっている。
 その拘束具は魔道具で、雷撃などの魔術効果を通すかもしれない。
 もう片方は足を泥に取られて、満足に動けずにいた。
 そして彼の眼前には、4発の雷槍が突き付けられている。
 勝ちは当然、アラタになる。

 ——俺は、そこそこ強いのかもしれない。

 その日、アラタは自分に対する評価を少し上方修正した。
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