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第3章 大公選編
第219話 命の価値
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4月6日、午後2時。
カナン公国西部、未開拓領域近く。
古くはカナン公国軍魔物監視所。
役割を終了した同所を、レイフォード物流事業配達課が買い上げ。
そこから内部組織である特殊配達課が実質的に使用を開始。
同課の消滅と共に、黒装束と名乗る組織の持ち物に編入。
この時点で、正式にはレイフォード物流配達課に権利が帰属している。
しかし、特殊配達課亡き今、その存在を知る者は極僅かとなっている。
そんな一部の人間の内、2人は組織名を八咫烏と変え、秘密裏に活動を続けていた。
エリザベス・フォン・レイフォードを未開拓領域まで逃がすための、人間界最後のセーフティーハウス。
彼らは大公選で暗躍し、レイフォード公爵を敗北に追い込んだ。
そして、彼女を伴って首都アトラを出奔、地の果てを目指した。
何者にも邪魔されなく、ひっそりと暮らすために、彼らは命を懸けて戦った。
そして、敗れた。
必死に戦った、死に物狂いで、身命を賭して、輝く未来の為に、彼らなりの信義の為に、愛する人の為に、家族同然の者の為に。
「うっ………………」
彼は、戦いが終わった時とほぼ同じ体勢で目を覚ました。
違うのは、両手が後ろに縛られていること。
地べたであることに変わりないが、直接ではなく、体の間にゴザが敷かれていること。
アラタは、状況を理解した。
自らは、八咫烏第1小隊は、負けたのだと。
雷槍の雨を食らって、最後に反撃すること叶わず、倒れたのだと。
涙すら出ない。
魔力を練ろうにも力が残っていないし、拘束具に何の仕掛けもないはずがない。
隣を見れば、仲間が、部下が同じように座らされている。
クリス、リャン、キィ。
彼らは目を覚ましていて、アラタが起きたことに気づいた。
「アラタ、すみません」
「…………いや、いい」
ひび割れた唇からは、そんな言葉しか出てこなかった。
どこから間違っていたのだろう。
俺は、ただエリーの為に、何かがしたかった。
でも、ノエル暗殺まで飛び出して、ついていけなくなった。
俺が弱かったんだ、ノエルなんて見殺しにすればよかった。
そうすれば、黒装束なんて、八咫烏なんて生まれなくて、エリーが大公選で勝っていたはずだった。
そうすれば、俺はエリーの傍に居続けることが出来て、それで幸せだった。
彼の頬に刻まれた傷口に固まっていた血液が、割れた。
起きたことで表情が変化して、張り詰めていたそれは耐えきれなくなったのだ。
割れた所から、赤い涙が零れ落ちる。
エリーが勝った先に、ウル帝国による侵略が待っていたとして、貴族院の廃止やエリーの更迭が待っていたはずだから、俺が出て行ったこと自体が原因じゃない。
いずれ、遅かれ早かれ、エリーは抹殺されてしまう。
じゃあ、何が悪かった?
もっと違う方法があったはずだ。
もっとうまくやれたはずだった。
そうだ、エリーを苦しめてきた、相談役、あれを殺せば、何とかなったんじゃないかな。
そうだ、そうに違いない。
でも、あいつらをぶっ殺すためには、少し離れすぎた。
この状況からアトラに戻る為には、あいつに、ユウに勝たなきゃいけなかった。
でも負けた。
俺が、負けた。
みんなの期待を背負って、そして負けた。
色んな人に助けてもらって、それでも負けた。
俺は、応援しがいのない奴だ。
結局、今回も上手くいかなかった。
…………俺が悪い。
俺の、せいだ。
彼が彼なりの結論にたどり着くと、下を向いた彼の視界に、一つの影が入ってきた。
時刻は正午を過ぎ、太陽は真上を少し通り抜けたところ。
「起きたようだな」
見上げると、白髪の鬼が立っていた。
ユウ、それ以外彼を示す情報は何もない。
相変わらず、戦う気があるのか分からない、戦いを舐めているのかと問いたくなるほど貧弱な服装。
普段着で剣を振り回す人間がどこの世界にいるというのか。
それで、アラタですら勝てないほどの猛者だというのだから、世の中狂っている。
アラタには、彼の声に反応する気力すらなかった。
ユウは連座している一同を見渡すと、背を向けて建物の縁側に腰かけた。
「八咫烏、と言ったか。見事な戦いぶりだった、無名の私の言葉など嬉しくないかもしれないが、実に楽しい戦いだった。またやろう」
ユウの眼は満足感に満ちていて、彼は決して義務感だけでこの戦闘に臨んでいたわけではないようだった。
凄まじい剣術に、神速の体術、変幻自在、強力無比な魔術。
何だってこんな人間が、官職にも就かずにぶらついているのか、甚だ疑問である。
しかし、出くわしてしまったのだから、戦うほかなかった。
この最強の、戦うことが大好きな、戦闘狂とも呼ぶべき人物と。
個人でも組織でも、国家でも、戦いが終われば、次は清算と相場が決まっている。
これは何もかかった経費の精算や、賠償だけに留まらない。
勝ち負けや、その比重に応じて、適切な落としどころを模索する。
大抵の場合、勝敗がはっきりしたとしても、ある程度両者は歩み寄りを見せる。
勝った側も、これ以上は面倒だからこれでいいや、そういった心理や状況が働くから。
しかし、完全勝利すれば、この限りではない。
命を含め、敗者のありとあらゆる物の決定権は、完全に委譲される。
それが嫌なら、死ぬまで、全てを失うまで戦うと良い、全て奪ってやる。
戦いとは、そういう物だ。
彼らの闘争の果てで、勝った側のユウの機嫌が良いのは敗者である彼らにとって、不幸中の幸いだった。
彼の機嫌を損ねずにうまいこと誘導すれば、ある程度自分たちにも守れるものがあるから。
ただ、最も護りたいものを護れるかどうかは、この限りではない。
「ユウ様。折り入ってお願いがあります」
遜るほかない、これは恥ではないと、自分に言い聞かせながら、アラタは慈悲を乞う。
「聞こう」
「エリザベス・フォン・レイフォードの命を、何卒お助けいただきたく願います。他には何もいりませんから、彼女さえ、彼女の命さえ無事であれば、他の物は全て差し上げますから。だから、何卒」
両手を縛られたまま、額を地面にこすりつけた。
惨めだ、無様だ、哀れだ。
でも、こうするほかない。
策を弄してもダメで、戦ってもダメだったのなら、もうこうするしか道は残されていない。
ユウは、アラタのことを大層買っている。
担い手が何やら、よく分からないことも多いが、キィも、リャンも、クリスも、アラタも、この場に縛られている全員が彼から合格点を貰っている。
ドレイクのクローン技術を使えば、死体だけ偽物を用意することだって出来る。
死を偽装すれば、彼女は助かる。
そう言った計算も、アラタの中には初めからあった。
だから、彼の希望はまだ潰えていない。
そう、まだ。
「それは出来ない」
7文字。
たった、7文字だけ。
それが、彼の答えだった。
短く、簡潔で、分かりやすい。
子供でも理解できる、単純な日本語。
今年20歳になるアラタに理解できないはずがない。
それでも、彼は諦められない。
「お願いします」
「無理だ」
「そこを曲げて」
「断る」
「代わりに自分の命でも、何でも差し出しますから!」
「出来ないと言っている」
アラタは頭を下げることを止めて、顔を上げた。
目の前には、無情な男の顔があった。
確固たる意志で、我を通そうとする、強い男の顔だ。
取引は通用しないと、痛感した。
この男に、話し合いは不可能だと。
「少し話をしよう。命の価値についてだ」
彼は、自らの行動原理を語るように、講義を始めた。
「価値とは、大切さ、有用さを示す言葉だ。つまり、元来主観的な観点である。大衆が通貨に共通の価値を認めるのは、通貨が生活を送るうえで必要不可欠で、有用であると合意形成がなされているから、すなわちコンセンサスを得ているからだ。であれば、命の価値はどのように決まる?」
誰も答えない。
答えを持っていないというより、彼の求める答えを持っていないと言える。
何より、この場で自分の意見を述べることに価値は無い。
「命とは? 単に肉体的な付加価値だけか? 心臓が、肝臓が、脳が、脂肪が、筋肉が、それぞれに金銭的価値を持つとするなら、その合計値こそ命の価値か? それは違う。それは肉体の価値であって、命の価値ではない」
ユウ曰く、肉体と命は別物らしい。
あくまで彼の主張ではあるが。
「もう一度言おう。価値とは、受け取り手が、どれだけ必要としているのかを示す指標だ。つまり、命の価値とは、受け取り手が、それを手にすることで得る利益に換算出来る。人を殺すことで金銭を得る私のような人間からすれば、報酬こそがその人間の価値。医者のように、救うことで金銭を得るなら、それもまた報酬こそがその人間の価値。お前のように、隣に置いておきたい命なら、自分が存在しなければ話にならない。そういう意味では、お前からすれば、お前とあの女の命の価値は等価とも言える」
ユウは腰を上げると、一台の台車を押して再登場した。
大きな大きなその上には、木組みの格子で作られた檻が載せられている。
そして、その中にいるのは当然、彼女である。
「私にとっての命の価値とは、それを救うことや、壊すことで得られる金銭的報酬だ。だから、エリザベス・フォン・レイフォードの命には価値があるし、お前たちの命には価値が無い。肉体を売買するのは手間でしかないからな」
アラタの瞳から、光が失われていく。
ドロリと流れ込み、輝度を奪っていくのは、絶望。
何もできなかった自分に対する絶望。
異世界人である自分たちにこんな運命を仕向けた神に対する絶望。
相容れない目的を持ったこの男に目を付けられた絶望。
それらは彼の体の奥底から無尽蔵に噴出して、彼の血となり肉となり、徐々に濃さを増していく。
「とは言え、金銭だけが私の求める価値ではない。そして与える価値もな。久しぶりに張り合いのある戦いを演じてくれた礼だ。時間の許す限り、最後の会話を交わすことを許そう」
そう言うと、ユウはアラタたちに近づき、一人一人に手を触れた。
そこから流れ込んでくるのは、彼の魔力。
人体に魔力を通じて治癒を促すことが出来る、治癒魔術。
彼が自分の体を修復できることは確認済みだが、他人まで治せるとなると、手の付けようがない。
まあ、そうでなくても敗北しているのだから、今更ではある。
アラタたちは立ち上がり、拘束されたままエリザベスの元へと歩み寄った。
愁いを帯びた彼女の表情は、儚くも、美しい。
「時間はそこまで残されていないぞ」
そう言い残し、場を後にした男の口元は、三日月状に吊り上がっていた。
カナン公国西部、未開拓領域近く。
古くはカナン公国軍魔物監視所。
役割を終了した同所を、レイフォード物流事業配達課が買い上げ。
そこから内部組織である特殊配達課が実質的に使用を開始。
同課の消滅と共に、黒装束と名乗る組織の持ち物に編入。
この時点で、正式にはレイフォード物流配達課に権利が帰属している。
しかし、特殊配達課亡き今、その存在を知る者は極僅かとなっている。
そんな一部の人間の内、2人は組織名を八咫烏と変え、秘密裏に活動を続けていた。
エリザベス・フォン・レイフォードを未開拓領域まで逃がすための、人間界最後のセーフティーハウス。
彼らは大公選で暗躍し、レイフォード公爵を敗北に追い込んだ。
そして、彼女を伴って首都アトラを出奔、地の果てを目指した。
何者にも邪魔されなく、ひっそりと暮らすために、彼らは命を懸けて戦った。
そして、敗れた。
必死に戦った、死に物狂いで、身命を賭して、輝く未来の為に、彼らなりの信義の為に、愛する人の為に、家族同然の者の為に。
「うっ………………」
彼は、戦いが終わった時とほぼ同じ体勢で目を覚ました。
違うのは、両手が後ろに縛られていること。
地べたであることに変わりないが、直接ではなく、体の間にゴザが敷かれていること。
アラタは、状況を理解した。
自らは、八咫烏第1小隊は、負けたのだと。
雷槍の雨を食らって、最後に反撃すること叶わず、倒れたのだと。
涙すら出ない。
魔力を練ろうにも力が残っていないし、拘束具に何の仕掛けもないはずがない。
隣を見れば、仲間が、部下が同じように座らされている。
クリス、リャン、キィ。
彼らは目を覚ましていて、アラタが起きたことに気づいた。
「アラタ、すみません」
「…………いや、いい」
ひび割れた唇からは、そんな言葉しか出てこなかった。
どこから間違っていたのだろう。
俺は、ただエリーの為に、何かがしたかった。
でも、ノエル暗殺まで飛び出して、ついていけなくなった。
俺が弱かったんだ、ノエルなんて見殺しにすればよかった。
そうすれば、黒装束なんて、八咫烏なんて生まれなくて、エリーが大公選で勝っていたはずだった。
そうすれば、俺はエリーの傍に居続けることが出来て、それで幸せだった。
彼の頬に刻まれた傷口に固まっていた血液が、割れた。
起きたことで表情が変化して、張り詰めていたそれは耐えきれなくなったのだ。
割れた所から、赤い涙が零れ落ちる。
エリーが勝った先に、ウル帝国による侵略が待っていたとして、貴族院の廃止やエリーの更迭が待っていたはずだから、俺が出て行ったこと自体が原因じゃない。
いずれ、遅かれ早かれ、エリーは抹殺されてしまう。
じゃあ、何が悪かった?
もっと違う方法があったはずだ。
もっとうまくやれたはずだった。
そうだ、エリーを苦しめてきた、相談役、あれを殺せば、何とかなったんじゃないかな。
そうだ、そうに違いない。
でも、あいつらをぶっ殺すためには、少し離れすぎた。
この状況からアトラに戻る為には、あいつに、ユウに勝たなきゃいけなかった。
でも負けた。
俺が、負けた。
みんなの期待を背負って、そして負けた。
色んな人に助けてもらって、それでも負けた。
俺は、応援しがいのない奴だ。
結局、今回も上手くいかなかった。
…………俺が悪い。
俺の、せいだ。
彼が彼なりの結論にたどり着くと、下を向いた彼の視界に、一つの影が入ってきた。
時刻は正午を過ぎ、太陽は真上を少し通り抜けたところ。
「起きたようだな」
見上げると、白髪の鬼が立っていた。
ユウ、それ以外彼を示す情報は何もない。
相変わらず、戦う気があるのか分からない、戦いを舐めているのかと問いたくなるほど貧弱な服装。
普段着で剣を振り回す人間がどこの世界にいるというのか。
それで、アラタですら勝てないほどの猛者だというのだから、世の中狂っている。
アラタには、彼の声に反応する気力すらなかった。
ユウは連座している一同を見渡すと、背を向けて建物の縁側に腰かけた。
「八咫烏、と言ったか。見事な戦いぶりだった、無名の私の言葉など嬉しくないかもしれないが、実に楽しい戦いだった。またやろう」
ユウの眼は満足感に満ちていて、彼は決して義務感だけでこの戦闘に臨んでいたわけではないようだった。
凄まじい剣術に、神速の体術、変幻自在、強力無比な魔術。
何だってこんな人間が、官職にも就かずにぶらついているのか、甚だ疑問である。
しかし、出くわしてしまったのだから、戦うほかなかった。
この最強の、戦うことが大好きな、戦闘狂とも呼ぶべき人物と。
個人でも組織でも、国家でも、戦いが終われば、次は清算と相場が決まっている。
これは何もかかった経費の精算や、賠償だけに留まらない。
勝ち負けや、その比重に応じて、適切な落としどころを模索する。
大抵の場合、勝敗がはっきりしたとしても、ある程度両者は歩み寄りを見せる。
勝った側も、これ以上は面倒だからこれでいいや、そういった心理や状況が働くから。
しかし、完全勝利すれば、この限りではない。
命を含め、敗者のありとあらゆる物の決定権は、完全に委譲される。
それが嫌なら、死ぬまで、全てを失うまで戦うと良い、全て奪ってやる。
戦いとは、そういう物だ。
彼らの闘争の果てで、勝った側のユウの機嫌が良いのは敗者である彼らにとって、不幸中の幸いだった。
彼の機嫌を損ねずにうまいこと誘導すれば、ある程度自分たちにも守れるものがあるから。
ただ、最も護りたいものを護れるかどうかは、この限りではない。
「ユウ様。折り入ってお願いがあります」
遜るほかない、これは恥ではないと、自分に言い聞かせながら、アラタは慈悲を乞う。
「聞こう」
「エリザベス・フォン・レイフォードの命を、何卒お助けいただきたく願います。他には何もいりませんから、彼女さえ、彼女の命さえ無事であれば、他の物は全て差し上げますから。だから、何卒」
両手を縛られたまま、額を地面にこすりつけた。
惨めだ、無様だ、哀れだ。
でも、こうするほかない。
策を弄してもダメで、戦ってもダメだったのなら、もうこうするしか道は残されていない。
ユウは、アラタのことを大層買っている。
担い手が何やら、よく分からないことも多いが、キィも、リャンも、クリスも、アラタも、この場に縛られている全員が彼から合格点を貰っている。
ドレイクのクローン技術を使えば、死体だけ偽物を用意することだって出来る。
死を偽装すれば、彼女は助かる。
そう言った計算も、アラタの中には初めからあった。
だから、彼の希望はまだ潰えていない。
そう、まだ。
「それは出来ない」
7文字。
たった、7文字だけ。
それが、彼の答えだった。
短く、簡潔で、分かりやすい。
子供でも理解できる、単純な日本語。
今年20歳になるアラタに理解できないはずがない。
それでも、彼は諦められない。
「お願いします」
「無理だ」
「そこを曲げて」
「断る」
「代わりに自分の命でも、何でも差し出しますから!」
「出来ないと言っている」
アラタは頭を下げることを止めて、顔を上げた。
目の前には、無情な男の顔があった。
確固たる意志で、我を通そうとする、強い男の顔だ。
取引は通用しないと、痛感した。
この男に、話し合いは不可能だと。
「少し話をしよう。命の価値についてだ」
彼は、自らの行動原理を語るように、講義を始めた。
「価値とは、大切さ、有用さを示す言葉だ。つまり、元来主観的な観点である。大衆が通貨に共通の価値を認めるのは、通貨が生活を送るうえで必要不可欠で、有用であると合意形成がなされているから、すなわちコンセンサスを得ているからだ。であれば、命の価値はどのように決まる?」
誰も答えない。
答えを持っていないというより、彼の求める答えを持っていないと言える。
何より、この場で自分の意見を述べることに価値は無い。
「命とは? 単に肉体的な付加価値だけか? 心臓が、肝臓が、脳が、脂肪が、筋肉が、それぞれに金銭的価値を持つとするなら、その合計値こそ命の価値か? それは違う。それは肉体の価値であって、命の価値ではない」
ユウ曰く、肉体と命は別物らしい。
あくまで彼の主張ではあるが。
「もう一度言おう。価値とは、受け取り手が、どれだけ必要としているのかを示す指標だ。つまり、命の価値とは、受け取り手が、それを手にすることで得る利益に換算出来る。人を殺すことで金銭を得る私のような人間からすれば、報酬こそがその人間の価値。医者のように、救うことで金銭を得るなら、それもまた報酬こそがその人間の価値。お前のように、隣に置いておきたい命なら、自分が存在しなければ話にならない。そういう意味では、お前からすれば、お前とあの女の命の価値は等価とも言える」
ユウは腰を上げると、一台の台車を押して再登場した。
大きな大きなその上には、木組みの格子で作られた檻が載せられている。
そして、その中にいるのは当然、彼女である。
「私にとっての命の価値とは、それを救うことや、壊すことで得られる金銭的報酬だ。だから、エリザベス・フォン・レイフォードの命には価値があるし、お前たちの命には価値が無い。肉体を売買するのは手間でしかないからな」
アラタの瞳から、光が失われていく。
ドロリと流れ込み、輝度を奪っていくのは、絶望。
何もできなかった自分に対する絶望。
異世界人である自分たちにこんな運命を仕向けた神に対する絶望。
相容れない目的を持ったこの男に目を付けられた絶望。
それらは彼の体の奥底から無尽蔵に噴出して、彼の血となり肉となり、徐々に濃さを増していく。
「とは言え、金銭だけが私の求める価値ではない。そして与える価値もな。久しぶりに張り合いのある戦いを演じてくれた礼だ。時間の許す限り、最後の会話を交わすことを許そう」
そう言うと、ユウはアラタたちに近づき、一人一人に手を触れた。
そこから流れ込んでくるのは、彼の魔力。
人体に魔力を通じて治癒を促すことが出来る、治癒魔術。
彼が自分の体を修復できることは確認済みだが、他人まで治せるとなると、手の付けようがない。
まあ、そうでなくても敗北しているのだから、今更ではある。
アラタたちは立ち上がり、拘束されたままエリザベスの元へと歩み寄った。
愁いを帯びた彼女の表情は、儚くも、美しい。
「時間はそこまで残されていないぞ」
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