半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第194話 Ceux qui utilisent des marionnettes

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 その日、ウル帝国のみならず、近隣諸国、いや、世界各国に衝撃が駆け巡った。
 ウル帝国第1皇子バルゴ・ウル、実の父親から告訴される。
 実際に糸を引いていたのはコラリス・キングストンだが、名義は皇帝ゼスト・ウル。
 養子でも何でもない、血の繋がった実の息子を彼は訴えた。
 刑事告訴だ。

「ちぃぃちぃぃうぅぅえぇぇえええ!」

 オフィスの執務室で、彼は宮殿からやってきた皇帝直属の部下から刑事訴追された旨を受ける。
 皇帝の名で告訴され、その1時間後には検察局が刑事訴追した。
 予め予定されていたのだろう、彼に打つ手はなかった。

「殿下! これは一体!?」

「コラリス・キングストンだ! 勝つためならここまでするか下郎!」

 何が起こっているのか分からぬまま、剣聖オーウェン・ブラックは主を見送ることしかできなかった。
 刑事告訴された内容としては、隣国カナン公国に対する過度な干渉行為。
 カナンのレイフォード公爵家とずぶずぶの関係であることを暴露されたバルゴは、公国を裏で操ろうとしていると指摘されて言い返すことができなかった。
 証拠は十分、侵略国家であるウル帝国の第1皇子であるという立場から動機も十二分に確保されている。
 ウル帝国は、あらゆる意味で他国を凌駕している。
 先進的な街並み、文化、経済の中心、最強を誇る軍隊、人口、国土、まごうことなき世界の覇者だ。
 法律もしっかりとしたものが作られ、施行されている。
 したがって、例え皇子だったとしてもこれほどの大問題、簡単には言い逃れできない。
 それでも皇帝の息子という肩書は大きく、コラリスの名前では忖度する者が出てきてもおかしくない。
 そこで実父の名前を使う。
 あまり仲の良くない皇帝は一つ返事でこの計画を承認、こうして彼は刑事告訴されるに至ったのだ。
 父親であり皇帝のゼストはこの件についてどう思っているのか、そんな関係者たちの疑問を解消するための名前使用。
 コラリスはまさに虎の威を借りる狐だが、法令上正しいことをしているのだからどうすることも出来ない。
 この功績で彼はまた一つ、権力の回廊の階段を登る。
 一歩ずつ、確かに、踏みしめて。

「被告は前へ」

 裁判所内にある、簡素な密室。
 傍聴席も無ければ裁判官の席もそれほど大きくない。
 家庭裁判所の一室といったら分かりやすいだろうか。
 特段仰々しい構造などではない。
 公民館の部屋と言われても通用する。
 そこに置かれた、半円の格子型の席。
 席といっても椅子がついているわけではない。
 立ってちょうど手が置けるくらいの高さのそれは、いったい何の意味があるのだろう。

「それではカナン公国に対する過度な政治的干渉に関して、被告バルゴ・ウルに対して裁判を行う。開廷」

 こんな国は間違っている。

 そんな思いも、自分が被告に、その先にある罪人になってしまえば無力だ。
 犯罪者の戯言に過ぎないのだから、彼の言葉に耳を傾ける人間はガクッと減る。
 略式裁判はその日のうちに終了し、バルゴは政治犯認定を受けた。
 罰金刑金貨100万枚、それに加えて1年間の各種権限の停止。
 各種権限というのは、彼が務める皇帝近衛師団の指揮権に始まり、領主としての徴税権や皇族特権など多岐にわたる。
 つまり、彼は皇子としての権限を1年間停止させられたのだ。
 そして、これが将来的にどのような影響を与えるのか、帝国の運命をどう変えていくのか、それは誰にも分からない。

※※※※※※※※※※※※※※※

「では、乾杯」

「「「乾杯」」」

 カナンに向けバルゴの刑事告訴、そしてその後を追うように裁判結果の確定情報を携えて早馬が飛んでいるころ、帝国のとある場所では宴が開かれていた。
 とある場所とはそう、健啖家で派手なことが大好きな帝国議会議員、コラリス・キングストンの別邸だ。
 首都グランヴァインに本家があるのだから、別荘なんていらないと思うかもしれないが、彼ら金持ちにとって家は不動産、つまるところ資産である。
 保有して運用することに意味があるし、それならたまには使うかという話にもなる。
 彼お気に入りの酒蔵が近いからという理由で購入した邸宅には、珍しいピンク色の花をつける木が植えられている。
 桜。
 正確な品種は不明だが、先端に切り込みの入ったような花びらが特徴的だ。
 桜に限らず、咲いた花を酒の肴にする催しを人は花見と呼ぶ。
 桜の花見はまさに裕福さの象徴だった。
 桜が自然に生えている地域は限られており、開発も進んでいない。
 そこまでわざわざ赴いて花見をすることも出来なくはないが、出来ることなら遠出はしたくない。
 すると次に考えられるのは、自分の家の庭先に桜の木を植えるという方法である。
 これなら桜が花を付ければ散るまでの期間、好きに花を愛でることができる。

「いやぁしかし、本当に良い買い物をしましたなぁ!」

「ははは、何のことか。酒が入ってあらぬことをこぼしておりますぞ?」

「そうでしたな。忘れてくだされ。ささ、主催者だからと言って素面は無しですぞ」

 高笑いしながら桜の中を歩いていく男は自家の使用人にたいそう恐れられている。
 単純に厳しい人間だから。
 理不尽なことは言わないが、正論をぶつけてくる分余計に質が悪い。
 彼は自分に厳しい分、人にもそれを要求するきらいがある。
 日頃常に肩ひじを張っている彼ですら、今日という日は上機嫌になる。

「名誉会長、此度はおめでとうございます」

「おぉ! 忙しい中すまんな。楽しんでいってくれ」

「キングストン様のお誘いとあれば、仕事よりも大切ですから」

「で、本当のところは?」

「キングストン様の食事が楽しみで来てしまいました」

 次に来た男は花より団子らしく、コラリスのもてなしを楽しみにしてやってきたらしい。
 桜を見るのが本来の企画趣旨だが、日ごろからのもてなしを楽しみにしているといわれて彼が喜ばないはずもなく、コラリスは孫を見る祖父のように相好を崩す。

「案ずるな。食事は逃げはせぬ。これからもよしなに」

「ははっ」

 うやうやしく一礼した男は、コラリスの前から去っていった。
 きっと追加の酒をくれと頼みにでも行ったのだろう。

「…………ふぅ」

 この別荘のすぐ隣にある酒蔵から買っている酒は、人を選ぶレベルの辛口酒だ。
 万人受けを追求しない方針は商売的にどうなのか疑問だが、コラリスはこの味にほれ込んだ。
 頑固な蔵元くらもと杜氏とうじを説き伏せ、商売としてやっていける、売れるような酒を造らせつつ、こだわりの本命を少量でいいから製造してもらう。
 それらはキングストン商会の流通網を通って高値で取引され、一部はコラリス個人が買い上げている。
 一部に熱狂的なファンがつく酒を生き残らせるために、彼が取り組んだ代表的な事業だ。

「喧嘩を売る相手を間違えたな」

 そう溢した彼のお猪口に、桜の花びらがひとひら舞い降りた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「大義を見失った守銭奴が、今からでも殺して……」

「それをしたら殿下に迷惑がかかるでしょ」

「ぬぅ」

「実際のところ、ゆっくりと再起を図るしかないわ」

 コラリスが桜の下で大宴会を催している時、バルゴの派閥が集まる建物の中はお通夜そのものだった。
 カナン公国虎の子の諜報部隊が乱入してきたせいで、帝国内の戦力バランスが一時的に崩れ、そのせいでバルゴは失脚させられた。
 彼を慕い、ついてきた者たちの顔色は暗い。
 彼らの短期的目的の一つが達成できないことが確定してしまったから。
 中でも一番責任を感じているのは、文字通りすべての責任を背負う者、バルゴである。
 決してミスを犯してはいけない場面で、危険を冒した上失敗した。
 一体どこからがダメだったのか、彼は反芻する。

 カナンの人間を取り逃がした時からか?
 それとも入国を許してしまった時からか?
 それともコラリスと敵対してからか?
 グエル族の人間を使った時からか?
 正義感に身を任せて院を解体した時からか?
 それとも……レイフォード家と組んだ時からか?

「…………少し考え事をする。外してくれ」

 腹心の部下たちは、彼の落胆ぶりを見て酷く心を痛めているのだと、そう心配しながら部屋を後にした。
 彼のことだ、これで諦めたりはしないだろうが、今後しばらくは自分たちに逆風が、向かい風が吹くと予想できるから。

 戦局は常に有利に働いていた。
 レイフォード家の経過報告も順調そのもの。
 大公に選ばれるのはエリザベス・フォン・レイフォード、そう信じて疑わなかった。
 ……疑わなかった事が間違いだったのか。
 客観視がおろそかになっていたのかもしれない。
 勝てる、勝ちたいと思いすぎたのだ、私も、彼女も。

 彼の服の胸元には、今までならいくつかの徽章がつけられていた。
 しかし今はその数を大きく減らして、たった1個の飾りしかない。
 帝国の守護者、ドラゴンをかたどったエンブレムの皇族の証。
 それは、彼を護る最後の砦であり、竜が宝物を囲い込むように、彼を縛り付ける鎖のようでもあった。
 バルゴはまつりごとの世界での信用と力を大きく削がれ、彼の持っていた力はほとんどが再分配された。
 特に分配比率が大きかったのは2人。
 皇帝ゼスト・ウルと第2皇子ライノス・ウルである。
 第1皇子と言っても、現在の皇帝はそこまで年寄りではない。
 彼を担ぎ上げたところで、バルゴが皇帝になる未来があるのかすら怪しいのだ。
 彼の代を飛ばしてその子供の世代が皇帝に上り詰める可能性も無きにしも非ず。
 実際第2皇子のライノスはそのつもりで子供を教育しているし、ゼストも孫を溺愛している。

「負けたな。完膚なきまでに」

 初めは小さな小競り合いだった。
 酒税を増やして増収を考えたバルゴとコラリスの確執。
 他にもいくつかの原因が重なり、コラリスは第2皇子派閥へ。
 バルゴが取り逃がした魚は大きく、コラリスは議員として、商会の名誉会長としての力を存分に発揮した。
 最終的には彼にしてやられる形でバルゴは失脚。
 こんなことなら酒如きでもめなければよかった、そう後悔してももう遅い。
 そもそも『酒如き』と考えている時点で2人は永遠に分かり合えないのだから。

 一足先に、ウル帝国内の政治争いはひと段落ついた。
 そしてこれからは違う戦場が待っている。
 まずは、戦場をならすところから。
 この時、カナン公国の大公選が始まろうとしていた。
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