半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第192話 危言覈論

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 貴族院には、議員席の他にもいくつか席がある。
 議長席や、大公の特別席、他にも臨時のポストに対しての補助席や来賓席などが代表的だ。
 そして、レイフォード公爵家当主、エリザベス・フォン・レイフォードが立っている場所もそのうちの一つだ。
 演台、演壇、もしくは演説席。
 先ほどから貴族家当主の面々がそこに立ち、演説辞退の一言を述べて、また自分の席に戻っていく。
 しかし彼女は違う。
 彼女と、シャノン・クレストだけは違う。
 これから、両派閥のトップ同士が舌戦を繰り広げることになるのだ。
 一応時間制限を設けられてはいるが、2人の前には実質的に意味をなしていない。
 心行くまで、勝敗が決するまで、大いに語り合い、傷つけあい、妥協しあい、勝敗を決めるのだ。

「すぅーーーー」

 拡声器の類は無く、マイクもない。
 あるのはただ自分の声帯のみ。

「エリザベス・フォン・レイフォードである」

 そこから演説は始まった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「ハルツ様! 全部隊配置完了しました! いつでも始められます!」

「ご苦労。今のところ待機だ。命令が出たら遅れるなよ」

「はっ!」

 貴族院北、住宅地であるこのエリアには冒険者と中央軍の混成部隊が配置されていた。
 それも2つの勢力に分かれて、だ。
 数が多いのは圧倒的にクレスト家派閥。
 シャノンの娘ノエル・クレストやリーゼ、その他大勢がこの場に詰めている。
 このまま開戦すれば、この戦場での彼らの勝ちは揺るがないだろう。

「叔父様、そろそろですか?」

 姪のリーゼは大公選開始時刻であることをハルツに聞く。
 彼女も完全武装でノエルの護衛だ。

「そうだな。もう始まっているだろうが、初めは前座の形式的なイベントだろう」

 まるで何回もこれを経験しているかのようにふるまうハルツも、実は大公選なんて初めてだ。
 よほど高齢の人間でもない限り、大公選当時を生きていた人間はほとんどいない。
 何せ前回の大公選が行われたのは今から50年以上前。
 長きにわたり大公としてカナンを支えた大公が死去したのは2年前のことだから。

「勝てますか」

「その為に我々がこうしているのだよ。大公選で勝ってもここで負ければ意味は無い」

「では大公選自体は勝てると?」

「………………」

 誘導尋問だったか、とハルツは口を閉じた。
 リーゼにそのつもりがあったかどうかは定かではないが、ハルツは色々とうっかり漏らすことが多い。
 今回だってそうだ、アラタ率いる八咫烏が収集した情報は秘密中の秘密、トップシークレットなのだから。
 それを知るのはハルツとその仲間数名、ドレイク、シャノン、八咫烏、これくらい。
 沈黙はYesと受け取ったリーゼは、ノエルの方を見て、それから雲一つない空を見上げた。
 春の訪れを感じる、少し暖かい陽気だ。

「勝てますよね。勝つんですから」

※※※※※※※※※※※※※※※

「まず、これらの資料を皆様にお見せします」

 彼女がそう切り出すと、レイフォード家の護衛たちが何かを配り始めた。
 流れ的に何かの資料であることは一目瞭然なのだが、肝心の中身はよくわからない。
 数字が羅列されているところを見ると何かの出納帳なのだろうが、これだけでは説明不足だ。

「これは、クレスト家から申請された新規事業税制優遇に関する資料です」

「お手元の資料にあるように、クレスト家はこの5年間、当主シャノン・クレスト卿の名前で多額の資金を事業に投入しています。しかし、このうちいくつか、資料の上半分の事業は実体のないペーパーカンパニー同然であり、それによる税制優遇措置を受けていました。資金はもとを正せば同家からの持ち出しと、貴族院財務局の外郭団体であるカナン食品生産協同組合からの組合費です。全貌を明らかにするためにはまだ時間がかかりますが、このような人間を大公候補とすることに私は懐疑的です。どうでしょう、この場でクレスト卿にお話を伺うというのは、委員長」

 初めはジャブから、まずは様子見、ということだろうか。
 大したことないネタから切ってきたのは彼を試しているようにすら見える。

「提案を取り入れる。シャノン・クレスト卿は演説席へ」

 無言で立ち上がり、シャノンは席へと向かう。
 自席に戻るレイフォードは無表情で、そんな彼女を一瞥した彼もまた、特に抑揚のない面持ちだった。

「シャノン・クレストである」

 彼は自分の番を待たず、演説席へと就いた。
 貴族院では幾度となく立った慣れ親しんだ場である。
 しかし、今日のここはいつもより少し心細い。
 いつもは隣に部下や仲間が控えていて、事あるごとに援護してくれていたから。
 だが、仮にも大公になろうかという男、ここで器を示さねば大公選に勝ったとしても諸侯は言うことを聞かなくなる。

「……まず、私の名前で行っている事業の内、ペーパーカンパニーがあるという指摘、これは完全な誤りである」

 はじめっから真っ向勝負、エンジン全開だ。

「どんな仕事においても、元となる技術や地盤がなければ軌道に乗るまで非常に時間がかかる、これは常識だ。拝金主義のお宅はどうか興味は無いが、私は儲けられるかどうかよりもその事業の必要性に重きを置いている。その事業が果たす社会的意義を重視しているのだ。であれば、初めの数年間利益が上がらないことは百も承知、むしろ初年度から莫大な利益を上げている卿らの方がおかしいとさえ断言できる。示された資料にもあるように、卿が実体を伴っていないと罵った事業の内、8割の事業は3年以内に改善の兆しを示し、うち9割の会社はその後軌道に乗っている。従って、補助金の用途として適正であり、本件に関して大公選候補者としての資質を損なうものではないと考える、以上」

 拍手が巻き起こった。
 数はおよそ20。
 全てがクレスト家傘下の家の者であり、サクラもいいところだ。
 しかし、シャノンはまず一つ目の関門をクリアした。
 相手の言い分が間違っていると断言するおまけ付きで。
 席に戻る彼は少し興奮気味で、少し緊張していたのかもしれない。
 だが、この答弁でそれも消えた。

「レイフォード卿、演説を続けますか?」

「ええ、勿論」

「では、登壇し演説を再開してください」

 こうして実質的な両家のマウント合戦、蹴落とし合いは続けられる。

※※※※※※※※※※※※※※※

 8……と2,3人かな。

 議会内にイーサン家の護衛として入ったアラタとクリス。
 リャンとキィはモーガン子爵家の護衛枠だ。
 アラタはここで戦いが始まった時のために、護衛たちを品定めしていた。
 結果、まともに使えそうなのは八咫烏2個小隊と、加えて数名。
 残りは話にならない。
 やる気がないのか知らないが、もし敵だとしたら八咫烏だけで全滅に2分とかからない。
 対する敵は、まあまあといったところ。
 サシなら負けないだろうが、数が変わると勝手も変わる。
 見たところ、アラタたちのレベルについてきそうなのは全体の内の1割程度。
 それでも15人くらいは余裕でいるし、絶対数は向こうの方が多いのだから手に負えない。
 エリザベスが敵の保護下に入ってしまえば、奪うことは困難を極める。
 幾重にも張り巡らされた防御網を潜り抜け、彼女の元まで辿り着くのはかなり骨が折れる。
 いまこうして目の前にいるこの時こそが好機なのだ。

 これ何回目の往復なんだろう。
 もう自分の席で言えばいいのに。

 幾度となく繰り返される発言席への移動時間が、アラタにはどうしようもなく無駄に思えてならなかった。
 内容はどれも敵勢力の糾弾。
 今のところ、自分たちのことをアピールすることはない。
 もしかしたらそれをする前に片が付くのかもしれないが、もしこれに加えてその時間を取るとするなら。
 全校集会より長くなることが確定した議会で、アラタは少し肩の力を抜き、省エネモードに入ることに決めた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「そろそろ一区切りとしたいのですが、演説を中断しても構いませんかな」

 大公選が開幕したのが午前10時。
 そして現在が午後0時半。
 すでに2時間半が経過した今も両者の時間は続いている。
 12時ちょうどにクリスの腹が鳴り、ニヤニヤと見てきたアラタの横っ腹にグーが入ってかれちょうど30分。
 そろそろ痛みも引いてきた頃、委員長により一度休憩が宣言された。

「では、この続きは1時からとします。各自12時55分にはこの場にお集まりいただけるとスムーズな進行になります」

 スムーズに進んだところで意味ないけどな。

 そうアラタは心の中で長い演説に辟易としながらイーサンに付き従って議場を後にした。

「夜になるな」

「あぁ」

「【暗視】持ちのリストを。編成を第1から第3に変更。各部隊に通達」

「了解」

 休憩時間といえど、護衛の彼らは休まることは無い。
 このタイミングで仕掛けてくることはあり得ないにしても、この後の予定には大きな変更が入るから。
 このまま大公選が長引けば、場合によっては夜に大公が決まる可能性が出てくる。
 そうなれば戦闘が始まるのも夜、今の構成では少し不安が残る。
 夜に戦うくらいなら明日まで伸びてくれた方がいい気がするが、アラタたち第1小隊は4人中3人が暗視持ちというレアなスキル構成。
 エリザベスをアトラから脱出させることも考えれば、夜に行動開始できる方がありがたい。

「とりあえず」

 アラタは用意された食事には手を付けず、手持ちの食料を取り出した。

「飯にしよう」

※※※※※※※※※※※※※※※

「ハルツ殿! 西で小競り合いが!」

「隊長こっちでもです!」

「レイヒム様から応援要請です!」

「ええいうるさい! 順番に対処していく!」

 貴族院で一時休憩となっていたころ、外では我慢の利かない連中がいざこざを起こしたり、それを火消しに走ったりとてんやわんやの大騒ぎが巻き起こっていた。
 特に民兵と傭兵連中は質が悪く、にらまれただけで武器を取ろうとする始末だ。
 一応分類上は冒険者も民兵扱いになるのだが、彼らは統率がしっかりと取れている。
 クエスト単位で仕事を請け負う個人事業主はしっかりしていなければ信頼問題になるからだ。
 しかし、傭兵に求められていることは違う。
 元々荒事専門の業者で、粗暴さからくる恐怖の対象としての役割を求められる彼らはガラの悪さこそが売りなのだ。
 結果、ハルツのような準正規軍である冒険者たちが仲裁に向かう。

「こらぁ! 貴様らこれ以上問題を起こせば追放するからな!」

「へいへい」

「分かっているのか!」

「うぃー」

「今度舐めたことをしたら首を刎ねるからな」

 腰の剣に手をやり、本気であることを通達しておく。
 粗野だとしても、引き際を心得ていると信じて、こんなんでも一応仲間なのだから。
 ハルツの胃痛は増すばかりだ。

「それでは、午後の演説を始めます」

 大公選、再開。
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