半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第175話 どいつもこいつも仲が悪い

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「申し開きを聞こうじゃないか。ねえエリーちゃん?」

 皮肉たっぷりな言い回しに、エリーと呼ばれた女性は自分の祖母くらいの年齢の女性たちを睨みつけた。
 窓一つない場所で、灯りは燭台のみ。

「別に」

 短い弁明だった。

「まあいいさ。人形に何が出来るとも思わない」

「ソフィアいいのかい? 今ならまだ特務の頭をすげ替えれば……」

 どうやらこの場を取り仕切っているのはソフィアという名前の人物らしい。
 暗くてよく見えないが、老婆は厚着をしていて体のシルエットが隠れている。

「もう無理さ。それより別にやることがあるだろう?」

「それもそうさね」

 溶けた蝋が燭台の受け皿に溜まる。
 毎日掃除しているのか、まだ皿には大した量の蝋は蓄積されていない。
 魔道具を使って灯りを灯すことも最近は増えたが、それゆえ高級な燭台には逆に価値が付く。
 時代を先取りして波に乗るのは楽しいかもしれないが、物の価値は先進性だけで決まるわけではないのだ。

「もういい? 私やることあるんだけど」

 心底軽蔑するように、汚泥を見るような眼で彼女たちを見つめる中央の女性。
 普段のOLのようなフォーマルな格好は彼女の代名詞だ。
 濃紺のジャケットにパンツ、白のワイシャツ。
 それは何時も新品みたいに綺麗で、見ただけでいい匂いがしそうだとアラタは言っていた。
 彼女は少しイラついているのか、それとも怖いのか。
 とにかくストレスを感じていて組んだ腕の中で右手人差し指でトントンと叩く。

「もういいよ。でも、この後の予定はキャンセルしな」

「嫌よ」

「拒否権は無い」

「………………いつか殺してやるわ」

 憎悪に満ちた眼で、そう宣言した彼女は闇の中に消えた。
 残ったのは5人の老人。
 その全員が女性だ。
 その全員がレイフォードを姓に持つ。
 食べ物や衛生環境などの文明水準全般が違う異世界と元の世界では単純比較できないが、見た目の年齢は上が80後半、下が70と言った所だろうか。
 暖房が入っていないのか、少し寒い石造りの空間の中で老婆たちはジッと動かずにいる。
 もうすぐ冬眠するんじゃないかと言った緩慢さだ。
 あと少しすれば冬は開けて春になるというのに。

「次の手はどうする?」

「そうさのう」

 ソフィアが手にした茶は冷えていて、とても飲めるものではなかった。
 茶飲みを降ろすと、目を閉じて思案する。
 その姿だけ見れば寝ているようにさえ見える。

「関所を締めるべ」

「その心は?」

「あーしの計算じゃ向こうが一発逆転のカードを手にしてから、アトラまで帰ってくるのはギリギリじゃ。それをちょいと遅らせてやればいいだけよ」

「キングストン商会はどうするね。ドレイクんとこの小僧どもが接触したらしいでねえか」

「案ずるね。手は打ってある」

 そう言うと、ソフィアはもう一度冷えた器を手にして、そして置いた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「また貴方?」

「それ以外誰がいる?」

「ふんっ」

 席に座らされた彼女の手足は拘束されていて、身動き一つ取ることが出来ない。
 これが剣聖だったり聖騎士だったりしたら話は変わったかもしれない。
 まあそれならそれで特注の拘束具を用意するだけの話だが。

「血を取るぞ」

 そう予告すると、男は採血用の針を彼女の肘裏の辺りに刺し込んだ。
 管は赤く染まり、管の中には血液が少しずつ溜まっていく。
 それを取り換えつつ数十秒。
 献血に比べればほぼゼロともいえるくらいの量の血を取ると、注射針は彼女の身体を離れた。

「ねえ、抑えてよ」

「血は勝手に止まる。【痛覚軽減】でも使って待っていろ」

「そんなの持ってないわよ」

 何らかの病気の予防接種なり、採血なり、患部を押さえる必要というのは大なり小なり存在する。
 最近流行っている感染症ワクチンは組成が脆いので一定時間強く押さえてはならないのだが、これは例外だろう。
 そして今の場合、採血した個所はしっかり押さえるのが正解だ。
 しかし彼女は不正解を選ぶほかない。
 手足が拘束されていたら患部に手が届かないのだ。
 少し辺りが赤くなり、赤い点が大きくなる。
 やがてそれは成長を止めたが、褒められた行為ではないはず。
 そうして血が止まるまでの間も、それからも、男は様々な検査に血を使い、その結果を詳細に記していく。
 その顔は無機質なようでどこか熱意に満ちている。
 熱意と言えば聞こえはいいが、正しく表現すればそれはきっと怨念だろう。

「これを打ったら2時間後に来る。もしものことだ、何か言い残すことは?」

「アラタ、愛してる」

「またそれか」

「永遠に愛しているのだから、そうじゃない瞬間なんてこれから先一瞬たりとも存在しないわ」

 首筋に何かを打ち込まれた。
 特に変化はないようだが、男は荷物をまとめて部屋を出る準備をする。

しゅしゅに転じるぞ」

「それが愛そのものよ」

「理解できんな」

 そして分厚い鋼鉄の扉は口を閉じた。

※※※※※※※※※※※※※※※

「やあやあ兄上ではありませんか。お金は貯まりましたか?」

 場所を変えてここはウル帝国首都グランヴァイン。
 そのど真ん中、中心、宮殿だ。
 帝都がここになってから、歴代の皇帝とその家族が住んできた歴史ある大豪邸。
 改修や補修を繰り返すこの家は、その時代時代の技術や世相を反映している。
 例えば市民の権利や発信力が強かった時代、宮殿は簡素な造りをしている。
 逆に王権を誇示したい時は目一杯贅沢をする。
 彼らが歩く廊下はその移り変わりを目にすることが出来る反面、少しちぐはぐな造りをしていた。
 明るく話しかけた男の名前はライノス・ウル。
 帝国の皇位継承順位2位だ。
 そして金は貯まったかと聞かれたのは、これまたウルを姓に持つ男、バルゴ・ウル。
 こちらは皇位継承順位1位。

「お前には関係ない」

「兄上は商才が無いからなぁ」

「黙れ」

 この兄弟は本当に血が繋がっているのか疑わしいくらいに仲が悪い。
 いっそのこと赤の他人であると言われた方が納得できるほどに。

「お2人ともその辺で」

 この宮殿で最も大きな扉が開く。
 人一人が本気で押し込んで、ようやく動くかというほどの建付けの悪さ。
 というよりも、重量がありすぎてどうしてもずり動かすようにしか開閉できないのだ。
 高級な木材、貴金属、顔料、金属、その他諸々を組み合わせて作り上げられた皇帝の間に至る扉。
 重厚な音と共に姿を現したのは玉座に座る自らの父親。
 皇帝ゼスト・ウル。
 帝位に就いて20年余り。
 バルゴは彼がまだ皇帝ではなかった頃を朧気ながら覚えているが、ライノスの方は物心ついたころから父親は皇帝だった。

「皇子が参りました」

 近習がうやうやしくそう告げると、皇帝は入って来いと手で招いた。
 2人が護衛1人つけず入室すると、それに合わせて扉も閉まる。
 この扉の開閉係も大変だ。

「父上、本日は一体どのようなご用向きで」

 片膝をつき、バルゴは下を向いてそう言った。
 この3人の間にはおおよそ一般的な親子の関係など望むことはできないのだ。
 常に敬語で接し、食卓を共に囲むこともなく、話すときはこうして礼を尽くす。
 張り詰めた空気の中、皇帝ゼスト・ウルは静かに息子たちに対して語り掛けた。

「バルゴ、お前は帝国の将来をどう考える」

「は。臣民の豊かさこそが何事にも代えがたき利益であると」

「なるほど。ライノスはどうだ」

「は。世界を束ねてこそ帝国の皇帝かと存じます」

 意見が分かれた。
 正しさはさておき、皇帝の意見に反する意見が、このどちらかに該当する。
 世間一般で考えれば、選ばれるべきはバルゴの言葉だろう。
 しかし、この間は近所の八百屋ではないのだ。
 この国の、ひいては世界の中心であるウル帝国、その帝都、皇帝の住まう宮殿内なのだ。
 帝国は世界を一つにしたい。
 であれば、この場における答えはおのずと決まる。

「バルゴは下がれ。ライノスはこちらに来なさい」

 皇帝の態度が軟化した。
 正確には、ライノスに対してだけ軟化した。

「……御意」

 立ち上がり、踵を返すバルゴ。

「そうそう、バルゴ、待て」

「は」

「侵略行為大いに結構。だが、こそこそと小細工を弄するな。それは弱者のすることだ」

「…………肝に銘じておきます」

 重厚な扉が開き、そして閉じた。

「…………くそっ」

「……くそっくそっ」

 行きとは違い、早歩きで廊下を歩いて行く。
 どうにもならないイライラと、見透かされていた悔しさが同時に去来する。

「殿下。そのご様子ですと」

「ああ、やはり父上では話にならない」

「口を御慎みください。いつどこで話が聞かれているのか」

 大男は辺りを警戒している。
 宮殿内部では誰が何を聞いているのか、自分の住んでいる場所と言えど油断できない。

「そうだな」

 彼の住む場所はこの宮殿である。
 しかし仕事をする場所は異なる。
 故に彼は宮殿を出て馬車に乗り込むと仕事先に向かった。
 スキルのあるこの世界で近距離の移動手段に馬車を使うのは合理的ではない。
 荷物が重いとか、そう言う理由なら分かるが、それ以外に馬車を利用するには別の理由が必要だ。
 彼の場合、人目に付く移動は避けなければならないという明確な考えがあるのだが。
 御者は信頼のおける腹心の部下に任せ、同情しているのも同じく腹心の部下であり友。

「ブラック、一つ頼まれてはくれまいか」

「なんなりと」

「関所の締め上げは私がやっておく。だから——」

「確かに承りました。貴方はただ信じる道の為に命じるだけでいい」

「すまないな」

「何をいまさら。私と殿下の中ではありませぬか」

「そうだな、オーウェン・・・・・

 大公選は奇しくも隣国のウル帝国にも暗雲をもたらしつつあった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「リャンさ、最近僕のこと雑に扱い過ぎじゃない?」

「そんなことありませんよ」

「ほら! またそうやって!」

 これは別だろう、仲が悪いわけではないのだろう。
 ただ自分だけのものだと思っていた人が取られた気がして、少しジェラシーになっているだけだ。

「前に言ったでしょう。キィ、貴方を特別だと思ったからこそ、あの時私は部隊から引き抜いたのですよ」

 父子ほど年は離れておらず、兄弟にしてはいささか離れすぎている。
 全くないわけではないが、高校生の男に赤ん坊の弟が生まれたことを考えれば想像しやすいだろうか。
 甥っ子を見るような優しい目に、キィは顔をほころばせて喜ぶ。

「へへ、僕は優秀だからね」

 キィは煙草の匂いが染み込んだ服に顔をうずめ、少しの間そうしていた。
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