半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第162話 労働争議

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「先生、俺の学力知ってますよね」

「無論じゃ。いいから早うせい」

 アトラに到着して、その足でハルツの所へと報告に行ってきた2人。
 先に帰っていたリャンとキィは普段着に着替えており、風呂も済ませたみたいだ。
 アラタはクリスが風呂に入っている間に食事を用意し、入れ替わりで風呂に入った後に洗濯、食事、片付けを合わせて2時間程度で完遂した。
 時刻は4時、長旅で疲れた彼らはゆっくりと休みたい。
 そんなところにやってきた教師兼組織の後ろ盾。
 彼と後ろに控えるメイソン・マリルボーンが抱えているものを見て、アラタは事情を察する。
 ついに黒装束に頭脳労働がやってきてしまったのだ。
 学力に不安のある彼にとって、出来れば避けたかった仕事。
 だがまあ、命の危険がないことを考慮すればそれも仕方ないかと割り切ることも可能だ。
 アラタが問題に思っていることはそこではなかった。
 彼以外も同じだろう、彼らは目を合わせ、互いの意思を確認する。

「まあいいっすよ、それはいいっすよ。先生」

「なんじゃ」

「去年の年末からほぼ野宿みたいな遠征をして、帰ってきたその日に次の仕事。ブラック過ぎじゃないですか?」

「黒装束じゃからの」

「いや、そう言うことじゃなくて、適正な福利厚生を求めます!」

「「そうだそうだ!」」

「私は奴隷じゃない!」

「俺たちも入れてくれよクリス。先生、去年台所の食料が足りないからお金くださいっていったら先生いくらくれました? 銅貨5枚ですよ、5枚。初めてのお使いじゃないんですから。待遇改善を要求します!」

 黒装束の労働争議がここに勃発したのだ。
 発起人は4人全員。

 24時間いつでも呼び出しあり。
 休みなし。
 基本残業アリ。
 労働関連法適用範囲外。
 アットホームな職場は少数精鋭! 君の自主性と個性を尊重し、実力主義で年功序列なし!

 この劣悪な環境からの脱却を試みて、アラタを筆頭にドレイクに向けて鋭い視線が向けられる。
 顎鬚を触り、視線を上にあげて思案する。
 だが、忘れてはならない。
 賢者だなんだと言われていても、今までの彼の行動はどのようなものだったか。
 アラタを捨て駒にして死亡させ、無給無休で働かせ、それは4人に拡大した。
 さらには本人が気にしていないからとやりがいを搾取するが如く、メイソンに魔道具を制作させ続けている。
 総じて、アラン・ドレイクはクズだった。

「待遇改善のう」

「最低でも給料と休日を!」

「「そうだそうだ!」」

「ではアラタ、クリス。契約書を作るから何か身分を証明できるものを持って来なさい」

「はい」

 2人は特配課の身分証明書を提示する。
 するとドレイクはわざとらしい反応で驚いた。

「何と! おぬしらは死んだはずではなかったのか! 故人の名を騙るとは、何者か知らないが拘束するのじゃ!」

「あーもう! ズルですよ!」

 彼らは後ろめたい過去がある。
 ドレイクがこう言えばそれ以上反抗することはできないのだ。

「じゃあ、リャンとキィは? キィはまだ働いていい年齢ですらないんですよ!?」

「おぬしら密入国のスパイじゃろ」

「ぐぅう」

 これで茶番はおしまい。
 彼らは相も変わらずブラックな労働環境で働かされるのだ。
 だが、それ以降ドレイクは1人1人に月金貨1枚、必要に応じて経費として金銭を与えるようになった。
 そこまでしなくても彼らは働くし、働かざるを得ないのだが、流石に哀れに思ったのか、それともモチベーションを保つために、そんなところだろう。
 手始めに彼らに金貨を与えると、席に座るように促す。
 貰ってしまったし、そんな表情でアラタ達が席に着くと、ドレイクは山ほどある書類をそれぞれに振り分けた。
 そこにあるのは主に出納関連の書類。
 領収書の類や各種金銭の絡む申請書、果てには工事や貿易の契約書まで。
 一体どこから集めたのかというような内容の情報がそこにあった。
 この中で一番文字に不慣れなアラタでも、ここに書かれている文字を読み上げることはできる。
 読み上げることは、その言葉の裏には彼では意味までは理解しきれないという毒が含まれているのだが、彼もそれは自覚している。
 休む間もなく始まったデスクワークに、キィは少しおねむ、アラタはかなりおねむだ。
 キィはリャンによって優しく起こされ、アラタはクリスの手でシバかれた。
 差別だ何だと喚くアホたれは放置しておいて、クリスとリャンがそれぞれ別の書類を選び、ドレイクに見せた。

「これはレイフォード家の貿易事業に関する物、それにこちらは貴族院の慈善事業費か」

 レイフォード家関連のものをクリスが、慈善事業関連はリャンが選択した。
 アラタは役に立たず、キィも流石にお勉強が足りない。

「意見を聞こう」

 ドレイクは紙とペンを用意して、2人がこの書類に目を付けた理由を聞く。
 まず初めに話し始めたのはクリスだ。

「特配課の活動費の資金源は主に二つ。まず一つ目は通常の物流事業からの横流し。そしてもう一つは貿易事業で洗浄した資金からの拠出だ」

「ふむ、続けよ」

 ドレイクの眼鏡にかなったのか、クリスの説明は続く。
 物流事業からの横流しは正直設備の流用や経費精算でしかないのではした金である。
 問題はもう一つの貿易事業。
 家畜、魔物、宝石、貴金属。
 これらの商品には相場値段というものが存在するが、明確に価格が定められているわけではない。
 つまり、少し意地悪な言い方をすれば言い値で価値が決まる。
 レイフォード家のファームが育てた食用魔物を本来の値段に裏金を乗せて購入させる。
 その差分がレイフォード家への賄賂となり、特配課の活動資金に流れ着く。
 つまり、これを賄賂だと言い切るのはなかなか難しいということだった。
 複数の関係者からの自供でもあれば、そんなところだ。

「証拠はあるのか? 本来の価格見積書じゃとか、他にも」

「あるはずだがレイフォード家を出た時に持ち出していなかった。今頃処分されているだろう」

 彼女の言葉にドレイクが少し肩を落とすと、今度は私の番ですと言わんばかりにリャンが話し始めた。

「慈善事業は本物と偽物があります。本物なら孤児に生活と教育を与え、良識ある家の養子として迎え入れられるでしょう。ですがそうではない例もあります」

「それって僕のこと?」

 隣でアラタと遊んでいたキィが立ち上がり、反応した。
 リャンを見上げ、本当の所を聞きたい、そんな感じだ。
 もしかしたらリャンはキィにこの話をしておきたくて手を挙げたのかな。
 そんな想像がアラタの中で生まれた中、リャンは静かに頷いた。

「孤児院とは名ばかり。子供たちに過酷な訓練を課し、時には死人さえ出る危険な仕事に従事させる。そうして作られた少年兵の部隊がウル帝国には存在します」

「悪徳慈善事業を絞り込む方法は?」

「何とも。ただ、傾向としては他より単価がかかるか、別口で事業をしている可能性が高いです。ほら、孤児院経営する傍ら学校を運営するとか、教会で寄附を募るとか」

 肝心の見分け方がフワフワしているが、この方が可能性はあるのかもしれない。
 今までアラタはエリザベスを止めると息巻いてみても、実際にどうするのか具体的なビジョンを持ち合わせていなかった。
 ノエルの父親のシャノン・クレストを勝たせれば自動的にそうなるわけで、それを目指すドレイクやハルツ達に迎合して活動してきたのだ。
 しかし、何でもかんでも刀を振り回せば解決するというものでもない。
 ここでの話し合いは彼に新しい視点を与えた。
 つまり、レイフォード家の粗探しをして、正攻法でエリザベスを大公選から引きずり下ろすのである。
 では自分に何が出来るのか。
 はっきり言って謀略や計算などの頭脳プレイはからきしなアラタ、当然ドレイクもそれは承知している。
 それでもドレイクが彼をこの場に呼んだのは、キィも同じだが最低限同じ方向を向いて物事を見ることのできる共通認識を育むためである。

「アラタはリャンと、クリスはキィと組んで外回りをしてきなさい。リャン、クリス、やり方は分かるかの?」

「分かります」

「もちろん」

 快い返事にドレイクがニコリと笑うと、指名された2人はメモ書きをする。
 その間にアラタとキィは外出する準備をしてくるように言われ、遠い休みに思いを馳せるのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

「最近俺らで組むこと多いよな」

「監視の意味もあると思いますよ」

「俺はリャンのこと信じるって決めたから。その辺よろしく」

「また適当なことを……」

 本音とも建て前とも取れるような会話を続けながら、2人は街中を歩いて行く。
 向かうのは貴族院、と言っても中にまで侵入するわけではない。
 アトラの街中央部にあるそれは、貴族による合議制の象徴。
 この国の方針を巡って絶えず会議が開かれる立法機関であり、三権分立の仕組みが導入されていないこの国では立法と行政の両方を担当する。
 そこでかなりの強権を持ち、国のリーダーと言える大公は、貴族の選挙で選ばれる。
 特定の任期は存在せず、出来る限りやる、そんな曖昧極まりない時間の間、彼らは権力を手にしてきた。
 いかに合議制を敷いているとはいえ、彼の一声で纏まりかけていた法案が空中分解することもあるし、逆にこんなものが通るのか? ということもある。
 それ故に、意識の高いプロ市民の皆様方は今日も貴族院前広場で政治デモに夢中だ。

 ——貴族至上主義のクレスト家は恥を知れ!

 ——今こそ改革を!

 ——レイフォード家は売国奴!

 ——帝国の侵攻を絶対に許すな!

「今日平日だよね?」

「私たちに休日はありませんけどね」

「この人たち仕事は?」

「自営なんでしょう」

 2人は黒装束で気配を消しながら会話する。
 視線の先の彼らは中々に気合の入った方ばかりで、いくらかの見応えはある。
 だが、アラタには彼らがどうしようと貴族の投票で大公は決まるのだから、気にするだけ無駄なんじゃないかと思えた。
 そんな内容の質問をリャンにすると、彼は丁寧にデモ活動の意義を語った。
 多くの人は、どの派閥にも属していないのだと。
 では彼らは一体、誰を、何を見て貴族を評価するのか、想像するのか。
 1つは彼らの行動、即ち彼らの成立させた法律であったり、彼らの関わる事業だ。
 それによる恩恵が市民を潤せば、人心は貴族に寄り添ったものになる。
 もう1つは噂、空気感である。
 批判している人はこんなことを言っている、支持している人はこんなことを言っている。
 納得できる、できない。
 どちらの方が声がでかい。
 そんな基準で人は人を評価する。
 であれば、こうして人目につく場所である人を支援し、ある人を批判することには一定の効果があるのだ。

「はい、ここまで良いですか?」

「ギリギリのギリ大丈夫」

「十分です。それなら彼らは有志で活動していると思いますか? 誰が火種を作っていると思いますか?」

「……なるほど、俺らの出番か」

「ハルツ殿の話ではやっていないという話でしたけどね。向こうは向こうで誰かが余計な気をまわして扇動しているんでしょう。それはレイフォード家も同じです」

「俺らの仕事らしくなってきたな」

「ええ。レイフォード家の後ろにいるのはウル帝国。であれば活動団体にも或いは…………」

「リャン大丈夫か? めちゃめちゃ利敵行為だぞ」

「これが私にできる選択ですから」

 そう言い切ったリャンの眼からは覚悟が見て取れた。
 後戻りは出来ない、帝国を裏切った以上絶対に勝たなくては、と。

「とにかく、デモが終わるまで待機か」

 次のターゲットはレイフォード家を支持する活動団体である。
 声高に叫ぶ彼らの主張は、アラタの右耳から入って、左耳から出ていった。
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