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第3章 大公選編
第155話 譲れぬ物を選んだとして
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「周波数ねえ」
アラタは道中、リャンから再度敵につけた発信装置の説明を受けていた。
彼曰く、魔力とは直流ではなく交流、つまり振動しているものだという。
音や電気も振動しているのだから、別に魔力も同じでも不思議ではない。
「人間が体内に持つ魔力には決まった周波数の幅があります」
アラタは正直、この辺りの説明で理解が怪しかったが、黙って話を聞き続ける。
黒装束や仮面、ブーツにはこれらを検知し逆位相の魔力を当てることで相殺する効果があるという。
だから黒装束に魔力を流していないとき効果は期待できないし、肌の露出が増えるとその分隠蔽は難しくなる。
フード付きケープ、ブーツ、手甲、仮面、これらをフル装備で身につけることが最も安全なのだ。
「それでですね、逆位相の魔力を再現するには検知する周波数の倍のサンプリング周波数が必要になるんです」
サンプリング周波数なる新しい単語が出た時点で、アラタは理解をほぼ諦めた。
リャンの説明だと、なんでも人の発する魔力を再現する為にはその倍より大きな情報で再現しようとする必要があるらしい。
そして、サンプリング周波数の向上を目指すということは、コンピュータに置き換えればクロック周波数を底上げするようなものであり、途方もない努力と金と時間がかかる。
「つまりどういうこと?」
「人が魔術を行使する際に使用する魔力周波数は、普段人が発するそれより高い場合がほとんどです。黒装束はその領域までカバーできず、探査や感知などの魔術、スキルに引っ掛かるんですよ」
「なるほどね。分かった分かった」
彼の会話相手がクリスだったなら、『じゃあ何が分かったか説明してみろ』と言われて沈黙していただろう。
だがリャンは空気の読める男だ。
アラタが限界なのを感じて話題を変える。
だがもしリャンが説明を続けていたら、内容はこのようなものになる。
人の発する魔力周波数よりはるかに高い帯域の周波数を発する魔道具を取り付け、宿主の魔力で稼働する。
そうすれば黒装束では相殺しきれず外に魔力反応が漏れだすのだ。
そうなれば後はそれを受信するレシーバーがあればいいわけで、先ほど彼が言っていたサンプリング周波数の条件に合致した受信機を開発すればアンチ黒装束発信機の完成だ。
メイソン・マリルボーンの功績はこの高サンプリングレート受信機の開発にある。
しかし、アラタがその素晴らしさを理解するのはもう少し先の話。
「ところで迎撃すると言ってもどのようなものを想定しているんですか?」
話は発信装置の話から2人が建設に向かっている迎撃用拠点に移った。
キィの発案で、オーベル村に建設済みの拠点をわざとばらし、移動先の急繕いに見せかけた本気の拠点で敵を殲滅する。
これ見よがしに待ち伏せに適した拠点にすれば怪しまれるし、もし一撃で全滅し損ねればこの任務中ずっと姿の見えない敵を警戒し続けなければならない。
丁度いいバランス、そう、敵が罠に嵌り、そして撃滅可能な代物。
2人に求められているのは即ちそれであった。
アラタはリャンの問いに対し、簡潔な答えを述べた。
「今回は正確に敵のアクションを予測する。一挙手一投足を完璧に当てて、思考させることなく確実に殺す」
「そんなのどうやって……」
そう言いかけたリャンに対し、彼は一枚の紙を見せた。
6名分の見た目、能力などの詳細な情報。
ハルツから貰った、特務警邏からいなくなった人物のリストだ。
「これだけで予測するんですか?」
「いや、まず2人足りない。けど敵を8人と仮定して、ここにいない2人はこの前の戦闘で見た。つまり数の辻褄は既に合致している」
アラタはそう言うと、8人をきちんと殺しきれるだけの仕掛けの詳細を話し始めた。
まず落とし穴と仕掛け弓。
これで敵の行動をある程度制限する。
次に落石。
これもそう、敵の行動を制限、とろいメイス使い辺りはこれでやれるかもしれない。
次にくくり罠、これを見えやすいものと見えにくいもので分けて配置する。
「本当にこれだけで足りますか?」
アラタの説明を受けて不安というか、この作戦の成功性に疑問を持ったリャンは念押しする。
これでは厳しいのではないか、と。
だがアラタは何故か自信満々で、『大丈夫』という。
正直なところ、物資も無尽蔵にあるわけではないからこの辺りが限界なんだとアラタは漏らす。
だからこそ敵の行動を正確に予測する必要があるのだと。
「……頑張りましょう」
「おう。そうだな」
そして2人は1日走り続け、オーベル村近郊、下調べした土地の中で拠点に向いていそうなエリアで工事を開始した。
朝から晩まで、土を掘り、魔術を使い、スコップを使い、木を切り、罠を仕掛け、情報を共有して事故に注意し、そうしてあっという間に日は過ぎていく。
「…………出来たな」
「ええ。完璧な出来栄えです」
2人がサヌル村を出てから6日、作業時間5日で陣地は完成した。
敵の布陣を予測して、この偽の拠点に立てこもる黒装束を包囲する黒狼。
それを罠に嵌め、この場で全滅させるための狩場。
うっかり踏み込めば作成者である2人でさえも殺されかねない殺意の結晶。
偽拠点の入口がぽっかりと待ち構えているが、本命はその外側にある。
この場に踏み込んだ時点で、仕掛けを知らぬ敵は死ぬ運命にあるのだ。
「ハルツさんたちが到着するのは明日でしたっけ?」
「正確には明後日だな。明日は丸一日休息出来る」
「それはいいですね」
「ああ」
任務開始から既に1週間。
1日の休みもなく稼働し続けている2人は、警戒を解いてはいけないとはいえ何も作業がない1日を心の底から喜んだ。
明日はオフ、その事実、言葉の響きの何と甘美なことか。
次の日、リャンは二度寝しようと心に決めた。
※※※※※※※※※※※※※※※
1月2日、朝8時。
年越しは拠点造りで明けた2人の本当の拠点。
リャンは6時ごろ1度起き、意識もおぼろげなまま気持ちの良い2度寝に突入していた。
それからさらに1時間。
本当は8時半くらいから目は醒めていたのだが、このクソ寒い新年、寝袋が母親の胎内のように恋しく感じたのだ。
芋虫のようにモゾモゾと動き出してようやく起きたリャンは、隣に誰もいないことを確認する。
アラタはどこかへと出たみたいだ。
そう思って外に出た彼は、拠点のすぐ外で刀を振っているアラタに遭遇する。
「おはようございます。今日休みですよね?」
「おはよ。休みだけど?」
そう言いながら刀を振り続けるアラタを見て、何を思ったのか彼は視線を逸らした。
「少し散歩してきます」
「おう」
アラタはそれだけ言うと、また1人の世界に入って刀を振る。
休日なのだ、思い思いにやりたいことをやればいい。
リャンは拠点の岩屋を出て森の中を歩いて行く。
整備された道などなく、先日黒装束が生活用水を運搬して出来た獣道のような通路を進む。
人の足で草が踏みつけられ、かき分けられていて一応通れるようにはなっているが、ひざ下くらいの高さの雑草が鬱陶しい。
やがて川に出ると、リャンは風を凌げるような大きな岩を背に腰を下ろす。
取り出したのは煙草。
魔術が得意ではない彼は点火用魔道具を手にスイッチを点ける。
使用者の魔力を基にして小さい火球を作り出し、それを火種にオイルを燃焼させる。
息を吸いながら火を点けると、煙草の端が燃え上がり味付きの煙が口から肺へと流れ込む。
吸い、もう一度深く呼吸することで煙が肺の中に満ちて煙草の成分を摂取できる。
黒装束に加入させられてからほとんど喫煙する時間が無かったが、こうしている間だけ彼は他の一切を忘れ去ることが出来る。
引率しているキィも、任務のことも、帝国のことも、黒装束のことも、そして一族の事さえも。
ヘビースモーカーではないのか、彼は3本吸い終えるとその場を後にした。
本当に愛煙家なら、時間がなくとも、何が何でも煙草タイムを確保しようとするだろうから、彼が久しぶりにそれを口にした時点で煙草にそこまで執着していないことは分かっていたのだが。
放置された吸い殻の内、一本はほとんど吸っていないまま、長さを保ったままだった。
「朝飯食うか?」
拠点に戻ると、アラタは丁度食事を摂っていた。
朝食と言っても携行食糧を温めただけの簡素なものだが。
「いただきます」
火が使えなくても魔道具さえあれば温かい食事が食べられる。
そう、魔道具さえあれば、金さえあれば。
「アラタ、最後に仕掛けの確認をしておきませんか?」
仲間たちが到着するまで1日を切った。
敵がそれに付随してやって来ることを考えれば、まともにリハーサルできる最後の機会かもしれない。
そう言ったリャンに同意したアラタは2人で例の狩場へと向かって行った。
狩場の最奥にある偽の拠点は、土を掘ってこしらえた半地下の建造物だ。
上を伐採した木で塞ぎ、4人が寝泊まりするのに十分な空間を確保している。
そしてそれらを秘密裏に取り囲むのは敵を狙った罠の数々。
分かりやすいのは仕掛け弓、これは張った糸に敵が触れたら矢が発射される簡単なものだ。
2人は手分けして矢をつがえていく。
こうして仕掛け弓の最終準備は完了した。
落とし穴、これは簡単だ。
冬の森、秋から冬にかけて落ちた葉や枝は文字通り腐るほどあり、材料には事欠かない。
これは本命の罠と見せかけの罠、2種類用意する。
単に穴掘りがしんどくなっただけなのだが、案外敵は引っ掛かりそうだ。
同じようにくくり罠と落石用の岩をチェックし終えて、最後に2人は自分たちが拠点に入る道を確認する。
罠を避けて入るルートは1つしかない。
「よし、これで終わりだな」
「…………えぇ。終わりです」
アラタの起動してるスキルはいくつかあるが、初めからこれを起動させていたということは彼も薄々気づいていたのだろう。
【敵感知】に反応有り。
対象は自分の真後ろ、それから周囲に8つ。
「魔術を封じれば俺を倒せると思ったのか?」
「……いいえ」
「いや、だから黒狼を呼んだのか」
「……はい」
今起動しているスキルは【痛覚軽減】、【敵感知】、【身体強化】。
振り向きざまに刀を振り抜けば、裏切り者を消すことも出来る。
しかし、アラタにはリャンの気持ちも痛いくらいに分かった。
「帰りたいんだもんな」
「はい」
「譲れないよな。俺もだよ」
剣を抜いているリャンの手は震えている。
「っわ、わるい。恨んでくれて構わない」
アラタは拠点から出て、狩場の中央に立つ。
刀に手を掛けていないが、構えはやる気だ、臨戦態勢だ。
「いいや、恨む理由は無い」
そう言うと、アラタは笑みを浮かべた。
アラタは道中、リャンから再度敵につけた発信装置の説明を受けていた。
彼曰く、魔力とは直流ではなく交流、つまり振動しているものだという。
音や電気も振動しているのだから、別に魔力も同じでも不思議ではない。
「人間が体内に持つ魔力には決まった周波数の幅があります」
アラタは正直、この辺りの説明で理解が怪しかったが、黙って話を聞き続ける。
黒装束や仮面、ブーツにはこれらを検知し逆位相の魔力を当てることで相殺する効果があるという。
だから黒装束に魔力を流していないとき効果は期待できないし、肌の露出が増えるとその分隠蔽は難しくなる。
フード付きケープ、ブーツ、手甲、仮面、これらをフル装備で身につけることが最も安全なのだ。
「それでですね、逆位相の魔力を再現するには検知する周波数の倍のサンプリング周波数が必要になるんです」
サンプリング周波数なる新しい単語が出た時点で、アラタは理解をほぼ諦めた。
リャンの説明だと、なんでも人の発する魔力を再現する為にはその倍より大きな情報で再現しようとする必要があるらしい。
そして、サンプリング周波数の向上を目指すということは、コンピュータに置き換えればクロック周波数を底上げするようなものであり、途方もない努力と金と時間がかかる。
「つまりどういうこと?」
「人が魔術を行使する際に使用する魔力周波数は、普段人が発するそれより高い場合がほとんどです。黒装束はその領域までカバーできず、探査や感知などの魔術、スキルに引っ掛かるんですよ」
「なるほどね。分かった分かった」
彼の会話相手がクリスだったなら、『じゃあ何が分かったか説明してみろ』と言われて沈黙していただろう。
だがリャンは空気の読める男だ。
アラタが限界なのを感じて話題を変える。
だがもしリャンが説明を続けていたら、内容はこのようなものになる。
人の発する魔力周波数よりはるかに高い帯域の周波数を発する魔道具を取り付け、宿主の魔力で稼働する。
そうすれば黒装束では相殺しきれず外に魔力反応が漏れだすのだ。
そうなれば後はそれを受信するレシーバーがあればいいわけで、先ほど彼が言っていたサンプリング周波数の条件に合致した受信機を開発すればアンチ黒装束発信機の完成だ。
メイソン・マリルボーンの功績はこの高サンプリングレート受信機の開発にある。
しかし、アラタがその素晴らしさを理解するのはもう少し先の話。
「ところで迎撃すると言ってもどのようなものを想定しているんですか?」
話は発信装置の話から2人が建設に向かっている迎撃用拠点に移った。
キィの発案で、オーベル村に建設済みの拠点をわざとばらし、移動先の急繕いに見せかけた本気の拠点で敵を殲滅する。
これ見よがしに待ち伏せに適した拠点にすれば怪しまれるし、もし一撃で全滅し損ねればこの任務中ずっと姿の見えない敵を警戒し続けなければならない。
丁度いいバランス、そう、敵が罠に嵌り、そして撃滅可能な代物。
2人に求められているのは即ちそれであった。
アラタはリャンの問いに対し、簡潔な答えを述べた。
「今回は正確に敵のアクションを予測する。一挙手一投足を完璧に当てて、思考させることなく確実に殺す」
「そんなのどうやって……」
そう言いかけたリャンに対し、彼は一枚の紙を見せた。
6名分の見た目、能力などの詳細な情報。
ハルツから貰った、特務警邏からいなくなった人物のリストだ。
「これだけで予測するんですか?」
「いや、まず2人足りない。けど敵を8人と仮定して、ここにいない2人はこの前の戦闘で見た。つまり数の辻褄は既に合致している」
アラタはそう言うと、8人をきちんと殺しきれるだけの仕掛けの詳細を話し始めた。
まず落とし穴と仕掛け弓。
これで敵の行動をある程度制限する。
次に落石。
これもそう、敵の行動を制限、とろいメイス使い辺りはこれでやれるかもしれない。
次にくくり罠、これを見えやすいものと見えにくいもので分けて配置する。
「本当にこれだけで足りますか?」
アラタの説明を受けて不安というか、この作戦の成功性に疑問を持ったリャンは念押しする。
これでは厳しいのではないか、と。
だがアラタは何故か自信満々で、『大丈夫』という。
正直なところ、物資も無尽蔵にあるわけではないからこの辺りが限界なんだとアラタは漏らす。
だからこそ敵の行動を正確に予測する必要があるのだと。
「……頑張りましょう」
「おう。そうだな」
そして2人は1日走り続け、オーベル村近郊、下調べした土地の中で拠点に向いていそうなエリアで工事を開始した。
朝から晩まで、土を掘り、魔術を使い、スコップを使い、木を切り、罠を仕掛け、情報を共有して事故に注意し、そうしてあっという間に日は過ぎていく。
「…………出来たな」
「ええ。完璧な出来栄えです」
2人がサヌル村を出てから6日、作業時間5日で陣地は完成した。
敵の布陣を予測して、この偽の拠点に立てこもる黒装束を包囲する黒狼。
それを罠に嵌め、この場で全滅させるための狩場。
うっかり踏み込めば作成者である2人でさえも殺されかねない殺意の結晶。
偽拠点の入口がぽっかりと待ち構えているが、本命はその外側にある。
この場に踏み込んだ時点で、仕掛けを知らぬ敵は死ぬ運命にあるのだ。
「ハルツさんたちが到着するのは明日でしたっけ?」
「正確には明後日だな。明日は丸一日休息出来る」
「それはいいですね」
「ああ」
任務開始から既に1週間。
1日の休みもなく稼働し続けている2人は、警戒を解いてはいけないとはいえ何も作業がない1日を心の底から喜んだ。
明日はオフ、その事実、言葉の響きの何と甘美なことか。
次の日、リャンは二度寝しようと心に決めた。
※※※※※※※※※※※※※※※
1月2日、朝8時。
年越しは拠点造りで明けた2人の本当の拠点。
リャンは6時ごろ1度起き、意識もおぼろげなまま気持ちの良い2度寝に突入していた。
それからさらに1時間。
本当は8時半くらいから目は醒めていたのだが、このクソ寒い新年、寝袋が母親の胎内のように恋しく感じたのだ。
芋虫のようにモゾモゾと動き出してようやく起きたリャンは、隣に誰もいないことを確認する。
アラタはどこかへと出たみたいだ。
そう思って外に出た彼は、拠点のすぐ外で刀を振っているアラタに遭遇する。
「おはようございます。今日休みですよね?」
「おはよ。休みだけど?」
そう言いながら刀を振り続けるアラタを見て、何を思ったのか彼は視線を逸らした。
「少し散歩してきます」
「おう」
アラタはそれだけ言うと、また1人の世界に入って刀を振る。
休日なのだ、思い思いにやりたいことをやればいい。
リャンは拠点の岩屋を出て森の中を歩いて行く。
整備された道などなく、先日黒装束が生活用水を運搬して出来た獣道のような通路を進む。
人の足で草が踏みつけられ、かき分けられていて一応通れるようにはなっているが、ひざ下くらいの高さの雑草が鬱陶しい。
やがて川に出ると、リャンは風を凌げるような大きな岩を背に腰を下ろす。
取り出したのは煙草。
魔術が得意ではない彼は点火用魔道具を手にスイッチを点ける。
使用者の魔力を基にして小さい火球を作り出し、それを火種にオイルを燃焼させる。
息を吸いながら火を点けると、煙草の端が燃え上がり味付きの煙が口から肺へと流れ込む。
吸い、もう一度深く呼吸することで煙が肺の中に満ちて煙草の成分を摂取できる。
黒装束に加入させられてからほとんど喫煙する時間が無かったが、こうしている間だけ彼は他の一切を忘れ去ることが出来る。
引率しているキィも、任務のことも、帝国のことも、黒装束のことも、そして一族の事さえも。
ヘビースモーカーではないのか、彼は3本吸い終えるとその場を後にした。
本当に愛煙家なら、時間がなくとも、何が何でも煙草タイムを確保しようとするだろうから、彼が久しぶりにそれを口にした時点で煙草にそこまで執着していないことは分かっていたのだが。
放置された吸い殻の内、一本はほとんど吸っていないまま、長さを保ったままだった。
「朝飯食うか?」
拠点に戻ると、アラタは丁度食事を摂っていた。
朝食と言っても携行食糧を温めただけの簡素なものだが。
「いただきます」
火が使えなくても魔道具さえあれば温かい食事が食べられる。
そう、魔道具さえあれば、金さえあれば。
「アラタ、最後に仕掛けの確認をしておきませんか?」
仲間たちが到着するまで1日を切った。
敵がそれに付随してやって来ることを考えれば、まともにリハーサルできる最後の機会かもしれない。
そう言ったリャンに同意したアラタは2人で例の狩場へと向かって行った。
狩場の最奥にある偽の拠点は、土を掘ってこしらえた半地下の建造物だ。
上を伐採した木で塞ぎ、4人が寝泊まりするのに十分な空間を確保している。
そしてそれらを秘密裏に取り囲むのは敵を狙った罠の数々。
分かりやすいのは仕掛け弓、これは張った糸に敵が触れたら矢が発射される簡単なものだ。
2人は手分けして矢をつがえていく。
こうして仕掛け弓の最終準備は完了した。
落とし穴、これは簡単だ。
冬の森、秋から冬にかけて落ちた葉や枝は文字通り腐るほどあり、材料には事欠かない。
これは本命の罠と見せかけの罠、2種類用意する。
単に穴掘りがしんどくなっただけなのだが、案外敵は引っ掛かりそうだ。
同じようにくくり罠と落石用の岩をチェックし終えて、最後に2人は自分たちが拠点に入る道を確認する。
罠を避けて入るルートは1つしかない。
「よし、これで終わりだな」
「…………えぇ。終わりです」
アラタの起動してるスキルはいくつかあるが、初めからこれを起動させていたということは彼も薄々気づいていたのだろう。
【敵感知】に反応有り。
対象は自分の真後ろ、それから周囲に8つ。
「魔術を封じれば俺を倒せると思ったのか?」
「……いいえ」
「いや、だから黒狼を呼んだのか」
「……はい」
今起動しているスキルは【痛覚軽減】、【敵感知】、【身体強化】。
振り向きざまに刀を振り抜けば、裏切り者を消すことも出来る。
しかし、アラタにはリャンの気持ちも痛いくらいに分かった。
「帰りたいんだもんな」
「はい」
「譲れないよな。俺もだよ」
剣を抜いているリャンの手は震えている。
「っわ、わるい。恨んでくれて構わない」
アラタは拠点から出て、狩場の中央に立つ。
刀に手を掛けていないが、構えはやる気だ、臨戦態勢だ。
「いいや、恨む理由は無い」
そう言うと、アラタは笑みを浮かべた。
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