半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第124話 ただいま社会的信用ゼロなり

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「チッ、うっぜえなぁ」

 昨日のように、屋根によじ登って伏せているアラタ、その言葉には面倒くささと怒りが同居していた。
 ゴキブリのように這いまわり、屋根の傾斜を使って射線を切って追跡の眼を躱していく。
 通常の相手なら黒装束を装備したアラタを見つけるのは無理だろう。
 並大抵の相手なら、彼が自分から意識的に姿をさらそうとしなければ見つからないのだ。
 それこそ戦闘状態に移行するとか、ぶつかってはっきりと存在を認知するとか、何らかのきっかけがなければ彼の存在を把握することは難しい。

 しかし今回は相手が違う。
 相手は特務警邏、それもターゲットを絞って捜査中の特別チームだ。
 追跡対象は勿論、元Dランク冒険者アラタ、彼はティンダロスの猟犬逃走幇助容疑で指名手配中だ。
 ラトレイア家にいるという私設部隊監視の任を帯びて、アトラの市街地を堂々と歩いていた。
 そんな彼に気付く者はいない、だって黒装束があるから。
 そんな油断もあったのだろう、彼が自分は尾行されていると気づいたのは、10人からの特務警邏に取り囲まれた後の話だった。
 【気配遮断】を起動して、霧を発生させる。
 昨日お披露目したばかりの新技は敵の魔術によってあっさりと攻略され、逃げまどうアラタ。
 彼を救ったのは、安心のドレイク手作り煙玉だった。
 魔力を込めて発動するタイプの魔道具は、緊急事態に付き目一杯注ぎ込まれた魔力に答えるべく辺り一帯を煙に巻いた。
 煙玉を中心に、一種の結界が構築され、魔術で煙を晴らそうにも上手くいかなくなる。
 その隙にアラタは屋根の上へと上がり、下で自分のことを探しているお巡りさんに対して、先ほどの言葉を発したのだ。

 彼が隠れ家に到着したのは午後2時頃の事だったが、いずれここもバレると移動を決意した。
 どうせ追われるのなら目一杯迷惑をかけてやろうとドレイクの家に向かうと、意外とすんなり家に到着することが出来た。

「先生、特務警邏が追ってきてラトレイア家どころじゃないです」

「全く、最近の若いやつは。蹴散らせば良かろう?」

 内容が突飛かつ物騒であるが、もしアラタが彼ほどの力を有していたのならそうすることも出来たかもしれない。
 まあ無理なわけだが。

「無茶言わないでください。先生の力で何とかしてくださいよ」

 例によって師に泣きつくことになったのだが、自分で何とかできないことを早々に誰かを頼ることが出来るのは一つの才能だ。
 決して悪いことではないし、その辺りはドレイクも評価していた。
 身銭を切る面倒くささはあり、自分でやれと言いたいのはやまやまだが、流石に荷が重いかと諦めて一肌脱ぐことに決める。

「お主はクリスのリハビリに付き合ってやれ。ここから出なければ好きにしてよい」

「うっす! あざっす!」

「軽いのう」

 特務警邏の追跡に関しては完全にドレイクに任せっきりにして、アラタはクリスを誘って地下訓練場に向かった。
 照明を点け、掃除をして、道具を並べ、それから練習を開始する。
 リリーの治癒魔術によってクリスはほぼ全快したみたいで、昨日に比べて包帯の数は減っており、自分の足で立って歩くことが出来る。
 骨折箇所も完治、まだ少し顔色は悪いが日常生活に支障はなさそうだ。

「今日何する? って言っても体動かすのはまだ早いか」

「ああ、今日の所は……それで頼む」

 先ほどまで元気にしていた彼女だが、疲れたのか練習場にあるベンチに腰かけている。
 昨日の今日で元気なはずもなく、地下訓練場の移動だけで体力を使い果たしてしまったみたいだ。

 戻るかと聞いたアラタに対して、お前が練習している間はここにいると答えたクリスはベンチに横になりながら彼の練習する様子を見つめていた。
 アップを取って、身体強化なしでダッシュをして、刀を振って、それから身体強化アリでもう一度同じことをして、給水を取ってから魔術の訓練に移る。
 自然体でリラックスして、魔力を練り、回路を構築して、魔術を励起する。
 燃える炭が弾けるような音と共に、雷撃を発動し、そしてそれを維持する。
 青白い雷は彼の掌から撃ち出され、宙を舞うと段々拡散し、やがて消える。
 それを繰り返し、何度も何度も行った。
 魔術の種類を変え、数を変え、質を変え、注ぎ込む魔力の量を変える。
 そうして小一時間魔力を使い続けると、体力が空っぽになったのかゼイゼイ息を切らしながら上を見上げた。
 天井には一際大きい照明が固定されていて、まるで太陽のように2人を照らしている。
 冬だというのに滝のような汗を流しているアラタは、息を整えると水分を取り、ポーションを摂取した。

「訓練でポーションを使うのか?」

「そうだけど、ダメ?」

「それ一本いくらすると思っているんだ」

「銀貨1枚」

 さも当然のように言い放つ彼が、クリスには理解できなかった。
 まだ本調子でない頭に意味の分からない情報を流し込まれると頭痛がしてくるのだ。

「金はあるのか?」

「先生の作ったやつだからタダ」

「あきれた」

 飲み終わった瓶に蓋をして、アラタは再び訓練を再開した。
 今度は刀を抜き、魔力を流し、スキルを起動する。
 彼女が参加しないので、アラタは1人で見えない敵と戦っているのだが、彼は真剣そのものだ。

 空想の中で、彼と対峙している敵は彼よりも数段強い。
 武器は槍、広く間合いを取り、腰には短めの剣。
 じんわりと沁み込ませるように地面に魔力を流す。
 広く薄く、どこからでも攻撃できるように、力をプールしておくのだ。
 それとは対照的に、刀に流す魔力は狭く、濃く練り上げていく。
 地面に流す魔力を水溶き片栗粉くらいの粘度とすれば、こちらはお好み焼きの生地くらいドロリとしている。

 醤油はないし、味噌もないし、海産物も少ないから出汁もあまりとれないし、カナンは終わりだなぁ。

 魔力の濃さを食べ物で考える癖が抜けないアラタは練習中よくこうして日本の食事に思いを馳せている。
 注意力散漫極まりない行為だが、それでも魔力は繊細に運用されている所が腹立たしい。
 彼の制御できる許容量ギリギリまで練り上げられて蓄積された魔力、多少気分の楽になったクリスがそろそろ限界だろうと思った時、アラタが動いた。
 先に刀を振り、火球を1つ発射すると、畳みかけるように地中から土棘が襲い掛かる。
 敵は空想上にしかいないわけで、攻撃は当然当たらない。
 アラタがそのまま距離を詰めていくところを見ると、空想の中でも攻撃は当たらなかったのか。
 事前に仕込んだ攻撃は終わり、ここからは瞬発力と反射の世界に突入する。
 アラタの攻撃した位置に敵がいたとするなら、両者はまだ武器の間合いに入っていない。
 であれば槍を持った敵の方が遥かに有利、アラタは何とか攻撃をかいくぐり距離を詰めたいところだ。
 では実際にどうやってアラタは動くのか、横から見ているクリスには既に答えが見えていた。
 自分の背に向かって撃ちだす石弾。
 地中を通してパスを繋ぎ、自分の後方5m付近に3発の礫を用意する。
 敵が一歩踏み込めば槍の間合いに入る、そのタイミングでアラタは横に動き、その陰から撃ちだされた魔術が敵の意表を突く。
 石弾は訓練場の壁に穴を穿ち、上から見て45度ほど左から斬りかかるアラタ。
 これで決まった、クリスにはそう見えた。
 短く、あくまでもイメージトレーニングでしかない練習。
 時間にして僅か3分ほどの訓練が、ここまで本気で行われている。
 それがクリスには少し新鮮だった。

 特配課は全体での連携を重視する。
 従って訓練ではサインの確認や連動する動作の練度向上を図り、個人の能力は個人で何とかするというスタンスである。
 頭では分かっていても、日頃の業務や全体練習、その他さまざまな雑務がある中、個人練習に時間を割くことなど考えもしなかった。
 結果、特配課は強みを消された時、なす術もなく敗北し、全滅したのだ。
 目の前にいる元特配課の男、こいつは少し違うのだと、自分も見習うべきだとクリスは考えた。
 仲間は立った二人だけになってしまった、であれば個人で戦える能力を身につけなければならないと。

「今のじゃ出来るやつには通じないなぁ。やっぱり槍つえー」

 本人的には甘かったのか、地面に絵を描きながら反省していると、天井の照明で生まれる影が一つ増えた。

「私もやろう」

「大丈夫なの?」

「ああ、もう問題ない」

「オッケー、じゃあやるか!」

 クリスの短剣はアラタの刀のように損耗しないわけではないから、木剣を使って稽古に取り組む。
 初めの一回でアラタが木剣を破壊し、次にクリスが短めの木剣を根元から折った。
 それからしばらく武器が壊れることは無く、稽古は進む。
 結局その日一日練習は続き、2人が地下訓練場を出たのはドレイクに呼ばれてからだった。
 炊事を担当するアラタが夕食を作り、静かな食事が終わるとドレイクは別室に2人を呼んだ。
 良い具合に腹も膨れ、よく眠れそうだと考えていた時、アラタは最悪なものを見てしまう。
 まあ仕方のないことではあるけど、それでも少しくらい気を遣ってくれてもいいのではないかと、そう心の中で非難した。

「先生、一応聞きますけどこれは?」

「2人の身代わりじゃ。生成に手間がかかったわい」

 アラタの目の前には、彼とクリス、2人に瓜二つな肉人形が地面に置かれていた。
 アラタのそれに関してはダンジョンで死亡した際についた腹の傷や、よく見ると背中の傷まで再現されている。
 クリスもかなり精巧に作りこまれており、実物を確認しなければ何とも言えないが、腰の辺りにあるホクロは実物準拠なのかもしれない。

「これどうやって作りました?」

「お主の魔術適正を調べるときに材料を頂いた」

「クリスのは?」

「治療するときに拝借した」

「倫理観が低すぎるっ!」

 彼の言葉にドレイクが耳を貸すはずもなく、彼の叫びは空しく空に消えた。
 魔術の腕は超一流、人格は壊滅的な稀代の魔術師アラン・ドレイク。
 彼の精製した2人のクローンは、彼らの身代わりとして特務警邏に差し出され、処刑される。
 だが、それに差し当たって一つ問題があるわけで、

「先生、それどうやって動かすんですか?」

 当然の疑問、それに彼が対策を怠るはずもなく、

「ワシが冒険者アラタじゃ。ワシを処刑するのじゃ」

「うわ喋った! 気持ち悪!」

 アラタ人形の口が動き、そこから音声が出力された。
 口調が爺言葉なのと、不気味の谷を超えられていない気持ち悪さが目に付くが、これなら何とかなるかもしれない、そう思わせるだけのクオリティが確かにあった。

 アラタが感服している隣で、無言のまま固まっている女性が1人。
 ほぼマッパの人形二つ、そのうち片方は自分のものときている。
 精巧に再現されているとか、声を出すことが出来るとか、そんなことはどうでもいい。
 問題なのはただ一つ、この人形を作る為に自分の何か大切なものを失ったという喪失感、それだけだ。

「どうした?」

「いや、別に…………」

 殿下はこいつのどこに惚れたのだろうか……分からん。
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