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第3章 大公選編
第95話 帰還方法
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エリザベス・フォン・レイフォード、エリーはとにかく忙しい人だった。
この世界に来てからの俺も随分とハードスケジュールをこなしている自覚があったけど、それは自分が望んでやっていたことだから別に大した問題じゃない。
エリーの場合必要に迫られて、そんな感覚に近い気がした。
朝5時起床、朝食を急いで取り、判や署名の必要な彼女にしかできない事務作業、それから学校の理事長やら非営利組織やらなにやらあれこれの仕事、大公選に向けた貴族との会食、面会、貴族院から依頼されたエリーが回さなければならない仕事の数々、家に帰ることが出来るのはいつも夜遅く、時にはどこかに泊まりながら仕事をすることもあった。
その仕事の一部、ほんの少しだけしかサポートしていない俺でさえ、仕事が終わった頃にはかなり疲れていて、家に帰ってから気絶するように眠るのに、エリーはそれ以上の仕事量をいつもこなしていた。
仲直り出来たら出ていく、彼がそう約束して彼女の屋敷に居つき早2週間。
アラタからすれば別の目的があるから当然なのだが、約束を履行する為に行動するわけもなく時間は過ぎていく。
季節は夏の終わり、秋の始まりを告げるように日中の温度は少し下がり、寒がりな人は長袖を着始める。
この世界、と言うよりこの地域には四季があるのは少し出来すぎではないのかとアラタは考えたが、日本育ちの彼にとっては過ごしやすく、体調を崩すこともなく好都合のようだ。
エリザベスは何もアクションを起こさない彼に対して何も言わず家に置き続けている。
アラタは何も言われないのがかえって怖い時もあるが、自分の気持ちの整理がつくまで待ってくれているのだと思うと、騙している罪悪感と気にかけてもらっている嬉しさが同時に沸き起こる。
そんな日々はアラタにとって実に楽しく、充実した日々であり、彼はそれに甘えてエリザベスの雑用としての生活を続けていた。
「アラタはどこの生まれなの?」
珍しく仕事が早く終わった日、居間でゆっくりしていたエリーの問いかけに対し、ドアの外側に立っていたアラタは部屋に入るか迷った。
久しぶりの緊張感、なんて答えたらいいのか分からないモヤモヤ、アラタの中にそんな負の感情が渦巻く。
俺は異世界人です、そう答えるのか?
それともレイテ村の出身だと答えるのか?
こんな時の為に用意した偽の半生もある、それで押し通すか?
不自然にならないようにアラタはゆっくりと入室し、扉を閉める。
食後の紅茶を口にしながら彼を見つめるエリザベスの目はどこまでも澄んでいた。
あぁ、答えに詰まる俺を不思議そうに見てくる君が眩しい。
エリーにも言ったみたいに、ノエルたちとひと悶着あってここにいる。
でもそれ以外に邪な思いがあってここにいる俺に、その顔は罪悪感が強すぎる。
俺は————
「俺、この世界の言葉で異世界人ってやつなんだ。だから生まれは言っても分からない」
異世界人は即拘束、リーゼに言われ、その後個人的にも調べた。
カミングアウトのすぐあと、アラタはしくったかなと後悔した。
もう後戻りはできない。
でもこれ以上エリーに嘘をつきたくない、これ以上嘘を重ねれば身元を明かすことと同じくらい、いやそれ以上に後悔すると思った。
エリーがそうするべきだと考えて、それで捕まるのならそれでもいい、本気でそう思った。
「……そう、本当のことを話してくれてありがとう」
「……え、それだけ?」
余りにそっけない反応にアラタは思わず立ち上がり、彼の膝がテーブルの脚にぶつかった。
その勢いは置かれていた紅茶のカップに伝播して、揺れ動く中身は危うく零れそうになる。
何の音もない静寂が訪れ、カップの中で紅い液体が揺れているだけの時間が流れる。
エリザベスはその間何も言わず、彼もまた何も言えなかった。
いつまでこうしていたんだろう。
まだお茶が揺れているからそんなに時間は経っていないはずだけど、どうしよう。
自分から言っておいてこの後なんて言えばいいのか全然考えてなかった。
俺は日本人で、でも悪い人じゃないから捕まえないで違う違う、拷問しても何も知らない違うあああどうしようおおお俺はとんでもないことをくくく口走ってしまったのかもしれない。
仮にアラタの心の中を紅茶に例えるとするなら、器は揺れに揺れ中身はバチャバチャと音を立てて零れまくっていたことだろう。
彼はそれを表に出さないように努めたが、エリザベスに隠し事はできないようだ。
「…………ぷっ」
ぷ?
「あはははは! 別に何もしないわよ、大丈夫、安心して」
「はぁぁぁぁぁあああああ。焦ったぁぁぁあああ」
この場で拘束されなくて本当に良かった。
さっきまでの俺はどうかしていたみたいだ、これからは口を慎んで生きていこう。
エリザベスはアラタが落ち着いたことを確認すると、一つ一つ事実を確認するように質問を投げかける。
「アラタが異世界人だって知っている人は?」
「ノエル、リーゼ、先生……アラン・ドレイク、あとはレイテ村の一部の人」
「じゃあ、アラタは元の世界に帰りたい?」
「うん、まあ……帰れるの?」
俺にはもう一人同じ存在がいて、だから向こうには帰れないと思っていた。
あれ、でもその辺の事情は話していないわけで、半分に分裂したくだりは別問題で……
「エリー、俺は……元の世界にもう一人の俺がいて、2人同じ世界には居られないからここに飛ばされたんだ。だから」
「今はまだ無理。でも方法はある…………かもしれない」
帰還方法、探す暇も無かったが、望んで止まなかったそれが向こうからやってきた。
その時のアラタの興奮度合いは恐らく過去一番のものだっただろう。
「どんな!? 俺は何をすれば!」
「ちょ、がっつき過ぎよ」
テーブルを跨いで肩を掴み、詰め寄るアラタにエリザベスは頬を赤く染め顔を逸らした。
だがそんなことはつゆ知らず、彼は元の世界に帰る、帰還方法を聞き出そうとして離れようとしない。
「近い、近いわよ。少し落ち着いて」
「あ……ごめん」
近づき過ぎた体を離し、落ち着きを取り戻したアラタは椅子に座り直す。
が、内心ドキドキが収まらない。
帰れるのか?
いやいや、今はまだ無理と言っていた、だけど今ではないいつかなら帰ることも出来るのか? どうやって?
エリザベスがコホンと咳ばらいをして姿勢を正す。
元から背筋をピンと伸ばした綺麗な座り方だが、まるで写真撮影をするときのように緊張した面持ちである。
「エクストラスキルって知ってる?」
恐らく彼女はアラタがそれ、即ちエクストラスキルを知らないと思いつつその単語を口にしたのだろう。
『知らない』と言う反応の後、それについて説明し、帰還方法との繋がりを教えるつもりだったはずだ。
それに対し、アラタは嘘偽りない答えを返す。
「知ってる。俺もそれ持ってるから」
「……うぇ? それ本当?」
まるで写真、まるで絵画のようだった先ほどまでの優雅さはどこに行ってしまったのか、今度は彼女がアラタに詰め寄る。
目を白黒させながら聞いてくる彼女はめっちゃ綺麗で可愛いけど、このままでは唇が……俺的にはそれでも、いや、
「お、落ち着いて。な?」
「だって貴方がそんなこと言うから」
「持っているものは持っている。【不溢の器】っていう名前なんだけど、知ってる?」
エリーは首を横に振り、知らないと言った。
彼女の話ではエクストラスキルは極めて希少なものだが、それゆえ記録がきちんと残されているケースが多く、過去存在したスキルはある程度把握しているとのことだった。
ただ、そんな彼女でも俺のスキルは知らないらしく、あの自称神、もう神でいいや、あいつが言っていたユニークスキルはさらに特別らしい。
【身体強化】の進化したエクストラスキル、【概念強化】のように、エクストラスキルにはベースとなるスキルが存在する。
ユニークスキルはその進化元がない、系譜を持たない突然変異能力なのだ。
通常発現した能力に名前を付けるとき、過去存在した近しい能力の名前を使用する。
スライダーのようなものを投げられるようになれば、『自分はスライダーを投げる』と言うことが出来るように、痛覚軽減も、身体強化も、『それらしい能力』を身に着けたので便宜上そう呼んでいるだけだ。
しかしエクストラスキルは違う。
アラタのように神から名付けられたモノ、スキルが進化した瞬間、頭の中に浮かび上がるモノなど、それそのものに絶対固有の決められた名前が存在する、それがエクストラスキルの特徴だ。
「ねえ、今そのスキル使える?」
ひとしきり説明を終えると、エリザベスは【不溢の器】が使えないか聞いた。
彼女は少し学者肌、好奇心旺盛なのか知識欲が大きいのか、アラタのスキルに興味津々だった。
そりゃ俺だって使えるものなら……
【不溢の器】、起動。
やっぱりダメか。
「ごめん、まだ使い方が分からないんだ。起動しているのかも分からない」
「そう、残念。まあいいわ、それより」
「あ~、帰還方法か」
すっかりグダグダになり、2人のカップには紅茶は残っていない。
エリザベスは席を立つと再び器にそれを注ぎ、着席する。
近い将来大公となり、この国のトップに就くかもしれない彼とさほど年も変わらないであろう女性は再三姿勢を正し仕事の時に見せるような凛々しい顔つきになった。
「多分、いや、私の知り得る限り唯一で確実に元の世界に帰ることのできるユニークスキル、【時空間転移】それを……探すのよ」
時空間転移、随分と安直と言うか直感的なネーミングである。
不溢の器のように名前から能力が推察できないモノよりよほどいい、と自分に宿っているはずの能力を卑下してみる。
繰り返すがエクストラスキルの名前は頭の中にひとりでに浮かんでくるものだから仕方がないことではあるのだが、アラタはどうにも諦めきれない。
もしこの世界を作った存在があるのなら、まあもしいるとすればそれはあの神なんだろうけど、面倒だったかネーミングセンスがなくて諦めたかどちらかだな。
少しだけ神を自称する謎の存在に近づいた気がしたが、そんなことした所でどうしようもないと元の話に意識を戻す。
「探すってどうやればいいの? どっかに落ちてない?」
「もう、適当言わないで。アラタも分かるでしょ、スキル保持者、ホルダーを探すの」
「スキルホルダーを探して日本に送ってもらう?」
今度は首を縦に振り頷く。
さっき俺がこの世界に来た経緯も話した。
向こうにも俺がいると知っても、それでもエリーはこの話をした、信じてみたい。
この世界に来て数カ月、やっと帰れるかもしれない目が出てきた。
ここも悪いことばかりじゃないけれど、それでも現代日本に住んでいた俺からすれば日本の方が好きだし、向こうにいて会えない人たちだってたくさんいる。
エリーだって遥香に似ているだけで赤の他人だし……
オークション掃討戦の最中、元の世界の彼女と瓜二つなエリザベスに対しアラタは彼女の名前を呼んだ。
結果は空振り、何もそれらしい反応はなかった。
しかし、
……本当にそうか?
「なあ遥香」
少しの間、空白の時間が流れる。
「ハルカってなに?」
「いや、いい。何でもない」
これだけで決めつけるのは早すぎるかもしれないけど、名前を呼んで何も変化がなかったわけだしとりあえず現状エリーは遥香ではない、当たり前かもしれないけどそれくらい似ているんだ、確かめられるのならちゃんと確かめておきたい。
俺が変なことを言ってしまったせいで少し間が開いてしまった、話題を変えなきゃ。
「さ、俺は自分のこと話したよ。エリーは教えてくれないの?」
「……そうね」
エリザベス・フォン・レイフォード、満22歳の大公選候補者。
レイフォード家三女として生まれるも、両親や兄弟は事故、15年前の戦争で戦死、末子だった彼女は生き残り、唯一の正統なレイフォード家後継者として家督を継ぐ。
現在レイフォード家当主として、複数の相談役と言う名の老人たちと共に公爵としての役割を果たしている。
中々にハードな人生を送っているが明朗快活、自分でそれ言う? に育ち、眉目秀麗、もうツッコむのも面倒くさい、で引く手あまただが大公選候補者として若くして擁立されたため婚約者の類は一切いない。
そこからまだまだ話は続きそうだったので、話を切り上げて終わろうと言うと彼女はまだまだ話足りなかったのか不満げに頬を膨らませていたが、そんなところも含めて可愛いので引く手あまたというのも別に誇張しているわけじゃなさそうだ。
「おやすみ、また明日も早いんだろ?」
「そうね、でも明日は久しぶりに6時起床よ! いっぱい寝られるわ!」
「じゃあなおさら早く寝なきゃ、おやすみ」
「うん、おやすみアラタ。………………」
「何か言った?」
「ううん、おやすみ」
彼女が何を口にしたのか、それは彼女しか知らない。
一番近くにいたアラタでさえ聞こえなかった、それほど小さくつぶやいたのだから。
ただ、もし仮にアラタに聞こえていたのなら…………たらればは意味がない。
そうならなかった世界線の話なんて何の価値もないのだから、今この世界で起こっていることが全てなのだから。
この世界に来てからの俺も随分とハードスケジュールをこなしている自覚があったけど、それは自分が望んでやっていたことだから別に大した問題じゃない。
エリーの場合必要に迫られて、そんな感覚に近い気がした。
朝5時起床、朝食を急いで取り、判や署名の必要な彼女にしかできない事務作業、それから学校の理事長やら非営利組織やらなにやらあれこれの仕事、大公選に向けた貴族との会食、面会、貴族院から依頼されたエリーが回さなければならない仕事の数々、家に帰ることが出来るのはいつも夜遅く、時にはどこかに泊まりながら仕事をすることもあった。
その仕事の一部、ほんの少しだけしかサポートしていない俺でさえ、仕事が終わった頃にはかなり疲れていて、家に帰ってから気絶するように眠るのに、エリーはそれ以上の仕事量をいつもこなしていた。
仲直り出来たら出ていく、彼がそう約束して彼女の屋敷に居つき早2週間。
アラタからすれば別の目的があるから当然なのだが、約束を履行する為に行動するわけもなく時間は過ぎていく。
季節は夏の終わり、秋の始まりを告げるように日中の温度は少し下がり、寒がりな人は長袖を着始める。
この世界、と言うよりこの地域には四季があるのは少し出来すぎではないのかとアラタは考えたが、日本育ちの彼にとっては過ごしやすく、体調を崩すこともなく好都合のようだ。
エリザベスは何もアクションを起こさない彼に対して何も言わず家に置き続けている。
アラタは何も言われないのがかえって怖い時もあるが、自分の気持ちの整理がつくまで待ってくれているのだと思うと、騙している罪悪感と気にかけてもらっている嬉しさが同時に沸き起こる。
そんな日々はアラタにとって実に楽しく、充実した日々であり、彼はそれに甘えてエリザベスの雑用としての生活を続けていた。
「アラタはどこの生まれなの?」
珍しく仕事が早く終わった日、居間でゆっくりしていたエリーの問いかけに対し、ドアの外側に立っていたアラタは部屋に入るか迷った。
久しぶりの緊張感、なんて答えたらいいのか分からないモヤモヤ、アラタの中にそんな負の感情が渦巻く。
俺は異世界人です、そう答えるのか?
それともレイテ村の出身だと答えるのか?
こんな時の為に用意した偽の半生もある、それで押し通すか?
不自然にならないようにアラタはゆっくりと入室し、扉を閉める。
食後の紅茶を口にしながら彼を見つめるエリザベスの目はどこまでも澄んでいた。
あぁ、答えに詰まる俺を不思議そうに見てくる君が眩しい。
エリーにも言ったみたいに、ノエルたちとひと悶着あってここにいる。
でもそれ以外に邪な思いがあってここにいる俺に、その顔は罪悪感が強すぎる。
俺は————
「俺、この世界の言葉で異世界人ってやつなんだ。だから生まれは言っても分からない」
異世界人は即拘束、リーゼに言われ、その後個人的にも調べた。
カミングアウトのすぐあと、アラタはしくったかなと後悔した。
もう後戻りはできない。
でもこれ以上エリーに嘘をつきたくない、これ以上嘘を重ねれば身元を明かすことと同じくらい、いやそれ以上に後悔すると思った。
エリーがそうするべきだと考えて、それで捕まるのならそれでもいい、本気でそう思った。
「……そう、本当のことを話してくれてありがとう」
「……え、それだけ?」
余りにそっけない反応にアラタは思わず立ち上がり、彼の膝がテーブルの脚にぶつかった。
その勢いは置かれていた紅茶のカップに伝播して、揺れ動く中身は危うく零れそうになる。
何の音もない静寂が訪れ、カップの中で紅い液体が揺れているだけの時間が流れる。
エリザベスはその間何も言わず、彼もまた何も言えなかった。
いつまでこうしていたんだろう。
まだお茶が揺れているからそんなに時間は経っていないはずだけど、どうしよう。
自分から言っておいてこの後なんて言えばいいのか全然考えてなかった。
俺は日本人で、でも悪い人じゃないから捕まえないで違う違う、拷問しても何も知らない違うあああどうしようおおお俺はとんでもないことをくくく口走ってしまったのかもしれない。
仮にアラタの心の中を紅茶に例えるとするなら、器は揺れに揺れ中身はバチャバチャと音を立てて零れまくっていたことだろう。
彼はそれを表に出さないように努めたが、エリザベスに隠し事はできないようだ。
「…………ぷっ」
ぷ?
「あはははは! 別に何もしないわよ、大丈夫、安心して」
「はぁぁぁぁぁあああああ。焦ったぁぁぁあああ」
この場で拘束されなくて本当に良かった。
さっきまでの俺はどうかしていたみたいだ、これからは口を慎んで生きていこう。
エリザベスはアラタが落ち着いたことを確認すると、一つ一つ事実を確認するように質問を投げかける。
「アラタが異世界人だって知っている人は?」
「ノエル、リーゼ、先生……アラン・ドレイク、あとはレイテ村の一部の人」
「じゃあ、アラタは元の世界に帰りたい?」
「うん、まあ……帰れるの?」
俺にはもう一人同じ存在がいて、だから向こうには帰れないと思っていた。
あれ、でもその辺の事情は話していないわけで、半分に分裂したくだりは別問題で……
「エリー、俺は……元の世界にもう一人の俺がいて、2人同じ世界には居られないからここに飛ばされたんだ。だから」
「今はまだ無理。でも方法はある…………かもしれない」
帰還方法、探す暇も無かったが、望んで止まなかったそれが向こうからやってきた。
その時のアラタの興奮度合いは恐らく過去一番のものだっただろう。
「どんな!? 俺は何をすれば!」
「ちょ、がっつき過ぎよ」
テーブルを跨いで肩を掴み、詰め寄るアラタにエリザベスは頬を赤く染め顔を逸らした。
だがそんなことはつゆ知らず、彼は元の世界に帰る、帰還方法を聞き出そうとして離れようとしない。
「近い、近いわよ。少し落ち着いて」
「あ……ごめん」
近づき過ぎた体を離し、落ち着きを取り戻したアラタは椅子に座り直す。
が、内心ドキドキが収まらない。
帰れるのか?
いやいや、今はまだ無理と言っていた、だけど今ではないいつかなら帰ることも出来るのか? どうやって?
エリザベスがコホンと咳ばらいをして姿勢を正す。
元から背筋をピンと伸ばした綺麗な座り方だが、まるで写真撮影をするときのように緊張した面持ちである。
「エクストラスキルって知ってる?」
恐らく彼女はアラタがそれ、即ちエクストラスキルを知らないと思いつつその単語を口にしたのだろう。
『知らない』と言う反応の後、それについて説明し、帰還方法との繋がりを教えるつもりだったはずだ。
それに対し、アラタは嘘偽りない答えを返す。
「知ってる。俺もそれ持ってるから」
「……うぇ? それ本当?」
まるで写真、まるで絵画のようだった先ほどまでの優雅さはどこに行ってしまったのか、今度は彼女がアラタに詰め寄る。
目を白黒させながら聞いてくる彼女はめっちゃ綺麗で可愛いけど、このままでは唇が……俺的にはそれでも、いや、
「お、落ち着いて。な?」
「だって貴方がそんなこと言うから」
「持っているものは持っている。【不溢の器】っていう名前なんだけど、知ってる?」
エリーは首を横に振り、知らないと言った。
彼女の話ではエクストラスキルは極めて希少なものだが、それゆえ記録がきちんと残されているケースが多く、過去存在したスキルはある程度把握しているとのことだった。
ただ、そんな彼女でも俺のスキルは知らないらしく、あの自称神、もう神でいいや、あいつが言っていたユニークスキルはさらに特別らしい。
【身体強化】の進化したエクストラスキル、【概念強化】のように、エクストラスキルにはベースとなるスキルが存在する。
ユニークスキルはその進化元がない、系譜を持たない突然変異能力なのだ。
通常発現した能力に名前を付けるとき、過去存在した近しい能力の名前を使用する。
スライダーのようなものを投げられるようになれば、『自分はスライダーを投げる』と言うことが出来るように、痛覚軽減も、身体強化も、『それらしい能力』を身に着けたので便宜上そう呼んでいるだけだ。
しかしエクストラスキルは違う。
アラタのように神から名付けられたモノ、スキルが進化した瞬間、頭の中に浮かび上がるモノなど、それそのものに絶対固有の決められた名前が存在する、それがエクストラスキルの特徴だ。
「ねえ、今そのスキル使える?」
ひとしきり説明を終えると、エリザベスは【不溢の器】が使えないか聞いた。
彼女は少し学者肌、好奇心旺盛なのか知識欲が大きいのか、アラタのスキルに興味津々だった。
そりゃ俺だって使えるものなら……
【不溢の器】、起動。
やっぱりダメか。
「ごめん、まだ使い方が分からないんだ。起動しているのかも分からない」
「そう、残念。まあいいわ、それより」
「あ~、帰還方法か」
すっかりグダグダになり、2人のカップには紅茶は残っていない。
エリザベスは席を立つと再び器にそれを注ぎ、着席する。
近い将来大公となり、この国のトップに就くかもしれない彼とさほど年も変わらないであろう女性は再三姿勢を正し仕事の時に見せるような凛々しい顔つきになった。
「多分、いや、私の知り得る限り唯一で確実に元の世界に帰ることのできるユニークスキル、【時空間転移】それを……探すのよ」
時空間転移、随分と安直と言うか直感的なネーミングである。
不溢の器のように名前から能力が推察できないモノよりよほどいい、と自分に宿っているはずの能力を卑下してみる。
繰り返すがエクストラスキルの名前は頭の中にひとりでに浮かんでくるものだから仕方がないことではあるのだが、アラタはどうにも諦めきれない。
もしこの世界を作った存在があるのなら、まあもしいるとすればそれはあの神なんだろうけど、面倒だったかネーミングセンスがなくて諦めたかどちらかだな。
少しだけ神を自称する謎の存在に近づいた気がしたが、そんなことした所でどうしようもないと元の話に意識を戻す。
「探すってどうやればいいの? どっかに落ちてない?」
「もう、適当言わないで。アラタも分かるでしょ、スキル保持者、ホルダーを探すの」
「スキルホルダーを探して日本に送ってもらう?」
今度は首を縦に振り頷く。
さっき俺がこの世界に来た経緯も話した。
向こうにも俺がいると知っても、それでもエリーはこの話をした、信じてみたい。
この世界に来て数カ月、やっと帰れるかもしれない目が出てきた。
ここも悪いことばかりじゃないけれど、それでも現代日本に住んでいた俺からすれば日本の方が好きだし、向こうにいて会えない人たちだってたくさんいる。
エリーだって遥香に似ているだけで赤の他人だし……
オークション掃討戦の最中、元の世界の彼女と瓜二つなエリザベスに対しアラタは彼女の名前を呼んだ。
結果は空振り、何もそれらしい反応はなかった。
しかし、
……本当にそうか?
「なあ遥香」
少しの間、空白の時間が流れる。
「ハルカってなに?」
「いや、いい。何でもない」
これだけで決めつけるのは早すぎるかもしれないけど、名前を呼んで何も変化がなかったわけだしとりあえず現状エリーは遥香ではない、当たり前かもしれないけどそれくらい似ているんだ、確かめられるのならちゃんと確かめておきたい。
俺が変なことを言ってしまったせいで少し間が開いてしまった、話題を変えなきゃ。
「さ、俺は自分のこと話したよ。エリーは教えてくれないの?」
「……そうね」
エリザベス・フォン・レイフォード、満22歳の大公選候補者。
レイフォード家三女として生まれるも、両親や兄弟は事故、15年前の戦争で戦死、末子だった彼女は生き残り、唯一の正統なレイフォード家後継者として家督を継ぐ。
現在レイフォード家当主として、複数の相談役と言う名の老人たちと共に公爵としての役割を果たしている。
中々にハードな人生を送っているが明朗快活、自分でそれ言う? に育ち、眉目秀麗、もうツッコむのも面倒くさい、で引く手あまただが大公選候補者として若くして擁立されたため婚約者の類は一切いない。
そこからまだまだ話は続きそうだったので、話を切り上げて終わろうと言うと彼女はまだまだ話足りなかったのか不満げに頬を膨らませていたが、そんなところも含めて可愛いので引く手あまたというのも別に誇張しているわけじゃなさそうだ。
「おやすみ、また明日も早いんだろ?」
「そうね、でも明日は久しぶりに6時起床よ! いっぱい寝られるわ!」
「じゃあなおさら早く寝なきゃ、おやすみ」
「うん、おやすみアラタ。………………」
「何か言った?」
「ううん、おやすみ」
彼女が何を口にしたのか、それは彼女しか知らない。
一番近くにいたアラタでさえ聞こえなかった、それほど小さくつぶやいたのだから。
ただ、もし仮にアラタに聞こえていたのなら…………たらればは意味がない。
そうならなかった世界線の話なんて何の価値もないのだから、今この世界で起こっていることが全てなのだから。
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