半身転生

片山瑛二朗

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第3章 大公選編

第89話 俺のせい

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 アラタは授業をサボった。
 行くのが面倒になったとか、もう勉強したくないとか後ろ向きな理由ではない。
 今、何よりも優先して、このことに関して知らなければ、調べなければならないと思ったのだ。
 彼が授業を受けている校舎とは別棟、学校の中にはいくつかの建物があるが、学習用の物から記録用の物まで様々な蔵書を管理している図書館がそこにはある。
 ノエル・クレスト個人に関する情報、クレスト家に関する情報、剣聖に関する情報、主にこの3つに関する記録をアラタは探していた。
 ほぼ読めない字を必死に探して、欲しい記録を探すがなかなか出てこない。
 諦めてもう一度リーゼに聞くことも考えたアラタだが、ノエルの様子がおかしい以上突発的にどんな行動に出るのか分からない。
 ノエルに近しいリーゼに関わるのもリスクが高いのだ。
 司書の人にも手伝ってもらい、異変に関係のありそうな図書を調べるが、司書も蔵書には詳しくてもノエル個人に関して詳しいわけではない。
 結局アラタの手元には、剣聖に関する記録だけがあった。
 司書も暇ではないのでここから先は1人で調べることになり、アラタは慣れない文字をゆっくりと読み上げていく。
 しかしそれなりに分厚い記録、辞書まではいかなくても参考書よりはよほど多い分量にアラタは苦戦していた。
 記録は見つけることが出来たし、レオナルドとか誰か字を読める人に頼もうかとアラタが席を立とうとしたとき、救世主が現れた。

「さぼりは良くないなぁ。アラタさんは非行少年?」

「あ、いやーこれは……ははは」

 アラタの背後に立っていたのは当然エリザベス・フォン・レイフォード、相も変わらず神出鬼没な事この上ないが、彼女の声を聞いても彼が舞い上がることは無くなった。
 仕事用の服装はいつも同じようなものを身に着けている彼女だが、アラタは彼女の事なら小さな違いにも余裕で気付く。

「エリザベスさん、これはですね、えー、綺麗なイヤリングですね」

「話題の切り替えが雑過ぎよ。でもありがとう、似合ってる?」

「ええ、とっても」

 切り替えが雑だと言いながら、耳飾りを褒めてもらったエリザベスは満更でもないようでニコッと笑うと後ろ手に隠していたものを取り出した。

「じゃーん、これなんだ?」

 一冊の本を取り出し、表紙をアラタに見せたがいかんせん字を読むのに時間がかかるアラタはジッと見つめてみるが中々答えが出ない。
 先ほどまで剣聖に関する記録に眼を通していたので『剣聖』と書いていないことは彼にも分かるのだが、それなら一体なんなのか、全く見当もつかない。

「これは?」

数十秒をかけ、結局答えの出なかったアラタにため息をつくと、『仕方ないなぁ』と言いながらもエリザベスは本について話し始めた。

「この国の法律書の一部よ。これを探しているんじゃないかと思ったの、違った?」

 法律書、法律書、関係あるかな?
 まあ一応読んでみるか。

「ありがとう。読んでみる」

 彼が本を受け取ろうと手を伸ばすと、彼女は本を上に上げてニヤリと笑う。
 古典的なからかい方だが、笑うと一層きれいだなと思っているアラタには全く効いていないみたいだ。

「どうせアラタさん読むのに時間かかるでしょ。バレバレよ」

「ゆっくりなら何とか」

「私が読んであげる! ほら、座って!」

 つい先日、手伝うだけで体力自慢の自分が爆睡できるほどのハードワークを彼女が毎日こなしていると知ったアラタ、自分に付き合ってもらって嬉しくもあり、時間的に大丈夫なのだろうかと不安になるが、楽しいので気にしないことにした。
 促されるまま再び席に着くと、エリザベスは本を開きパラパラと目的の記述を探している。

 俺は一度もノエルの異変に関して調べているとは言っていないのに、こうして確信をもって手伝ってくれているということはやっぱり問題になって噂が広まっているのだろうか。

「ノエルさんの話は私も聞いたわ。危なかったわね」

「心読んだ?」

「アラタって単純だもん、全部顔に出てる」

「そうかなぁ」

 アラタは自分で自分のことをポーカーフェイスだと思っている。
 仮にも世代ナンバーワンと言われた野球選手、マウンドの上で何かを悟らせるようなへまはしない。
 しかし平常時もそうかと言ったらそんなことは無い、彼は少し自分の事に関心が薄くなっていた。
 もしかしたら自分は意外と無意識に感情が表に出ているのかもしれない、そんなことを考えながらページをめくるエリザベスの手を眺めていると、その手が止まった。

「見つけたわ。これでしょ?」

「どれ?」

「もう、落ち着いて聞いてね。剣聖のクラスを保持する者が第2段階を超えること叶わず人格を完全に乗っ取られた場合、対象をAランク討伐対象に指定、治安維持能力を保持するあらゆる人間はこれを討伐しなければならない」

「は?」

 そんな間抜けな声を出すことしかできなかった。

「は? 討伐? ノエルを?」

 無言で首を縦に振ると、エリザベスは席を立つ。

「気を付けてね。もし何かあったら私を頼って。それから……」

 一瞬何かに迷うそぶりを見せたエリザベス、そして、

「ノエルさんは悪くないわ。それを忘れないで」

 そう言い残すと図書館から出ていった。
 きっと彼女には山のような仕事が待っている、その足取りは速足だった。

 剣聖、第2段階、討伐対象、さっきの言葉が頭の中で暴れまわっている。
 言葉だけが独り歩きして、そこから推論も仮説も組み立てることも出来ずに無意味で不毛な思考を続けていた。

「まだだ、もっと知る必要がある」

 彼は学校を出たその足でハルツ、シャーロット、ドレイクの元を訪ねるべく走った。
 ハルツは何も教えてくれなかった、きっとリーゼと同じ理由なのだろうとアラタは自分を納得させ、シャーロットの元へと向かった。

「私も聞いたわ。そう、もうそんなところまで」

 シャーロットは剣聖について何か有益な情報を持っているわけではなかった。
 ハルツは何か知ったうえで話をしなかったが、こちらは本当に何も知らないというのがアラタの判断だ。
 それなら仕方がないと、最後にドレイクの元に向かうべく孤児院を後にしようとしたアラタに後ろから重戦士は声をかける。

「アラタ、一番大事なのは自分の命だよ」

「分かっています、もう同じ間違いはしません」

「危ないと思ったら、耐えられないと思ったら逃げなさい」

「…………それもしません」

 2回目のアラタの答えがシャーロットの耳に届くことは無かった。
 最後の砦、アラン・ドレイクの元を訪ねたアラタは期待通りの情報を手に入れることが出来た。
 流石は賢者、彼は契約の範囲外の人間でありながら、契約に関わる人間並みの情報を持っていたのだ。
 剣聖、他にもいくつかのクラスには恩恵だけでなく、呪いが付属しているケースがる。
 家事がへたくそなのもその呪いのせいらしいが、それは元々ではないのかとアラタは疑う。
 しかしそれよりも重要なのは第2の人格についてである。
 剣聖の力を引き出す代わりに、もう1人の自分と主導権の奪い合いをする。
 その段階は全部で3つ、お試し期間とばかりに無制限に力を引き出し、主導権も簡単に取り戻せる第1段階、完全敗北すれば2度と戻ってこれない第2段階、それを超えた先にある剣聖の人格の消滅を第3段階とし、すべての関門をクリアすることで剣聖は剣聖として真の覚醒を果たす。
 他国の剣聖は冒険者でいうAランク相当の戦闘力を持つと言われているが、ノエルの場合2年ほど前から第2段階で足踏みしているらしい。
 クラスを得た直後、多少のいざこざはあったもののしばらく落ち着いた状態が続いていた。
 そこに突如発生した盗賊惨殺、今ノエルの身に何か異変が起こっているのは明白だった。

「もしもの時は家を出る準備をしておけ」

 先生に言われた言葉の中では、捨て駒にされたことの次に衝撃的だった。

 屋敷への帰り道、ドレイクの口から語られたことを思い出す。
 以前にもノエルは暴走しかけ、犯罪者グループを一人で全滅させた上にハルツさんのパーティーメンバー1人とリーゼを傷つけたことがあるらしい。
 何で2年間何もなかったことが今になって動き出した?
 あれはそもそも邪悪な存在なのか?
 話を聞く限り、クラスホルダーの力を伸ばすための強化プログラムに近い印象を受けた。
 そうでなければお試し期間の第1段階なんてすっ飛ばして本番の主導権争いが始まるほうが自然だし、それなら剣聖のクラスは随分と良心的なシステムを備えている気がする。

『耐えられないと思ったら逃げなさい』

『もしもの時は家を出る準備をしておけ』

 2年間何もなくて、今になって不安定に、2年間の日々と今の違い……

「俺のせいか」

 だから逃げろ、だから家を出る準備、どうして、何で俺との出会いがトリガーに?
 だめだ、これ以上は分かりそうにない。
 俺はクラスなんてもの持ってねえから、ノエルに何が起こっているのかは本人に聞かなきゃ分からねえよ。
 異世界に来て、必死に頑張って手に入れた普通の日常が、危険で苦しくともようやく手に入れた人並の日常が音を立てて崩れ始めた。
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