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第2.5章 過去編 case Noel and Liese:
第76話 制御権
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「ノエル様、ここまでは理解できましたか?」
「全然分からない。もう一度教えてくれ」
ノエルも勉強が出来ないおバカちゃんではないんですけどね~。
ただ少し理解力が少なめで、複雑な説明をされるとかみ砕いて解釈することが出来ずに思考停止してしまうだけなのですが。
有識者の中でノエルに対する評価はおおよそこんなものであり、元々理解力の乏しい子に難しい説明をする方が悪いという認識で一致している。
悲しいことだが否定しようにもしようがなく、ノエルに何かを教えるときは分かりやすく、簡潔に、要点をまとめて伝えることに徹する必要があった。
だがハルツが今彼女に説明しようと試みていることは少々複雑な仕組みのもの故、彼自身どうやって説明すればノエルに分かってもらえるのか苦心していた。
「ですから、ノエル様の使う力の大きさに応じて人格の主導権に影響が出るのです」
「そこまでは理解している。分からないのはその先だ」
「力の大きさといっても行使する力を定量的に観測する術は現状存在せず、もし仮に線形的な表現が可能だったとしてそれはあくまでも物理世界での見方であり人間の感じ方は非線形な受容をするというのがもっぱらの説であるわけでありまして…………」
途中までおとなしく聞いていたが流石にこれでは何が何やらと言った様子でノエルの頭から煙が上がる。
この世界に線形代数学という言葉だけでも存在していることは驚きだが、異世界からの来訪者、異世界人がこの言葉を聞いたところでそれなりに知識が無ければ、『異世界には難しい学問があるんだな~』程度の感想しか抱かないことだろう。
「叔父様、流石にそれでは難しすぎます」
「しかし人の感覚と物理量には乖離があるというのが基本であって……」
「まずそこから離れてください。ノエル、あなたはこれから剣聖の力を使いますよね?」
「うん」
「その時ノエルと剣聖の人格、どちらが肉体の主導権を握るのかは自我の強さと使う力の大きさに関係します」
「つまり?」
もう一押し!
「気が強い方が主導権を握りやすいです。でも力を使い過ぎると乗っ取られます」
「…………」
「分かりました……か?」
「分かっ…………た……かもしれない」
この辺が妥協点ですかね。
「叔父様、この辺で」
「十分だ。助かったよリーゼ、私はどうも説明することが苦手でな」
「いえいえ、これからどうしますか?」
「それはもう決めてある。訓練の後、私たちのパーティーに参加してクエストを受けてもらう」
「クエスト! 今度のクエストはなんだ!?」
初クエストであれだけひどい目に遭ったというのに元気なものである。
リーゼとハルツには空元気に見えないことも無かったが、元気は元気だ。
やる気がないよりあるほうがいいに決まっている。
何より剣聖の人格に対抗するには心を清潔に保つ必要があるのだ。
「クエストはこれから決めます。魔物の討伐依頼がいくつか来ているのでその中からいずれかになりましょう」
魔物の討伐依頼と聞いてリーゼは先日のドラゴンの一件を思い出して身震いした。
負傷しながら全力の防御で一撃防ぐのがやっと、そんな相手とは戦いたくない。
しかしながらあれは十数年に渡り討伐する者がいなかったAランク討伐対象だ。
そんな魔物がポンポン出てきてはこの国が滅んでしまう。
剣聖のお目付け役であるリーゼは次のクエストが少し緩いものになる事を祈りつつ、訓練を開始するのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
冒険者に求められる能力、それを鍛える訓練とは何か。
答えは簡単でまず索敵能力、次に危機察知能力というのがハルツの考えだ。
冒険者は軍隊ではなくより小規模の編成で様々なクエストもとい仕事をする職業であることから一人当たりに求められる能力の種類は多い。
スペシャリストという意味であれば軍人の方がより秀でていることは間違いないがそもそも畑が違うのだ。
魔物や犯罪者を相手にする際、知能を持たない魔物はともかく人間は当然ながら自分が追われる立場にあることを知っている。
そんな人間に先に居場所を補足されればまあ間違いなく不意打ちを食らってしまうわけであって、冒険者として長く生きていきたいのであれば索敵能力や危機察知能力、もっと言えば戦闘に直接関係しない技能を非常に多く要求されるのである。
そんなわけでハルツがクエストを受注するためにギルドに行っている間、2人が行っている訓練は、
「エヘヘ、リーゼ見っけ!」
「あぁー見つかってしまいましたか。ノエル強すぎませんか?」
2人はずっとかくれんぼをしている。
ただ、ノエルはクラスの加護でなんとなく気配を察知出来る上に不意打ち耐性までついているし、リーゼに至っては索敵関連のスキルを持っておりこの訓練が本当に二人に必要なものなのか議論の余地があった。
ハルツは当然その辺のことを理解していたがそれはすなわち、『適当に時間をつぶしておいてください』ということだった。
やがて二人のもとにハルツがパーティーを引き連れて戻ってくる、その装備は上位の冒険者が身に着けるにしても中々のものであり、それはこれから向かうクエストの難易度をそのまま表している。
「お待たせしました。ではクエストに向かいましょう」
「叔父様、何処に向かうのですか?」
「今回のクエストは外で魔物狩りだ。二人にも手伝ってもらうぞ」
ハルツ曰く、今回のクエストは泊りがけになるということで2人分の荷物も用意しておいたということなのだが、本来そのあたりから冒険者として自分で出来るように教えるものではないかと誰もが考えるだろう。
実際ハルツは2人にかなり甘かったことも事実だが、彼女たちにあまり構う時間が無いということもまた事実なのであった。
現在一行が向かっているのはカナン公国の首都アトラから西に数日ほど馬車で移動した所にある、人間界と未開拓領域の境界線付近にあるいくつかの集落、レイテ村だ。
人口は数百人ほどの小さな集落だが、未開拓領域を目前に構えるこれらの集落の住人は皆ある程度魔物と戦えるほどの戦闘能力を有している。
西の小国カナン公国は東側を大国ウル帝国に面しており領土拡大など考えもしなかった。必然的に国がより栄えるために人間の住んでいない未開拓領域を開拓し、新たな人間界として利用しようと試みたのだが現状維持が精いっぱいである。
現に村人たちだけでは魔物の討伐が追い付かずたこうしてたまに冒険者か軍にギルドを介して魔物の間引きを依頼しているのであった。
今回ハルツのパーティーが受けた依頼は表向き一つ、レイテ村を中心とする付近の魔物の掃討、これがノエルとリーゼに伝えるクエストの内容、もう一つは、
「ハルツ、そろそろだ」
「分かっている。お2人とも、先にレイテ村にタリアと共に入っていてください。私たちは少し周辺を確認してきます」
ノエルはついて行きたそうにしていたが数日も馬車に揺られて多少の疲れはあったのか3人でレイテ村に入っていった。
そしてここからがこのクエストの裏の内容、
「レイン、いるか?」
「そうだな……今はいないようだが痕跡はあるな。人の足跡だ」
裏のクエストとは魔物の異常増殖に関係しているとみられる要素の調査、個人ないしは組織の関係があった際の関係者の捕縛、戦闘になれば殺傷許可まで下りている対人クエストだった。
「けどこれ本当にティンダロスの猟犬なの? ただの地方の盗賊って線は?」
ジーンの言うことに3人も頷くが、レインの目が確かならこの件には本当にティンダロスの猟犬という組織が関与している。
猟犬というのはここ数年間、カナンで起きている様々な事件に関与しているとされている組織の呼び名だが、実態が掴めずティンダロスの猟犬という名も誰かが勝手につけた所謂二つ名というものであり正式な呼び名ではない。
ただこの辺りで起きている魔物の異常増殖には人の手が加わっているということ、さらに先日クレスト家派閥の貴族を襲った魔物の死体にも同様の痕跡が見つかったこと、この二つの下手人が全く見つからないことから事件は猟犬によるものという結論が出ている。
貴族のあれこれが嫌で冒険者になった部分も少なからずあるハルツからすれば、ろくに捜査もせず存在すらあやふやな組織のせいにしてしまうなど怠慢もいいところではないかと憤慨するところではあるが、これに関しては謎の組織のせいと言いたくなる気持ちもわかる。
4人は村人の物ではない人の痕跡をある程度調べ改めてこのクエストの内容を確認した後村に戻った。
魔物を狩っていけばやがて人にぶつかる、問題は猟犬相手に戦う時にあの2人を戦闘に参加させるのはあらゆる意味でリスクが高くなるということだった。
しかし完全に放置するわけにもいかず、かと言って5人パーティーから1人お守りに割いて残りの4人で賊を相手するというのも気乗りしない。
2人が冒険者として生きていく面倒を見ろという命令は嫌ではないものの、自分たちに求められる仕事をこなしつつ命令を遂行することを考えると頭が痛くなる話ではあった。
しかも今回のクエスト、どうにも2人の面倒を見なければならないことを知った上で押し付けられた感じすらある。
流石にそれは邪推が過ぎるかと思い、眠りについたわけだがただの魔物討伐と高をくくっていて、なおかつ借り物の力とは言えドラゴンスレイヤーとなり自信満々なノエルがハルツの想像に収まる範囲で行動するはずがなかった。
翌日目を覚まし装備を整えいざクエストに赴こうと建物から出てきた一同は驚愕した。
「ノエル……様、これは一体…………⁉」
「昨日の夜寝る前に倒して朝早起きして運んだのだ! どうだ? 凄いだろう!」
山と積まれた魔物から取れた戦利品の隣で高笑いする冒険者になりたての少女に、ハルツはあっけにとられて呆然とするほかなかった。
2人を放置するわけにもいかず、戦闘に参加させるわけにもいかず、どうしたものかと苦心していたのは2人が敵とぶつかり死傷することがあってはならないからだ。
そんな我々の気苦労など想像すらできないこのご令嬢は危険な夜の森に単身足を踏み入れ魔物を狩って帰ってきたのだ。
人の迷惑を考えないこのお嬢への怒りが沸々と湧いてくるが、本人はただの魔物討伐と考えていて隠し事をしているのは自分たちであるという負い目もあり、怒ってもいいのかそれとも褒めたらいいのか感情が迷子になっている。
「ノエル!」
騒ぎを聞きつけてリーゼも起きてきたようだ。
目の前に広がる異常な光景に目を白黒させながらもこれを一晩のうちにノエルがやったのだと理解すると声を荒らげて説教が始まった。
単独行動は危険だ、夜になんて論外、相談もしないで、他の人の立場や気持ちを考えなさい、他にも今回ノエルが犯したありとあらゆる問題行動へ一つ一つ少しも漏らさず全て詰めていった。
良かれと思ってしたことで余りにも長い説教を食らうことになり、涙目になるノエルを見ていると流石にかわいそうな気持ちになってくる。
まあ、言いたいことはすべてリーゼが言ってしまったようだし、この辺で許して差し上げなければと思い怒り収まらぬご様子のリーゼの方を叩く。
「まあまあ、ノエル様も反省なさったようだしその辺で——」
「叔父様! そもそも叔父様がノエルに甘いから!」
しまったと思ったがもう遅い。
怒りの矛先が自分に向いてしまったと察した瞬間に仲間たちは距離を取り始める。
そもそも側付きの君がしっかり見張っておくべきじゃないのかと言おうとしたが、昨日村の人達の対応をこれくらいならできるだろうと任せたことを思い出し後悔する。
しかし後悔先に立たず、こんなことならしっかりとノエル様の監視をさせておけばよかったと歯噛みする。
ハルツはどこから運命の歯車が狂ってしまったのかと最近起きた出来事を回顧してみたが、
「……ギルドかぁ」
先輩風を吹かせに2人に話しかけなければこんなことになることはなかったと、ただただ後悔するほかなかった。
「全然分からない。もう一度教えてくれ」
ノエルも勉強が出来ないおバカちゃんではないんですけどね~。
ただ少し理解力が少なめで、複雑な説明をされるとかみ砕いて解釈することが出来ずに思考停止してしまうだけなのですが。
有識者の中でノエルに対する評価はおおよそこんなものであり、元々理解力の乏しい子に難しい説明をする方が悪いという認識で一致している。
悲しいことだが否定しようにもしようがなく、ノエルに何かを教えるときは分かりやすく、簡潔に、要点をまとめて伝えることに徹する必要があった。
だがハルツが今彼女に説明しようと試みていることは少々複雑な仕組みのもの故、彼自身どうやって説明すればノエルに分かってもらえるのか苦心していた。
「ですから、ノエル様の使う力の大きさに応じて人格の主導権に影響が出るのです」
「そこまでは理解している。分からないのはその先だ」
「力の大きさといっても行使する力を定量的に観測する術は現状存在せず、もし仮に線形的な表現が可能だったとしてそれはあくまでも物理世界での見方であり人間の感じ方は非線形な受容をするというのがもっぱらの説であるわけでありまして…………」
途中までおとなしく聞いていたが流石にこれでは何が何やらと言った様子でノエルの頭から煙が上がる。
この世界に線形代数学という言葉だけでも存在していることは驚きだが、異世界からの来訪者、異世界人がこの言葉を聞いたところでそれなりに知識が無ければ、『異世界には難しい学問があるんだな~』程度の感想しか抱かないことだろう。
「叔父様、流石にそれでは難しすぎます」
「しかし人の感覚と物理量には乖離があるというのが基本であって……」
「まずそこから離れてください。ノエル、あなたはこれから剣聖の力を使いますよね?」
「うん」
「その時ノエルと剣聖の人格、どちらが肉体の主導権を握るのかは自我の強さと使う力の大きさに関係します」
「つまり?」
もう一押し!
「気が強い方が主導権を握りやすいです。でも力を使い過ぎると乗っ取られます」
「…………」
「分かりました……か?」
「分かっ…………た……かもしれない」
この辺が妥協点ですかね。
「叔父様、この辺で」
「十分だ。助かったよリーゼ、私はどうも説明することが苦手でな」
「いえいえ、これからどうしますか?」
「それはもう決めてある。訓練の後、私たちのパーティーに参加してクエストを受けてもらう」
「クエスト! 今度のクエストはなんだ!?」
初クエストであれだけひどい目に遭ったというのに元気なものである。
リーゼとハルツには空元気に見えないことも無かったが、元気は元気だ。
やる気がないよりあるほうがいいに決まっている。
何より剣聖の人格に対抗するには心を清潔に保つ必要があるのだ。
「クエストはこれから決めます。魔物の討伐依頼がいくつか来ているのでその中からいずれかになりましょう」
魔物の討伐依頼と聞いてリーゼは先日のドラゴンの一件を思い出して身震いした。
負傷しながら全力の防御で一撃防ぐのがやっと、そんな相手とは戦いたくない。
しかしながらあれは十数年に渡り討伐する者がいなかったAランク討伐対象だ。
そんな魔物がポンポン出てきてはこの国が滅んでしまう。
剣聖のお目付け役であるリーゼは次のクエストが少し緩いものになる事を祈りつつ、訓練を開始するのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
冒険者に求められる能力、それを鍛える訓練とは何か。
答えは簡単でまず索敵能力、次に危機察知能力というのがハルツの考えだ。
冒険者は軍隊ではなくより小規模の編成で様々なクエストもとい仕事をする職業であることから一人当たりに求められる能力の種類は多い。
スペシャリストという意味であれば軍人の方がより秀でていることは間違いないがそもそも畑が違うのだ。
魔物や犯罪者を相手にする際、知能を持たない魔物はともかく人間は当然ながら自分が追われる立場にあることを知っている。
そんな人間に先に居場所を補足されればまあ間違いなく不意打ちを食らってしまうわけであって、冒険者として長く生きていきたいのであれば索敵能力や危機察知能力、もっと言えば戦闘に直接関係しない技能を非常に多く要求されるのである。
そんなわけでハルツがクエストを受注するためにギルドに行っている間、2人が行っている訓練は、
「エヘヘ、リーゼ見っけ!」
「あぁー見つかってしまいましたか。ノエル強すぎませんか?」
2人はずっとかくれんぼをしている。
ただ、ノエルはクラスの加護でなんとなく気配を察知出来る上に不意打ち耐性までついているし、リーゼに至っては索敵関連のスキルを持っておりこの訓練が本当に二人に必要なものなのか議論の余地があった。
ハルツは当然その辺のことを理解していたがそれはすなわち、『適当に時間をつぶしておいてください』ということだった。
やがて二人のもとにハルツがパーティーを引き連れて戻ってくる、その装備は上位の冒険者が身に着けるにしても中々のものであり、それはこれから向かうクエストの難易度をそのまま表している。
「お待たせしました。ではクエストに向かいましょう」
「叔父様、何処に向かうのですか?」
「今回のクエストは外で魔物狩りだ。二人にも手伝ってもらうぞ」
ハルツ曰く、今回のクエストは泊りがけになるということで2人分の荷物も用意しておいたということなのだが、本来そのあたりから冒険者として自分で出来るように教えるものではないかと誰もが考えるだろう。
実際ハルツは2人にかなり甘かったことも事実だが、彼女たちにあまり構う時間が無いということもまた事実なのであった。
現在一行が向かっているのはカナン公国の首都アトラから西に数日ほど馬車で移動した所にある、人間界と未開拓領域の境界線付近にあるいくつかの集落、レイテ村だ。
人口は数百人ほどの小さな集落だが、未開拓領域を目前に構えるこれらの集落の住人は皆ある程度魔物と戦えるほどの戦闘能力を有している。
西の小国カナン公国は東側を大国ウル帝国に面しており領土拡大など考えもしなかった。必然的に国がより栄えるために人間の住んでいない未開拓領域を開拓し、新たな人間界として利用しようと試みたのだが現状維持が精いっぱいである。
現に村人たちだけでは魔物の討伐が追い付かずたこうしてたまに冒険者か軍にギルドを介して魔物の間引きを依頼しているのであった。
今回ハルツのパーティーが受けた依頼は表向き一つ、レイテ村を中心とする付近の魔物の掃討、これがノエルとリーゼに伝えるクエストの内容、もう一つは、
「ハルツ、そろそろだ」
「分かっている。お2人とも、先にレイテ村にタリアと共に入っていてください。私たちは少し周辺を確認してきます」
ノエルはついて行きたそうにしていたが数日も馬車に揺られて多少の疲れはあったのか3人でレイテ村に入っていった。
そしてここからがこのクエストの裏の内容、
「レイン、いるか?」
「そうだな……今はいないようだが痕跡はあるな。人の足跡だ」
裏のクエストとは魔物の異常増殖に関係しているとみられる要素の調査、個人ないしは組織の関係があった際の関係者の捕縛、戦闘になれば殺傷許可まで下りている対人クエストだった。
「けどこれ本当にティンダロスの猟犬なの? ただの地方の盗賊って線は?」
ジーンの言うことに3人も頷くが、レインの目が確かならこの件には本当にティンダロスの猟犬という組織が関与している。
猟犬というのはここ数年間、カナンで起きている様々な事件に関与しているとされている組織の呼び名だが、実態が掴めずティンダロスの猟犬という名も誰かが勝手につけた所謂二つ名というものであり正式な呼び名ではない。
ただこの辺りで起きている魔物の異常増殖には人の手が加わっているということ、さらに先日クレスト家派閥の貴族を襲った魔物の死体にも同様の痕跡が見つかったこと、この二つの下手人が全く見つからないことから事件は猟犬によるものという結論が出ている。
貴族のあれこれが嫌で冒険者になった部分も少なからずあるハルツからすれば、ろくに捜査もせず存在すらあやふやな組織のせいにしてしまうなど怠慢もいいところではないかと憤慨するところではあるが、これに関しては謎の組織のせいと言いたくなる気持ちもわかる。
4人は村人の物ではない人の痕跡をある程度調べ改めてこのクエストの内容を確認した後村に戻った。
魔物を狩っていけばやがて人にぶつかる、問題は猟犬相手に戦う時にあの2人を戦闘に参加させるのはあらゆる意味でリスクが高くなるということだった。
しかし完全に放置するわけにもいかず、かと言って5人パーティーから1人お守りに割いて残りの4人で賊を相手するというのも気乗りしない。
2人が冒険者として生きていく面倒を見ろという命令は嫌ではないものの、自分たちに求められる仕事をこなしつつ命令を遂行することを考えると頭が痛くなる話ではあった。
しかも今回のクエスト、どうにも2人の面倒を見なければならないことを知った上で押し付けられた感じすらある。
流石にそれは邪推が過ぎるかと思い、眠りについたわけだがただの魔物討伐と高をくくっていて、なおかつ借り物の力とは言えドラゴンスレイヤーとなり自信満々なノエルがハルツの想像に収まる範囲で行動するはずがなかった。
翌日目を覚まし装備を整えいざクエストに赴こうと建物から出てきた一同は驚愕した。
「ノエル……様、これは一体…………⁉」
「昨日の夜寝る前に倒して朝早起きして運んだのだ! どうだ? 凄いだろう!」
山と積まれた魔物から取れた戦利品の隣で高笑いする冒険者になりたての少女に、ハルツはあっけにとられて呆然とするほかなかった。
2人を放置するわけにもいかず、戦闘に参加させるわけにもいかず、どうしたものかと苦心していたのは2人が敵とぶつかり死傷することがあってはならないからだ。
そんな我々の気苦労など想像すらできないこのご令嬢は危険な夜の森に単身足を踏み入れ魔物を狩って帰ってきたのだ。
人の迷惑を考えないこのお嬢への怒りが沸々と湧いてくるが、本人はただの魔物討伐と考えていて隠し事をしているのは自分たちであるという負い目もあり、怒ってもいいのかそれとも褒めたらいいのか感情が迷子になっている。
「ノエル!」
騒ぎを聞きつけてリーゼも起きてきたようだ。
目の前に広がる異常な光景に目を白黒させながらもこれを一晩のうちにノエルがやったのだと理解すると声を荒らげて説教が始まった。
単独行動は危険だ、夜になんて論外、相談もしないで、他の人の立場や気持ちを考えなさい、他にも今回ノエルが犯したありとあらゆる問題行動へ一つ一つ少しも漏らさず全て詰めていった。
良かれと思ってしたことで余りにも長い説教を食らうことになり、涙目になるノエルを見ていると流石にかわいそうな気持ちになってくる。
まあ、言いたいことはすべてリーゼが言ってしまったようだし、この辺で許して差し上げなければと思い怒り収まらぬご様子のリーゼの方を叩く。
「まあまあ、ノエル様も反省なさったようだしその辺で——」
「叔父様! そもそも叔父様がノエルに甘いから!」
しまったと思ったがもう遅い。
怒りの矛先が自分に向いてしまったと察した瞬間に仲間たちは距離を取り始める。
そもそも側付きの君がしっかり見張っておくべきじゃないのかと言おうとしたが、昨日村の人達の対応をこれくらいならできるだろうと任せたことを思い出し後悔する。
しかし後悔先に立たず、こんなことならしっかりとノエル様の監視をさせておけばよかったと歯噛みする。
ハルツはどこから運命の歯車が狂ってしまったのかと最近起きた出来事を回顧してみたが、
「……ギルドかぁ」
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