74 / 544
第2.5章 過去編 case Noel and Liese:
第72話 期限
しおりを挟む
ノエルは家への道中不安だった。
剣聖と言うクラスについてノエルは詳細な情報を知らない。
もしかしたら習ったことがあるのかもしれないが、少なくとも彼女の脳内には剣聖に関する情報は見当たらない。
きっとノエルの記憶にはそれほど強く残らなかったのだろう。
いずれにしろ、ノエルが不安を覚える理由の方ははっきりとしている。
剣聖と言う名のクラスが自らの体に宿っていることが判明した時、周囲のノエルを見る目が変わった。
決して心地よくはない感覚、今まで彼女が向けられたことの無い種類のそれだ。
ノエルはあの視線を思い出すと少し嫌な気持ちになり身震いする。
人間とは無関心な対象よりも、関心のある対象の方が時として残酷な仕打ちをする生き物なのである。
ギルドでの視線はノエル・クレストと言う一人の少女を見つめるには、普段街を歩いている時にクレスト家の人間として見られているよりも、遥かに嫌悪感に満ちたものだった。
誰だってそんな視線を向けられていることに気付けば、よほどの変態でもない限り気分を害してしまうものだし、その理由に心当たりがないことがより一層ノエルの不安を掻き立てる。
クレスト家の屋敷に到着するとハルツはズンズン奥へ向かって進んでいった。
ハルツは自身と家との繋がりが希薄になっているとは言えクラーク家の人間である。
クレスト家との縁は深く、すれ違う面々とも面識がある。
だがこれはあまりにも遠慮が無いというか、焦っているようにノエルの眼には映った。
「ハルツ殿、どうしたというのだ。一体何が起こっている?」
ハルツは不安な思いをしているであろう少女に対して、詳しい説明をすることなくここまで連れてきたことを申し訳なく感じつつ、それを表に微塵も出さず笑みを浮かべながらこう言った。
「ノエル様、ここでしばらくお待ちください。私が付いております故、何も心配はいりません。リーゼもノエル様についているように。いいね?」
優しい口調とは裏腹に、有無を言わせぬ雰囲気に2人はただ頷くことしかできない。
それでもその様子を見るとハルツは、
「何も心配することはありません。私にお任せください!」
胸をドンと叩き、白い歯を覗かせて笑った。
それだけ言うと彼はノエルの両親がいるであろう奥の部屋へと向かって行った。
「私、何か悪いことしちゃったのかな」
「……いえ! ノエルはなにも悪くありません! だから……叔父様を待ちましょう」
「うん…………」
リーゼはそれ以上何も言えなかった。
彼女は剣聖と言うクラスについて何かノエルの知らないことを知っている。
それはノエルとて感じていたが何も言わない。
リーゼがそうするべきだと判断したのだ、ならノエルも自分が何か言う必要はないだろう、そう判断した。
リーゼとハルツを信じてただ待つことにしたが、漠然とした不安感が拭い去ることが出来るわけではない。
2人が微妙な空気感の中ハルツを待っている間、当の本人はと言うと、
「さあ、どうすることが正解なのか。こればかりはやってみないと分からないな」
そう呟くと、彼の歩みに合わせて開かれた両開きの扉の向こうへと歩を進めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
ハルツは扉をくぐった瞬間己が目を疑った。
だがすぐに今この両目に映っている光景が現実のものであると理解する。
「ハルツ、久しいな」
「兄上、何故ここに」
「私も火急の用と連絡を受けて参上したのだ。まあお前がここに来たことと無関係ではあるまい」
公爵の面前、いきなり兄弟で話し始めてしまったと自身の失敗を自覚しつつハルツは慣れない礼をする。
「失礼致しました。ハルツ・クラーク、ノエル様の件で参上した次第であります」
ハルツはどうにも貴族の礼儀が肌に合わない。
できないわけではないのだが、そんなことよりも早くノエルのことについて話を進めたいのだ。
なぜ兄であるイーサン・クラークまでこの場にいるのか、ノエルの両親はどこまで知っているのか。
ハルツは思考を巡らせる。
このタイミングで既にこの集まり具合、ノエル様は泳がされていた?
でも何故?
まさか私も泳がされていたというのか!?
ギルドで接触したうえでノエル様をここまで連れてくるのか試されていた?
いやいや、そんなまさか、だとしたら公爵様は一体何をお考えなのか?
……いや、私のすることは一つだ。
あの2人にとって最良の結果をもたらす、それが一番肝要なのだ。
実時間にして僅か数秒間の沈黙であるが、ハルツの考えていることなど丸わかりだという風にノエルの父、シャノン公爵は高笑いした。
その隣のアリシア公爵夫人、ノエルの母も少し笑っている。
「はっはっは、そう固くならないでくれたまえ。君たちに相談したいことはただ一つ、ノエルが冒険者になるべきかどうか、そのたった一つなんだよ」
奥様もその通りと言わんばかりに繰り返し頷いておられる。
「ハルツ君に聞こう、ノエルが剣聖のクラスに選ばれたというのは事実かな?」
「はい、確かに確認いたしました」
「よろしい。では次に、君は剣聖と言うクラスについてどれくらいの知識がある?」
「情報の出所を提示できるわけではありませんが……」
「それでもいい、聞かせてくれたまえ」
ハルツは1次情報を提示できるわけではないと前置きしつつ、彼が知っている剣聖という概念について語り始めた。
「では僭越ながら。近接戦闘に限れば【勇者】を超え得るということ、そして……闇堕ちの危険性、それを回避する為には3段階の試練を超える必要がある事。これだけであります」
「素晴らしい模範解答だ。ではイーサン殿、リーゼ君についてはどのような訓練を施している?」
ひとしきり剣聖について語り終えたハルツを労いつつ、話題はハルツの姪、イーサンの娘にシフトした。
「は、リーゼには貴族としての一通りの教養と聖騎士の名に恥じぬ戦闘訓練を施してあります」
「結構。ではハルツ君にもう一度聞こう。2人が冒険者になれば、どのあたりのランクまで登る素質がありそうかな?」
「現時点では何とも……ただ、他国の覚醒した剣聖はAランクに分類される中でも指折りの実力者です。聖騎士も剣聖の側に仕えれば触発され、BからAランクになれるポテンシャルを秘めているかと思われます」
シャノン公爵はうんうんと頷きながら話を聞いていた。
自分の娘に対する評価は概ね良いものだったはずだが、それにしては彼の表情には暗さが見える。
「よし、ご苦労だった。君たちは一度下がりなさい。またすぐに呼ぶことになるだろうからこの屋敷の中にいるように」
イーサンは貴族の礼をし、普通のお辞儀をしようとしたハルツは急いで兄に倣い合わせて礼をすると足早にその場を後にした。
とてもではないが長居できるような雰囲気ではなく、部屋を出て少し歩き周囲に誰もいないことを確認すると、
「あああああ兄上! 一体何がどうなっているのですかぁ!?」
「おおお落ちちゅけ! 私とて何が何やら訳が分からんのだ! なあ、俺たちどうなると思う?」
イーサンは『俺』という貴族らしからぬ一人称をポロリとこぼしつつ聞き返した。
「どうって……公爵様と懇意にしているのは兄上の方ではないですか! どうなるのか聞きたいのは俺です!」
余りにも訳の分からない状況に放り込まれた兄弟は公爵の様子から余計な妄想を膨らませる。
まあ余計と言ってもあながち的外れな妄想でもないのだが、今の2人に解答を教えてくれる人は誰一人としていない。
「なあアリシア、ノエルを冒険者にするべきだろうか? 仮にそうするとして、それは本当に正しいことなのか? 公爵として、父親として」
夫婦以外誰もいない大広間でシャノンは妻であるアリシアに問いかける。
彼とて一人の父親だ、如何に人前で厳かな雰囲気に身を包もうと娘の将来が不安にならないわけがないのだ。
――実際彼は揺れていた。
剣聖ともなれば冒険者に限らず、戦うことを生業とする職業に就くことが当たり前だ。
普通のクラスを持つ者は、その恩恵の少なさからクラスとは全く関係のない道を歩むことが多い。
だが逆にこのレベルのクラスともなると、それを無視した人生設計は才能をドブに捨てているともいえる事態になってくる。
要するにノエルは冒険者になるべき少女だった。
いや、15歳の誕生日を以て冒険者になるべき存在に成ったのだ。
だが危険の多い生き方をしてほしいと願う親がどこにいるのか、少なくともここにはいなかった。
「あなた」
今まで口を開かなかったアリシアがシャノンの手を取る。
「私たちの子よ、ノエルを信じましょう?」
「分かっている、あの子の頑張りも、才能も認めている。だが、大公選の準備が本格化するこの時期にこれはリスクが高い」
「それは家にいても同じでしょう? むしろ無策でここにいた方が危険でもあるわ」
シャノンは唸る。
時期に関係なく、屋敷を出て外で生活するとなると懸念事項はいくつもある。
だがアリシアの言うように、結局家にいた場合もそれなりに危険になる時は必ずやってくる。
それならばノエルを鍛える目的で外に出すのはある意味合理的だった。
「やれやれ、君には敵わない。4人を呼んでくれ」
父親としての責務を放棄しているのかもしれない。
だがこうすることが最適解のはず、こうするべきであるはずなのだ。
呼ばれたノエル、リーゼ、イーサン、ハルツの4名が広間に入ってきたことを確認する。
「ノエル、冒険者になりたいか?」
「はい! なりたいです!」
自分の妻と同じ赤い瞳を輝かせて食い気味に返事をする愛娘に愛しさとどうしようもない無力さを感じる。
まともな戦闘能力を持たない自分をこれほど恨めしいと思ったことはないだろう。
「うん、そうか。ではリーゼ君、君はノエルと共に冒険者になれと言われたらどうする?」
「私の居場所は常にノエルの隣ですから。勿論ついていかせていただきます」
「イーサン殿、ご息女を借り受けてもよろしいか?」
「ええ、我が娘、喜んでノエル様にお仕え致しましょう」
「うむ、ではハルツ殿、2人を1週間頼みたい」
「えっ」
ここまでトントン拍子に話が進んできたが、1週間と言う意外な時間設定にハルツは声を漏らさずにはいられなかった。
2人が冒険者になるのなら、自分のパーティーに組み込むか、最低でもずっと面倒を見ろと命じられると思っていたからだ。
「期限は1週間。そこで適性ありと判断できる成果を上げることが出来ればその後も冒険者を続けて構わない。もし無理だったのなら家に帰って来てもらう、いいね?」
我ながら嫌な父親だと思う。
素直に娘のやりたいことを応援することすらままならない。
だがこれがあらゆる意味で私に出来る限界の妥協だ。
「分かりました! 1週間精一杯努めさせていただきます!」
ノエルはそう言うと3人と共に笑顔で退出していった。
「お疲れ様です」
「……これでよかったのだろうか」
「心配性ですね。さっきも言ったでしょう? 私たちの子を信じるのです」
「……そうだな。我が子を信じぬ親などいるものか!」
親が子の行く末を心配している頃、そんな親の心など全く知らないお嬢様はウキウキだった。
なにせ絶対に現実にはならないと思っていた許可があっさりと降りたのだ。
先刻までの不安などどこ吹く風と言った様子で冒険者生活の準備をしている。
期限付きの自由とは言えノエルのテンションはとどまることを知らない。
準備をすると言っても勝手に冒険者登録をして家を出ようと画策していたのだ、既に荷物はしっかりとまとめられており、荷物を背負って屋敷を出るとそこにはさらに早く用意を済ませたハルツとリーゼが彼女を待っていた。
「さあノエル、行きますよ!」
「ああ! 私たちの冒険の始まりだ!」
こうして貴族令嬢は夢にまで見た冒険者生活をスタートしたのであった。
剣聖と言うクラスについてノエルは詳細な情報を知らない。
もしかしたら習ったことがあるのかもしれないが、少なくとも彼女の脳内には剣聖に関する情報は見当たらない。
きっとノエルの記憶にはそれほど強く残らなかったのだろう。
いずれにしろ、ノエルが不安を覚える理由の方ははっきりとしている。
剣聖と言う名のクラスが自らの体に宿っていることが判明した時、周囲のノエルを見る目が変わった。
決して心地よくはない感覚、今まで彼女が向けられたことの無い種類のそれだ。
ノエルはあの視線を思い出すと少し嫌な気持ちになり身震いする。
人間とは無関心な対象よりも、関心のある対象の方が時として残酷な仕打ちをする生き物なのである。
ギルドでの視線はノエル・クレストと言う一人の少女を見つめるには、普段街を歩いている時にクレスト家の人間として見られているよりも、遥かに嫌悪感に満ちたものだった。
誰だってそんな視線を向けられていることに気付けば、よほどの変態でもない限り気分を害してしまうものだし、その理由に心当たりがないことがより一層ノエルの不安を掻き立てる。
クレスト家の屋敷に到着するとハルツはズンズン奥へ向かって進んでいった。
ハルツは自身と家との繋がりが希薄になっているとは言えクラーク家の人間である。
クレスト家との縁は深く、すれ違う面々とも面識がある。
だがこれはあまりにも遠慮が無いというか、焦っているようにノエルの眼には映った。
「ハルツ殿、どうしたというのだ。一体何が起こっている?」
ハルツは不安な思いをしているであろう少女に対して、詳しい説明をすることなくここまで連れてきたことを申し訳なく感じつつ、それを表に微塵も出さず笑みを浮かべながらこう言った。
「ノエル様、ここでしばらくお待ちください。私が付いております故、何も心配はいりません。リーゼもノエル様についているように。いいね?」
優しい口調とは裏腹に、有無を言わせぬ雰囲気に2人はただ頷くことしかできない。
それでもその様子を見るとハルツは、
「何も心配することはありません。私にお任せください!」
胸をドンと叩き、白い歯を覗かせて笑った。
それだけ言うと彼はノエルの両親がいるであろう奥の部屋へと向かって行った。
「私、何か悪いことしちゃったのかな」
「……いえ! ノエルはなにも悪くありません! だから……叔父様を待ちましょう」
「うん…………」
リーゼはそれ以上何も言えなかった。
彼女は剣聖と言うクラスについて何かノエルの知らないことを知っている。
それはノエルとて感じていたが何も言わない。
リーゼがそうするべきだと判断したのだ、ならノエルも自分が何か言う必要はないだろう、そう判断した。
リーゼとハルツを信じてただ待つことにしたが、漠然とした不安感が拭い去ることが出来るわけではない。
2人が微妙な空気感の中ハルツを待っている間、当の本人はと言うと、
「さあ、どうすることが正解なのか。こればかりはやってみないと分からないな」
そう呟くと、彼の歩みに合わせて開かれた両開きの扉の向こうへと歩を進めたのだった。
※※※※※※※※※※※※※※※
ハルツは扉をくぐった瞬間己が目を疑った。
だがすぐに今この両目に映っている光景が現実のものであると理解する。
「ハルツ、久しいな」
「兄上、何故ここに」
「私も火急の用と連絡を受けて参上したのだ。まあお前がここに来たことと無関係ではあるまい」
公爵の面前、いきなり兄弟で話し始めてしまったと自身の失敗を自覚しつつハルツは慣れない礼をする。
「失礼致しました。ハルツ・クラーク、ノエル様の件で参上した次第であります」
ハルツはどうにも貴族の礼儀が肌に合わない。
できないわけではないのだが、そんなことよりも早くノエルのことについて話を進めたいのだ。
なぜ兄であるイーサン・クラークまでこの場にいるのか、ノエルの両親はどこまで知っているのか。
ハルツは思考を巡らせる。
このタイミングで既にこの集まり具合、ノエル様は泳がされていた?
でも何故?
まさか私も泳がされていたというのか!?
ギルドで接触したうえでノエル様をここまで連れてくるのか試されていた?
いやいや、そんなまさか、だとしたら公爵様は一体何をお考えなのか?
……いや、私のすることは一つだ。
あの2人にとって最良の結果をもたらす、それが一番肝要なのだ。
実時間にして僅か数秒間の沈黙であるが、ハルツの考えていることなど丸わかりだという風にノエルの父、シャノン公爵は高笑いした。
その隣のアリシア公爵夫人、ノエルの母も少し笑っている。
「はっはっは、そう固くならないでくれたまえ。君たちに相談したいことはただ一つ、ノエルが冒険者になるべきかどうか、そのたった一つなんだよ」
奥様もその通りと言わんばかりに繰り返し頷いておられる。
「ハルツ君に聞こう、ノエルが剣聖のクラスに選ばれたというのは事実かな?」
「はい、確かに確認いたしました」
「よろしい。では次に、君は剣聖と言うクラスについてどれくらいの知識がある?」
「情報の出所を提示できるわけではありませんが……」
「それでもいい、聞かせてくれたまえ」
ハルツは1次情報を提示できるわけではないと前置きしつつ、彼が知っている剣聖という概念について語り始めた。
「では僭越ながら。近接戦闘に限れば【勇者】を超え得るということ、そして……闇堕ちの危険性、それを回避する為には3段階の試練を超える必要がある事。これだけであります」
「素晴らしい模範解答だ。ではイーサン殿、リーゼ君についてはどのような訓練を施している?」
ひとしきり剣聖について語り終えたハルツを労いつつ、話題はハルツの姪、イーサンの娘にシフトした。
「は、リーゼには貴族としての一通りの教養と聖騎士の名に恥じぬ戦闘訓練を施してあります」
「結構。ではハルツ君にもう一度聞こう。2人が冒険者になれば、どのあたりのランクまで登る素質がありそうかな?」
「現時点では何とも……ただ、他国の覚醒した剣聖はAランクに分類される中でも指折りの実力者です。聖騎士も剣聖の側に仕えれば触発され、BからAランクになれるポテンシャルを秘めているかと思われます」
シャノン公爵はうんうんと頷きながら話を聞いていた。
自分の娘に対する評価は概ね良いものだったはずだが、それにしては彼の表情には暗さが見える。
「よし、ご苦労だった。君たちは一度下がりなさい。またすぐに呼ぶことになるだろうからこの屋敷の中にいるように」
イーサンは貴族の礼をし、普通のお辞儀をしようとしたハルツは急いで兄に倣い合わせて礼をすると足早にその場を後にした。
とてもではないが長居できるような雰囲気ではなく、部屋を出て少し歩き周囲に誰もいないことを確認すると、
「あああああ兄上! 一体何がどうなっているのですかぁ!?」
「おおお落ちちゅけ! 私とて何が何やら訳が分からんのだ! なあ、俺たちどうなると思う?」
イーサンは『俺』という貴族らしからぬ一人称をポロリとこぼしつつ聞き返した。
「どうって……公爵様と懇意にしているのは兄上の方ではないですか! どうなるのか聞きたいのは俺です!」
余りにも訳の分からない状況に放り込まれた兄弟は公爵の様子から余計な妄想を膨らませる。
まあ余計と言ってもあながち的外れな妄想でもないのだが、今の2人に解答を教えてくれる人は誰一人としていない。
「なあアリシア、ノエルを冒険者にするべきだろうか? 仮にそうするとして、それは本当に正しいことなのか? 公爵として、父親として」
夫婦以外誰もいない大広間でシャノンは妻であるアリシアに問いかける。
彼とて一人の父親だ、如何に人前で厳かな雰囲気に身を包もうと娘の将来が不安にならないわけがないのだ。
――実際彼は揺れていた。
剣聖ともなれば冒険者に限らず、戦うことを生業とする職業に就くことが当たり前だ。
普通のクラスを持つ者は、その恩恵の少なさからクラスとは全く関係のない道を歩むことが多い。
だが逆にこのレベルのクラスともなると、それを無視した人生設計は才能をドブに捨てているともいえる事態になってくる。
要するにノエルは冒険者になるべき少女だった。
いや、15歳の誕生日を以て冒険者になるべき存在に成ったのだ。
だが危険の多い生き方をしてほしいと願う親がどこにいるのか、少なくともここにはいなかった。
「あなた」
今まで口を開かなかったアリシアがシャノンの手を取る。
「私たちの子よ、ノエルを信じましょう?」
「分かっている、あの子の頑張りも、才能も認めている。だが、大公選の準備が本格化するこの時期にこれはリスクが高い」
「それは家にいても同じでしょう? むしろ無策でここにいた方が危険でもあるわ」
シャノンは唸る。
時期に関係なく、屋敷を出て外で生活するとなると懸念事項はいくつもある。
だがアリシアの言うように、結局家にいた場合もそれなりに危険になる時は必ずやってくる。
それならばノエルを鍛える目的で外に出すのはある意味合理的だった。
「やれやれ、君には敵わない。4人を呼んでくれ」
父親としての責務を放棄しているのかもしれない。
だがこうすることが最適解のはず、こうするべきであるはずなのだ。
呼ばれたノエル、リーゼ、イーサン、ハルツの4名が広間に入ってきたことを確認する。
「ノエル、冒険者になりたいか?」
「はい! なりたいです!」
自分の妻と同じ赤い瞳を輝かせて食い気味に返事をする愛娘に愛しさとどうしようもない無力さを感じる。
まともな戦闘能力を持たない自分をこれほど恨めしいと思ったことはないだろう。
「うん、そうか。ではリーゼ君、君はノエルと共に冒険者になれと言われたらどうする?」
「私の居場所は常にノエルの隣ですから。勿論ついていかせていただきます」
「イーサン殿、ご息女を借り受けてもよろしいか?」
「ええ、我が娘、喜んでノエル様にお仕え致しましょう」
「うむ、ではハルツ殿、2人を1週間頼みたい」
「えっ」
ここまでトントン拍子に話が進んできたが、1週間と言う意外な時間設定にハルツは声を漏らさずにはいられなかった。
2人が冒険者になるのなら、自分のパーティーに組み込むか、最低でもずっと面倒を見ろと命じられると思っていたからだ。
「期限は1週間。そこで適性ありと判断できる成果を上げることが出来ればその後も冒険者を続けて構わない。もし無理だったのなら家に帰って来てもらう、いいね?」
我ながら嫌な父親だと思う。
素直に娘のやりたいことを応援することすらままならない。
だがこれがあらゆる意味で私に出来る限界の妥協だ。
「分かりました! 1週間精一杯努めさせていただきます!」
ノエルはそう言うと3人と共に笑顔で退出していった。
「お疲れ様です」
「……これでよかったのだろうか」
「心配性ですね。さっきも言ったでしょう? 私たちの子を信じるのです」
「……そうだな。我が子を信じぬ親などいるものか!」
親が子の行く末を心配している頃、そんな親の心など全く知らないお嬢様はウキウキだった。
なにせ絶対に現実にはならないと思っていた許可があっさりと降りたのだ。
先刻までの不安などどこ吹く風と言った様子で冒険者生活の準備をしている。
期限付きの自由とは言えノエルのテンションはとどまることを知らない。
準備をすると言っても勝手に冒険者登録をして家を出ようと画策していたのだ、既に荷物はしっかりとまとめられており、荷物を背負って屋敷を出るとそこにはさらに早く用意を済ませたハルツとリーゼが彼女を待っていた。
「さあノエル、行きますよ!」
「ああ! 私たちの冒険の始まりだ!」
こうして貴族令嬢は夢にまで見た冒険者生活をスタートしたのであった。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
転生者は力を隠して荷役をしていたが、勇者パーティーに裏切られて生贄にされる。
克全
ファンタジー
第6回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門日間ランキング51位
2020年11月4日「カクヨム」異世界ファンタジー部門週間ランキング52位
幼馴染と一緒に勇者召喚されたのに【弱体術師】となってしまった俺は弱いと言う理由だけで幼馴染と引き裂かれ王国から迫害を受けたのでもう知りません
ルシェ(Twitter名はカイトGT)
ファンタジー
【弱体術師】に選ばれし者、それは最弱の勇者。
それに選ばれてしまった高坂和希は王国から迫害を受けてしまう。
唯一彼の事を心配してくれた小鳥遊優樹も【回復術師】という微妙な勇者となってしまった。
なのに昔和希を虐めていた者達は【勇者】と【賢者】と言う職業につき最高の生活を送っている。
理不尽極まりないこの世界で俺は生き残る事を決める!!
【R18】童貞のまま転生し悪魔になったけど、エロ女騎士を救ったら筆下ろしを手伝ってくれる契約をしてくれた。
飼猫タマ
ファンタジー
訳あって、冒険者をしている没落騎士の娘、アナ·アナシア。
ダンジョン探索中、フロアーボスの付き人悪魔Bに捕まり、恥辱を受けていた。
そんな折、そのダンジョンのフロアーボスである、残虐で鬼畜だと巷で噂の悪魔Aが復活してしまい、アナ·アナシアは死を覚悟する。
しかし、その悪魔は違う意味で悪魔らしくなかった。
自分の前世は人間だったと言い張り、自分は童貞で、SEXさせてくれたらアナ·アナシアを殺さないと言う。
アナ·アナシアは殺さない為に、童貞チェリーボーイの悪魔Aの筆下ろしをする契約をしたのだった!
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
どうも、命中率0%の最弱村人です 〜隠しダンジョンを周回してたらレベル∞になったので、種族進化して『半神』目指そうと思います〜
サイダーボウイ
ファンタジー
この世界では15歳になって成人を迎えると『天恵の儀式』でジョブを授かる。
〈村人〉のジョブを授かったティムは、勇者一行が訪れるのを待つ村で妹とともに仲良く暮らしていた。
だがちょっとした出来事をきっかけにティムは村から追放を言い渡され、モンスターが棲息する森へと放り出されてしまう。
〈村人〉の固有スキルは【命中率0%】というデメリットしかない最弱スキルのため、ティムはスライムすらまともに倒せない。
危うく死にかけたティムは森の中をさまよっているうちにある隠しダンジョンを発見する。
『【煌世主の意志】を感知しました。EXスキル【オートスキップ】が覚醒します』
いきなり現れたウィンドウに驚きつつもティムは試しに【オートスキップ】を使ってみることに。
すると、いつの間にか自分のレベルが∞になって……。
これは、やがて【種族の支配者(キング・オブ・オーバーロード)】と呼ばれる男が、最弱の村人から最強種族の『半神』へと至り、世界を救ってしまうお話である。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる