半身転生

片山瑛二朗

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第2章 冒険者アラタ編

第46話 その少女は天災と呼ばれた

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 2人は冒険者ギルドに駆け込んだ。
 もはや一刻の猶予もない、出来る限り迅速に、出来る限り大勢の冒険者を引き連れてオークション会場を急襲しなければならない。
 ここまでくれば流石に敵も気付く。
 となれば、それよりも早く戦力を整えアラタを救い出さなければ囮が囮ではなくなってしまうのだ。

「みんな、聞いてくれ!」

 いつもよく通る声で何を話しているか丸聞こえのノエルの声だが、普段より声量のあるそれに建物内にいた冒険者たちは何事かと振り返る。

「オーク、人身売買オークションの場所を突き止めた! これから急襲するからついてきてほしい!」

「え……」

「お、俺たちは……」

 急にギルドに入ってきていきなりぶち上げたのだ、困惑するのも無理はないがそれにしても感触がよくない。
 オークションの件をノエルが知らなかったのは単に世間知らずなだけだが、冒険者たちは薄々、中にははっきりとそういったものがあることを知っていた。
 だがそんなものを運営するにはそれなりに力が無ければならない。
 この場合力とは単純な腕力ではなく、秘め事を隠し、ごまかすことのできる権力のことを言う。
 つまり冒険者たちは尻込みしていたのだ、今まで隠れていた、生き永らえることが可能だった何者かに支えられたモノに手を出すことを恐れていたのだ。
 あくまでも冒険者は冒険者、Bランク未満は日雇いの即戦力でしかない。
 なるのは簡単だが何らかの理由で資格剥奪となればこの国に住み続けることも難しい。
 誰だって祟り神には触れたくない、そんな生き方は長生きできないことを知っているから。

「お願いします。私たちの仲間が戦っているんです」

 ノエルに続きリーゼも頭を下げた。

「ヒモのアラタか」

「あいつが……」

「………………」

 アラタが1人戦っていると言われても、それでも冒険者は動かない。
 時間も無限に残されているわけではなく、今こうしている間にも競りは行われ、終了次第撤収されてしまう。
 そうなればアラタは犬死、彼の今までの行動が無価値で無意味なものになってしまう。

「お願い、お願いします。私たちだけでは手が足りない。アラタだってみんなと同じ冒険者なんだ、仲間なんだ。お願いします、アラタを助けるのを手伝ってください」

 ノエルは腰の剣を抜き、床に置いた。
 深々とした礼は貴族の礼儀のそれではなく、アラタが知っているような、万国共通ともいえる深く深くへりくだる仕草だ。
 これでも無理だったら、時間的にも二人で行くしかなくなる、2人の頭に時間制限が浮かびノエルが置いた剣を取ろうとした時だった。

「俺が行こう。Dランクのカイル以下2名、参加します」

「ちょ、カイル!?」

「おいおい、俺はまだ……」

「お前らも冒険者なら覚悟を決めろ。同じ仲間が1人で戦っている、なら選択肢は一つだろ」

 決闘の後の暴動の件について一番初めにアラタに謝罪した男、彼に食事をおごる約束をしたがまだ果たしていない男。
 コロンブスの卵と言うには違う気がするし、そんな大したことではなかった。
 だが何かを始めるとき、何かに賛同するとき、一番初めにそれをする人間のハードルが一番高く、そのハードルを乗り越えた時に得るものも大きい。

 冒険者たちは次々に参加表明をした。
 1人出てしまえば後はなし崩し的に事が運ぶのは日本とよく似ている。
 いくらカイルがアラタに対して貸しがあったからと言って、ただ頼むだけではこうはならなかった。
 あの事件の後だから、一般市民と違う貴族出身の冒険者の2人がこれ以上ないくらい誠実に頼んできたから。
 今までどこかお高く留まっているのではないかと思われていた二人も、実際にはただの仲間想いの冒険者であることを実感したから。
 雨降って、地固まる、それにしては中心人物が一人足りないようなのでこれから迎えに行くのだ、ここにいる全員で。

 そこからは単純だった。
 リーゼが手配した移動手段を使い出来る限り早くオークション会場に辿り着き、人身売買を叩き潰す。
 そのためにギルドから飛び出してきた冒険者たちはノエルとリーゼの後に続く。

「リーゼ、上手くいったね!」

 満面の笑みで話しかけるノエルにリーゼも相好を崩しながら、

「まだ気が早いですよ。これから始まるんですから」

 2人を先頭にして冒険者28名は街を駆け抜ける。
 そんな様子を陰から見るものが1,2,3……

「今から走っては間に合わない。緊急連絡用の狼煙を上げろ!」

「お、おう! ……あ、あれ?」

「煙は上がらぬよ」

 大通りに面した裏路地、街に溶け込むためなのか見た目は普通の市民と変わらない格好の男2人が焦り始めていると影から老人に声をかけられた。
 2人はいきなり降って湧いた老人に驚きつつも距離を取ろうと後ろに飛びの――

 う……動けな。

「【存在固定】、発動」

 目の前の男が何かをしたようには見えなかった。
 俺とこいつは咄嗟に距離を取ろうとして、後ろに飛びのいたはず……だったのに。

「ワシも忙しい。さらば」

 次の瞬間、2人が目にした景色は裏路地の舗装された地面だった。
 視線の端には固定されたままの自らの体が……
 自分の首は落とされたのだと、そう思ったかどうか定かではないが、ほとんど時間をおかず2人は絶命した。

 冒険者たちの多くは馬に乗って市内を駆け抜けていく。
 オークション会場の位置を把握しているのはリーゼ、正確には彼女の持つ魔道具がその場所を示している。
 だがそれよりも先を走る少女が1人。
 リーゼに場所を聞き、馬では遅いと走り出した頭のおかしい少女の名はノエル・クレスト。
 ノエルの場合、全速力で走るとなれば馬に乗るよりも自分で走ったほうが速かった。
 彼女の走行スピードは定かではないが、競馬場で競走馬と並走させたら流石に競走馬の方が速いだろう。
 サラブレッドの最高速度は84km/h、それには及ばないが武装した冒険者を乗せて走る異世界の馬よりは早いというだけで十分人間を辞めている気がする。
 リーゼは普段からノエルと一緒にいるわけだが、そんな彼女をして今のノエルは少し速すぎると感じていた。

「ノエル! 限定解除していますよ!」

「構わない!」

「……もうっ!」

 リーゼの口ぶりから察するに、現在ノエルは『限定解除状態』と言うものにあるらしい。
 それが何を指しているのか定かではない、ただオークションに向かっている冒険者たちの目の前に示されている事実は一つ、限定解除したノエルは馬より速く走れるということだ。
 ノエルは走る、ただひたすらにがむしゃらに走り続ける。
 仲間を助けるために、作戦を成功させるために、敵を討つために。

 ――俺たちは仲間だろ?

 やっとできた仲間なんだ、パーティーの仲間なんだ。
 ここで失う訳にはいかない。
 だって、冒険者になってから1年以上、隣にいてくれるのはリーゼだけで、内心寂しかった。
 みんな普通に接してくれるけど、本当は分かっていたんだ。
 みんな私のことが怖いんだ、だから一緒にいてくれるリーゼまで他の人との付き合いが減ってしまった。
 リーゼにはすまないと思っているけど、別にそれでもいいと思っていた、仲間は少なくても、信頼できる人が少しだけでいいから側にいてくれればいいと、そう考えていた。
 だからアラタが仲間だと、パーティーに入ってくれると言ってくれた時、凄く凄く嬉しかったんだ。
 リーゼのそれは演技だったけど、私は本当に嫌な女だっただろう?
 弱みにつけ込んで、騙して、本当のことを言えなくて、色んなことを隠して。
 それでも側にいてくれるお前は大切なんだ、アラタ。
 だからこんなところで、こんな小さな事件で失う訳にはいかない。
 私の方が強いのに、アラタにいつも助けられて、迷惑かけて、たまには私だってちゃんとできることを見せたい。

 リーゼが言っていたオークション会場の位置を目視で確認できる位置をノエルは通過した。
 ここからなら建物の様子が分かる、上の小屋は張りぼて、本命は地下にある。
 分かる、強化された知覚が教えてくれる。
 アラタはこの先にいる、その他大勢の人間の呼吸が聞こえる、騒ぎ声が、息遣いが。

「な、なんだ! 貴様ら、ここから先は」

「ノエル・クレスト! 押し通るっ!」

 抜き放たれた剣は一つの迷いもなく見張りの男を両断した。
 傍から見れば実力行使に入るのが速すぎると思えるだろう。
 だが両断された男の手にはしっかりとナイフが握られており彼がただの一般人ではないことを示している。
 ノエルが扉を蹴飛ばし建物の中に入ると同時に床に魔力が流れた。
 表の見張りに何かあった時のための保険、爆裂術式が仕込まれた床は魔力の循環を終えた瞬間に炸裂する。

「……ふん」

 彼女はそれを一瞥しただけでポーチから取り出した5本の杭を正確に打ち込む。
 術式は魔力の通り道だが普通の人に見える模様が刻まれているわけではない。
 だから何者かが無理やり押し入れば死を悟る前にその体を吹き飛ばすことが出来るはずだった。
 だが生憎剣聖の目は普通ではない。
 魔力の流れを目で追うことも、術式のウィークポイントを正確に見切り要所を壊すことも可能なほど高性能な目を有している。
 床は爆散することなく術式を停止し、ただの床に戻る。ノエルは杭を回収するとそこからは音もなく動く。
 内部の騒音をかき消し、オークションを円滑に運ぶための術式範囲内に入ったのだ。
 こうなれば先ほどのように派手に扉を破ればたちまち警報が鳴り響き、オークションは中止になってしまう。

「おっ」

「剣せ」

「あ」

「ひゅぽ」

 ノエルの前で声を上げようとしても、一文字二文字音声を発することが関の山だった。
 三文字言えたものは誇ってもいいだろう。

 警備にあたっている敵を次々に排除していき、ノエルの手で会場は静かに制圧されていく。
 そして彼女が一際大きな扉の前に立った時、その肩を掴む手があった。

「リーゼ」

「力を使い過ぎです。バテても知りませんからね」

「……ごめん。つい」

「ノエルは仲間想いですね。辺りは皆さんが固めています、今なら会場制圧も――」

「奴隷契約を結びますので壇上にお上がりください!」

 彼女たちがいるのは会場の扉のすぐ外側、ここからであれば内部の様子は手に取るようにわかる。

「行こう、アラタがいる」

「ですね。私が撃ち込みますから、ノエルはアラタを」

 ノエルは無言で頷くと剣を握り直す。

 アラタ、今助ける。

 会場の扉は吹き飛び煙が上がった。
 その中を銀色の線が弧を描く。
 線の終着点では手に矢が突き刺さり呻く貴族が1人。

「せめて契約だけでも!」

「「アラタ!」」

 リーゼは粉々になった扉の破片を、ノエルは空席をもぎ取り渾身の力で投げる。

「クラーク伯爵家長女、リーゼ・クラーク」

「クレスト公爵家長女、ノエル・クレスト」

「人身売買容疑及び、冒険者アラタに対する暴力行為で貴方を拘束します」

 アラタ、鎖に繋がれて、こんなことなら囮捜査なんて言わなければ。
 私があの時軽率なことを口にしたから。

 ――――今回だけだ。特別に力を貸してやる。

「えー、とりあえず、アラタにいろいろやった罪で……この場で粛清する」

「……呪われた剣聖……天災が」
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