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第2章 冒険者アラタ編
第42話 フレディ・フリードマンという男
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男は自室で一つの道具を眺めていた。
部屋は豪華ではあるがごてごてとした嫌な感じの豪華さではない。
装飾や調度品は軒並み高価なものだが非常に品の良いものばかりで部屋の主を引き立てる。
それだけで彼の育ちが良いことが分かるのだが、そんな厳選された好みの品々に囲まれながら男は先日の一件に思いを馳せていた。
「アラタ君がこちらに来なかったのは残念ですがまあいいでしょう。当初の目的は達成しました」
先日アラタを自陣に引き入れようと勧誘した男――フレディ・フリードマン伯爵は静かに笑った。
非常に整った顔立ちだが、彼が笑うとどこか残忍さが顔を覗かせる。
彼自身かなり気にしているようで最近はよほど興奮している時以外は人前でこの表情を見せることはない。
「偽物ではなかった。これが勇者を殺す道具」
机の上に置かれた魔道具をそっと指先でなぞる。
ペンダントのような形をしたそれは、中心に蒼い光を帯びる特殊な鉱石がはめ込まれており非常に美しいのだが、どこか邪悪さを感じさせる光を放つ。
フレディはこの前の事の顛末に概ね満足していた。
していたのだが……
「賢者、こればかりは想定外ですねぇ」
賢者――アラン・ドレイクはこの国どころかこの世界でも指折りの魔術師だったが今までどこかに仕官したという話は聞いたことがなかった。
彼は極端に権力を嫌い、関わることはおろか少々の立ち話すら遠慮するという徹底ぶりだった。
だが、彼は向こうについた。
今までどちらにも付かず、こちらになびくこともなければかと言って向こうに付くこともなかった。
だからこそ勧誘も途中で打ち切り放置していた。
それが突然向こうに付きこちらに牙を剥いた、彼にとってそれは誤算であり面白くない話だった。
「クレスト家の割には面白い手を打ってきた、ということですね」
彼が向こうに付いたことでせっかくフレディが魔道具を使い仕込んだ催眠は上書きされてしまった。
全く忌々しい限り。
魔道具のテストを行うという当初の命令は達成したものの、それ以上の成果はすべてなくなってしまったのだから。
「せめてアラタ君だけでも……ふぅ」
フレディはあの時本気でアラタを勧誘していた。
一体どこから湧いたのかは知らないが見どころのある少年だった。
配下の者に調べさせたが出自不明、レイテ村で存在が確認されてすぐパーティーに参加、あの不屈のアレクサンダー・バーンスタインに師事し、さらに現在アラン・ドレイクにも魔術を教わっている。
今はそれほど脅威にはならない。
確かに冒険者としてのランクに見合わない能力を持っているが殺すだけならすぐに片が付く。
しかしフレディのアラタに対する評価はもっと特異で高いものだった。
「彼はこの先が非常に楽しみだ。どうなるか楽しみではあるが……我慢できそうにないな」
残忍な笑顔が窓から差し込む光に照らされてより一層怪しく映る。
彼自身、見る目には自信があった。
公にはできないが奴隷を扱うものとして、人間を商品として取り扱うほか様々な非合法商品を扱う性質上否が応でも見る目が養われる。
その点アラタと言う冒険者は非常に魅力的に見えた。
戦士としても潜在能力もあるが、何より彼の興味を引いたのは出自不明と言う点だ。
「ティンダロスの猟犬が調べても何も分からないなんて。アラタ君、君はいったい何者なんだい?」
ティンダロスの猟犬――今はフレディの下で汚れ仕事を請け負う集団が数週間に渡る冒険者アラタについて調査した。
結果何も出てこず、調べた結果レイテ村出身、両親とは死別、その後村人たちに育てられたとあるが何せ記録がないのだ。
本人のこともそうだが両親のことが何一つ出てこない。
「これだから姓を持たぬ農民は、本当に手間がかかりますね」
とにかく自慢の情報収集能力をもってしても謎が解けないアラタと言う男の存在は、彼の目に素晴らしい商品として映ったのだった。
これからどう立ち回るかを思案している時、扉をノックする者がいた。
「どうぞ」
両開きの扉を音もなく開閉し入ってきたその人は、全身黒ずくめでフードを目深にかぶっているせいでその表情をうかがい知ることはできない。
「報告します。ノエル・クレスト一行は孤児院の連中ならびにアレクサンダー・バーンスタインと和解、アラン・ドレイクの元に戻りました」
想像以上にスムーズな和解に内心驚いたが正直どうでもいい、孤児院の連中はいざという時こちらに歯向かえない。
「そうですか。他には?」
「先日の調査の追加報告ですがやはりアラタと言う男はレイテ村の出身ではないようです」
「その根拠は?」
「両親の墓を確認できなかったことが根拠として挙げられます。初めから存在しないものかと。奴が村に存在していたことが確認できたのはここ1カ月ほどのみです」
フレディは髪をねじねじといじりながら考える。
やはり気になる。
アラタ君、君は本当に何者なのかな?
「それだけでは確証足り得ませんね」
「では村から誰かさらってきて拷問にかけますか?」
拷問と言う言葉を平然と口にする黒装束に感情はこもっていない。
日常的にそう言うことを行っていることを物語っており、何の感情の起伏もなく汚れ仕事を請け負う集団、黒装束の言葉の端からは暗い世界に生きる彼らの闇の深さが垣間見える。
部下の提案を受けてフレディは少し考えたが、
「いえ、やめておきましょう。それよりもそろそろ奴隷市場が活発な時期です、そちらに人員を割きたい。調査は一度終了、ひとまずはお疲れさまでした」
黒装束は一礼し、また音もなく退室していった。
再び一人になったフレディは魔道具を転がす。
「テストは十分ですが……個人的に研究する必要がありますね。さて、次はどんな手を打つべきか、打つと楽しくなるか……」
男は再び思索にふける。
彼は考え続ける。
どうすれば主の役に立てるのかを。
この魔道具をくださった彼の御方の役に立つため、謀略を張り巡らせるのだ。
部屋は豪華ではあるがごてごてとした嫌な感じの豪華さではない。
装飾や調度品は軒並み高価なものだが非常に品の良いものばかりで部屋の主を引き立てる。
それだけで彼の育ちが良いことが分かるのだが、そんな厳選された好みの品々に囲まれながら男は先日の一件に思いを馳せていた。
「アラタ君がこちらに来なかったのは残念ですがまあいいでしょう。当初の目的は達成しました」
先日アラタを自陣に引き入れようと勧誘した男――フレディ・フリードマン伯爵は静かに笑った。
非常に整った顔立ちだが、彼が笑うとどこか残忍さが顔を覗かせる。
彼自身かなり気にしているようで最近はよほど興奮している時以外は人前でこの表情を見せることはない。
「偽物ではなかった。これが勇者を殺す道具」
机の上に置かれた魔道具をそっと指先でなぞる。
ペンダントのような形をしたそれは、中心に蒼い光を帯びる特殊な鉱石がはめ込まれており非常に美しいのだが、どこか邪悪さを感じさせる光を放つ。
フレディはこの前の事の顛末に概ね満足していた。
していたのだが……
「賢者、こればかりは想定外ですねぇ」
賢者――アラン・ドレイクはこの国どころかこの世界でも指折りの魔術師だったが今までどこかに仕官したという話は聞いたことがなかった。
彼は極端に権力を嫌い、関わることはおろか少々の立ち話すら遠慮するという徹底ぶりだった。
だが、彼は向こうについた。
今までどちらにも付かず、こちらになびくこともなければかと言って向こうに付くこともなかった。
だからこそ勧誘も途中で打ち切り放置していた。
それが突然向こうに付きこちらに牙を剥いた、彼にとってそれは誤算であり面白くない話だった。
「クレスト家の割には面白い手を打ってきた、ということですね」
彼が向こうに付いたことでせっかくフレディが魔道具を使い仕込んだ催眠は上書きされてしまった。
全く忌々しい限り。
魔道具のテストを行うという当初の命令は達成したものの、それ以上の成果はすべてなくなってしまったのだから。
「せめてアラタ君だけでも……ふぅ」
フレディはあの時本気でアラタを勧誘していた。
一体どこから湧いたのかは知らないが見どころのある少年だった。
配下の者に調べさせたが出自不明、レイテ村で存在が確認されてすぐパーティーに参加、あの不屈のアレクサンダー・バーンスタインに師事し、さらに現在アラン・ドレイクにも魔術を教わっている。
今はそれほど脅威にはならない。
確かに冒険者としてのランクに見合わない能力を持っているが殺すだけならすぐに片が付く。
しかしフレディのアラタに対する評価はもっと特異で高いものだった。
「彼はこの先が非常に楽しみだ。どうなるか楽しみではあるが……我慢できそうにないな」
残忍な笑顔が窓から差し込む光に照らされてより一層怪しく映る。
彼自身、見る目には自信があった。
公にはできないが奴隷を扱うものとして、人間を商品として取り扱うほか様々な非合法商品を扱う性質上否が応でも見る目が養われる。
その点アラタと言う冒険者は非常に魅力的に見えた。
戦士としても潜在能力もあるが、何より彼の興味を引いたのは出自不明と言う点だ。
「ティンダロスの猟犬が調べても何も分からないなんて。アラタ君、君はいったい何者なんだい?」
ティンダロスの猟犬――今はフレディの下で汚れ仕事を請け負う集団が数週間に渡る冒険者アラタについて調査した。
結果何も出てこず、調べた結果レイテ村出身、両親とは死別、その後村人たちに育てられたとあるが何せ記録がないのだ。
本人のこともそうだが両親のことが何一つ出てこない。
「これだから姓を持たぬ農民は、本当に手間がかかりますね」
とにかく自慢の情報収集能力をもってしても謎が解けないアラタと言う男の存在は、彼の目に素晴らしい商品として映ったのだった。
これからどう立ち回るかを思案している時、扉をノックする者がいた。
「どうぞ」
両開きの扉を音もなく開閉し入ってきたその人は、全身黒ずくめでフードを目深にかぶっているせいでその表情をうかがい知ることはできない。
「報告します。ノエル・クレスト一行は孤児院の連中ならびにアレクサンダー・バーンスタインと和解、アラン・ドレイクの元に戻りました」
想像以上にスムーズな和解に内心驚いたが正直どうでもいい、孤児院の連中はいざという時こちらに歯向かえない。
「そうですか。他には?」
「先日の調査の追加報告ですがやはりアラタと言う男はレイテ村の出身ではないようです」
「その根拠は?」
「両親の墓を確認できなかったことが根拠として挙げられます。初めから存在しないものかと。奴が村に存在していたことが確認できたのはここ1カ月ほどのみです」
フレディは髪をねじねじといじりながら考える。
やはり気になる。
アラタ君、君は本当に何者なのかな?
「それだけでは確証足り得ませんね」
「では村から誰かさらってきて拷問にかけますか?」
拷問と言う言葉を平然と口にする黒装束に感情はこもっていない。
日常的にそう言うことを行っていることを物語っており、何の感情の起伏もなく汚れ仕事を請け負う集団、黒装束の言葉の端からは暗い世界に生きる彼らの闇の深さが垣間見える。
部下の提案を受けてフレディは少し考えたが、
「いえ、やめておきましょう。それよりもそろそろ奴隷市場が活発な時期です、そちらに人員を割きたい。調査は一度終了、ひとまずはお疲れさまでした」
黒装束は一礼し、また音もなく退室していった。
再び一人になったフレディは魔道具を転がす。
「テストは十分ですが……個人的に研究する必要がありますね。さて、次はどんな手を打つべきか、打つと楽しくなるか……」
男は再び思索にふける。
彼は考え続ける。
どうすれば主の役に立てるのかを。
この魔道具をくださった彼の御方の役に立つため、謀略を張り巡らせるのだ。
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