半身転生

片山瑛二朗

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第1章 黎明編

第9話 死闘、そして

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 アラタは走る。
 何人斬った?
 分からない、もう息が……あと何人残っている?
 稽古を受けていた時よりずっと早く疲れが出てくる。
 けれど足を止めれば盗賊に追いつかれる。
 先ほどからアラタを執拗に追いかけてくるアウトローたちは彼を捉えきれずにいた。
 位置について、よーいドンであればアラタよりも彼らの方がまず間違いなく速いがここは夜の森、しかも天候は雨、環境要因は全てアラタに味方しているのだ。
 一撃入れて即離脱、敵に死角が出来るまでひたすら逃げ回り潜伏して機会を窺う。
 リーゼの使っていた光の魔術を盗賊達も当然使っているわけだがその威力、規模からして見通すことが出来るのはせいぜい自身の周囲半径2mと言った所、アラタの動きに対応しきるにはスペックが足りない。
 盗賊達は光を灯すことの出来る人員を外に、そうでない者を内側に、密集して待ち構えるがこれは下策であった。
 想定外に次ぐ想定外、こうなると正規の戦闘職ではない犯罪者たちは脆い。
 雨の中足音や匂いと言った情報を全てかき消した状態で近づいてくる敵に対応する術はない。

「頭ァ! ここいらで引きやせんか⁉」

 そうだ、頼む、ここで下がってくれ。
 さっきから体が思うように動かない、こんなことになるなら普段からもっと体動かしておけば……考えるのすら面倒くさい。
 体力の限界が近いアラタの足は徐々に鈍り、そして止まる。
 暗闇に潜みながら敵の様子を窺うとこちらから見るに撤退か否かもめているようだ。

「頭! 魔物はまたいうこと聞かせればいいでしょう! こんなの割に合いやせんよ!」

 そう、そのまま帰ってくれ、いい子だから。

「……そうだな、帰――」

「だめだ。お前らにはまだ戦ってもらうぞ?」

 鮮血が飛び散り首が宙に舞った。
 暗視を介してその光景を見たアラタは自らが非日常の中にいることを今更ながら思い出し盗賊の頭を殺した男と目が合った気がした。

「さあ、その草むらだ。そこにいるぞ!」

 今更なんで、あいつも暗視を⁉ いや、今はそんなことどうでもいい、考える暇はない、敵が来ている。
 頭目を失った盗賊は男を殺すかと思ったが反転、こちらにめがけて一直線に突っ込んでくる。
 見えるだけであと3人、逃げるか?
 いや、見られているなら逃げきれない。
 ここが最後の正念場だ。
 さあ、力を振り絞れ!
 道を切り開け!
 気張れ、俺!
 アラタは体中に乳酸が回りきっていることを感じていた。
 パフォーマンスはもうそこまで上がらない、でも、ここでやらなければ死……考えるな。
 雨の降る中アラタの視界は万全ではない、だがそれ以上に敵は暗闇の中アラタを捉えなければならないのだ、難易度としてはこちらの方が数段上である。
 なんとなくの感覚だけでアラタの体を捉え細く赤い線が刻まれていく。
 表面を少し斬られただけのはずなのに、痛覚軽減が働いているはずなのに体の内側に沁みるような痛みが流れ込んでくる。
 アラタは斬った。
 敵の攻撃をギリギリ躱しながら、時には少し攻撃を受けながら、それでもアラタの眼には敵の攻撃が見えていた。
 暗闇の中同士討ちを避け緩くなった攻撃を、連携の取れていない攻撃を、それでもエイダンより鋭い攻撃を紙一重で避けながら敵を斬り、刺し、叩き割った。
 斬って斬って斬りまくって、断末魔も怒号も次第に少なくなりすべての声はやがて聞こえなくなり雨が地面を叩く音だけが残る。
 水たまりの上に倒れた元人間だったものからありったけの血液が流れ出て赤い池を作り出す。
 その数はここにあるだけで3つ、アラタは胡乱《うろん》な表情でそれを見下ろすと唐突に吐き気に襲われて座り込んでしまう。
 気持ち悪い、手の感触が消えない、俺は……俺は人を殺したのか。
 言い表しようのない嫌悪感が己に向いているのを感じながら落ち着くまで座り込んでいるとようやく少し落ち着いてきた、思考力が戻ってきた。
 後悔は後でいいと思ったけど、出来ればそんな時一生来ないままでありたかった。
 と、とにかく、盗賊は倒したんだ、村の皆は……
 立ち上がり村の方へと歩き出そうとしたとき、いつか森で感じたプレッシャーと同じ濃密な気配を感じ振り返る、そこには死体しかないはずなのに。

「粗削り、未熟、だが……まあいい。私の邪魔をした代償をもらおうか」

 空気がピンと張り詰める。
 瞬間息が詰まる、呼吸一つで動きが悟られる、そう思わせるだけの雰囲気がこの場に充満していた。
 男が一歩前に進んだ時、俺は一歩後ろに下がった。
 両者の距離はおよそ13mと言った所か、男が愉快そうに笑う。

「怖気づいたか、だが正しい判断だ。……お前、少し付き合え」

「絶対嫌だ、もう帰れよ。大勢は決したはずだ」

 そう言いつつその声が何の意味のないことを俺は分かっていた。
 今目の前にいるこいつがその気になれば俺を含めた村の人達を皆殺しにすることなんてわけない、と思う。
 今このエリアに存在するすべての命はこいつの手の中にあるのだ。
 死ぬ? 俺もみんなも?
 俺が殺した奴らと同じように、全て失う?
 そんなのは…………怖すぎる。
 でも、短い付き合いだけど、皆いい人たちなんだ、あの人たちがいなければ俺は今生きていなかったかもしれない、だから、

「悪いけどあなたとは戦いたくない。出来ればこのまま帰ってくれないかなー、なんて」

 そう言いつつアラタの手に力が籠められる。
 雨と汗と血が手に張り付いて滑りそうになる。
 壊れないというのは本当みたいで俺みたいな素人が扱っても刀には傷一つ見えない。

「なんだ、やる気ではないか。さあ、行くぞ」

 刹那、アラタの眼前に男が迫る。
 一瞬にして距離を詰められた、そう脳が認識したころには既に敵の刃はアラタのすぐそこに迫っている。
 まずい。
 斬られる。
 その後どうするなんて考える暇もないまま体だけが動いた。
 ギリギリ躱した! よし、よかっ……

「あ……あれ? ゔ、げほっ、なんで……」

 アラタは脇腹をバッサリと斬られていた。
 気管系に傷がついたのか口から血が流れ出る。
 アラタはバシャリと水たまりに膝をついた。
 動かない、体を動かそうにも言うことを聞かない。
 なんでだ? 危なかったけど確かに避けた、そう思ったのに。
 想像以上に攻撃が伸びたのか、いや、今となっては全部後の祭りだ。
 今こうして敵の前に屈している、それが結果であり現実だ。

「うむ、反応速度は中々だったぞ。だが実戦経験がまるで足らん。まあ、これがお前の最期の実戦になるわけだが」

 何か言っている。
 もう聞こえない、体力の限界で気を失う……寸前なのかそれとも出血が……血圧が足りないのか、それとも……もう、分からない。
 村は無事だろうか、リーゼさんとノエルさんは無事だろうか、あれ、今2人の声が……
 アラタの意識はそこで途絶えた。

※※※※※※※※※※※※※※※

 不思議な夢を見た。
 通り魔に刺された後退院して再びパソコンを買いに行く夢。
 何の計画もなかった前回とは違い頼りになる人と一緒に秋葉原に向かった。
 その後帰って初期設定を手伝ってもらった後レポートを書いて提出してからバイトに行く。
 バイトが終わり家に帰ってきてそのまま寝る。
 そうか、俺は…………

※※※※※※※※※※※※※※※

 今までのことはすべて夢で目覚めたら病院のベッドだった、だったら良かったのにな。
 目が覚めた時見上げる天井には心当たりがある、けれどもそれは元の世界のものではなかった。
 ここは……カーターさんの家か。
 そうだ、俺、異世界に来たんだったな、夢じゃなかった。
 アラタは儚い希望が打ち砕かれたところでベッドから起き上がろうとした。

「うっぐぅ! ぐぁぁあ! いってぇ!」

 そっか、俺あの時がっつり斬られて……みんなは⁉ あの後どうなった⁉
 俺が寝ている間に戦況はどうなったんだ?
 アラタは誰もいない部屋でひとしきり悶え痛みをごまかした後、落ち着いたので脇腹を抑えながらゆっくりと立ち上がり外に出る。
 太陽が真上に来ていて時刻は既に正午を回っているところだった。
 既に雨は上がり雲一つない、地面にある水たまりは通り過ぎていく雲を映していた。
 えーっと、誰か人は……

「アラタ! 目が覚めたのか!」

 ノエルさん、パッと見たところどこも怪我していないみたいでやっぱり俺とは違うんだな。

「さっき起きた。今どんな状況?」

「ああ、アラタは丸一日と半分くらい寝ていたのだが……今は事後処理の最中だ、壊された村の復興だったり死体の処理や供養をしている」

 アラタの脳裏に浮かんだのは2日前の出来事、人を殺し、殺されかけた記憶。
 死体という言葉を聞いて不安になる、俺はやっぱり……いや、村の皆は、

「ノエルさん、その……やっぱり死者はでたのか?」

「いや? こちらの被害は軽い怪我人だけで死者はいない。アラタが死んでしまったら一人になっていたな!」

 笑えない冗談だ。

「そ、そっか。盗賊は? あれから寝てたみたいだし何も分からないんだけど」

「盗賊は全て討ち取った。とはいっても元のリストにないやつを一人取り逃がしてしまったのだが、アラタは覚えていないのか」

 覚えていないはずがない、はっきり言ってあれは絶望的な一戦だった。
 あの男相手に何回挑んだところでただの一度も勝てる気がしない、こんなのは初めてだ。

「覚えてはいるけれど、まあみんなが無事ならいいか」

「随分と適当だが……まあ私もそれでいいと思う。それでアラタ、今回の件についてギルドに報告をしなければならないのだが、その、一緒に来てくれないか? アラタがいないと説明がしづらい」

 やっぱりそうなるか。
 アラタはエイダンが言っていたことを思い出す。
 二人は信頼に値する、それは異世界人のアラタを一人の人間として扱っているという点を証拠に述べられた話である。
 それが今こうしてギルド? なる場所へなし崩し的に連れて行かれそうになっている。
 迷う、アラタはどう返すべきか迷う。
 多分、二人は俺を監視できる場所に置いておきたがっているのだろう、問題児を先生の近くやしっかりした子の隣に配置するのと同じだ。
 ノエル、リーゼ、この二人を完全に信頼するところまで彼はまだ心を許していないのだ。
 だが、今こうして体中にまかれている包帯、何故か塞がっている傷、明らかに村の人や彼女たちが看病してくれたのだろう。
 錯乱して盗賊に襲い掛かり返り討ちに遭った時、化け物みたいに強いやつに斬られ意識を失った時、アラタは既に2回も命を助けられている。
 しかも生き残るために訓練を受けさせてくれて、最後には逃げるように言ってくれた、これ以上は望みすぎではないか、先に恩を返すべきなのではないか。
 アラタの頭はそんな感情で埋め尽くされた。

「いいよ、行こう。ギルドってどこにあるの? 近いのか?」

「近いぞ、馬車で3日くらいだ」

 それは遠いと言うんだよ。
 地球なら余程の僻地でない限り3日で到着しない場所なんてほとんどないのに。
 今のところ異世界と元の世界の価値観の違いが全て悪い方に転んでいる気がする、仕方ないけど。
 そこから先は早かった。
 二人は俺の体調が回復次第出発するつもりだったらしく慌ただしく準備することなく村を去る時間になる。
 馬車の準備をしている最中、アラタに手伝えることなどなく座っていろと言われたので木陰でボーっと景色を眺めていた。

「おい」

「エイダン、なんか……俺行かなきゃいけないみたいだ」

「なんかって。お前らしい気もするけど……戦ってくれてありがとう」

 エイダンが拳を突き出す、こういうのは共通しているんだな。

「リーゼさんには怒られたけどな。危うく死ぬところだったって喚いてた」

「お前なあ、無鉄砲と言うか計画性に乏しいというか行き当たりばったりというか、まあ言うだけ無駄か。アラタ、俺もいつか首都に出ようと思う。でもまだこの村でやることがあるんだ。だから何も知らないアラタの面倒を見てやることが出来ない」

「何も知らないって……まあそうだけど」

「いいか、リーゼさ、リーゼとノエルを頼れ。二人はきっとアラタの力になってくれる」

「そうかなぁ。そうだといいな」

 これから先どうなるかさっぱり分からない、それでも出来ればもう痛いのはなしでお願いします、アラタはそう願った。

「アラタさん、行っちゃうの?」

 いつの間にかエイダンの隣にいたレイナは寂しそうアラタを見つめる。
 後ろ髪をひかれるとはまさにこのことだ。
 まさか小さい子の『行っちゃうの?』がここまで強力だったとは思いもしなかった。
 アラタは早くも先ほどした決意とここでお世話になる未来を秤にかけるが流石にこれだけで決定は変わらなかった、アラタはレイテ村を去ることに決めた。

「そうなんだけど、でもまた会えるよ。俺もたまにはレイナちゃんに会いに来るから」

「本当? 約束できる?」

「ああ、約束だ」

 レイナが薬指を差し出す。
 エイダンの拳もそうだがどこまで元の世界と共通しているのだろうか、アラタは小さな指と指切りげんまんを交わして再び帰ってくることを誓った。

「妹はやらんぞ」

「お前……シスコンはモテないぞ」

「俺はシスコンじゃない、ただレイナが可愛いだけだ。どの辺が可愛いかというとだな――」

「アラタ! 出発だ!」

 ノエルさんナイス。
 こうして異世界人アラタ・チバは二人が所属している冒険者ギルドのあるこの国の首都アトラへ向けて旅立った。

※※※※※※※※※※※※※※※

あとがき

ここまでお読みいただきありがとうございます!
これにて「半身転生 第1章 黎明編」は完結となります。
明日以降は、「第2章 冒険者アラタ編」を投稿させていただきますが、こちらは2章のみで50話程度を予定しており、小説家になろう、カクヨムの方で合計37話まで掲載しています。
じきに追いつくので媒体は気にせずお楽しみいただければ幸いです。
今後とも本作をどうぞよろしくお願いいたします。

片山瑛二朗
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