半身転生

第1章 黎明編

第7話 開戦前夜

　異世界と思しき場所に飛ばされてから早…………大体1週間、長時間の稽古は堪えるがそれでも動きは鈍らなくなってきた。
　俺も少し鈍っていたからな、戻ってきたのかなと思いつつそれに付き合っても全く疲れた様子を見せないエイダンは化け物かな？
　アラタは悲しい異世界ギャップに苦しみながら結局今日も一撃たりとも入れられずに稽古は終了した。
　夕食を終えまた素振り、何だかこんなに濃密な日々は久しぶりな気がする。
　やっぱり俺は勉強より体を動かすほうが性に合っているみたいだ。
　寝ても覚めても野球の事しか考えていなかったあの頃が少し懐かしくなり、アラタは過去を思い出していたが少しするとその表情は暗くなる。

「いや、それはもう忘れたろ」

　アラタはまた無心で刀を振り始めた。
　どれくらい経ったのだろう、すっかり時間なんて忘れていた。
　何回振ったのかも数えていない。
　綺麗に振る、力強く振る、正確に振る、集中して振る、繰り返し振る。
　それにしても今日はいい感じだ。
　こんなことを考えている最中も体は淀みなく動いてくれていい練習が出来ている。
　…………結構日が長いな。
　かなりの時間続けているがまだ明るいまま、時計なんて持っていないから今何時なのか分からないが……いやおかしいでしょ。
　いくら何でもおかしい。
　一体何時間刀を振っていたんだ？
　この世界に四季があるかは知らない、でもいくら日が長いとしても限度というものがある。
　何より昨日までは普通に日が落ちて夜になっていたじゃないか。
　今までに体験したことの無いことが起こっている場合、それはこの世界特有の何かであることをアラタはもう知っていた。
　だんだんと日が長くなるとかそういう次元を飛び越えて日没時間が変化してしまうこの世界はかなり生活しにくいと考えたがそれはそれとしてカーターさんに話を聞きに行こう、そうアラタが素振りを終了して家に戻ろうとしたとき目の前にエイダンが立っていた。

「おはよう、朝から元気だな。というかちゃんと寝たのか？」

　は？　朝？　寝る？
　外と時間の流れが違う特別な部屋を利用した覚えはない。

「エイダン、いつ朝になった？　というか今朝？　まだ夕方だろ」

　エイダンは何言ってんだこいつと言わんばかりに首をかしげる。

「頭ばかり叩きすぎたかな」

　そんな呟きも混乱しているアラタの耳には届かずただの独り言で終わってしまう。

「今何時？」

「いや、何時って、朝だけど。太陽は昨日の夜になったら落ちるだろ、毎日。あはは、打たれ過ぎて頭おかしくなったのか？」

「いやだからぁ！　夜になんてなってないだろ、な？」

　2人の話は一向に噛み合わないがそれはアラタがエイダンに合わせて話そうとせず一方的に状況を説明していることに原因がある。
　短い付き合いだがアラタがそこまで自己中心的な人間でないことは分かっているつもりのエイダンはそろそろ本気でアラタの頭が心配になってきた。

「なあ、本当に大丈夫か？　リーゼ様に見てもらった方が……いや、アラタ、痛覚軽減をオフに出来るか？」

　アラタの立場で物事を考えた時エイダンの脳内にある仮説が浮かび上がる。
　それは小さい子供にありがちなあれなのだが、

「練習したほうがいいって言われたから練習した。出来るよ」

「じゃあ痛覚軽減をオフにしろ。どうだ？　なんか違和感はないか？」

　スキルを切ったアラタは口をへの字にして体をくねらせる。
　シンプルに気持ちが悪いがこれもアラタに起こっていることを解明するためだ、とエイダンは我慢して真面目な表情を崩さない。

「うーん、なんとなく変？　な感じはする」

　真剣にアラタを心配する表情を崩さなかったエイダンだがアラタが自身の体に違和感を感じると言ってほっとしたのか表情を崩し安堵した。
　普通違和感を感じていると言うのだからむしろ心配は増すと思うのは不自然だろうか。

「お前それ、新しいスキルが出ているぞ。オフにしてみろよ」

「まじか⁉　するする！　いまする！」

　新しいスキルが宿ったと言われ小躍りしながら喜びを表現するアラタだがこの小躍りもリズム感がなくてどことなく気持ち悪い。
　アラタは喜びながらもスキルをオフにしてみる。
　未知のスキルだからオフにしたときの変化で何が起こったのか理解できるはずだ。
　しかしどうにも期待した感触が得られなかったのかアラタの表情が曇る。

「何も変化がない。これ本当にスキルか？」

「うん、多分そうなんだけど……夜にならない、体調に変化なし、あれだな、暗視系のスキルだと思う」

「微妙だな」

「盗賊とか向いていると思うぞ」

「盗賊…………まあいいや」

　暗視という系統、さらに盗賊に向いていると言われテンションダダ下がりのアラタを見てしまったと思ったエイダンは間髪入れずにフォローに入る。

「こんなに短期間にスキルに目覚めるなんて聞いたことがない！　凄いぞアラタ！」

「２つともパッとしないけどな」

「いやいや！　本当にすごい！　お前なら上級冒険者になれるぞ！」

「……俺別に冒険者になりたいわけじゃないし」

　めんどくさいな。

「とっとにかく、アラタ、お前は凄いやつだ！　流石異世界人だ！」

「…………まあな」

　よしよし！　いい感じだ！

「これならきっとすごいクラスを持っているに違いない！　早く街に行って調べてもらえよ！」

「そうかな、そうかも、そうに違いない」

　まあこんなところか。
　やれやれ、俺はこいつの稽古相手であってお守りを命じられたわけじゃないんだけどな。
　エイダンは今までの傾向からしてアラタがクラスについて知っている可能性は低いと思ったが、自分には関係ないし放置しておこうとクラスについて説明するのは他の人に任せることにした。
　ようやくアラタの機嫌が直ったところでエイダンは家に戻ろうとする。

「エイダン、何処に行くんだ？」

「いや、何処って……今日の稽古はなしだからみんなの手伝いしなきゃ」

「何言っているんだ？　やるに決まっているだろ⁉　さあ、行くぞ！」

　エイダンのよいしょが効き過ぎたのか、それとも頭を叩かれ過ぎて本当にイカれてしまったのか定かではない。
　今のアラタは疲れなど感じない、気の済むまで木剣を振り続ける壊れたマシーンなのだ。
　今日ならエイダンに勝てる気がする、いや勝てる、勝つ！

「うぉぉ食らえっ！　今までの恨み！」

　今までの稽古の中で最も速く正確で鋭い一撃は……またも躱されカウンター気味に胴体を横なぎにされた。
　一方その頃、村の防御を固めている女性2人組は、

「なんだか頑張っているみたいだな！　やっぱりリーゼに任せて正解だった！」

「ええ、ありがとうございます。でもあの人何だか変なスイッチが入っていません？　完全に明後日の方向に振り切れてしまっていますけど」

　朝までオールナイトして刀を振り続けたアラタは現在ガンギマリでエイダンとの稽古に励んでいる。
　それだけ乗せられやすい性格というのか、ただバカなだけなのか、とにかく今の彼に近づきたくはなかった。

「まあいいじゃないか。それより彼は使い物になりそうか？」

「……無理、でしょうね。痛覚軽減に目覚めたみたいですけど。今後に期待といったところですかね」

「ほほえましい限りで何よりだな。でも時間はないぞ？　新月まであと3日、最悪私が全部――」

　ノエルは腰の剣に手をかけて決意を伝えようとしたがリーゼがその左手を掴む。

「ダメです。ノエルはまだ治療中なんですから」

「人のことを病人みたいに言うのはやめてほしい」

「そうですね、ごめんなさい。病人扱いするのはあそこで頭が壊れてしまっている人だけで十分ですね」

　さらりと毒を吐くリーゼだが本人には聞こえていないようだ、彼の脳内は今めちゃくちゃだから。

「その頭のイカれた男だが、リーゼどう思う？」

「どうと言われましても」

「あの男、本当に異世界人だと思うか？　もしそうだとして、そのように扱うべきなのか？」

　そのように扱う、その言葉の意味するところをリーゼとて理解している。
　この村の住人程度では知らなくとも、この世界での異世界人の価値は他の何ものにも代えることが出来ないほど高い。
　確かに存在自体が稀、ほとんど眉唾物な上、必ずしも役に立つものを持っているとは限らない。
　それでも異世界人を確保しているというだけで国家間の均衡に影響を与えるだけの力を有するものなのだ。
　外交上有利に事を運ぶことも可能であり異世界人の持つ力で過去に世界の覇権を手にした国家も存在した。
　従ってどの国でも異世界人は即時拘束、相手にもよるが確実に国に縛り付け他の国への流出を阻止しなければならない。
　だがこれは日本的価値観で言えば到底許されることではないし、それは二人の有する価値観とも合致するところであった。

「そうですねぇ、常識知らず、あの名前、容姿、嘘をつけるようにも見えません。まず間違いなく彼は異世界人だと思いますよ」

「じゃあリーゼはどうしたい？」

「私は……できれば拘束して貴族院に突き出すような真似はしたくありません」

　リーゼは逡巡したようだが規定とは異なる方針を平然と口にした。
　本来彼女たちの置かれている立場からすればそれは到底許されることではない。
　ただ相手は魔物ではない、動物でもないのだ、たった数日とはいえそれなりに話せば情も湧く、彼女はまだ甘ちゃんなのだ。

「うん、私もそう思う。でもあの男、異世界人だとばれないで生きていけるのか？」

「それに関してはきつく言い含めておけば大丈夫なのでは？」

　二人の意見が合致したことを確認したうえで楽観的な意見を述べるリーゼにノエルは顔をしかめて、

「どうだかな。あの男、かなりアホだと思ったぞ。絶対後先考えずに行動するタイプだと見た」

　アラタに対するノエルの評価は悲しすぎるが彼女もアラタと何回か会話をするうちになんとなくそんな印象を持ったのだろう、彼の内側からそこはかとなく滲み出るアホの波動を感知したのだ。

「それには同意しますが……ノエル、あなたもアラタさんのことあまり言えませんからね？」

「ちょっと！　それはどういう意味だ！　説明を求める！」

　急な飛び火にノエルは顔を真っ赤にして反発する。

「説明するまでも無いでしょう、そういう意味ですよ」

　ほぼあなたも同類ですよと言う意味の発言にノエルはがっくりと肩を落とした。
　だがリーゼはそんなノエルの様子になど興味はないようで、視線は村の外に広がる真っ暗な森を捉えている。

「すべてはこの窮地を乗り切ってからですね」

　そう、こうしている間にも着々と時間は迫っているのだ。
　それぞれが出来ることを精一杯やってその時に備える。
　そして敵襲があると思われる新月の夜まで残り3日、ついにその日がやってきた。