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18.ふたりの休日①
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葉の月も半ばを過ぎた、七日に一度の休日のこと。
最終週に年を通じて最大の行事である花祭りを控えて、街は賑わいを見せている。
リファリールは人混みをなんとか抜けて、中央広場の噴水のそばにユールを見つけて駆け寄った。
「ユールさん、待たせちゃった?」
「ううん、来たとこ。昨日飲んでてさ、気がついたらディードさんとこで雑魚寝してた。一応、帰って水浴びてきたんだけど、酒臭えかも」
そうは言うが、洗い立てらしい癖のある黒髪も、ぴょんと飛び出した尖り耳も艶々だ。着替えもしたようで、むしろこざっぱりしている。
リファリールは迷わず彼の腕をとった。
「大丈夫。二日酔い、気持ちが悪いなら治してあげます」
「ありがと。でも平気」
ユールはリファリールの手に指を絡めてくる。
迷子にならないようにと、彼は一緒に街を歩くときはいつもそうしてくれる。
嬉しくてきゅっと握り返して、歩き出した。
「ラパンが結婚するってさ」
「素敵! だれと? いつ?」
「受付のアナちゃん。あいつ彼女いる感じはしてたけど、ずーっと相手隠してたんだよな。ひとのことは散々からかったくせに」
ふかふかの毛皮に、短い垂れ耳の黒兎族の彼女だ。リファリールはたまに、昼休みに一緒に日向ぼっこをしていた。
「お付き合いしてる人がいるって言ってたけど、ラパンさんだったのね」
「うん。別れたら面倒だから黙ってたとか、悪いこと言ってたけど、ちゃんとするってさ。秋に式やるって」
「しき?」
「結婚式。リファちゃん多分、初めてだよな。みんなで集まって祝うんだよ。リファちゃんも呼ばれると思うよ」
「楽しそう!」
「……うん」
うきうきしているリファリールを横目に、ユールはなにやら考え込むようだった。
どうしたのかと訊く前に、目的の店まで来ていて、威勢のいい声がかかった。
「来たね、お二人さん!」
ディアズ青果店の店先で、鹿族のルッコラが白い歯を見せていた。
休日の昼はふたり、この店に、週の食材を買いにくるようになっていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「声揃えちゃってまあ、いいもんだね」
そう言ってみせる彼は春に結婚していて、妻は子供を宿していると、リファリールは先週聞いて知っていた。
おすすめを籠に詰めてもらいつつ、リファリールはわくわくした気持ちを抑えられずに訊いた。
「ルッコラさん、子供、生まれましたか?」
「あっはは、そんなポンポンいかねえさあ。冬至祭のころじゃねえかって医者には言われたよ」
「じゃあ、ユールさんとお誕生日、同じくらいになりそう?」
「そうさね、男なら名前貰っていいかい。強い子になりそうだ」
「そんな簡単にしていいもん?」
「立派すぎるくらいさあ、俺なんかお袋がルッコラ好きだからルッコラだよ?」
その胡麻のような香りの葉物野菜も一束、既に山盛りになってきた籠に乗せられた。
他の客の相手が終わってディアンが来た。ユールが会釈するのに、軽く手を上げて応える。
「リファリールさん、こないだのはどうだった?」
ルッコラよりさらに枝分かれした立派な角が大樹のような、強面で年配の店主は、リファリールに対しては、初めて会った時から身内に接するように優しかった。
「りんごも桃も、どっちもとっても美味しかったです」
「そうかい、そうかい」
彼は目尻に皺を寄せて大きく頷いた。リファリールが果物は少し食べると知って、彼はせっせと勧めてくれる。
「今日は早生のレモンが入ってるよ、そのままでもいいが、蜂蜜で漬けると美味い」
「やってみたいです」
「じゃあ蜂蜜も買いに行こ」
ユールが応じて、籠にレモンも三つ加わった。
勘定をする彼に、ディアンが顔を寄せる。
「お前、まあ、なんだ。あちらの親御さんとは話してるのか?」
「……リファちゃんは、ひとりだから」
「そうか、若えのになあ……治療師なんて神経使う仕事して、しっかりしたいい子だよ。ちゃんと支えてやれよ」
「そのつもりっす」
ディアンは神妙な顔をするユールの背中をポンと叩いて、リファリールを振り返った。
「リファリールさん、寄り合いで聞いたよ。お姫様に花束渡す役だって?」
花祭りのことだった。
今年は王都から第三王女が視察に来ることになっており、歓迎の花束の贈呈役として、リファリールに白羽の矢が立っていた。
「はい。いいのかなって、思いましたけど……」
「いやあ、こんなぴったりの役ないさあ! ユールさんもさ、綺麗な彼女の晴れ舞台、鼻高くなっちまうね」
ルッコラにつつかれて、ユールは困った様子で頬をかいた。
祭りの実行委員会からこの話の打診があったとき、リファリールは迷った。
祭りの開会式で、王都の貴賓を迎える役だ。花祭りの起源である樹花族がやるのが一番だと、特に虫人たちの推薦があったのだという。
一年前の花祭りの最中、誰も知るひとのない中で行き倒れかけた自分が、今はそうして街の一員として受け入れて貰えるのが、嬉しかった。みんなの役に立てるなら、やりたかった。
けれど、目立つことに不安もあった。
ルルーシアの戒めが頭をよぎっていた。
――悪いやつに花を狙われて、わたしたちはすごく数が減って、隠れて暮らすようになったんだから。
フロックとエリーゼとの出来事で、たとえ悪いひとでなくとも、大切なものが天秤にかかったとき、ひとは全く違う一面を見せるのだと、学んでいた。
医者も、いい顔をしなかった。
「怖がらせたいわけじゃないけど、希少種ってだけで狙うやつもいるんだ。見た目が綺麗だったり、価値のある能力があったら、なおさら」
沈んだ気持ちを救ってくれたのはユールだった。
「やりたいんなら、やりなよ」
リファリールの迷いを聞いて、言ってくれた。
「遠慮することないよ、団長さんに話して、ちゃんと警備やる。俺なんか、お姫様よりリファちゃんの方が大事だからさ。絶対守る。変なやつ近づかせない」
「ユールさん、ありがとう!」
すうっと胸が晴れていった。
彼は照れた様子で付け加えた。
「あとさ、俺、普通にリファちゃんが花娘やってんの、見てみたいんだよ。せっかくのお祭りだからさ、楽しんだらいい」
「あのね、この役やるんだったら、ララさんがドレス作ってくれるらしいの」
「よかったじゃん。俺でも知ってるよ、あの人、腕が良くて人気なんだって」
団長にも医者にも、ユールが一緒に話をしてくれた。当日は救護室も祭りに合わせて夜通し開放するため、リファリールは夕方の開会式のあとは仕事に戻る流れだ。
ユールは見回りの担当を一時抜けて、リファリールの出番の前後はそばに付き、終われば救護室まで送ってくれることになった。
今朝、ユールに会う前、リファリールは黒揚羽の洋品店で、ララの仕上げてくれたドレスを試着してきたところだった。
白のチュールが何枚も重ねられたスカートは、前が幾分短いカッティングで、内側が淡い黄色に染められていた。
リファリールの花をそのまま写しとったような意匠だった。
着ると踊り出したくなるほど気持ちが軽やかになった。なにか魔術をかけているのか訊くと、エルフの仕立て屋は得意げに上腕を叩いてみせた。
「ララの魔力じゃないよ。それはね、ドレス自身の力!」
リファリールを推薦した一人である黒揚羽の女主人、オフィーリアは、ほうっとため息をついた。
「ああ、本当に引き受けてくださってよかった。リファリール様は、はじめていらっしゃったときはお可愛らしかったけれど、今はお綺麗になられましたわ」
「ララさん、オフィーリアさん、ありがとう!」
リファリールは嬉しくなって、鏡の前でくるくる回っていた。
当日、ユールに見せるのが待ち遠しかった。
彼がいてくれるなら、なんだってできると思えた。
ディアズ青果店を出た次は、蜂蜜の店に寄った。
ちょうど蜜蜂の虫人が、花祭りの垂れ幕を軒に結びつけているところだった。
それにあれこれ指図していたカナブンの虫人は、リファリールに気づいて羽をブンブン鳴らした。
「やあ、リファリールさん! 今日も朝露のようにお美しいですねえ!」
祭りの実行委員長、アメランだった。
「こんにちは、会長さん」
「ああ、声も香りも……! いい日だ今日は! 確かマダム・オフィーリアのところでお衣装合わせでしたね? いかがでした?」
「はい、とっても綺麗なドレスで、サイズもぴったりでした」
「なにより! 私も行きたかったんですけどね、マダムに女性の支度にまで首を突っ込むなとお叱りを受けまして泣く泣く……本番の楽しみにさせていただきますよ!」
アメランがリファリールにぐいぐいと近寄ってくるのを、ユールが身体を割り込ませて止めた。
アメランはようやく連れが眼中に入ったらしく、触角で邪魔者を突き回しはじめた。
「えーっと、なんでしたっけあなた、そうだ、警備担当さんだ。お祭りっぽい名前だったような」
「冬至祭ね」
「そうそう、季節真反対! いや失礼、お休みの日までお仕事お疲れ様です。なにしろ大切な方ですからね! 悪いのが寄らないようにしないと!」
「別に今は仕事じゃないっすよ」
ユールが言い切ってくれたので、リファリールも教えることにした。
「わたし、ユールさんとお付き合いしてるから、一緒にいるんです」
「ご冗談……じゃない?」
「はい」
「……え、樹花族の方が、なんで山羊と?」
リファリールは眉をひそめる。なんでもなにも、お互い好きだからだ。
「なにかいけないんですか?」
お気に入りの彼女の機嫌を損ねたことに気づいて、アメランは四本の腕をわちゃわちゃと振って弁解した。
「いえいえいえいえ! そりゃ、ま、自由ですよ……若いとね、気の迷いってありますからね」
「会長さん」
声を尖らせるリファリールの手を、ユールが握り直した。
「リファちゃんは俺が守るんで、任せといてください」
彼はそれ以上アメランに構わず、蜜蜂に声をかけて品物を頼んだ。
店を後にしても、リファリールは割り切れない気持ちだった。
「……なんだか、嫌な感じでした」
「ま、正直っていうかさ。アメランさんって全部口に出るよな。あれで会長とか大丈夫かよ」
ユールはわざと冗談めかすようだった。
「……虫人ってみんな、リファちゃんがすげえ好きだよね。一緒に歩いてると視線が痛い。あのひとたちほら、複眼だったりするしさ」
「ごめんなさい」
「リファちゃんが謝ることじゃないよ。それだけ大事にされてるってことだし、味方になってくれるんだからいいじゃん。……認めてもらえるように、俺、ちゃんとするからさ」
リファリールはユールの腕に身体を寄せた。彼はもう片腕には買い物を全部持ってくれている上に、人混みの中でリファリールが歩きやすいように庇ってくれていた。
「ユールさんが好き。……勝手な文句いってくるひとは、きらい」
「それ聞いたらアメランさん泣くよ。俺まじで恨み買うなあ」
ぼやいてみせながら、ユールの目は笑っていた。
「リファちゃんが好いてくれるなら、これくらい安い安い。おつりがくるよ」
最終週に年を通じて最大の行事である花祭りを控えて、街は賑わいを見せている。
リファリールは人混みをなんとか抜けて、中央広場の噴水のそばにユールを見つけて駆け寄った。
「ユールさん、待たせちゃった?」
「ううん、来たとこ。昨日飲んでてさ、気がついたらディードさんとこで雑魚寝してた。一応、帰って水浴びてきたんだけど、酒臭えかも」
そうは言うが、洗い立てらしい癖のある黒髪も、ぴょんと飛び出した尖り耳も艶々だ。着替えもしたようで、むしろこざっぱりしている。
リファリールは迷わず彼の腕をとった。
「大丈夫。二日酔い、気持ちが悪いなら治してあげます」
「ありがと。でも平気」
ユールはリファリールの手に指を絡めてくる。
迷子にならないようにと、彼は一緒に街を歩くときはいつもそうしてくれる。
嬉しくてきゅっと握り返して、歩き出した。
「ラパンが結婚するってさ」
「素敵! だれと? いつ?」
「受付のアナちゃん。あいつ彼女いる感じはしてたけど、ずーっと相手隠してたんだよな。ひとのことは散々からかったくせに」
ふかふかの毛皮に、短い垂れ耳の黒兎族の彼女だ。リファリールはたまに、昼休みに一緒に日向ぼっこをしていた。
「お付き合いしてる人がいるって言ってたけど、ラパンさんだったのね」
「うん。別れたら面倒だから黙ってたとか、悪いこと言ってたけど、ちゃんとするってさ。秋に式やるって」
「しき?」
「結婚式。リファちゃん多分、初めてだよな。みんなで集まって祝うんだよ。リファちゃんも呼ばれると思うよ」
「楽しそう!」
「……うん」
うきうきしているリファリールを横目に、ユールはなにやら考え込むようだった。
どうしたのかと訊く前に、目的の店まで来ていて、威勢のいい声がかかった。
「来たね、お二人さん!」
ディアズ青果店の店先で、鹿族のルッコラが白い歯を見せていた。
休日の昼はふたり、この店に、週の食材を買いにくるようになっていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
「声揃えちゃってまあ、いいもんだね」
そう言ってみせる彼は春に結婚していて、妻は子供を宿していると、リファリールは先週聞いて知っていた。
おすすめを籠に詰めてもらいつつ、リファリールはわくわくした気持ちを抑えられずに訊いた。
「ルッコラさん、子供、生まれましたか?」
「あっはは、そんなポンポンいかねえさあ。冬至祭のころじゃねえかって医者には言われたよ」
「じゃあ、ユールさんとお誕生日、同じくらいになりそう?」
「そうさね、男なら名前貰っていいかい。強い子になりそうだ」
「そんな簡単にしていいもん?」
「立派すぎるくらいさあ、俺なんかお袋がルッコラ好きだからルッコラだよ?」
その胡麻のような香りの葉物野菜も一束、既に山盛りになってきた籠に乗せられた。
他の客の相手が終わってディアンが来た。ユールが会釈するのに、軽く手を上げて応える。
「リファリールさん、こないだのはどうだった?」
ルッコラよりさらに枝分かれした立派な角が大樹のような、強面で年配の店主は、リファリールに対しては、初めて会った時から身内に接するように優しかった。
「りんごも桃も、どっちもとっても美味しかったです」
「そうかい、そうかい」
彼は目尻に皺を寄せて大きく頷いた。リファリールが果物は少し食べると知って、彼はせっせと勧めてくれる。
「今日は早生のレモンが入ってるよ、そのままでもいいが、蜂蜜で漬けると美味い」
「やってみたいです」
「じゃあ蜂蜜も買いに行こ」
ユールが応じて、籠にレモンも三つ加わった。
勘定をする彼に、ディアンが顔を寄せる。
「お前、まあ、なんだ。あちらの親御さんとは話してるのか?」
「……リファちゃんは、ひとりだから」
「そうか、若えのになあ……治療師なんて神経使う仕事して、しっかりしたいい子だよ。ちゃんと支えてやれよ」
「そのつもりっす」
ディアンは神妙な顔をするユールの背中をポンと叩いて、リファリールを振り返った。
「リファリールさん、寄り合いで聞いたよ。お姫様に花束渡す役だって?」
花祭りのことだった。
今年は王都から第三王女が視察に来ることになっており、歓迎の花束の贈呈役として、リファリールに白羽の矢が立っていた。
「はい。いいのかなって、思いましたけど……」
「いやあ、こんなぴったりの役ないさあ! ユールさんもさ、綺麗な彼女の晴れ舞台、鼻高くなっちまうね」
ルッコラにつつかれて、ユールは困った様子で頬をかいた。
祭りの実行委員会からこの話の打診があったとき、リファリールは迷った。
祭りの開会式で、王都の貴賓を迎える役だ。花祭りの起源である樹花族がやるのが一番だと、特に虫人たちの推薦があったのだという。
一年前の花祭りの最中、誰も知るひとのない中で行き倒れかけた自分が、今はそうして街の一員として受け入れて貰えるのが、嬉しかった。みんなの役に立てるなら、やりたかった。
けれど、目立つことに不安もあった。
ルルーシアの戒めが頭をよぎっていた。
――悪いやつに花を狙われて、わたしたちはすごく数が減って、隠れて暮らすようになったんだから。
フロックとエリーゼとの出来事で、たとえ悪いひとでなくとも、大切なものが天秤にかかったとき、ひとは全く違う一面を見せるのだと、学んでいた。
医者も、いい顔をしなかった。
「怖がらせたいわけじゃないけど、希少種ってだけで狙うやつもいるんだ。見た目が綺麗だったり、価値のある能力があったら、なおさら」
沈んだ気持ちを救ってくれたのはユールだった。
「やりたいんなら、やりなよ」
リファリールの迷いを聞いて、言ってくれた。
「遠慮することないよ、団長さんに話して、ちゃんと警備やる。俺なんか、お姫様よりリファちゃんの方が大事だからさ。絶対守る。変なやつ近づかせない」
「ユールさん、ありがとう!」
すうっと胸が晴れていった。
彼は照れた様子で付け加えた。
「あとさ、俺、普通にリファちゃんが花娘やってんの、見てみたいんだよ。せっかくのお祭りだからさ、楽しんだらいい」
「あのね、この役やるんだったら、ララさんがドレス作ってくれるらしいの」
「よかったじゃん。俺でも知ってるよ、あの人、腕が良くて人気なんだって」
団長にも医者にも、ユールが一緒に話をしてくれた。当日は救護室も祭りに合わせて夜通し開放するため、リファリールは夕方の開会式のあとは仕事に戻る流れだ。
ユールは見回りの担当を一時抜けて、リファリールの出番の前後はそばに付き、終われば救護室まで送ってくれることになった。
今朝、ユールに会う前、リファリールは黒揚羽の洋品店で、ララの仕上げてくれたドレスを試着してきたところだった。
白のチュールが何枚も重ねられたスカートは、前が幾分短いカッティングで、内側が淡い黄色に染められていた。
リファリールの花をそのまま写しとったような意匠だった。
着ると踊り出したくなるほど気持ちが軽やかになった。なにか魔術をかけているのか訊くと、エルフの仕立て屋は得意げに上腕を叩いてみせた。
「ララの魔力じゃないよ。それはね、ドレス自身の力!」
リファリールを推薦した一人である黒揚羽の女主人、オフィーリアは、ほうっとため息をついた。
「ああ、本当に引き受けてくださってよかった。リファリール様は、はじめていらっしゃったときはお可愛らしかったけれど、今はお綺麗になられましたわ」
「ララさん、オフィーリアさん、ありがとう!」
リファリールは嬉しくなって、鏡の前でくるくる回っていた。
当日、ユールに見せるのが待ち遠しかった。
彼がいてくれるなら、なんだってできると思えた。
ディアズ青果店を出た次は、蜂蜜の店に寄った。
ちょうど蜜蜂の虫人が、花祭りの垂れ幕を軒に結びつけているところだった。
それにあれこれ指図していたカナブンの虫人は、リファリールに気づいて羽をブンブン鳴らした。
「やあ、リファリールさん! 今日も朝露のようにお美しいですねえ!」
祭りの実行委員長、アメランだった。
「こんにちは、会長さん」
「ああ、声も香りも……! いい日だ今日は! 確かマダム・オフィーリアのところでお衣装合わせでしたね? いかがでした?」
「はい、とっても綺麗なドレスで、サイズもぴったりでした」
「なにより! 私も行きたかったんですけどね、マダムに女性の支度にまで首を突っ込むなとお叱りを受けまして泣く泣く……本番の楽しみにさせていただきますよ!」
アメランがリファリールにぐいぐいと近寄ってくるのを、ユールが身体を割り込ませて止めた。
アメランはようやく連れが眼中に入ったらしく、触角で邪魔者を突き回しはじめた。
「えーっと、なんでしたっけあなた、そうだ、警備担当さんだ。お祭りっぽい名前だったような」
「冬至祭ね」
「そうそう、季節真反対! いや失礼、お休みの日までお仕事お疲れ様です。なにしろ大切な方ですからね! 悪いのが寄らないようにしないと!」
「別に今は仕事じゃないっすよ」
ユールが言い切ってくれたので、リファリールも教えることにした。
「わたし、ユールさんとお付き合いしてるから、一緒にいるんです」
「ご冗談……じゃない?」
「はい」
「……え、樹花族の方が、なんで山羊と?」
リファリールは眉をひそめる。なんでもなにも、お互い好きだからだ。
「なにかいけないんですか?」
お気に入りの彼女の機嫌を損ねたことに気づいて、アメランは四本の腕をわちゃわちゃと振って弁解した。
「いえいえいえいえ! そりゃ、ま、自由ですよ……若いとね、気の迷いってありますからね」
「会長さん」
声を尖らせるリファリールの手を、ユールが握り直した。
「リファちゃんは俺が守るんで、任せといてください」
彼はそれ以上アメランに構わず、蜜蜂に声をかけて品物を頼んだ。
店を後にしても、リファリールは割り切れない気持ちだった。
「……なんだか、嫌な感じでした」
「ま、正直っていうかさ。アメランさんって全部口に出るよな。あれで会長とか大丈夫かよ」
ユールはわざと冗談めかすようだった。
「……虫人ってみんな、リファちゃんがすげえ好きだよね。一緒に歩いてると視線が痛い。あのひとたちほら、複眼だったりするしさ」
「ごめんなさい」
「リファちゃんが謝ることじゃないよ。それだけ大事にされてるってことだし、味方になってくれるんだからいいじゃん。……認めてもらえるように、俺、ちゃんとするからさ」
リファリールはユールの腕に身体を寄せた。彼はもう片腕には買い物を全部持ってくれている上に、人混みの中でリファリールが歩きやすいように庇ってくれていた。
「ユールさんが好き。……勝手な文句いってくるひとは、きらい」
「それ聞いたらアメランさん泣くよ。俺まじで恨み買うなあ」
ぼやいてみせながら、ユールの目は笑っていた。
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