黒山羊と花の乙女

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16.雨の森②

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 リファリールは囁いた。

「花なら、たぶんね、種をもらえたら咲きます」

 薄手の白いワンピースはすっかり雨が通って、ささやかながら膨らみはじめた胸の形がくっきり透けている。

 ユールが、先ほどから気になって仕方なくて、でも病み上がりの彼女に無理をさせてはいけないと自分を戒めていたところに、これだ。
 鼻先がかあっと熱くなってくる。

「……そんな俺に都合いい話ある?」

 リファリールは楽しげに目を細めて、顔をユールの手に預けてきた。

「わたし、霧の森ではこんな日は服着なかったの。雨、身体全部で浴びるのが好き」

 彼女はいつも、おもちゃ箱に目新しいものが入っていたとでもいわんばかりの無邪気さで、ユールの劣情を引っ張り出す。

「ふたりだけだから、脱いでいい?」

 ユールは大人しく白旗を上げた。

「したくなっちゃうよ」
「いいですよ」
「いやここではちょっと」
「ベッドがいいなら戻る?」

 手加減のない追い討ちに、ユールはどこかに飛び跳ねていきそうな理性の短い尻尾をぎりぎりで掴んだ。
 
「外か上司の家かって、すげえ二択だよね」
「だめなら、我慢しますけど」

 リファリールはそう言いながらも諦めきれないのか、ユールの手をとって口元に持っていった。

 指先への、軽い愛らしいキス。
 その一押しで、理性はユールの手から兎のように軽やかに逃げていった。
 気づけば、彼女の唇の間に指を差し入れていた。

 リファリールは冷たい舌を絡め、きれいに揃った小粒な歯で甘噛みしてくる。
 指よりもっと直接的なものを含ませた記憶がまざまざと蘇って、下腹に熱が溜まりはじめた。

「そんなに欲しいんだ?」

 欲しくなったのは自分も同じなのに、訊いてみる。
 返事をさせるために指を取り上げると、リファリールは頷いた。

「いいよ、ここでしよ」

 とたんに、陽がさしたように彼女の表情が輝いた。
 ユールがシャツのボタンを外す間にも、パッとワンピースを脱いで、腕の中に潜り込んできた。やっぱり下着は上下ともつけていなかった。

「リファちゃん、下もちゃんと着ないとダメ」
「おしゃれするときは着ます。今日はゆっくりする日のつもりだったんだもの」
「おしゃれの問題じゃなくて、透けたりするから。俺、リファちゃんの身体、他のやつに見せたくないんだよ」
「ひとりじめしたいの?」
「……うん」
「ふふ、ユールさん、ルルーシアみたい。じゃあこれからはちゃんとします。下もね、ラーニャさんがかわいいの色々選んでくれたの。ユールさんには今度、見せてあげる」

 リファリールはニコニコして、素肌の感触を楽しむように、ユールの胸板に頬を押しつけてきた。
 胴に両腕を回してくる。
 ちいさな手のひらで背中を探っていたかと思えば、今度は人と山羊の境になっている腰のあたりをなぞっていった。
 愛撫というには拙い、子供がじゃれるのと同じ動きだ。まずは好きにさせてあげようと構えていたら、背に快感がぞくっと這い上がってきた。
 尻尾を探り当てられていた。

 ユールの尻尾は短くて、普段はシャツの裾に隠れている。背骨に繋がる、実は敏感な部分だ。
 付け根のあたりを指をたててくすぐられて、たまらずプルプル振ると、リファリールは楽しくなったらしい。

「しっぽ、かわいい」

 そんなふうにされると、ユールの身体の前側のものが、全くかわいくない様子に変わっていく。リファリールはそれが薄い腹を押しはじめても、嫌がるどころか嬉しそうに手を添えてきた。

 手でしてくれる彼女の背中を、下へ撫でていく。全身が無毛で滑らかで、手は腰の後ろのくぼみから、ふんわりとまるみのある部分まで、ひっかかることなく降りていった。
 彼女に尾はないが、そのあたりに指を潜り込ませると、短く声を上げた。

「あ、んっ……!」
「ここ好き?」
「ん、うん」

 戸惑いがちに息を漏らす。悪戯をしていた手が止まっていた。

「膝で立てる?」

 両手でまるみを支えると、「こう?」とリファリールはユールの肩に手をかけて、身体をいくぶん浮かせた。そうすると、胸が軽く突き出されて、ちょうどユールの顔の前にきた。
 膨らみの先は少し色濃くなって尖っている。熟れる前の果実の色だったが、充分美味しそうだった。
 胸元は舌で、尾のないそこへは両手で触れた。リファリールは自分からはユールに喜んで手を伸ばすが、触られるのはまだ不慣れだ。
 彼女を怖がらせないように、はやる気持ちを抑えて優しくする。
 ユールに触られるのは気持ちがいいと、覚えてもらえるように。

 リファリールはちいさく声を漏らしてされるがままだ。
 脚を緩めさせると、そこは雨ではない、彼女の内から滲んできたトロリとしたもので潤っていた。
 ユールはリファリールの味と感触に反応してすっかり立ち上がったものを、彼女の腿に押し当てて訊いた。

「飲むのと、どっちがいい?」
「お腹に欲しいです」
「ん、わかった」

 雨からも隠すように、胡座をかいた中に抱き直す。そこはまだ一度しか男を受け入れたことがないのに、指を潜らせると、蜜を溢して吸い付いてきた。
 小柄なわりに奥が深くて、全体で締め上げてくる感触に、あっという間に持っていかれたのを思い出す。その瞬間のリファリールの顔が、普段の清楚な佇まいからは想像もつかないほど、淫靡だったことも。

 指を二本をすんなり飲み込んで、リファリールは甘えた声を上げながら、ユールに身体を寄せていた。
 それを引き剥がして、硬い地面に押しつけるのも、綺麗な髪と肌を泥に汚すのも嫌だった。
 向かい合わせに抱き合ったまま、彼女の細い腰を支えて、そこに持っていった。
 うっすら物欲しげに開いた蜜口に、先を押し当てる。

 静かな雨の森の中、華奢な一輪の花は、獣の欲望そのもので貫かれようとしていた。

 自分は、どれだけ大事にするつもりでも、リファリールを汚し、傷つけていくのだろうと思う。
 獣として交わることを求め、戦いの場にまで引きずりこんだ。

 それでも、もう離れられない。
 一緒にいたいと、互いに望んでいた。
 これだけ違う身体をしていても、繋がりたいと、求め合っていた。

 ユールは、ゆっくりとリファリールを降ろしていく。腰を掴んだ手は、支えてやっていると同時に、逃げないように捕まえてもいた。

「あ……ユールさんっ……!」
「苦しい?」
「違うの、嬉しいの……!」

 顔を覆っている指の間からのぞく表情は、確かに快楽の淵に足をとられていた。

「顔、見せてよ」

 半ばまで入れて、また持ち上げる。

「もっと……」
「ちゃんと掴まって、俺を見てて」
「はい」

 言う通りにしたので、今度は最後まで沈めた。下腹を親指の腹でなぞって、楔を埋め込まれた部分を意識させると、リファリールの表情がさらに蕩けた。

「リファちゃん、ちっちぇえのに全部入っちゃうんだよな。臍まで届いてそ」
「はい。お腹、ユールさんでいっぱいです」

 言葉も身体も、素直で淫らで、たまらなかった。

「動かすよ」

 少し持ち上げた状態で腰を使う。リファリールの中は、柔らかくねっとりと絡みついてくる。たっぷり潤って、くちゅん、くちゅんと動きに合わせて水音がする。
 奥まで突くたびに、彼女に入り込めない部分に響いてくる。出したい、早く出したい。そんな衝動に支配されそうになる。
 この最高に気持ちがいい雌の身体を捕まえて、好きなように腰を打ちつけて、全部注ぎ込んでやりたい。
 それでもリファリールの様子が気になって、少し動きを緩めた。

 口を半ば開いたまま、身体を男に明け渡して恍惚としていた彼女は、焦らしては嫌だというように、首を振った。
 ユールの頬を挟んで、口にキスしてきた。舌を差し入れるような真似はまだできないらしく、ただ啄むように唇を食む。
 そして、自分からぎこちなく腰を揺らし始めた。
 彼女なりの精一杯の媚態に、限界だった。

「リファちゃん、なあ、言って? 何が欲しいんだっけ?」
「お腹に、ユールさんの種……あったかいのがいっぱい欲しいですっ、あ!」

 再び突き上げられて、リファリールは甘い悲鳴を上げた。

「いいよ、全部中に出してやる」
「はい、ください……! あっ、好き、ユールさん大好き……!」
「……っ、くう、俺もだよ、リファちゃん、リファちゃん……!」

 ユールはもう止まらなかった。細い腰を抱きこんで、本能のままに揺さぶる。
 リファリールが、腕の中のこの雌が、欲しい。
 種をつけて、孕ませたい。

 限界まで高まった衝動が、弾けた。
 狂おしい吐精の快楽の中で、リファリールを離すまいと、いっそう強く抱きしめていた。






「リファちゃん、リファちゃん。ごめん、大丈夫?」

 くったりと力を抜いて寄りかかってくるのが心配になって、ユールは訊いた。加減できずに身体を痛めてしまったかもしれないと青くなっている。

「ん……」

 リファリールは気怠げにユールの胸に顔を擦り付けてきた。
 その頬が、熱かった。

「なあ、熱出てない?」
「……ぽわってして気持ちいいです」
「うん、帰ろう」

 ユールは急いで下だけは穿いた。風邪なら濡れた服を着せるのはよくない気がして、裸のままの彼女を抱き上げた。

 リファリールが淡く発光しはじめていた。
 瞼を閉じた顔の、左右の羊角の下あたりに、光が集まって玉になっていく。
 見るまに膨らんで、臨界まできて、内側から弾けるように、咲いた。

 発光が収まっていく。
 リファリールは目を開けて、左右の花に両手のひらを添えた。

「ふふ、ほらね」

 リファリールは得意げに笑った。
 ユールの腕の中で、身体の熱が、すうっと落ち着いていった。

 雲間から差し込む光に照らされた金色の雨が、咲き初めた純白の対の花を祝福している。
 たちのぼる香りは、以前より濃く華やかだ。

「すげえ、きれい」

 出てきた言葉の単純さに、ユールは自分で呆れながら、目を離せなかった。

「食べる?」

 ユールのごく当然の権利のように、リファリールは勧めてくる。
 反射的にわいてきた生唾をのみこんで、ユールは答えた。

「いいよ。美味そうだけど、それより、今は見てたいよ」

 リファリールが、確かにここにいる。
 そう思えて、また泣きそうになるのを、必死で堪えていた。








 少し、時間は遡る。
 降り続く雨の中、森番の家のドアがノックもなく開かれた。
 黒い鱗の蛇族は、黙ってするりと中に入った。ランスロットはその姿にたいして驚きもせず、迎え入れた。

「あれ、おかえり。珍しいね」
「まーね」

 ルナが布を持ってくる。

「お兄ちゃん拭いて」
「別にへーき」
「床が濡れるの!」
「あー、悪ぃね」

 大人しく布を被る彼は、蛇とエルフの間に生まれた三兄弟の真ん中のクロードだ。
 蛇族の血が濃く出て、生後一年で成熟し、兄のランスロットの体格を軽く追い抜いた。今では、父のスヴェラードから色だけ違えたような姿だった。
 別に家族を嫌っているわけでもないが、群れる性分ではないらしく、風花の森の中で、たまに父親の仕事を手伝いつつ、好きに暮らしている。

「なんかあった?」
「別に、たいしたことじゃねえけど。ルナ、あとでもう二人ずぶ濡れくるからな」

 しゅーっと蛇族特有の音をたてる。彼は今、少し機嫌が悪い。

「……なんでいい女って男がいんのかねえ」

 ランスロットは察して、にやっとした。

「そりゃいい女だからでしょ」
「まーねえ。ったく、ぽやっとした顔していいタマだよ」

 気づいていたくせに「ふたりだけだから」とはよく言ってくれる。黒山羊の方は彼女に夢中だったようだが。
 惚れた女が男と睦むのを覗き見る趣味はなく、クロードは昼寝場所を退散してきたのだった。

「ダメもとで言ってみたら」
「あれは無理。入る余地ねえや」
「お兄ちゃんなんのこと?」
「ルナはもうちょっと大きくなったらわかるよー」
「ラン、なんか食うもんある」
「母さんが焼いたケーキあるよ。ナッツのやつ」
「甘ったるいんだよなあ、あれ」
「そう言いながらよく食べるよね」
「たまに食うぶんにはね。もらう」
「よし、オヤツにしよ!」

 ランスロットは手を叩いて、台所に入った。
 クロードは椅子にかけて、長い尻尾にルナを乗せて遊んでやっている。
 身体は大きくても弟だ。
 傷心のときは甘いものが一番だと、ランスロットはクロードのハーブ茶のカップには、たっぷり砂糖を盛ってやった。
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