ロレンツ夫妻の夜の秘密

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13.効果と副作用

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 割れるように痛む頭を抱え、ステファンは寝台で丸くなっている。

「貴方、お加減は……?」

 気遣ってくれる声すら響いて辛い。

「すみません、もう少し寝させてください……」

 妻の心配顔に、ステファンは申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 彼女はサイドテーブルに水差しとコップを置き、出て行った。枕元の置き時計はもう昼前を指している。休日なのは幸いだった。
 ひどい頭痛に加えて、全身、気怠いを通り越し、虚脱感に包まれている。
 だが自業自得だった。
 彼は昨夜、調子に乗った。

 夕餉のメインは、香辛料をまぶした鳥のローストだった。スープも独特の香りがして、香草が散っていた。
 ディアナが説明してくれた。

「東部のお料理を教えてもらったんですの。どうでしょうか」
「珍しい味ですね。でも、美味しいです」

 身体の内から温まり、食後は薄く汗までかいていた。
 湯を使ったあと、ステファンは昼に調合した西域の秘薬を飲みほした。きつい後味に顔をしかめ、洗面台で口を濯いだ。

「少しお夕飯、辛かったかしら。火照るみたいですわ」

 確かに、寝台の上で寄り添ってきたディアナの身体は、運動後のように熱をもっていた。

「僕もですよ。楽にしましょうか」
「ふふ……はい」

 掛布を落とし、身にまとう邪魔な布を取り去って、熱い肌を重ねた。口付けのあと、ディアナが頼んできた。

「貴方、あれ、欲しいです……つけて」
「何のことですか?」
「お祝いにくださったもの」
「これ?」

 彼女の脚の間に手を滑り込ませ、秘密の部分の装身具に触れた。周辺がぬめっている。

「あっ、ん」
「おや、どうしたんですか。もうこんなにして」
「……今日は、なんだか変なんですの」

 ディアナは、もどかしげにステファンの手のひらに腰を押し付けてきた。

「それに、貴方だって」

 仕返しとばかりに、彼女は触れた。細い指に撫であげられると、疼きが明らかな昂りに変わる。

「そうですね。じゃあ、貴女のお気に入りの首輪をかけましょうか。胸もしっかりマッサージして、気持ちいい印が出てきたら、クリップで挟んであげましょうね」

 愛液を絡めた指の腹でピアスを転がしながら、耳元で言葉にしてやると、ディアナの顔がうっとりと緩んでいく。

「それから、僕のかわいい奥さんは、これも欲しいんですね?」
「……はい」

 彼女の手に擦り付けるように動いてみせた。すぐに指が輪の形になって、上下を始めた。

「よしよし、今日はたくさんあげましょうね」

 サイドテーブルの引き出しから、首輪とジュエリーケースを取り出した。
 首輪の鍵をかけると、彼女は理性のたがを外す。年若いながらしゃんとした奥様をやめて、被虐趣味の淫らな娘になる。
 それでいいと、彼が許した。

「くぅ……」

 挿入したとたん、思わず呻きが漏れた。
 研ぎすました手術刀のようだ。手応えというのもおかしいのだろうが、限界を遥かに越えて張り詰めた男性器は、鮮烈な使い心地だった。
 ディアナの締まりの良い女性器を易々と押し広げる。

「やっ、やぁん、あぁ……!」

 ディアナは声を上げながら、常より径の大きいものに食いついている。
 最奥まで沈めても、まだ尺が余る。彼女の体内の突き当たり、子宮口の隆起を感じる。その少し下側に、位置をずらした。
 ぐっともう一段、押した。

「きゃぁぁん!」

 高く鋭い鳴き声は、ディアナが強い快感を得た証だった。折りあげた脚の先で、足指を丸めている。
 引かずに捏ねるように腰を使う。奥だけでなく、膣全体を圧をかけながら揺さぶる。

「ん、アッ、アッ」

 喉奥から押し出されるような喘ぎに変わってきた。
 彼女の両手首をまとめて股座の方へ引いた。腕に挟まれて、豊かな胸がさらに盛り上がって強調される。色濃く大きい乳輪に、翠の輝石が震えている。
 片手を伸ばして、クリップを人差し指で強く弾いた。

「あああ!」

 無意識なのだろう。自分から腰を突き出して浮かせながら、ディアナは達した。
 手を解放し、尻の下に手を差し入れて、しっかりと受け止めた。

「あっ、ごめ、ごめんなひゃい……イったの、もうイきましたぁ……!」
「そうみたいですね。中、とても強く締まりました」
「まって、まって」
「だめ。僕はまだですから」

 ステファンは続けて、極上の女体を堪能した。絶頂に絶頂を重ねられた妻の様子は、イき狂うという表現がぴったりだ。
 一度吐精したが、全く衰えなかった。妻が何人いようが、という老婆の言を思い出していた。

 身体は情欲に猛り狂い、絶えぬ快楽にうかされる。一方、頭の一隅はひどく平静で、どうしてやれば彼女がさらに悦ぶか、細かに考えられる。
 昼、あれこれ入れた中に、向精神作用のあるものがあったかよくわからない。何か相乗効果を起こしているのかもしれないが、今は、そんなことはどうでもよくなっていた。
 ステファンは、ディアナをもてあそびながら、くすくす笑いが抑えられない。
 彼が言葉を発し、触れてやると、ディアナはいよいよ乱れて誘わしい。精力は尽きる気配がなく、一晩中でもできそうだ。
 これは、物凄く、愉しい。

 真に狂うものは、自身の狂気を自覚しない。
 ステファンは、彼らしくない失敗をしていることに気づかなかった。

「そういえば、貴女、何回イきました?」
「……よん、かい……ごかい、くらい……? ふぇ、あ、……あと、もう、わかんないぃ……!」
「そう」

 身を離すと、彼女はくたりと寝台に手脚を投げ出した。

「あ……なんでぇ……」
「休ませてあげますよ」

 責められているときより、さらに切なそうな顔をする。

「あなた、だって。まだ、こんな……」

 屹立したままのものに、彼女は手を伸ばしてきた。情交の残滓の濃厚な香りに引きつけられたように、顔を寄せてくる。

「どうしたいですか?」

 半開きになった、紅い柔らかな唇を親指で押した。
 ディアナは、眉を下げて懇願してきた。

「……ご奉仕させてくださいませ」
「いいですよ」

 ステファンは彼女の首に繋がるリードを引いた。

 脚の間に顔を埋める彼女の頭を、ステファンは撫でている。俯こうとする面を上げさせ、前髪をかきあげて表情を見る。

「そんなに頬張って、食いしんぼうなメス犬ちゃんですね」
「ふっ、う」

 最中の顔を見られるのは恥ずかしいらしく、睫毛を伏せる。

「貴女、ご奉仕なんて言ってますけど。本当は、これが好きで仕方ないんでしょう?」
「うぅ……」
「違いました? 嫌ならやめていいんですよ」

 口の端に指をかける。取り上げられたものを追って、紅い舌先が覗いた。

「ひゃ……やだ……」
「ん?」
「違うの、嫌じゃないんです…あなた、あなた……」

 彼のものに舌を這わせる。

「好き、そうなの、こうするの、好きなの……許してください……」
「大丈夫、僕はそんな貴女が大好きです。とてもいやらしくて、かわいい」

 男性器で頬をピタピタと叩かれても、嫌悪どころか、お預けをさせられている犬のような顔をしている。

「素直な子にはご褒美です。ほら、あーんして」

 大きく口を開けたところに、再び含ませた。

「上手になりましたね」

 初めは催眠中にさせた。彼女自身、いつその行為を覚えたかは曖昧だろう。何度も繰り返させ、舌の使い方も、刺激の強さも、好みに仕込んだ。深く吞み込むコツも教えた。
 彼女の嗜好にも合ったようで、今では自分から腰に腕を回して根元まで咥えるようになっている。喉はきゅっとはっきり先を締めてくる独特の刺激だ。
 くぷくぷと音を立て、唾液を漏らしながら、ディアナは頭を揺らしている。
 後頭部に手を添えた。

「無理だと思ったら、叩いてください」

 ステファンの方から、腰を押し付けた。
 男の快楽のためだけの動きだ。それでも、耐えてくれる。腕に力はこもっても、叩く動きはしない。
 ステファンは、彼女の整った顔が、苦しげに歪むほどに興奮する。

「ディアナ、出しますからね、全部、飲んで!」
 赤い首輪のかかった白い喉が動き、精を嚥下する。ゆっくりと抜いたが、少し咳き込んだ。涙の浮いた目元も、粘液まみれの口元も、薄闇の中で光っている。
 構わず脚の間から抱き上げて、口付けた。

「んぅ……」
「よく頑張ってくれましたね。とてもよかったですよ」

 褒めると、心底嬉しそうな顔をみせた。

「嬉しい、好き。大好きなんです」

 そこまでされても、彼の下半身を探ってくる。自身でも驚くべきことに、数度射精しているのに触れられれば復活した。

「貴方……今晩は、お好きなだけなさって」

 こっそりハンデをつけているのに、健気に応じてくれる。若い上に身体的に恵まれている彼女ならではだろうか。

「それでは、遠慮なく」

 四つ這いにさせて、後ろから貫いた。ピアスのついた包皮をめくり、大ぶりの真珠を刺激する。
 ディアナは、甘えた鳴き声を漏らしつづけ、腰を振った。
 抽送するたびに、結合が白くぐちゅぐちゅ泡立つ。伝ったもので後肛まで濡れている。
 桃尻を掴み、きゅっと口を噤んでいるその部分を、親指の腹で撫でた。
 とたんに、ディアナがビクッと震えた。

「やっ……! そこ、だめ、汚いの……!」
「排泄口ですから、確かに衛生的とは言えませんけど。貴女はここすら、魅力的ですよ」

 ディアナはイヤイヤと首を振る。

「わかってますよ。強いたりしません」

 今は、という続きは飲み込んでおいた。彼女が望まないままするつもりはない。本来性交に用いる部分ではないのだから、それなりの準備もいる。洗浄して、器具で徐々に拡張し、性感を開発する。
 拒否感が強いなら、まずはアクセサリーからでもいい。尾や、輝石の栓は、きっと彼女に似合う。そうなると、彼女の希望で無毛に処理している部分も、長さと部位を整えてまた生やすのもいい。

「でもね、覚えておいてください。僕は、完璧な淑女の貴女が、みっともない、情けない、弱い部分をさらけ出してくれるほどに、かわいそうで、かわいくて仕方なくなるんです」

 言い聞かせ、背に指を這わせると、彼女は悩ましげなため息をついた。
 少し体位を変えた。
 横向きに寝かせて、彼女の片脚を大きく上げて肩にかけた。斜めに身体を交差させるために、腿に邪魔されず、より深く挿入できる。
 胸の前で手を揃え、見上げてくるディアナは限界が近いらしい。半ば放心して無垢だった。唇から声が漏れる。

「あぁ……」
「善いですか?」
「はい……」
「よかった。貴女が善くなると、僕も善い」
 もう、激しくする必要はなかった。こなれきった中を、優しく掻いて導いた。

「いっちゃう、いっちゃうの……」
「ええ、どうぞ。貴女はいいこ。僕の、かわいい奥さん」
「あなた、きす、して」
 どこまでかわいい願いだろう。望み通り唇を重ね、舌を絡めると、ディアナは彼の腕の中で小刻みに震え、果てた。

 夜は更けていた。
 脱力した彼女からクリップをとり、首輪の錠を解く。布で彼女の身体から汗と粘液を拭い、夜着を羽織らせた。

「あなた……」
「おやすみなさい、ディアナ」

 軽く肩のあたりを叩き、妻の長い睫毛に縁取られた瞼が、静かに降りていくのを見守った。
 視界がくらりと揺らいだ。少しやりすぎたかと苦笑いして、ステファンは、彼女の横に身体をのべた。
 少しどころではなかったことに気づいたのは、翌朝、凄まじい体調不良で目覚めた後だった。

 夕方になって、やっと起きられた。

「すみません、せっかくの休日を潰してしまいましたね」

 パンと牛乳の平和な味付けの粥を啜りながら、ステファンはディアナに謝った。
 午後は彼女の通う乗馬クラブに同行する予定もあったのに、反故にしてしまっていた。

「いいですわ。貴方、ごめんなさい……」
「貴女は何も」
「いえ。私、その。やっぱり、いけないことをしましたわ」

 ディアナは、赤い粉が半ばまで入った小瓶を持ってきた。

「ごめんなさい。こんなに効いてしまうなんて、思わなかったんですの」

 妻の説明を聞いて、ステファンはようやく我が身に起こったことを正しく理解した。

「貴女、プディングの隠し味の笑い話を知っていますか」
「なんでしょうか」
「プディングの隠し味の塩ひとつまみ。一家のお婆さんとお母さんと娘たち誰もかれもが、入れ替わり立ち代わり台所に来て、まだ入れていないものと思って作りさしの鍋に足していくんです。最後はとっても塩からいプディングの完成。まあ、僕たちは二人暮らしなわけですが」
「貴方も、何かお入れになったんですの」
「僕だけ、ちょっとね。これだけなら、ここまでのことにはならなかったんでしょうから、別に貴女にもベルタさんにも怒りはしませんが。これは没収です」
「はい」

 ディアナはしおらしく頷いた。
 新たな研究対象を見つけたステファンは、今度ベルタと顔を合わせたら、調合を聞こうと考えている。
 東西の秘薬を読み解けば、効果は強く副作用は少ない、精力剤を開発できるかもしれない。

 しかし、ドーピングはやはり身体によくない。
 ステファンは、殆ど寝台の上で過ごした一日を反省する。昨夜のようなことを繰り返せば、近いうちに腹上死するという確信があった。本望とは言い難い。
 彼はディアナより相当に年上だから、順当にいけばいつか彼女を置いて逝くのだろうが、それができるだけ遠い日であることを願っている。
 ディアナは、寝台の端で小さくなっている。

「ディアナ、こちらにいらっしゃい」

 促すと腕の中に来はしたが、さすがにねだってはこなかった。

「そんな顔をしないでください」
「ごめんなさい」
「いえ、いいんですよ。もっと構ってほしかったのですよね?」
「はい」
「正直なところ、僕はそこそこ年なので、正攻法では貴女の魅力に敵わないんです。だから少しズルをしたんですが、天罰が下りましたね」

 だが、幸いにして、彼と彼女の嗜好の道は奥深い。肉体で力押しができずとも、工夫のしようはいくらでもある。
 ステファンはディアナの唇に触れ、薄く開かせて舌を摘んだ。

「んぁ……」
「今夜は休ませてもらいますけど、僕は、貴女と持続可能な関係を築いていきたいと思っていますので、明日から一層励ませてもらいます。覚悟してくださいね」

 夫の宣言に、妻は舌を捕らえられたまま、みるみる頬を染めた。
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