ロレンツ夫妻の夜の秘密

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11.クリップとピアス

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「私だって、欲深なんです。もっともっと、貴方が知りたいの、欲しいの……いいでしょう? 」

 ディアナは、興奮してじゃれる犬のように、ステファンの身体に乗ってねだった。

「貴女、酔うとこんな風になってしまうんですか」
「いけませんか?」
「いいえ。素直でとてもかわいいです」

 ディアナは一番お気に入りの褒め言葉に胸をときめかせた。彼の鎖骨に鼻を擦り付け、背に腕を回す。
 彼の指が、うなじの髪に潜り、首輪を探り当てる。

「でも、心配ですから、他の人の前ではあまり飲まないでくださいね」
「もちろんですわ。貴方だけ」
「いいお返事」

 彼はディアナの頭を撫で、顔を上げさせると、今度は深い口付けをくれた。ディアナは自分から舌を出して、ちゃぷちゃぷと水音を立てながら絡めた。口付けを繰り返しつつ、夫妻はお互いに寝間着を脱がせあった。

 酔っていると、身体の感覚が違う。精神的に緩んでしまっているせいか、血行がよくなるためか、皮膚が全体に薄くなってしまったように、刺激を常よりよく拾った。
 胸先も軽い愛撫だけで、あっさりと露出した。彼はそこで、手を止めた。

「実は贈り物があるんです」
「もう、いただいていますのに?」

 ディアナは陶然と首輪を撫でる。

「当日になにもないのも、寂しい気がして」

 彼は小箱を出してきた。垂直にばね仕掛けの蓋が立ち上がる、ジュエリーケースだ。開けて見せられた中には、金色の金具と翠の輝石を組み合わせた装身具が三点、収められていた。

「イヤリング……?」
「いいえ、これはここにするものです」

 ステファンは、ディアナの胸先の芽を摘む。ふぇ、と声を漏らす彼女を誘う。

「つけてみませんか」
「はい……!」

 彼は金具を調節する。クリップが両の頂の濃色の部分を挟んだとたん、ディアナの弓形の眉が切なげに寄った。

「痛いですか。緩めましょうか」
「……いいえ、これがいいです」

 皮膚に当たる部分は幅広で、薄くクッション材も貼られている。痛みというより、軽い圧迫感程度だった。もっときつくしても構わないくらいだ。身体の中で繋がっているかのように、きゅうと下腹が疼く。

「無理をしないんですよ。少し確かめますからね」

 ステファンが輝石のついた輪の部分を引く。

「きゃん!」

 クリップが弱点を弾きながら容易く外れると同時に、ディアナは鳴いた。

「これくらいなら大丈夫ですね」

 彼はまた、ディアナに飾りを付け直した。ディアナは弄ばれた悔し紛れもあって、言ってみる。

「貴方、こういうものの扱いも、誰かと勉強なさったんですの?」
「貴女のためにね」

 この件に関しては開き直っているのか、彼は涼しい顔をして答えた。

「もう、私だけですわよね? こうしてお祝いしてくださるのは、私だけ、特別」
「そうですよ。妬いてくれるのも嬉しいものですね、かわいい人」

 彼はいつからか、ディアナをそう評するようになった。手の内にある、弱いものを愛でる言葉。性交や道具の使用による肉体の支配だけでなく、いつのまにかディアナの精神的な部分まで覗き込み、押さえにかかっている。彼になら、望むところだった。
 ディアナは機嫌を直して訊いた。

「貴方、あと一つはどこにするものですの?」

 三つの贈り物のうち、最後の一つだけ形状が違った。小指の先すら絶対に通らない、ほんの小さな環で、一粒、ビーズのような翠の輝石がついている。
 陰核の包皮に施すもので、クリップではなく、恒常的につけるピアスだと、彼は説明した。

「こちらは皮膚を貫きますから、ホールが安定するまでしばらく痛みます。麻酔は使いますけど、嫌なら、やめておきましょうね」

 用意したくせに、最後に退いてしまいそうなステファンを、ディアナは引き止める。

「私、全部、欲しいですわ」

 ディアナは寝台の背の柵に枕を置き、もたれかかって脚を開いた。
 ステファンが燭台を一つ、近くに置いた。
 ディアナの秘所は、今は剃毛されている。
 処理前は恥じらいで逆上し、顔を近づけた夫を蹴飛ばすほどだった。後で彼に、体毛は異物排除の機能があるから生物としては悪いことではないのだと理屈っぽく慰められようが、若い女の美意識として受け入れられなかった。
 乾いているとふっくらするほど毛並みのいいその部分は、彼としては惜しかったようなのだが、どうしてもならばと、浴室で手入れを手伝ってくれるようになった。

 消毒薬を染み込ませたガーゼで拭かれると、薬剤の揮発ですうすうしたが、麻酔の軟膏を陰核と包皮に塗られると、今度はじわりと温かく感じた。
 麻酔が効く数分を待ちながら、彼は最後に確かめた。

「本当にいいですか」

 ディアナは繰り返した。

「欲しいんです」

 痛くても構わなかった。ステファンは、ディアナが純潔を捧げた夫だった。彼の手で、また一つ、不可逆な印をつけてもらえる。きっと傷つける以上に、満たしてくれると信じた。

 施術は速やかで、痛みどころか感覚もなかった。出血すら、薄く滲んだ一雫を拭った程度で止まった。

「できましたよ」

 ディアナは余裕だった。彼女の夫はとても腕がいい。

「どうなっていますの?」
「ご覧になりますか」

 彼は手鏡を使って、全てさらけ出した女性器を映し出した。指で外陰を軽く開いてみせる。生々しく潤んだ紅色だ。体内に繋がるクレバスに沿って、何枚も襞が折り重なっている。クレバスの上端には、ピアスが燭の光を反射して輝いている。
 ディアナ自身初めて目にした、粘膜が剥き出しのその部分は、男性器より余程グロテスクなようだった。
 それでも、夫はディアナの耳元で囁いてくれた。

「貴女のここは大輪の花みたいです。美しい色味で、花弁も厚みがあって」

 ピアスのついた包皮を押し上げて、真珠のように丸い核を露わにした。ちりっと痺れるような感覚があった。

「あ……」
「きれいについていますよ。大切な部分ですから、支障がないようにこれからも僕が見ますし、手入れも教えてあげます」
「……ええ」

 鏡の中で、彼の指が紅のクレバスのふちをなぞる。何度も往復し、じわりと透明なものが満ちてきたところで、内に侵入した。

「ディアナ、素敵です。よく似合いますよ」
「嬉しいですわ……貴方、私もう待ちきれませんの……お願い、くださいませ」

 燭台と鏡をテーブルに置いて、彼は覆いかぶさってきた。
 施術直後の患部を痛めないようにとの配慮なのか、ゆっくりとした交わりだった。ディアナはもどかしく脚も腕も絡め、ひっきりなしに口付けを求めた。
 連日愛でられた彼女の花は、彼の雄蕊を食い締めて離さない。三つの芽は、彼の贈り物で刺激されて、快楽の信号を発し続ける。

 ステファンは半身を起こすと、ディアナを見下ろした。首輪をかけ、性感帯に装身具をつけて、あられもなく大股を開いて、彼の男根を咥えこんでいる。
 酒と快楽に酔って、目元はトロリと蕩け、口の端から涎まで垂らして喘いでいる。
 ほんの数時間前、高級なレストランで、冬の夜空のようなドレスを着こなしていた凛とした美女が、彼の手でここまでの痴態を晒していた。
 パチュ、パチュと音を立てて、彼は規則正しく律動し、出入りした。階段を一段一段登るように、確実に高めていった。

「アッ、アッ、ダメ、イク……もう、いっちゃうぅ……」

 ディアナは何をしても優秀だ。絶頂もちゃんと伝えるようになった。

「いいですよ。一緒にいきましょうね」

 彼は最後、彼女の腿に添えていた手を外した。体内を責めるのに合わせて、両の乳房を絞りあげ、クリップを弾いた。

「やっ、あ!」

 ディアナの背が反った。いっそう強く膣内が締まった。乳頭への刺激は子宮収縮と連動性がある。きつくなった中でピッチを早め、達した彼女に追い打ちをかけて、射精した。
 行為のあとは、首輪とクリップは外した。乳頭に傷がないのを確かめた。
 ピアスはつけたまま、濡らした布で周囲を拭った。
 身支度を整えて横になると、ディアナが腕の中に潜り込んできた。

「貴方、ありがとうございます。私、今日ずっと嬉しくって」

 彼女の満ち足りた表情に安堵した。情事の後の気怠さが急激に強くなり、ステファンは妻の髪に顔を埋めた。

「こちらこそ。僕は、一人が長かったから忘れていたんですけど……お祝いって、祝う側も楽しいものですね」
「優しい方……ほんとうに、大好き」

 その夜、ステファンはディアナの手が背を探ってくるのを感じながら眠った。

 ディアナは翌朝は寝坊を免れて、六時きっかりに目覚めた。
 サイドテーブルの薔薇から、花びらが一枚落ちていた。

「ディアナ」

 続いて目覚めた夫が、体を起こした。

「おはようございます。まだ早いですから、貴方はお休みになっていて」
「いえ、もう充分。それより貴女、昨日の痛みはありますか」

 言われてみれば、微かに下腹の表層に痛みがあった。軟膏の麻酔は切れたらしい。しかし、破瓜の後朝と比べれば、なんということもなかった。
 そう伝えたが、彼は下着をとるように言った。

「でも」
「診るだけです。朝から求めたりしませんから、安心してください」

 それはそれで意識してしまうのが恥ずかしかった。彼はピアスの周辺の状態を確かめ、問題なさそうだと確認すると、その小さな器具の取り外し方を教えてくれた。

「違和感があったら無理をしないでください。あと、乗馬をなさるときは必ず外してくださいね。つけるのはご自身では難しいでしょうから、僕に任せてください」

 ごく真面目に注意されて、おかしくなった。
 ディアナの新しい秘密、彼にしか見せない部分だ。

「はい、貴方」

 下着をつけて、お礼の気持ちをこめて頬にキスをした。
 カーテンの隙間から差す朝の光の中で、くすぐったそうな顔をする彼を、かわいいと思った。
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