ロレンツ夫妻の夜の秘密

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6.お仕置き(ご褒美)

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 ディアナは、ステファンの手で暖かな部屋の寝台に降ろされた。
 お姫様のように横抱きで運ばれるのは、夢のひとつだった。背がほとんど変わらない夫には無理だと思っていたのに、意外と力持ちだった。
 つい、口元が緩んでしまう。
 ディアナの考えなどお見通しだというように、彼もうっすら笑み、唇を重ねてきた。

 有無を言わせない振る舞いの次は、優しい。ディアナは彼に翻弄されはじめている。
 大切にされたい。虐められたい。
 彼はディアナの背反するわがままを、両方叶えようとしてくれている。

 教えられたばかりの深い口付けを味わう。自分から舌を動かすと、より強い官能に誘われていく。口内に満ちてくるのが、彼のものか自分のものかわからない。それでも不快に感じず、飲み込めた。
 角度が変わる合間に、息を継ぐこともできた。
 彼は顔を離し、前にしたときは溺れたようになったディアナをからかうように言った。

「貴女は何をしても覚えがいい」

 彼はずるい。自分だけ娼館なんかに行って、色々覚えてきてしまった。こればかりは、女の身では真似できない。
 性交はしていないと言うが、本職の手練手管を楽しんだのだろうと思うと、悔しかった。
 これからは、妻の自分だけにしてほしい。彼にも満足してもらいたい。
 だから、頼んだ。

「……もっと、教えてください」
「ええ」

 彼はベッドの背に、リードの輪をかけた。薄闇でも鮮やかな赤に、ディアナは先ほど鏡で見せられた姿を思い出す。
 彼に贈られた首輪だけつけて、床に座り込んだ女。玄関の絨毯のさりさりした感触が、直に伝わってきた。飾り窓の桟の影が身体に縞模様を描いていた。
 冷たい空気の中で、彼に触れられた部分が順々に熱を持った。後ろから探られて、蕩けた顔で喘いだ。犬に例えられても、屈辱に勝る愉悦を感じてしまうだらしない嗜好を、彼は受け入れてくれる。

「少し、冷えてしまいましたか」

 ステファンは、ディアナの両の乳房を包んだ。

「貴女のここは、恥ずかしがりですね」

 色づいた頂きの輪をなぞるが、そこはあるべきものが両側とも埋もれていて、平らだ。ディアナの隠れた悩みだった。今まで見て見ぬふりをしてくれていたのに、指摘されてしまった。

「やっぱり、変ですわよね……?」
「たまにある症例ですよ。胸元の豊かな方で、組織の発達に偏りがあると見られます。刺激しても出てこないようなら問題ですけど、貴女は違うでしょう」

 手のひらで温め、指先でくすぐられると、ぷくりと芽吹いてくる。軽くつつかれただけで、ディアナは声を漏らした。

「指では痛いですか?  隠れているぶん、敏感なのかもしれませんね」

 輪ごとパクリと含まれた。熱くぬるぬるした口内で、彼は芽を吸い出し、舌を絡めた。
 疼きが強くなっていく。手に包まれたもう片側も主張しはじめると、彼はそちらも同じように手当てしてくれた。
 口が離れ、淫蕩の証が一筋、銀糸になって伝った。
 唾液を潤滑にしたマッサージが始まった。膨らみが寄せられ、揉まれて、されるがままに形を変える。芯を持って立ち上がった両の芽を、指の腹が摘み、潰し、転がす。

「ふぇ、あぁん……」
「ほら、ちゃんと出てきてくれました。これからは、僕が手伝ってあげます。こまめに癖をつければ、よくなってきますよ」
「はい……」

 自分では上手くできなくて、湯を使いながら清めるのに困っていた。
 それが、濡れ濡れと光り、見たことがないほどはっきりと現れている。まるで彼によって作り変えられてしまったようだ。
 こんなことを繰り返されたら、自分はどんどん堕ちてしまう。
 でも、もう構わない気もしていた。
 ディアナは恍惚としていた。
 彼はディアナの夫だ。
 ディアナの不道徳な望みを知っても否定しなかった。逃げられないように素敵な首輪までかけて、ずっと大切に飼うと囁いてくれた、ご主人様だった。

 彼は今度は臍に口をつける。彼女の全てを確かめるように、愛撫を続ける。
 しかし、下腹の茂みに顔が降りてきて、ディアナは、はっとした。黙っていられなくなった。

「貴方、そこは……」

 濃すぎる下生えは、ディアナのもう一つの悩みだった。髪が豊かで眉がくっきりしているのはまだしも、他の部分は良しとできなかった。ドレスを着るにも困る。年頃になってからはシャボンと剃刀で手入れしたが、その部分だけは怖くて、手をつけられなかった。

「あまり、見ないでください……汚いです」

 ステファンの方が、体毛が薄く色素も淡く、つるりとした身体をしていて羨ましいくらいだった。

「そんなことありませんよ。ふかふかで気持ちいいです」

 ぽふ、と頬擦りされた。長年のコンプレックスを逆撫でされて、目の前が眩む。

「いや……!」

 思わず脚をばたつかせると、はずみで強く彼の身体を蹴ってしまった。

「ディアナ」

 彼女の足首を捕まえた彼の声音が、一段低い。
 糸目の奥で、暗色の瞳が光る。

「あ……」
「夫を足蹴にするなんて、いけませんよ」
「だって……」
「気の強いところも好きですけど、少し、躾がいりますね」

 忘れてはいまいなというように、彼はリードを短く持って引いた。

 寝台に座って、脚を床に降ろしたステファンの膝に、ディアナはうつ伏せで乗せられた。
 彼は寝間着の襟を乱してすらいないのに、ディアナは裸で、解された胸先はピンと立ったままだ。脚の間もひやりとする。そのうえ尻を撫でられて、「ひゃん!」と情けない悲鳴を上げてしまった。

「何をされるかわかりますか?」

 もしかして、と思いながら答えられなかった。彼の寝間着の腿を握っていると、微かな笑い声が聞こえた。

「貴女の好きなご本通りにしてあげるんですよ」

 パチン!  と華やかな音と同時に、衝撃が走った。焦らされた下腹へ響く刺激で「きゃう!」と鳴いた。

「おや、本当に犬のような声が出た」

 彼は楽しげに言った。小気味好い音をたてて、打擲が続く。

「あっ、あ……!」
「貴女はお利口さんだから、お父様やお母様に、こんなふうにお仕置きされたことはなかったんでしょうね」

 家族のことを口にされて、かっと頬が熱くなった。ディアナは言わずもがな、たとえ悪さをした兄弟にも、そんな躾け方をする両親ではなかった。

「こんなのっ、こんなのされたことありませんわ……!」
「お返事はいいですけどね……」

 一際強く叩かれた。

「きゃん!」
「貴女、僕に言うべきことがありますね?」

 緩急をつけて叩かれるたびに、頭の中で白い光が弾ける。渦巻く快楽に引き込まれていく。痛いのに、気持ちいい。

「あなた、ごめんなさい……!」

 ディアナは謝った。

「蹴って、ごめんなさい……もうしません、いい子にします……!」
「ええ。わかったなら、いいです」

 しかし彼は片腕でディアナの腰を抑えて、まだ離してはくれなかった。

「とっても綺麗な色。熟れはじめの桃みたいになりましたよ」
「ひどい、ですわ……」

 ディアナは、荒れた息を整える。叩かれた部分は、じんわり痺れていた。

「そう? でも、ほら……」

 彼は色づいた果実を撫で、露の降りた茂みを掻き分けた。

「やぁん……!」
「こんなに潤んでいますよ。これではご褒美になってしまいましたね」

 ぬかるみを浅く引っ掻き、愛液を絡めて蕾に触れる。
 また、ディアナの頭の中で白い火花が散りはじめる。

「ふぁ、あ……ごめんなさい……わたし、わたし、これ、だめなのぉ……」
「ふうん、躾っていうのも難しい……これからじっくり研究させてもらいます」

 淡々と呟いて、彼は無造作に指を二本、中に入れた。

「ああん!  やめて、許してぇ……」
「貴女、嫌がっていないでしょう。こんなに中をひくつかせて。イっていいですよ」
「えっ、あ、何、何ですの……?」
「ああ、俗語ですけど、貴女のご本にも出てきた表現だと思いますよ。性的絶頂のことです。昨日、ちゃんとできたでしょう」

 彼に抱かれて、浮遊感とともに何度も意識を飛ばした、あのことだろうか。快楽と恐怖が混ざって、それでも彼にしがみついていたから耐えられたのに。
 今、一人だけ昂ぶってしまうのは、惨めだった。

「いやっ、いやぁあ……!」

 抵抗は虚しかった。揃えられた指は鉤型に曲げられて、ディアナの弱い部分を執拗に責め、挙句にもう片手が揺れる乳房を掴んだ。上も下も、芽を強く摘まれて、ディアナはとうとう達した。

「次は、イくときは言えるようになりましょうか」

 彼の言葉が、どこか遠く聞こえた。

 余韻の抜けないまま、寝台に移された。うつ伏せにされたが、四つ這いすらできず、腰だけ引き上げられた。
 さっき嫌だといったのに、彼はディアナが抵抗できないのをいいことに、脚の間に顔を埋めた。今度は柔らかな粘液に包まれた組織で、花弁をちゃぷちゃぷと水音をたてて食んだ。一段高い温度を持った繊細な刺激に、ディアナは再び正気を失っていく。

「あなたぁ、だめ、また、だめなの……!」

 ちゅ、と吸って、彼はひと時、口を離した。

「教えたでしょう。今度は、口に出してみましょうね」

 ディアナは訴えた。

「やっ、やなの、だって、わたしばっかり嫌……!  貴方も、一緒がいいんです……!」
「そう。じゃあ、ちゃんと言えたら、ご褒美にあげます」

 吐息を感じた。舌が差し込まれた。内側を舐りながら、自在に動く。感覚の変わってしまった双丘を揉まれた。彼に食べられているようだった。ディアナは口にした。

「……イっちゃう…! わたし、イきます……!」

 ステファンは、やっと寝間着を脱いだ。

「よくできましたね。僕もしたくなってきましたよ」

 ディアナは、犬の姿勢のまま、指や舌と比べ物にならない、しっかりと質量を持ったものを受け入れた。

「あっ……あなた……」
「さっきみたいに鳴いてごらんなさい」
「……いや……」
「それなら、もうやめましょうか?」

 後ろからリードが引かれ、赤い首輪のかかった白い喉が反る。
 その圧迫すら、被虐的な悦びに変わった。拒否の言葉に反して、膣内は主人に媚びるようにひくついている。
 ステファンは色づいたまるみの片方に手を置いて、彼そのものを抜きとろうとする。「あ……!」とディアナは切なげに声を漏らし、そして、鳴いた。

「きゃん……きゃう……」

 一線を超えた彼女を、ステファンは蕩けるように優しい声音で褒めた。

「よしよし……僕のメス犬ちゃん」

 白い背中が、びくりと震える。

「ああ……そんなこと、言わないで……」

 抗議はもはや、さらなる羞恥と快楽を求めているようにしか聞こえない。
 ステファンはそれを叶えてやる。

「首輪までして、そんなにお尻を振りながら言ってもねえ……ほら、僕は挿れただけで、動いてはいないんですよ? 欲しがってるのは貴女……」

 ディアナはぎこちなく下半身を突き出し、揺らしている。

「あなた、あなた…だって、お腹へんなの…もう虐めないで」

 切なくて、涙が滲んだ。
 どうされてもいいと思って、ディアナは首をよじって彼に面を見せた。

「貴方、お願い……ご褒美、ください……」

 てきめんだった。ステファンはディアナのくっきりと括れた腰を掴んだ。

「っ、く、ディアナ、貴女って人は!」

 色づいた尻を抱え込み、攻め手の余裕を失って、彼は激しく穿ち始める。
 ディアナは命じられるまでもなく、獣のように泣き叫んだ。
 根元まで押し込まれ、拡げるように円を描かれて、ディアナは三度目の絶頂に押し上げられた。浅い部分で与えられたのと違い、深く長く、戻り難い悦楽だった。

 赤い革のリードが、寝台に投げ出された背を飾る。
 ディアナは、顔を横に向け、半ば口を開けたまま、黒目を軽く上転させて気をやっている。目元に、頬に、夫を狂わせる水晶を散らしている。
 ステファンは、彼女をまだ離さない。彼女の中は温かくうねり続けて、彼を誘っている。
「うぅ、ああ……! ディアナ、ディアナ……!」

 譫言のように妻の名を呼びながら、腰を打ちつけた。





 ステファンはディアナの息を確認した。
 不自然な乱れ方はしていない。顔色も多少上気している程度で、ひどくはない。
 このまま寝かせて大丈夫だと判断した。
 首輪を外し、サイドテーブルに置いた。玄関から衣服を取ってきて着せ、掛布に包んだ。
 涙の乾いた跡が残る頬を触った。

 満足してくれただろうか。半端では興醒めさせるが、求める以上に手酷くすれば嫌われるだろう。加減が難しい。
 明日の彼女の様子をよく見て、出方を考えなければならない。

「愛してるんです、多分……」

 彼は気弱に戻ってひとりごちた。こんな曖昧な物言いを聞けば、彼女は怒るだろう。
 ディアナは、ステファンがこれまでの人生で唯一求めた相手だった。尽くしたいのも本当だ。彼女が側にいてくれるなら、なんだってする。
 だから、相当にいびつでも、この感情は愛なのだろうと思った。
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