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侍女と狼
18 対価
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「ん……ごめんなさい」
耳を伏せて、肩を縮めて反省のポーズをとるジークに対して、エマは我儘を言うことにした。
「なにか飲み物、飲みたいわ。クッキー美味しかったけど、喉が乾いちゃった」
「待ってて!」
ジークは驚くべき運動神経で階段を飛び降りていき、果物入りのワインを買ってきた。
「ひとつだけ?」
「もっと飲みたい??? 他のがよかった???」
「そうじゃなくて、ジークも。わけっこしようか」
「うん! うん! へへ、嬉しい、エマ笑ってくれた! 他には??? 何が欲しい!? 大好きだよ、俺なんでもするよ!」
「ありがとう。隣に座って」
「うん!」
ジークの尾が落ち着きなく揺れて、階段を払っている。
それを見ていると、エマの中のわだかまりが不思議なほどするすると溶けていき、かわりにジークの真っ直ぐな好意が沁みてきた。
「お腹すいた? もっと食べ物いる?」
「うん、少し歩こう。屋台、見てみたいし、ジークも好きなもの食べようね」
ジークと手を繋いで歩く。時折投げられる奇異の視線も構わない。それより、お互い隷属の首輪を外して向き合えるのが嬉しかった。
ジークが宝飾品の屋台にエマを引っ張っていく。
「宝石好きだよね??? 好きなの買ってあげる!!!」
並んでいるペンダントもリングも、シェリルのつけるものと比べれば、おもちゃのようだ。その他愛なさがかわいらしい。
エマは、心につかえていたものをもう一つ、言葉にした。
「どれも、素敵だけど……それより、わたしのペンダントを返して」
あの夜、ジークが奪っていった、銀細工の魔除けのエンブレムがついたペンダント。
「お母さんが、お父さんにあげたものなの。大切な形見なの」
ジークがとたんにオロオロする。
「返したいけど、ごめん。そんなに大事なのって知らなかったんだ、その、俺もう持ってないんだ」
「……なくしたの?」
「そうじゃないけど、怒らないで、お願い」
「怒らないわ。話して」
「ヴィネ様にあげたんだ。首輪外してもらう対価に、エマのペンダント取っておいでって言われたから」
「……そう」
エマは落胆して俯く。悪魔の考えなど、なにもわからなかった。ペンダントを意味のないもののように嘲笑ったくせに。
すると、隷属の首輪が差し出された。顔を上げると、ジークが真剣な目で見つめていた。
「これ、もう一度俺につけて。ヴィネ様に頼んでみる。首輪ついてていいから、エマのペンダント返してって言う」
「でも」
「首輪ないの楽しかったけど、でもどっちでも変わんないよ、エマの言うことならなんでも聞くよ。俺、エマに笑っててほしい」
ジークは背をかがめて、エマに隷属の首輪を押し付けて早くつけろと促してくる。
偽の首輪がかかるうなじに触れると、微かに身体を強ばらせるのがわかった。
彼も、嘘をつくことがあるのだ。本当は、身震いするほど嫌なのに。
「ねえ、わたしたち、そういうのもうやめよう」
エマは隷属の首輪を片手に歩き出す。慌ててジークが追ってくる。
「えっと、じゃあ他の対価をヴィネ様に渡してお願いするよ!」
「いいの。ジーク、もうあれと取引しないで。いっとき願いを叶えてもらっても、最後には不幸になるって言われてるの。わたしには……たとえシェリル様を助けているとしても……あれがいいものとは思えない。ペンダントはもういいから。お願い、ジークもあれと関わらないで」
「うん、エマがそう言うなら……もうお願いしない……」
「約束ね。ジーク、こっち」
ふたり、広場に戻った。舞台の横には、大きな聖火台がある。役目を終えた護符を焚き上げるための火だ。
エマは、深く息を吸うと、隷属の首輪を火に焚べた。
一瞬、痛んだ魚じみた臭いがした。それすら、聖なる炎に消され、首輪はみるみる形をなくしていく。留め金も歪んで縮んでいく。
ジークの淡い青の瞳が、炎を照り返して輝いていた。
「つけてみてわかったわ。本当に、嫌なもの」
「……うん」
「ジーク。長い間、ごめんなさい」
「いいよ、俺だって嫌だったことエマにしたんだ……」
「じゃあ、謝りっこはおしまいにする?」
「うん」
薄紫の宵の空に、白銀の満月が浮いている。
エマは舞台を見やってジークを誘った。
「ダンス、してみない?」
「俺と!?? いいの!???」
「いっぺん、やってみたかったの。上手くできないかもしれないけど」
「いいよ、行こう! 俺できるよ、いっぱいクルクル回すよ!」
城の舞踏会とは違う、気ままな民衆の踊りだ。伸びやかなアコーディオンに合わせて、誰でも舞台に上がる。
ジークははしゃいでエマを抱き上げて、何度も宙に舞わせる。
エマの中で、彼の力強さが、遠い父の記憶と、一瞬重なる。
小花模様のスカートが風に遊ぶ。
エマはただの年若い娘になって、ジークと一緒になって無邪気に笑った。
その様子を、一人の男が、遠くから見ていた。
耳を伏せて、肩を縮めて反省のポーズをとるジークに対して、エマは我儘を言うことにした。
「なにか飲み物、飲みたいわ。クッキー美味しかったけど、喉が乾いちゃった」
「待ってて!」
ジークは驚くべき運動神経で階段を飛び降りていき、果物入りのワインを買ってきた。
「ひとつだけ?」
「もっと飲みたい??? 他のがよかった???」
「そうじゃなくて、ジークも。わけっこしようか」
「うん! うん! へへ、嬉しい、エマ笑ってくれた! 他には??? 何が欲しい!? 大好きだよ、俺なんでもするよ!」
「ありがとう。隣に座って」
「うん!」
ジークの尾が落ち着きなく揺れて、階段を払っている。
それを見ていると、エマの中のわだかまりが不思議なほどするすると溶けていき、かわりにジークの真っ直ぐな好意が沁みてきた。
「お腹すいた? もっと食べ物いる?」
「うん、少し歩こう。屋台、見てみたいし、ジークも好きなもの食べようね」
ジークと手を繋いで歩く。時折投げられる奇異の視線も構わない。それより、お互い隷属の首輪を外して向き合えるのが嬉しかった。
ジークが宝飾品の屋台にエマを引っ張っていく。
「宝石好きだよね??? 好きなの買ってあげる!!!」
並んでいるペンダントもリングも、シェリルのつけるものと比べれば、おもちゃのようだ。その他愛なさがかわいらしい。
エマは、心につかえていたものをもう一つ、言葉にした。
「どれも、素敵だけど……それより、わたしのペンダントを返して」
あの夜、ジークが奪っていった、銀細工の魔除けのエンブレムがついたペンダント。
「お母さんが、お父さんにあげたものなの。大切な形見なの」
ジークがとたんにオロオロする。
「返したいけど、ごめん。そんなに大事なのって知らなかったんだ、その、俺もう持ってないんだ」
「……なくしたの?」
「そうじゃないけど、怒らないで、お願い」
「怒らないわ。話して」
「ヴィネ様にあげたんだ。首輪外してもらう対価に、エマのペンダント取っておいでって言われたから」
「……そう」
エマは落胆して俯く。悪魔の考えなど、なにもわからなかった。ペンダントを意味のないもののように嘲笑ったくせに。
すると、隷属の首輪が差し出された。顔を上げると、ジークが真剣な目で見つめていた。
「これ、もう一度俺につけて。ヴィネ様に頼んでみる。首輪ついてていいから、エマのペンダント返してって言う」
「でも」
「首輪ないの楽しかったけど、でもどっちでも変わんないよ、エマの言うことならなんでも聞くよ。俺、エマに笑っててほしい」
ジークは背をかがめて、エマに隷属の首輪を押し付けて早くつけろと促してくる。
偽の首輪がかかるうなじに触れると、微かに身体を強ばらせるのがわかった。
彼も、嘘をつくことがあるのだ。本当は、身震いするほど嫌なのに。
「ねえ、わたしたち、そういうのもうやめよう」
エマは隷属の首輪を片手に歩き出す。慌ててジークが追ってくる。
「えっと、じゃあ他の対価をヴィネ様に渡してお願いするよ!」
「いいの。ジーク、もうあれと取引しないで。いっとき願いを叶えてもらっても、最後には不幸になるって言われてるの。わたしには……たとえシェリル様を助けているとしても……あれがいいものとは思えない。ペンダントはもういいから。お願い、ジークもあれと関わらないで」
「うん、エマがそう言うなら……もうお願いしない……」
「約束ね。ジーク、こっち」
ふたり、広場に戻った。舞台の横には、大きな聖火台がある。役目を終えた護符を焚き上げるための火だ。
エマは、深く息を吸うと、隷属の首輪を火に焚べた。
一瞬、痛んだ魚じみた臭いがした。それすら、聖なる炎に消され、首輪はみるみる形をなくしていく。留め金も歪んで縮んでいく。
ジークの淡い青の瞳が、炎を照り返して輝いていた。
「つけてみてわかったわ。本当に、嫌なもの」
「……うん」
「ジーク。長い間、ごめんなさい」
「いいよ、俺だって嫌だったことエマにしたんだ……」
「じゃあ、謝りっこはおしまいにする?」
「うん」
薄紫の宵の空に、白銀の満月が浮いている。
エマは舞台を見やってジークを誘った。
「ダンス、してみない?」
「俺と!?? いいの!???」
「いっぺん、やってみたかったの。上手くできないかもしれないけど」
「いいよ、行こう! 俺できるよ、いっぱいクルクル回すよ!」
城の舞踏会とは違う、気ままな民衆の踊りだ。伸びやかなアコーディオンに合わせて、誰でも舞台に上がる。
ジークははしゃいでエマを抱き上げて、何度も宙に舞わせる。
エマの中で、彼の力強さが、遠い父の記憶と、一瞬重なる。
小花模様のスカートが風に遊ぶ。
エマはただの年若い娘になって、ジークと一緒になって無邪気に笑った。
その様子を、一人の男が、遠くから見ていた。
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