24 / 26
侍女と狼
17 迷子
しおりを挟む
広場に出ていた大型の屋台に、王子が欲しがっていた飴の瓶があった。勘定をしてエマが振り返ると、ジークがいない。
少し離れたところで、泣いている男の子の側にしゃがんでいた。
「この子、迷っちゃったって」
ジークは男の子の匂いをくんくん嗅ぎまわる。泣き止んだ子どもが、人型をとっても変わらないジークの立ち耳を触ると、プルプル振って笑わせてやっていた。
「お兄ちゃん変な耳。しっぽ」
「俺、狼だもん。人の真似してるだけ」
ジークは気を悪くするふうもなく、子どもをひょいと抱き上げると、肩車をした。
子どもはケラケラ笑い出す。
ジークは振り返って、エマの手を再び握った。
ジークの鼻を頼りについていくと、裏路地で小さなワゴンを出していた女性が、ジークと子どもを見て悲鳴を上げた。
「やめて、返して!」
首輪がついていても、人狼を忌避する人間は多い。
ジークが子どもを下ろすと、母親が駆け寄って背に庇った。
「狼のおにーちゃん、ばいばい」
子どもがちいさな手のひらを振る。隣の屋台の男が口を出した。
「奥さん、このひと女王様の狼さ。悪さなんかしないよ、今だって坊や送ってくれたんだろ。邪険にしたら失礼だ」
「……ええ、ご安心ください。彼は近衛の兵士です」
エマも言い添える。
まだ青ざめている母親が、子どもとジークを見比べる間に、ジークはさっさと踵を返してしまった。
「ジーク、気にしないで」
「うん、平気。よくあるから」
「そう」
沈む様子もないのが、本当によくあることなのだと実感させられる。
「お待ちください……近衛様!」
子どもを片腕に抱いて、母親が小走りに追ってきていた。
「失礼いたしました。あの、つまらないものなのですけれど」
ワゴンで商っていた、クッキーの包みだ。
ジークは受け取ると、屈託なく笑った。
「ありがと」
母親は、ほっと顔を緩め、頭を下げると戻っていった。
ジークの尾が、ゆったりと揺れている。
「エマ、一緒に食べよ」
広場に戻って、今は人々の長椅子になっている石造りの大階段の空きを見つけて、ふたり並んで座った。
もう夕刻だった。空は茜に焼けて、街並みが黒く影絵になっている。
広場の舞台に篝火が焚かれ、人々が入れ替わり立ち替わり、音楽に合わせてダンスに興じている。
「ジーク」
「なに?」
「ひとが憎くはならないの。女王様の名前が出たら態度を変えられて、嫌な気持ちにはならないの」
何を言っているのだろうと思う。それでも、エマは問わずにいられなかった。
ジークに首輪をかけて偉そうに命令し続けた自分も含めて、この国の人間は一人残らず勝手だった。
「ん? んーっと、別に。人間って俺を好きじゃないんだろうし、俺もあんまり人間好きじゃない。お互い様。でも、ちっちゃいのが泣いてるとかわいそーだなって思うし……あ、俺エマは人間でも大好きだよ!」
ジークはエマの口元に、クッキーを一つ持ってくる。
「これいい匂いするよ、美味しそうだよ」
エマは、ジークの温かさと、クッキーの甘さに、泣きたくなるのを堪えていた。
しばらく黙って、祭りの景色を眺めていた。
ジークがふと、エマのストールを外す。薄闇に、隷属の首輪が現れる。
首輪の金具が軽い音をたてて、呆気なく外れた。
エマは信じられない気持ちでジークを見つめる。彼は珍しく視線を逸らした。
「だってこのヒラヒラ暑そうだし、せっかくかわいい服だし……これ似合わない。……俺、首輪外してもらって毎日楽しいんだ。……そしたらさ、エマに首輪させてるの、悪いなって……思ってて……エマずっと怒ってるし、俺喜んでほしくて色々したけど……お祭り楽しくないのそのせいかなって……」
だんだん声がちいさくなって、尾が垂れてくる。
情けない上目遣いになって、ジークは伺いをたてた。
「やっぱり、首輪なかったら、俺と一緒にいてくれない……?」
夕方の涼しい風が、解放された首を撫でる。
エマは微笑んだ。
「ずるいわ、ジーク」
少し離れたところで、泣いている男の子の側にしゃがんでいた。
「この子、迷っちゃったって」
ジークは男の子の匂いをくんくん嗅ぎまわる。泣き止んだ子どもが、人型をとっても変わらないジークの立ち耳を触ると、プルプル振って笑わせてやっていた。
「お兄ちゃん変な耳。しっぽ」
「俺、狼だもん。人の真似してるだけ」
ジークは気を悪くするふうもなく、子どもをひょいと抱き上げると、肩車をした。
子どもはケラケラ笑い出す。
ジークは振り返って、エマの手を再び握った。
ジークの鼻を頼りについていくと、裏路地で小さなワゴンを出していた女性が、ジークと子どもを見て悲鳴を上げた。
「やめて、返して!」
首輪がついていても、人狼を忌避する人間は多い。
ジークが子どもを下ろすと、母親が駆け寄って背に庇った。
「狼のおにーちゃん、ばいばい」
子どもがちいさな手のひらを振る。隣の屋台の男が口を出した。
「奥さん、このひと女王様の狼さ。悪さなんかしないよ、今だって坊や送ってくれたんだろ。邪険にしたら失礼だ」
「……ええ、ご安心ください。彼は近衛の兵士です」
エマも言い添える。
まだ青ざめている母親が、子どもとジークを見比べる間に、ジークはさっさと踵を返してしまった。
「ジーク、気にしないで」
「うん、平気。よくあるから」
「そう」
沈む様子もないのが、本当によくあることなのだと実感させられる。
「お待ちください……近衛様!」
子どもを片腕に抱いて、母親が小走りに追ってきていた。
「失礼いたしました。あの、つまらないものなのですけれど」
ワゴンで商っていた、クッキーの包みだ。
ジークは受け取ると、屈託なく笑った。
「ありがと」
母親は、ほっと顔を緩め、頭を下げると戻っていった。
ジークの尾が、ゆったりと揺れている。
「エマ、一緒に食べよ」
広場に戻って、今は人々の長椅子になっている石造りの大階段の空きを見つけて、ふたり並んで座った。
もう夕刻だった。空は茜に焼けて、街並みが黒く影絵になっている。
広場の舞台に篝火が焚かれ、人々が入れ替わり立ち替わり、音楽に合わせてダンスに興じている。
「ジーク」
「なに?」
「ひとが憎くはならないの。女王様の名前が出たら態度を変えられて、嫌な気持ちにはならないの」
何を言っているのだろうと思う。それでも、エマは問わずにいられなかった。
ジークに首輪をかけて偉そうに命令し続けた自分も含めて、この国の人間は一人残らず勝手だった。
「ん? んーっと、別に。人間って俺を好きじゃないんだろうし、俺もあんまり人間好きじゃない。お互い様。でも、ちっちゃいのが泣いてるとかわいそーだなって思うし……あ、俺エマは人間でも大好きだよ!」
ジークはエマの口元に、クッキーを一つ持ってくる。
「これいい匂いするよ、美味しそうだよ」
エマは、ジークの温かさと、クッキーの甘さに、泣きたくなるのを堪えていた。
しばらく黙って、祭りの景色を眺めていた。
ジークがふと、エマのストールを外す。薄闇に、隷属の首輪が現れる。
首輪の金具が軽い音をたてて、呆気なく外れた。
エマは信じられない気持ちでジークを見つめる。彼は珍しく視線を逸らした。
「だってこのヒラヒラ暑そうだし、せっかくかわいい服だし……これ似合わない。……俺、首輪外してもらって毎日楽しいんだ。……そしたらさ、エマに首輪させてるの、悪いなって……思ってて……エマずっと怒ってるし、俺喜んでほしくて色々したけど……お祭り楽しくないのそのせいかなって……」
だんだん声がちいさくなって、尾が垂れてくる。
情けない上目遣いになって、ジークは伺いをたてた。
「やっぱり、首輪なかったら、俺と一緒にいてくれない……?」
夕方の涼しい風が、解放された首を撫でる。
エマは微笑んだ。
「ずるいわ、ジーク」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる