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姫と悪魔
1 「悪魔憑きを殺せ」
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ーー殺せ! 殺せ! 悪魔憑きを殺せ!
人々の憎しみに満ちた呪詛が、耳にこびりついて離れない。
シェリルは鉄格子のはまった窓がひとつきりの暗い部屋の床に一人、座り込んでいた。
身につけているドレスは捕らえられた数日前から召し替えておらず、崩れた髪を結い直すこともできない。
青ざめ震えているのは、絨毯の敷かれていない石造りの床から這い上がる冷気のせいばかりではなかった。
シェリルは深く悲しみ、怯えていた。
マルク公国は実り豊かな美しい国だ。神聖帝国の属国として、安定した治世が続いていた。
シェリルは王の第一子として生まれ、何不自由なく育った姫だった。穏やかな賢王と、美しい王妃は仲睦まじく、シェリルの次には王子に恵まれた。
父も母も、驕ることがなかった。華美に走らず、いつも国のことを思っていた。流行病には施薬院を増やし、自ら慰問に赴いた。魔物への対処は神聖帝国の助力を仰ぎ、軍にも手厚かった。
城下に向かえば、民は笑顔で手を振ってくれた。敬愛されている両親は、シェリルの誇りだった。
自分も、姫としてふさわしく、慈しみ深くあるように、努めてきたつもりだった。
それなのに。この国は狂ってしまったとしか思えない。
反乱は突然のことだった。軍と民衆が王宮になだれ込んできた。
この夏の流行病も、魔物の被害も、王が悪魔に供物を捧げたせいだと、罪状が突きつけられた。
父は抵抗しなかった。近衛に剣を納めるように命じ、静かに捕らえられた。
「落ち着いていなさい、シェリル。神に背くことなどしていないのだから、何も恐れなくていい」
何者の策であろうと、神聖帝国の審判が全て明らかにしてくれると、父は言った。
一家は捕らえられ、シェリルは父母とも弟とも引き裂かれて、この塔に押し込められた。
悪い夢なら、早く覚めて。
シェリルは指が食い込むほどきつく、自身の肩を抱く。
耳を塞ごうと、瞼を閉じようと。
呪詛は止まず、その光景は眼裏を離れてはくれない。
神聖帝国の審判も、抗弁の機会も、与えられはしなかった。
鉄格子の向こう、王一家が何度も祭典に出向き、国民と触れ合った広場には、今も。
愛した国民に呪われ、処刑台に吊るされた王と王妃がいる。
人々の憎しみに満ちた呪詛が、耳にこびりついて離れない。
シェリルは鉄格子のはまった窓がひとつきりの暗い部屋の床に一人、座り込んでいた。
身につけているドレスは捕らえられた数日前から召し替えておらず、崩れた髪を結い直すこともできない。
青ざめ震えているのは、絨毯の敷かれていない石造りの床から這い上がる冷気のせいばかりではなかった。
シェリルは深く悲しみ、怯えていた。
マルク公国は実り豊かな美しい国だ。神聖帝国の属国として、安定した治世が続いていた。
シェリルは王の第一子として生まれ、何不自由なく育った姫だった。穏やかな賢王と、美しい王妃は仲睦まじく、シェリルの次には王子に恵まれた。
父も母も、驕ることがなかった。華美に走らず、いつも国のことを思っていた。流行病には施薬院を増やし、自ら慰問に赴いた。魔物への対処は神聖帝国の助力を仰ぎ、軍にも手厚かった。
城下に向かえば、民は笑顔で手を振ってくれた。敬愛されている両親は、シェリルの誇りだった。
自分も、姫としてふさわしく、慈しみ深くあるように、努めてきたつもりだった。
それなのに。この国は狂ってしまったとしか思えない。
反乱は突然のことだった。軍と民衆が王宮になだれ込んできた。
この夏の流行病も、魔物の被害も、王が悪魔に供物を捧げたせいだと、罪状が突きつけられた。
父は抵抗しなかった。近衛に剣を納めるように命じ、静かに捕らえられた。
「落ち着いていなさい、シェリル。神に背くことなどしていないのだから、何も恐れなくていい」
何者の策であろうと、神聖帝国の審判が全て明らかにしてくれると、父は言った。
一家は捕らえられ、シェリルは父母とも弟とも引き裂かれて、この塔に押し込められた。
悪い夢なら、早く覚めて。
シェリルは指が食い込むほどきつく、自身の肩を抱く。
耳を塞ごうと、瞼を閉じようと。
呪詛は止まず、その光景は眼裏を離れてはくれない。
神聖帝国の審判も、抗弁の機会も、与えられはしなかった。
鉄格子の向こう、王一家が何度も祭典に出向き、国民と触れ合った広場には、今も。
愛した国民に呪われ、処刑台に吊るされた王と王妃がいる。
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