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第6話 不可触領域
6. 防御反応
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田和良トウカ二等警士は、身じろぎもせずベッドに横たわっていた。ただ無表情に天井を見つめ、呼吸と瞬きをするのみで。ソウリが話しかけても何の反応もない。
彼女だけではない。ネリマ保安部の病室に横たわる隊員の内の半数ほどが、同じ容体を示していた。
「所謂、緊張病に似てはいますが、私にはどうにも異なる症状に思えるんですよ」ソウリの横で、真科田ヨウスケ医官は言った。「脳症も疑いましたが、CTで見ても脳の異常は見当たりません。食事や給水には反応します。これは推測なのですが、彼女たちの状態はある種の防御反応なのではないか、と」
「防御反応?」
ソウリが問い返すと、真科田医官はパイプ椅子から立ち上がった。彼は身長が2メートル近くあるため、それだけで迫力がある。黒い肌は、彼がアフリカ大陸の血を引く証だ。彼自身は、自分の容姿が周囲の人々に威圧的に見られることをかなり気にしている。当人はいたって温厚な人物だ。
そんな真科田ヨウスケ医官は右手を手刀の形にすると、おもむろにトウカに向かって振り下ろした。
「ちょっ!」
と待って、とソウリが言う間もなく、真科田医官の手刀はトウカの左手に防がれていた。
ね? とでも言うように真科田医官は小さく笑むと、椅子に座りなおす。
「ブリタニアの妖精の言葉どおり『異質で膨大な刺激』が脳に、意識に流れ込んだならば、その全てを受け入れたら意識が甚大な被害を受けるのならば、刺激に対して意識を遮断し自己の意識を守る。そんな機能が働いたのかもしれません。過電流でブレーカーが落ちるように。症状は全く異なりますが、その意味では解離性障害に近いもののように思えるのです」
真科田医官の専門は精神医学だった。異世界、異次元の怪物とも呼ばれる界獣、特種害獣を相手取る海浜警備隊員は、精神に病を抱え込む者が少なくない。生命の危険と未知の怪物に対するストレスに晒され続けるためだ。真科田医官はそんな隊員たちのケアに当たっている。
「先生、回復の見込みは?」
ソウリは問う。かつての快活な姿を知っているバディとして、このような姿はずっと見ていたいものではない。
「わかりません……」真科田医官は静かに首を横に振った。「20年前、C起源体と交戦したなら似たケースがあったはず。そう思って本部のデータベースを当たりましたが、当時の年代の情報だけが抜けていました。ええ、露骨なほどに」
政権交代に伴って発生した大惨事。当然、表に出すわけにはいかず、証拠隠滅を謀ったのは議員か官僚か。
「ただ、人間に限りませんが、生き物は自身が意識している以上の情報を取得し識閾下で処理しています。彼女たちは今も異質な刺激の源、起源体の接近を感じ取っているのかもしれない。ならば……」
「起源体が消えるか去れば、元に戻ると?」
「あくまで可能性の話ですよ。未知の事例に私たちは無力だ」真科田医官は苦い笑みを浮かべた。「伊勢さん、そろそろ時間なのでは?」
言われてソウリは腕時計を見る。21時20分。再突入のための、コンゴウ改の改装が終わる頃だ。明日一六時に開始予定の、トウキョウ湾不可触領域への再突入作戦。ソウリは突入部隊に加わるよう瑞元隊長に言い渡されていた。早々に試験場に向かって、シミュレータで改装傀体を体に馴染ませねばならない。
「では、行ってきます。皆のことをよろしくお願いします」
ソウリは敬礼すると、病室の扉に向かって身を翻す。
「こんな時代です。祈る神は持ち合わせませんが」真科田医官も立ち上がると、ソウリを敬礼で見送った。「ご武運を」
彼女だけではない。ネリマ保安部の病室に横たわる隊員の内の半数ほどが、同じ容体を示していた。
「所謂、緊張病に似てはいますが、私にはどうにも異なる症状に思えるんですよ」ソウリの横で、真科田ヨウスケ医官は言った。「脳症も疑いましたが、CTで見ても脳の異常は見当たりません。食事や給水には反応します。これは推測なのですが、彼女たちの状態はある種の防御反応なのではないか、と」
「防御反応?」
ソウリが問い返すと、真科田医官はパイプ椅子から立ち上がった。彼は身長が2メートル近くあるため、それだけで迫力がある。黒い肌は、彼がアフリカ大陸の血を引く証だ。彼自身は、自分の容姿が周囲の人々に威圧的に見られることをかなり気にしている。当人はいたって温厚な人物だ。
そんな真科田ヨウスケ医官は右手を手刀の形にすると、おもむろにトウカに向かって振り下ろした。
「ちょっ!」
と待って、とソウリが言う間もなく、真科田医官の手刀はトウカの左手に防がれていた。
ね? とでも言うように真科田医官は小さく笑むと、椅子に座りなおす。
「ブリタニアの妖精の言葉どおり『異質で膨大な刺激』が脳に、意識に流れ込んだならば、その全てを受け入れたら意識が甚大な被害を受けるのならば、刺激に対して意識を遮断し自己の意識を守る。そんな機能が働いたのかもしれません。過電流でブレーカーが落ちるように。症状は全く異なりますが、その意味では解離性障害に近いもののように思えるのです」
真科田医官の専門は精神医学だった。異世界、異次元の怪物とも呼ばれる界獣、特種害獣を相手取る海浜警備隊員は、精神に病を抱え込む者が少なくない。生命の危険と未知の怪物に対するストレスに晒され続けるためだ。真科田医官はそんな隊員たちのケアに当たっている。
「先生、回復の見込みは?」
ソウリは問う。かつての快活な姿を知っているバディとして、このような姿はずっと見ていたいものではない。
「わかりません……」真科田医官は静かに首を横に振った。「20年前、C起源体と交戦したなら似たケースがあったはず。そう思って本部のデータベースを当たりましたが、当時の年代の情報だけが抜けていました。ええ、露骨なほどに」
政権交代に伴って発生した大惨事。当然、表に出すわけにはいかず、証拠隠滅を謀ったのは議員か官僚か。
「ただ、人間に限りませんが、生き物は自身が意識している以上の情報を取得し識閾下で処理しています。彼女たちは今も異質な刺激の源、起源体の接近を感じ取っているのかもしれない。ならば……」
「起源体が消えるか去れば、元に戻ると?」
「あくまで可能性の話ですよ。未知の事例に私たちは無力だ」真科田医官は苦い笑みを浮かべた。「伊勢さん、そろそろ時間なのでは?」
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「では、行ってきます。皆のことをよろしくお願いします」
ソウリは敬礼すると、病室の扉に向かって身を翻す。
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