紙杯の騎士

信野木常

文字の大きさ
上 下
29 / 63
第4話 あなたと休日を

3. 黒鬼武者

しおりを挟む
 その日、新海を呼び止めたのは後輩の遠藤瑞樹えんどうみずきだった。常にトップを逃げ切っていた遠藤だが、今月は成績が芳しくない。その相談かと新海は思っていたのだが、意外なことに万葉の話題だった。

「先輩知っていますか、恵さんの旦那さんのこと?」

「ん? いや、全然知らないけど」

「親会社の役員ですよ、田中常務っていう有名な人です」

 それに新海が度肝を抜かれていると、遠藤はため息を吐いた。

「はあ……どこで田中常務と出会ったんですかね。私も結婚したい」

「それ、マジ?」

「ええ、本当のことですよ。私の同期で総務の子がいるんですけど、聞いたら教えてくれました」

 新海は渋い顔のまま固まり、なんとも言えないまま遠藤を見た。

「先輩なら恵先輩と仲がいいから、てっきり出会いのきっかけとかも知っているかと思ったんですけど」

 それなら一人酒をする居酒屋だと言っていた、と新海は呟く。

「そうだったんですね。居酒屋かあ……なんか納得です。田中常務モテるって有名ですし、独身だから居酒屋で女の子誘って遊んでたんですかね」

「確かにモテそうだけど、遊んでるって感じには見えないけどな」

「そうですか? 女性泣かせで有名らしいですよ。恵先輩も、そのうちポイってされちゃうんですかね」

 新海は顔には出さなかったが、内心青ざめる。ほら、言わんこっちゃない、とため息を吐いた。

 万葉は仕事はバリバリできる割に、恋愛下手で奥手で鈍感だ。いいように遊び人の出来心に乗せられて、ノリで結婚してしまったようにしか思えなかった。

 田中常務が手強すぎるのは、言われなくても見て取れる。それをまさか万葉が射落とすとは、新海には到底思えないことだったが、それはみんなおおむね同意見のようだった。

「遊ばれてるんだったとしたら、かわいそうですよね。恵先輩、田中常務の女泣かせっていう話知ってるのかな?」

「さあな。あいつ変なところでドジだから」

「笑えないですよ、女の子にとって、結婚ってかなり重要なことですから」

「それは男も一緒だと思うけど」

「遊び人の人が結婚するって、どういう心情ですかね。もう遊び飽きたか、奥さんを隠れ蓑にいい人っぽく見せておいて、他の女性と遊ぶ、なんてことも考えられますけどね」

 遠藤の言い方がなぜか非常に現実的で、新海は肝を冷やす。

「どうせすぐ離婚するって、みんな言ってますけどね……あ、いけない。これ、恵先輩には言わないでくださいね」

 遠藤はしまったという顔をして、口元を手で隠した。

「まあ、噂はほどほどにしておけ。あいつの問題なんだろうから、俺たちがとやかく言う話じゃないしな」

「そうですよね。でもいいな、田中常務と結婚。私も一度はあんな人にエスコートしてもらいたいです」

 新海はそれに笑っておいた。

「新海先輩は、好きな人いないんですか?」

「はあ、俺? そういう遠藤はどうなんだよ……って、俺がきくとセクハラかパワハラか」

 大丈夫ですよ、と遠藤はけらけら笑う。

「俺はまあ、いたけど」

「恵先輩ですか?」

「んー、さあな」

「何だ、恵先輩のことてっきり好きなんだと思っていました。いいじゃないですか、今の情報伝えて別れてもらって、先輩が奪っちゃえ」

「何言ってんだよ……」

「私、恵先輩と新海先輩の方が、お似合いだと思いますけど」

 新海はそれに鼻で笑ってしまう。

「で、遠藤は恵の後釜で田中常務と結婚、っていうシナリオか?」

 聞くと、遠藤は答えるかわりにニヤリと微笑んだ。その意味深な瞳に、新海は思わず「マジ?」と聞き返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

なろう380000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす

大森天呑
ファンタジー
〜 報酬は未定・リスクは不明? のんきな雇われ勇者は旅の日々を送る 〜 魔獣や魔物を討伐する専門のハンター『破邪』として遍歴修行の旅を続けていた青年、ライノ・クライスは、ある日ふたりの大精霊と出会った。 大精霊は、この世界を支える力の源泉であり、止まること無く世界を巡り続けている『魔力の奔流』が徐々に乱れつつあることを彼に教え、同時に、そのバランスを補正すべく『勇者』の役割を請け負うよう求める。 それも破邪の役目の延長と考え、気軽に『勇者の仕事』を引き受けたライノは、エルフの少女として顕現した大精霊の一人と共に魔力の乱れの原因を辿って旅を続けていくうちに、そこに思いも寄らぬ背景が潜んでいることに気づく・・・ ひょんなことから勇者になった青年の、ちょっと冒険っぽい旅の日々。 < 小説家になろう・カクヨム・エブリスタでも同名義、同タイトルで連載中です >

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

処理中です...