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子守歌
しおりを挟む「ん…………」
自然と目がひらいた。ベッドから降りて、部屋のカーテンを開け。
窓をひらいて、外を見る。東の空に浮かんでいるお日様が眩しい。
時計は午前7時すぎを指していて、非常に好ましい時間に起床できたと言えるだろう。
軽く洗顔をすると、朝のゴミ出し。それから洗濯を回し始める。
その間に食パンを1枚トースターで焼いて……上にハムとスライスチーズを乗せて、ケチャップを薄く塗った。
簡易ピザトースト。手間がかからない割に美味しいし満足感も高いしで、朝食にとても良いんだ。
食事を終えると、学校の課題を引っ張り出して、開く。
こういうのは毎日やる方がちゃんと定着するし、夏休みボケの回避にも役に立つ…………たぶん。
しばらくのんびりと課題をこなしていると、ポーンと軽快な音が鳴り響いた。
奏だ。
「『起きた。やろ』……ふふっ。相変わらずだなぁ」
わかったとだけ返信して、課題を片付ける。
親友相手に余計な文言は必要ない。私はすぐにインクリの世界にログインした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
三度目のログイン。そろそろ、この壮大な町並みにも慣れてきたところだ。
現在地は、昨日ログアウトした南門。連絡が無いってことは、ここで待っていればいいかな。
そうだ。予告すっかり忘れていたけど、配信開始しておこうか。
奏にも、なるべく放送しておくように言われているしね!
ぽちぽちとウィンドウを操作して、配信をスタート。同時に、私の周りをカメラドローンが飛び始めた。
昨日も触れたけれど、配信中はこの小型カメラが私の周りを自律的に飛び回って、よき塩梅のカメラアングルで撮影してくれているみたい。
「やっほ~皆さんおはよ~。今日も配信やってくよ」
『わこつ』
『おはよう』
『おはようございます』
『早朝ゲリラ配信とはレベルが高い』
『通知で飛び起きたわ』
カメラがこちらを正面から捉えているのを確認して、軽く笑いかけながら挨拶。
さっそく沢山のコメントが流れていくのを見て、思わず少しにやけてしまう。
「えへ。皆こんな早くからありがと~。 通知で飛び起きたって、そこから開くまで早くない!?」
『ガチ勢ですから』
『ガチ勢(二日目)』
『推しに時間は関係ないだろぉ!?』
『見る側はベッドからでも観られるからねぇ』
「ガチ勢か~お世辞だとしても嬉しいよ。
そっかそうだね~。私もよくカナの配信を耳元で寝ながら流してたなぁ」
『えっっ』
『唐突な尊み』
『これが……百合……』
『カナユキ添い寝ですか』
「ちょっと待った。皆だって配信聞きながら寝ることだってあるよね? むしろそういう話だったよね!?」
『百合は観てる側がどう捉えるかなんやで』
『ワイらが百合と思ったら百合なんやで』
『暴論過ぎて草。 わかるけど』
『↑わかるんかい』
「なーんか納得いかないんだけど……? まぁいっか。ともかく、みんな朝からありがとう。
今日はこれからカナと待ち合わせして、朝の狩りと勤しむよ!」
『やっぱりカナユキじゃないか(歓喜)』
『早朝デート』
『デート(火葬)』
『デート(光線)』
「あーーーもうなんでもいいやっ!!ともかく、もうすぐ来ると思うからもうちょっとここで待つよ」
『おけ』
『把握』
『眠いんで子守唄歌って』
『逆では!?』
自由だ。あまりにもコメントが自由すぎる。
けど、なんて言うかな。悪くないよね、こういうの。
「子守唄歌ったら余計に眠っちゃわない……?」
『ええんや』
『眠らずとも耳が幸せになる』
『7連夜勤明けのワイに癒やしを、癒やしを……!』
『それは辛いw』
えー……どうしよう。正直歌うこと自体は慣れてるけど……配信だよ? これ。
素人の子守唄なんて、誰得なんだ。
んー。どのみち奏が来るまでは暇だし……一瞬だけなら。
「……ちょっとだけだよ?」
『マ?』
『嘘やんw』
『唐突なリクエストに答える配信者の鑑』
『天使すぎて草』
くそぅ、持ち上げられるのに悪い気がしない自分がちょっとだけ憎い。
子守唄……ああ、一番有名なゆりかごのアレでいいか。落ち着く感じの曲だし、ぱぱっと歌うには丁度いい。
歌うのは、ちょっと久々かも。ちゃんと息を吸って──
「~~♪」
◇◇◇◇◇◇◇◇
通行人が盛んに行き来している、南門の手前。
そこには、小型の飛行カメラに向かってしきりに話している少女の姿があった。
この世界においては、配信している光景というのは特に珍しいものではない。
精々、可愛らしい少女が楽しげに喋っているという姿がちょっとした興味を引く程度。
道行く人々は少女に目もくれないか、一瞬視線をやってすぐに外す。
しかしその平常は、ある瞬間をもって完全に崩れ去った。
朝の涼やかな、それでいて晴れやかな空間に、突如として鈴の音が響き渡る。
先まで続いていた喧騒がたちまち止み、人々は足さえ止めてその音の出処を探った。
通りに響き渡る、透き通った唄声。聴き入る人の心まで染み渡る、天性のボイス。
果たしてそれは件の少女の歌声であると気づいた者は、一体どれほど居ただろうか。
一分にも満たないほどの、長い一日に比べれば刹那の時間。
しかしそのソプラノボイスは、聴いていた全ての人々の心に刻み込まれた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「……はい!おしまい!歌ったよ。文句ないよね!?」
歌い終わった瞬間、一気に気恥ずかしくなって、思わず投げやり気味にコメントを求めてしまう。
だけど、これまでずっと速すぎるほどに色々と返してくれていた皆から、何も反応がない。
「え、あれ?おーい!黙られると不安になるんですけどー!?」
カメラに向かってぶんぶんと手を振ってみる。
え、どういうこと。あるていど歌いなれているつもりではあったんだけど、一気に不安になってきた。
『すまん、放心してた』
『うまくね???』
『理解を超えた』
やっと、ちらほらとコメントが表示され始める。
それを見る限りでは、大失敗したわけではないっぽい。
「あ、良かったぁ……いや、歌にはほんの少しだけ自信あるつもりだったから、急に反応消えて怖くなっちゃったよ」
『ほんの少しとかいうレベルじゃない』
『切り抜き不可避』
『もうやってるんだよなぁ』
『有能か?????』
『天使や……天使はここにいた……』
『もう思い残すことはないわ(昇天)』
『夜勤の人ぉ!?』
「ちょっと!?まだ逝っちゃだめだからね!?」
良かった。反応は悪くなかったみたい。むしろ、予想の上かも。
少し……いや、かなりこそばゆいけれど、まぁ受け入れられてよかったと思おう。
コメント欄も、すっかりさっきまでの調子を取り戻した。
さっきの七連夜勤明けの人が、『夜勤の人』って皆に認識されちゃったのがちょっとおもしろい。
さて、と。そろそろ……あ。
「ユキいいいい!!!」
叫びながら、大通りをものすごい勢いで掛けてくるナニカの姿が目に飛び込んできた。
ワイルドボアが可愛く見えてくるほどの、猛突進。
「あー……逃げて、いい?」
思わずカメラにそう問いかけてしまった私は、悪くないと思うんだ。
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