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旦那様と私の実家
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今日一日の業務が終わり、帰宅のために仕事をまとめていると、電話が鳴り着信先を見たらお義父さんからだった。無視するにはいかず嫌々電話に出た。
要件は、帰りに妻の実家に寄ってくれないか、という単純な事なのだが、何も予定は無く用件もなかったはずと思い、嫌な予感がして断ろうとした。
だが、おれは婿に入った身分なので断ることが出来ず、職場の仕事を早めに切上げ、妻の実家に寄ってから帰る事にした。
妻の実家に着き、玄関に回ってチャイムを鳴らす。誰も出ない。
お義母さんも店の方に出ているのか、誰も出なかったので仕方なく店の裏口に回った。
妻の実家は家と店が兼用になっている。店と言うのは、お義父さんが社長兼親方をしている割烹やだ。
店の裏口から入ると、料理長がいた。
お義父さんが元々親方で調理場を仕切っていたのだが、社長と言うこともあって料理の原価が気になり、ケチってしまい満足する料理が提供できなくなるからと、厨房と料理の責任者である料理長の役を作り、厨房と料理を全部料理長に任せているのだ。
「料理長、お久しぶりです」
「おお、久しぶりだな…今、食材の在庫を確認しているところなんだけど…何しに来たんだ」
「ええ、親方に呼ばれたので…」
「あはは、相変わらず、まだ親方って呼んでいるんだな。あはは、ちょっと待っていろ」
「親方ー! 親方ー! 婿様が来てますよー」
料理長が厨房から大声でお義父さんを呼んだ。それから間もなく、フロアからお義父さんがやって来た。
「おっ来たか」
俺は客室に通され、お義父さんが二人分のコーヒーを持って来て、腰を下ろし話し始めた。
話の要件は、遠回しに孫の顔がみたいとか、孫の顔を見たら、そろそろ引退して俺に店を継いでほしいとかだった。
おれは内心で、お義父さんが付き合いから店を増やし、増やした店を妻に任せ、妻が忙しくて子供ができないのですけど、と思っていたが、婿に入った俺の身分では、言葉にして到底言えないのだから、黙って相槌を打ち実家の未来についての話を聞くしかなかった。
お義父さんの未来話を聞いているうちに、店の方がだんだん騒がしくなってきていた。予約客が続々と入ってきたのだ。
「あの…忙しそうですから、この辺で失礼します」
「おおう、ちょっと待って! 今日は予約がいっぱい入って忙しいんだ。急遽、厨房の従業員が休む事になってな。手伝って行け」
「もしかして…今日呼んだのは…」
「おう! そうだ! なんだと思っていたんだ。白衣用意してあるから早く着替えてくれ!」
おれの嫌な予感が当たった。
前々から時々、手伝ってくれという連絡が来ていたのだが、突然に連絡してくるものだから、仕事を終わらすことが出来ず、その都度断っていたら、そのうち勉強してきて、呼び出しが巧妙化していた。単に断る事ができなくなり、まぁ…お義父さんが一枚上という事なんだろう。
おれは、諦めて手伝う事にした。
「料理長、他の人も短い時間ですけど、手伝うことになったので、よろしくお願いします」
「あはは、親方から一人手伝いに来るって聞いていたけど…まさか婿様とはな…」
「それで、何すれば良いですか?」
「今日は揚げ物が多いから、今、揚場にいるやつと一緒に揚げ物をしてくれ」
「あっ揚げ物ですか…」
「ん? 昔やっていただろ。昔とそんなに品物変わってないから、思い出しながらやってくれ!」
「はっはい」
料理長とおれは、知らない仲ではない。
結婚する少し前まで、妻の実家でもあるこの店で働いていたから、その当時の上司である料理長はおれの事を知っていて、料理の腕前も知っていた。
今、揚場にいる人も昔からいる人で、おれとの仲も良い方だ。久しぶりに会い、軽く挨拶してから手伝いに入った。
今日の献立、コース料理や一品料理の説明を受け、さっそく注文の品を油に入れた。
ジュワッと品物の水分で湯気が立ち、パチパチと油が跳ねる。その跳ねた油と湯気を避けながら、揚げ物を揚げた。
油の匂いや揚げ物の匂いが、たちまち身体に染み込んでいく。
俺はその身体に染み込む油の匂いが嫌なんだよなと、思いながら順調にテキパキとコース料理の天ぷらや揚げ物、一品料理の揚げ物を作っていった。
注文の札が増えたり、減ったりして順調にテキパキと揚げ物をこなしている。
『流石、おれだせ』だと思いながら揚げ物をしていると
「ちょっとカウンターに来てくれ」
親方、いやお義父さんが俺をカウンターに呼び、なんだろうなと思いながらカウンターに行った。
そこで待っていたのは、創業当時から訪れ来てもらっている常連のお客様だった。
カウンターは、店の顔でもあるお義父さんが基本立つことになっていて、お義父さんが休みとか常連のお客様に挨拶する時には料理長が立っていたが、おれは初めて営業中にカウンターに立った。
俺を呼んだのは、親方がこの超常連のお客様に俺を紹介するためで、まだ継ぐと決めていない俺は少し抵抗があったが、当時からの影響で親方、いやお義父さんには何も言えないからしっかり丁寧に挨拶をした。
やがて店の騒がしさが静かになっていき落ち着いて来ると、お義父さんから、まかない飯と言われるものより、ウニいくらマグロがたくさん乗せている豪華な海鮮丼を出された。
「今日はご苦労様だったな。娘には連絡して置いたから、片付けまでよろしく」
豪華な海鮮丼を見て喜んでみたのだが、最後の一言で、おれは愕然と肩を落とした。
おれだって朝早く起きて、仕事して、早く終わらせて来たんだ。
しかし、何も言えないのだから黙って頷くしかった。
それから俺はいろいろな事を諦めながら、豪華な海鮮丼を一気に食った。
普段、たらふく食う事が出来ないウニ、いくら、マグロはとても美味しかった。
旨い物を食べたおかげで、何とか落ち込んだ気を取り戻し、最後の片付けまで手伝い終えることができた。
片付けを終わらせると、調理長がニコニコと何か企みがある笑顔をしながら、最後に一言、お礼を言われ、やっと実家から解放された。
裏口から外に出ると、すっかり深夜になっていた。
やっと実家から解放され、深夜の清々しい空気が気疲れした心をリフレッシュさせてくれる。
気持ち良い空気を大きく吸い、深い深呼吸をした。
「疲れた…」
気持ちを落ち着かせて、明日は寝不足になる覚悟を決め、慌てずゆっくり家に帰ることにした。
要件は、帰りに妻の実家に寄ってくれないか、という単純な事なのだが、何も予定は無く用件もなかったはずと思い、嫌な予感がして断ろうとした。
だが、おれは婿に入った身分なので断ることが出来ず、職場の仕事を早めに切上げ、妻の実家に寄ってから帰る事にした。
妻の実家に着き、玄関に回ってチャイムを鳴らす。誰も出ない。
お義母さんも店の方に出ているのか、誰も出なかったので仕方なく店の裏口に回った。
妻の実家は家と店が兼用になっている。店と言うのは、お義父さんが社長兼親方をしている割烹やだ。
店の裏口から入ると、料理長がいた。
お義父さんが元々親方で調理場を仕切っていたのだが、社長と言うこともあって料理の原価が気になり、ケチってしまい満足する料理が提供できなくなるからと、厨房と料理の責任者である料理長の役を作り、厨房と料理を全部料理長に任せているのだ。
「料理長、お久しぶりです」
「おお、久しぶりだな…今、食材の在庫を確認しているところなんだけど…何しに来たんだ」
「ええ、親方に呼ばれたので…」
「あはは、相変わらず、まだ親方って呼んでいるんだな。あはは、ちょっと待っていろ」
「親方ー! 親方ー! 婿様が来てますよー」
料理長が厨房から大声でお義父さんを呼んだ。それから間もなく、フロアからお義父さんがやって来た。
「おっ来たか」
俺は客室に通され、お義父さんが二人分のコーヒーを持って来て、腰を下ろし話し始めた。
話の要件は、遠回しに孫の顔がみたいとか、孫の顔を見たら、そろそろ引退して俺に店を継いでほしいとかだった。
おれは内心で、お義父さんが付き合いから店を増やし、増やした店を妻に任せ、妻が忙しくて子供ができないのですけど、と思っていたが、婿に入った俺の身分では、言葉にして到底言えないのだから、黙って相槌を打ち実家の未来についての話を聞くしかなかった。
お義父さんの未来話を聞いているうちに、店の方がだんだん騒がしくなってきていた。予約客が続々と入ってきたのだ。
「あの…忙しそうですから、この辺で失礼します」
「おおう、ちょっと待って! 今日は予約がいっぱい入って忙しいんだ。急遽、厨房の従業員が休む事になってな。手伝って行け」
「もしかして…今日呼んだのは…」
「おう! そうだ! なんだと思っていたんだ。白衣用意してあるから早く着替えてくれ!」
おれの嫌な予感が当たった。
前々から時々、手伝ってくれという連絡が来ていたのだが、突然に連絡してくるものだから、仕事を終わらすことが出来ず、その都度断っていたら、そのうち勉強してきて、呼び出しが巧妙化していた。単に断る事ができなくなり、まぁ…お義父さんが一枚上という事なんだろう。
おれは、諦めて手伝う事にした。
「料理長、他の人も短い時間ですけど、手伝うことになったので、よろしくお願いします」
「あはは、親方から一人手伝いに来るって聞いていたけど…まさか婿様とはな…」
「それで、何すれば良いですか?」
「今日は揚げ物が多いから、今、揚場にいるやつと一緒に揚げ物をしてくれ」
「あっ揚げ物ですか…」
「ん? 昔やっていただろ。昔とそんなに品物変わってないから、思い出しながらやってくれ!」
「はっはい」
料理長とおれは、知らない仲ではない。
結婚する少し前まで、妻の実家でもあるこの店で働いていたから、その当時の上司である料理長はおれの事を知っていて、料理の腕前も知っていた。
今、揚場にいる人も昔からいる人で、おれとの仲も良い方だ。久しぶりに会い、軽く挨拶してから手伝いに入った。
今日の献立、コース料理や一品料理の説明を受け、さっそく注文の品を油に入れた。
ジュワッと品物の水分で湯気が立ち、パチパチと油が跳ねる。その跳ねた油と湯気を避けながら、揚げ物を揚げた。
油の匂いや揚げ物の匂いが、たちまち身体に染み込んでいく。
俺はその身体に染み込む油の匂いが嫌なんだよなと、思いながら順調にテキパキとコース料理の天ぷらや揚げ物、一品料理の揚げ物を作っていった。
注文の札が増えたり、減ったりして順調にテキパキと揚げ物をこなしている。
『流石、おれだせ』だと思いながら揚げ物をしていると
「ちょっとカウンターに来てくれ」
親方、いやお義父さんが俺をカウンターに呼び、なんだろうなと思いながらカウンターに行った。
そこで待っていたのは、創業当時から訪れ来てもらっている常連のお客様だった。
カウンターは、店の顔でもあるお義父さんが基本立つことになっていて、お義父さんが休みとか常連のお客様に挨拶する時には料理長が立っていたが、おれは初めて営業中にカウンターに立った。
俺を呼んだのは、親方がこの超常連のお客様に俺を紹介するためで、まだ継ぐと決めていない俺は少し抵抗があったが、当時からの影響で親方、いやお義父さんには何も言えないからしっかり丁寧に挨拶をした。
やがて店の騒がしさが静かになっていき落ち着いて来ると、お義父さんから、まかない飯と言われるものより、ウニいくらマグロがたくさん乗せている豪華な海鮮丼を出された。
「今日はご苦労様だったな。娘には連絡して置いたから、片付けまでよろしく」
豪華な海鮮丼を見て喜んでみたのだが、最後の一言で、おれは愕然と肩を落とした。
おれだって朝早く起きて、仕事して、早く終わらせて来たんだ。
しかし、何も言えないのだから黙って頷くしかった。
それから俺はいろいろな事を諦めながら、豪華な海鮮丼を一気に食った。
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片付けを終わらせると、調理長がニコニコと何か企みがある笑顔をしながら、最後に一言、お礼を言われ、やっと実家から解放された。
裏口から外に出ると、すっかり深夜になっていた。
やっと実家から解放され、深夜の清々しい空気が気疲れした心をリフレッシュさせてくれる。
気持ち良い空気を大きく吸い、深い深呼吸をした。
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