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「……ザンゲル。向こうだ!」
「……っ」

 何かがあったことを知らせるハイウルフの遠吠え。
 それは、すぐに屋敷の方からも響いた。
 場所は二ヶ所。オレはルーフを呼び止める。

「……ルーフ! 今のは!?」
「屋敷にも、何かあったのかもしれない。どうする、ザンゲル」
「……」

 オレは冷静に、状況を考える。

 最優先すべきはレイス様である。
 だが、屋敷には……イナーシアやスザク、セイリン、リーム様がいる。

 何より……レイス様がいる。
 そちらにオレが援軍で向かうよりも、街の異常を見に行くほうが街全体を守ることに繋がるはずだ。

「ルーフ。このまま街の遠吠えの方へ向かう」
「分かった」

 オレはルーフにそう指示をだし、すぐに向かう。
 人の少なくなった夜の街を走り抜けていくと、兵士たちと何者かが争っている姿が見えた。

 ……時間を稼ぐのに徹底している。魔族の手には、エンドリアの街で発見した魔石と同じようなものが見えた。
 あれを、発動されたら……街が大変なことになるだろう。

「ザンゲル様!」

 兵士が声を上げた瞬間、怪しい男がこちらを見てきた。
 オレは迷いなく剣を振り抜く。と、男は腕でオレの剣を受け止め、黒い翼を広げた。

「この魔力は――セイリンと関わりがある奴とようやく出会えたか。オレのほうが当たりだったようだな?」

 にやりと笑った男に、オレはじっと視線を向ける。

「……セイリン? なぜその名前を貴様が知っている?」
「どうでもいいだろう。奴のもとへと案内しろ。そうすれば、命だけは見逃してやる」
「セイリンは我が家の大事な兵だ。貴様なんぞに渡すつもりはない」
「それなら……殺させてもらおうか……っ! いい加減、人間にばけて活動するのにも飽きていたからなぁ!」
「……っ!」

 放たれた翼の羽が矢のように襲いかかる。
 オレはそれを弾きながら、一気に迫る。
 振り抜いた剣は魔族の腕に受け止められる。
 ……頑丈な男だ。
 翼が広げられると爆風があたりを吹き抜け、オレの体が弾き飛ばされる。

 だが、オレはすぐに壁を蹴りつけ、一気に迫る。
 同時に、剣に雷を纏う。
 剣に付与された雷鳴剣のスキルだ。

 雷鳴が辺り一帯へ響き渡るようなその一撃は、しかし魔族にあっさりと受け止められる。

「……見た目ばかり派手で、大した威力はないな」
「……」

 オレの攻撃は……本命ではない。
 背後からルーフが一気に迫り、その翼へと噛みついた。

「……くそっ!」

 魔族が翼を大きく動かし、ルーフを弾いた。だが、ルーフはその軽やかな動きですぐに体勢を整えると爪と牙で襲いかかる。
 オレが地面を蹴り付け、目立つように剣を振り抜いていく。
 魔族の注目はオレとルーフに集まり、その合間を縫うように兵士たちの魔法が襲いかかる。
 速度を優先した威力は低めの魔法たち。それでも、当たれば確実にダメージはある。

「……ちょこまか、と!」

 苛立ったように魔族がその場で回転し、すべての攻撃を弾き落とした。
 そして、魔族は苛立ったようにギロリと鋭い目を向けてくる。
 オレが、このチームのリーダーであると判断したのだろう。真っ先にオレを消すつもりのようだが。
 突っ込んできた魔族の攻撃を、剣で弾く。同時に、集中力を高めた一閃をカウンターのようにその肩へと振り抜いた。
 最初は防がれた攻撃だが、今度の剣はすっとその腕を切り裂いた。
 魔族は肩を押さえながら、後退する。

「……くっ!? な、なぜこんな辺境の地に、オレたち魔族と戦える人間がいる!?」
「この地を守るために鍛えているからだ。降伏しろ、魔族」
「……人間如きが、舐めた真似を――!」

 そう叫んで、翼を広げて逃げようとしたその背中へルーフが飛びかかる。
 同時にオレも壁を蹴って飛び上がり、その翼を切り裂いた。

 地面におちた魔族を、兵士たちが拘束する。
 ……すでに意識はないようで、魔族が暴れることはなかった。

 ……勝った。
 オレは大きく息を吐いていると、兵士たちからも歓喜の声があがる。

「やりましたね、ザンゲルさん!」
「そう、だな」

 オレの心にあったのは……安堵、だった。
 モヤモヤとしていた気持ちの正体が分かった。
 魔族への恨みはある。
 ……ただ、それ以上にオレは……この街を自分を信じてくれている人たちを守り切れたことへの安堵。
 
 ――強くなっても、不安は拭えなかった。
 悪逆の森の魔物たちが暴走した時、オレは何の戦力にもなれなかった。
 レイス様をお守りする、なんてオレがいうには憚られるのかもしれないが……それでも、少しでも負担を軽減させられたら……。
 軽くなった心を揺らすようにオレはすぐに屋敷の方へ視線を向ける。

「屋敷にも魔族がいるようだ。すぐに向かう!」
『はい!』

 兵士たちの威勢の良い声を受け、オレたちはすぐに屋敷へと向かった。
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