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第一話 下級職
しおりを挟む「クソ……っ!」
唸るような声は、俺の隣にいた男から上がった。
『バーサーカー』の職業を持つ、俺の仲間だ。
彼は声とともに、ある一点を睨みつけていた。
『バーサーカー』が睨んだ先には一人の男がいた。
……見た目は人とそう変わらない。
だが、彼は魔族――それも魔族たちを統べる、魔王だ。
「そう睨むな、人間」
魔王が放った言葉には、魔力がこもっている。それだけでも、俺たちの体を威圧するほどの魔力だった。
魔王の手によって、一体いくつの国が滅びたことか。
俺たちはそんな魔王を討伐するために結成されたパーティーだった。
……とはいえ、魔王城へと攻めこんだ俺たちは今――絶望的状況だった。
「勇者が使えなくなった今、誰が私を倒すことができるかな?」
俺は腕の中で苦しげな声をあげている一人の女性――勇者を見た。
勇者の利き腕である右手は、魔王の一撃によって吹き飛ばされていた。
傾国の美少女ともいわれたその顔は、痛みによって歪んでいる。
俺は何度も回復魔法を使い続けるが、止血さえままならない。
恐らくは、魔王の呪いだろう。
ただの『僧侶』の俺では、治すことはできなかった。
仲間の『バーサーカー』、『ロイヤルナイト』の二名は、魔王を睨み続けたまま、俺へと視線を送ってくる。
魔王が、そんな二人へ近づくように一歩、動いた。
「くそったれが……っ!」
『バーサーカー』は叫び、地面を蹴りつけた。
跳躍――そして持っていた斧を振り下ろす。
大地を砕くほどの一撃を持った『バーサーカー』の攻撃は、これまでも逆境を羽化してきていた。
だが……彼の攻撃は魔王によって防がれた。それも、片手でだ。
「う、嘘だろ……」
「弱いな」
魔王が吐き捨てるようにいうと、『バーサーカー』の体が吹き飛んだ。
やはり、魔王に匹敵するほどの力を持っているのは勇者しかいない。
並の職業では、魔王に傷一つつけられないのだ。
だからこそ、『勇者』が必要だ。
『バーサーカー』はよろよろと体を起こしている。
その顔は恐怖で引きつっている。それは『ロイヤルナイト』も同じだった。
このままでは、全滅だ。
やるしかないだろう。
がしっと俺の襟を勇者が掴んだ。
ぎゅっと首が絞まるように力が籠められる。
「……ロワールッ! みんなを、連れて……逃げて! 私なら、時間くらいは稼げる、から……っ」
『勇者』である彼女が、立ち上がろうとする。
……駄目だ。ここで、彼女を失うわけにはいかない。
「勇者を失えば、世界の希望が失われる。……悪いが、それはできない相談だ」
「けど……っ! なら、この状況をどうするの!?」
……そんなもの、別の誰かが残って時間を稼ぐしかないだろう。
俺は彼女を『バーサーカー』に渡しながら、眠りの魔法を使用する。
普段ならば抵抗していただろう『勇者』だったが、ダメージの影響か魔法がかかり、目を閉じた。
立ち上がった俺は、腰に差していた剣を握る。
「勇者を連れて、早く逃げろ」
「お、おいロワール一体どうするつもりだ! テメェ、下級職だろ!」
「俺が時間を稼ぐ。全員、勇者を連れてすぐに逃げろ!」
俺が叫び、駆け出す。
『バーサーカー』と『ロイヤルナイト』がこちらを見た。
二人は俺を止めようとしたが、それでも俺が動いた以上、俺に賭けるしかない。
『勇者』を担ぎ、彼らは走り出す。
逃げ出そうとした『バーサーカー』たちを見て魔王が、片手をそちらに向ける。
「逃がすものか」
魔王が放った火魔法が、『バーサーカー』たちへと放たれた。
それより早く俺は片手をそちらに向け、水魔法を放つ。
多重使用により、どうにか威力を底上げした俺の水魔法が、魔王の一撃をそらした。
今の魔法は、魔王にとっては息を吐くようなものだろう。
俺にとっては、死に物狂いの一撃だった。
……本当にふざけた実力差だ
だが、その一撃は衝撃的だったのだろう。魔王が目を見開き、こちらを見た。
「なぜ、なぜ貴様が攻撃魔法を使用できる!?」
「……さて、一体なぜだろうな」
不意打ちの魔法使用は、魔王の注意を引きつけるには十分だったようだ。
「貴様は、『僧侶』だったはずだ。『僧侶』は回復全般の魔法にしか適正がなく、それに下級職だったはずだ」
「ああ、そのとおりだ。よく理解しているな」
「なのに、なぜ攻撃魔法が使用できる?」
「さあな。なぜだと思う?」
答える義理はない。
俺は距離をとりながら、魔法を展開していく。
連続での魔法使用は、負担も時間もかかる。
それでも俺は下級職なりに練習してきた。
魔法の発動は、無詠唱に並ぶほどの速さだ。
魔王もまた魔法を展開する。俺より何倍も威力の高い魔法を連続で。
それを必死にかわしていく。
勝てないのは分かっている。
あくまで時間稼ぎだ。
「身のこなしは『戦士』程度にはあるようだな。……まさか、貴様、複数の職業を持っているのか?」
「そんなことできるのか?」
神より授かる職業は、一人一つまで。
……基本は、な。
魔法では仕留め切れないと判断したのか、魔王が飛びかかってきた。
魔王は腰に差していた剣を振りぬいてきて、俺も剣を振り上げる。
同時、スキルを発動する。
「パワースラッシュ!」
魔力の宿った剣を振りぬく。通常の一撃ではありえない衝撃が生まれ、魔王が一瞬よろめいた。
その隙に後退すると、魔王は目つきを鋭くした。
「……『戦士』の技か。やはり、貴様は複数の職業を持っている……あるいは、複数の職業を使えるようだな」
さすがに、魔王か。
一瞬で距離をつめてきた魔王が、持っていた剣で俺の腹を突き刺した。
腹部に、じんわりとした痛みが広がる。
時間稼ぎは、十分だろう。
「貴様のようなイレギュラーな存在は生かしてはおけないな」
「そう、だったらいいな」
痛みに顔を顰めながら、俺は最後に吐き捨てるように言った。
全身を強い光が襲い掛かり、俺の体が吹き飛ばされた。
意識が薄れていく中で、俺は思う。
いくら『戦士』、『魔法使い』を極めてもたかが『僧侶』の俺ではどうしようもない。
三度目の人生……まあ、少しは格好もついただろう。
〇
死に対して、多くの人間は恐怖を持っている。
だが、俺は違った。
死はわりと身近なもの。
またか、という印象のほうがあった。
俺は、今回を含めて死ぬのは三回目だ。
一度目の人生は『戦士』の職業を授かって生まれた。努
力のおかげもあって、下級職ながら、騎士団長の地位にまで行けた。……まあ、繋ぎの騎士団長みたいなものだったが。
二度目の人生は『魔法使い』。宮廷魔法使いになって、毎日『魔法使い』を鍛えていたものだ。ここで、魔法に関しての知識はもちろん、様々な本を読み漁った。
三度目の人生は『僧侶』だ。ここで気づいたのは、これまでの人生の経験が影響してか、『戦士』、『魔法使い』の力も使えるということだった。
色々なことができる便利屋として『勇者』の旅に同行することになり、そして今に至る。
次の人生はどうなるのだろうか?
俺は海の中を漂っているような感覚とともにそんなことを考えていた。
死のあとはいつもこれだ。
その波に揺られていると、声が聞こえてくる。
『魔法使い、僧侶を極めました。新しく『賢者』が解放されます』
なんだと?
いつも決まって、謎の女性の声が響くのだ。
俺はその声に思わず反応してしまう。
一体誰なのだろうか? 職業を授けているという女神、なのだろうか?
『賢者になりますか?』
……拒否すれば別の職業になって、転生してしまうかもしれない。
どうせ同じく人生をやり直すのなら、俺は『賢者』になりたいに決まっている。
――勇者に並ぶといわれた、最強の職業なんだからな。
その最強の職業で、今度こそ最高の人生にしてみせよう。
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