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第55話
しおりを挟む――誕生日、か。
俺の十五歳の誕生日。
本来なら喜ばしい日だが、今年はそうもいかない。
家族と共に過ごす誕生日が、今は恐ろしい試練の日になるなんてな。
ブリューナスと対決後。しばらく街に残って様子を伺っていたが、魔族がもう一度来ることはなかった。
誕生日も近づいていたので、エクリーナの街に戻った俺はここで能力の強化と回復魔法による治療を行い、魔王との戦いに備えていた。
治療したのは、フォーフォーやエリスという冒険者とその家族やや仲間たち。
皆、魔王によって傷つけられたらしく、それによる経験値はかなりのものだった。
日々の訓練もかかさずに行い、俺のレベルは50に到達している。
魔法自体は新しいものは習得していないが、基本ステータスを強化するようにスキルを取得していった。
これなら、ブリューナスと戦ったときよりもさらに強くなっていることだろう。
あとは、魔王を待つだけだ。
すべての魔王が人間に敵対しているわけではない。
だが、憤怒の魔王ゾルドラ。こいつは違う。
人間を嫌っているわけではないが、おもちゃとしか見ていない。
中立的な魔王たちとは違い、ゾルドラはただ破壊と殺戮をによってうみだされる負のエネルギーを求めている。
こいつだけは、どうしても倒す必要がある。
「無事、十五歳を迎えられたな」
「……ええ、そうですね」
庭にて、誕生日パーティーを開いていたのだが、ゴルシュと俺の父が話をしていた。
誕生日ということで、他にも数名仲の良い貴族は来てくれていたが、俺が知っているのはゴルシュくらいだ。
隣には車椅子に乗ったアイフィの姿もあり、とても嬉しそうだ。
「あなたと別れてからの日々は世界の色が失われたようでしたわ」
いや、別れてから一ヶ月くらいしか経っていないだろう。
大袈裟な表現とともに、どこか恐怖を感じさせる笑みを浮かべる彼女に、俺は愛想笑いを返しておいた。
一応、他にも貴族はいるので俺は挨拶程度を行っていく。
そんな家族や知り合いたちによって祝ってもらっていた俺の誕生日。
しかし、その平和なひとときは突然の悲鳴で打ち砕かれた。
使用人たちがもたらした悲鳴に視線を向けると、奴がいた。
「やってるな」
姿を見せたのは、俺の体の数倍はある巨大な男。
魔王、ゾルドラ。
見た目はオークに似ているが、その迫力は比べ物にならない。
鍛え抜かれた筋肉を惜しげもなくさらすそいつは、視線を周囲に向けていた。
彼が連れてきた魔族は五名。合計六名の魔族が現れたことで、先ほどまでの落ち着いた空気は一瞬で緊張したものへと変わる。
ゾルドラの視線がまっすぐにこちらへと向けられる。
「ルーベスト、だったか? 今日で十五の誕生日だったな」
笑みを浮かべるゾルドラ。
魔王の中でもっともプレイヤーの心に残った存在だろう。
「ゾルドラ様、お久しぶりです」
父が緊張した面持ちでゾルドラに声をかける。
「お前のところの息子も、立派に育ったようだな」
「……はい」
ゾルドラはじっと俺を見つめてきた。その視線は冷たく、全身を貫くような恐怖を感じさせた。
生物としての違いを思い知らされるのは、やはりこの体自体がこの世界のものだからなのかもしれない。
勇者以外は、恐らくこの恐怖に似たもので最初から勝てないと思い込まされるのだろう。
さすが負けイベのボスなだけはある。
「ルーベスト、父親は好きか?」
「……はい」
「そうか」
彼がそう言って、笑みを浮かべた次の瞬間。
強烈な闇魔法が父へと向けられて放たれた。
ゾルドラが父を傷つけ、俺に絶望を与えるための一撃。
しかし、俺はそれを読んでいた。
彼の放った魔法を相殺するように、ライトニングバーストを放つ。
その瞬間、俺の魔法とゾルドラの魔法がぶつかりあい、ゾルドラの魔法が消し飛ぶ。
そこで、終わりではない。驚いて動きを止めたゾルドラへ向け、俺はライトニングバーストを放つ。
一撃ではない。残っていた二つの魔法を同時に打ち込み、その体を吹き飛ばす。
それで、倒し切れるとは思っていないが、相当なダメージは与えただろう。
「き、貴様!?」
ようやくそこで、状況に気づいた魔族が、驚いたように声を張り上げる。
彼らの動きが遅かったのは、ゾルドラがやられるなんて頭の片隅にも考えていなかったからだろう。
すぐに魔法を放とうとした魔族たちへ、魔法と斬撃が放たれる。
サーシャとアイフィの一撃。それに混ざるようにして、これまでに助けてきたエルドたちの攻撃が放たれ、残っている五体の魔族に致命傷を与える。
そのチャンスを逃すつもりはない。俺は準備の終えたライトニングバーストを、ひとまとめになっていた魔族たちへと打ち込み、仕留めた。
そして、すべての状況が終わったところで、よろよろと起き上がったのはゾルドラだ。
「てめぇ……ッ。死ぬ覚悟はできてるんだろうな……!」
ゾルドラは、激怒していた。
……憤怒の魔王として、相応しい姿だ。
俺はこちらを見てきたゾルドラに対して、笑みを返す。
……そっちは俺がいきなりこんなことを仕掛けてきたと考えているのかもしれないが、こっちは一年前から準備しているんだよ。
「それは、こっちのセリフだ」
「舐めた口を利くなよ、たかが人間風情が!」
ゾルドラが雄叫びをあげ、距離を詰めてくる。やはり魔王、それも負けイベの設定なだけはあり、その迫力は凄まじい。
一瞬で眼前に現れたゾルドラが拳を振りぬくと、周囲にいた人々が吹き飛ばされる。
俺は攻撃をかわしている。
……巻き込まれたエルドたちが負傷していたが、今はそちらに構っている暇はない。
兵士たちがすぐに避難誘導を行い、俺との戦いに参加できないと判断したサーシャとアイフィも負傷者たちを担いで離れていく。
事前に、話していた。
ゾルドラ相手に敵わないと思ったら逃げてくれ、と。
下手に残られれば足手まといになると、あえてきつい言葉を伝えていたため、彼女らが無理に残ることはしない。
それで、十分だ。
ゾルドラが生み出した攻撃の余波によって、周囲の被害は甚大だ。
それらを最小限に収めるために魔法を使ってくれれば、それだけで十分。
俺が、ゾルドラだけに専念できるんだからな。
「ぶち殺してやるよ、人間」
ゾルドラがこちらをじっと睨んできたので、俺は冷静に笑みを返した。
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